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第26話 悪魔の囁き

 


 夕霧の中、瞳を閉じ静かに精神を集中させていると、色々なものが感じ取れる。

 周囲の地形。辺りを埋め尽くす木々一本一本の形。そして俺の命を奪おうと狙う魔物モンスターの呼吸。

 顔を数センチ横にずらせば、ちょうど頬の隣りを鋭い針が何本か通り抜けていく。

 その針が飛んできた方向からだいたいの当たりをつけ、俺は左手に持ったファゴットを軽く振るった。

 巨大な斬撃が白い靄を裂きながら飛んでいき、泥砂と木片が凄まじい衝撃音と共に吹き飛ぶ。

 外したかな。

 黒い影が俺の頭上を飛び越え、そのまま斬撃を放った箇所の反対側へ向かったことを感知しながら、剣を鞘の中にしまい込んだ。


「ソウル、そっち行ったぞ」

「言われるまでもない」


 俺が気の抜けた声を上げた数秒後、魔物が逃走した方向から痛々しい悲鳴が聞こえてくる。鳴き声からは明らかな知性の欠如が確認でき、まず間違いなく魔物のものだと見なくてもわかった。

 続いてもう一度悲鳴が霧の中に響き渡る。

 相変わらず容赦がない。

 やがて悲鳴も何も音がしなくなると、俺は不明瞭な視界の奥へ進んでいく。

 すると目の前に小さな翼が四枚生えた珍妙な猫に似た生き物が現れる。

 首にはざっくりと切り傷が見え、虚ろな瞳に生気はない。

 

「こいつは何だ?」

「シャドウレオン。地域によっては悪魔種とも勘違いされることの多い魔物だ」


 そしてその物言わぬ骸となったシャドウレオンとやらの前に立つ骨と皮の怪物――ソウルに話しかけると、いつもと同じ抑揚のない返事が戻ってくる。

 ソウルの胸に刻まれた数字はいまや197。

 ついに大台の200レベルまで、ソウルはあともう少しというところまで迫って来ている。

 それに比べて俺のレベルはまだ164で、初めて出会った頃のソウルにも追いついていない。

 計算上は俺とソウルの差は縮まってきているが、どうもそういう気分はしていなかった。


「なあソウル。そろそろ移動しないか? もうこの霧が濃い森に来てからかなり経ってる。ここら辺の魔物はだいたい狩り尽くしただろ。ここ数日間は、魔物との遭遇回数も減ってるし」


 できるだけ早くソウルに追いつきたかった俺は場所の変更を提案する。

 確実に自分が戦闘狂の類いに接近していることは自覚していたが、今更どうかしようとは思わない。

 篝火に辿り着き、元の世界へ戻る。

 そのためにもっと力が必要なのは明らか。正直言って、俺はあまりに力不足な今の自分が不安で仕方なかった。


「……ああ、そうだな。より多くの魔物を殺すためには、貴様の言う通り場所を移動した方が賢明だろう。……しかし、今回はまだ動くわけにはいかない」

「今回はまだ動けない? どういうことだよ?」


 だがソウルからの予想外の返答に、俺は急かし気味に訊き返す。

 相変わらずの無表情を見ながら、俺も他人からはこう見えているのかと少し疑問に思った。


「今回この場所に来たのは魔物と戦うためだけではない。本来の目的としては、あるカガリビトに会うためにここに来たのだ」

「なんだそれ。初耳だぞ」

「初めて言ったからな」

「……はぁ、それで? 誰なんだよ。そのあるカガリビトってのは」

「“隠遁”のカガリビトだ。貴様は知らないと思うがな」


 悔しくも本当に知らない名だったため、俺は思わず黙り込む。

 そもそも俺はカガリビトに全く詳しくない。というよりはこの世界に関しての知識がほとんどないままだった。

 思えば俺はミヤ以外の誰かからこの世界についての知識を教えてもらったことがない。彼女やアルタイル、それにエビは今どこで何をしているのだろう。生きてはいるとソウルが言っていたが、もう一度彼女たちと会える日は来るのか。

 いや、来ないだろうな。というよりもそんな日が来る必要もない。

 無駄に寂しい気持ちになった俺は、脱線した思考を軌道修正する。


「たしかに知らないけど、何のためにそいつに会うんだ?」

「奴は私より弱いが、この世界に関する知識、情報収集力は私の上をいく部分を持つ。そのため、私は定期的に奴と交流を取っている」

「なるほどな。情報屋みたいな感じなのか。でも、そいつはあんたにどんな見返りを求めるんだ? ただで情報をくれるわけじゃないんだろ?」

「見返りは時間だ。私が奴を殺さない代わりに、奴は私に情報を提供する。対等な交換条件だ」

「え?」

「そろそろ約束の日、時間だ。じきに奴が現れるだろう」


 冗談かと思ってソウルの顔を覗き込んでみるが、その銀色の瞳に揺れは一切見られない。

 つまり、本気か。

 まだ見ぬ隠遁のカガリビトとかいう奴が途端に可哀想に思えてきた。


「……来たな」


 そして濃霧の中でそうやって無益な時間を過ごしていると、異質な気配がたしかに近くに迫って来ていることを感じ取れた。

 しかし不思議なことに、その気配がどの方向にあるのか分からない。

 得体の知れない緊張感を帯びながら、俺は静かにその時を待つ。



「どもども、こんばんわぁ~。ご無沙汰ですねぇ、ソウルさん。今日は珍しくお連れがいるやないですかぁ?」



 ――突如背後から聞こえた声に、俺は反射的に飛び退く。

 振り返ってみれば、そこには一体のカガリビトが骨皮の顔を醜く歪ませている。

 声を発するまで近づかれたことにまったく気づけなかった。

 言いようのない危機感を覚えた俺は、知らない間に剣の柄を握っていたことにさらに遅れて気づく。


「やっと来たな、サイガード。コレ・・は私の所有物だ。気にしなくていい」

「そうですか。それは、まあ、いいんですが、なんか凄い警戒されてません僕?」


 サイガード。そうソウルに呼ばれたこのカガリビトこそが、隠遁のカガリビトなのだろう。

 だが嫌な感覚はまだ消えない。

 まるで俺を値踏みするように注がれる粘っこい視線。

 そして何より、この言いようのない違和感。

 俺は警戒心を一切緩めることなく、曇った瞳を睨み返した。


「どうも、初めまして。僕はサイガード。この時代のニンゲンには隠遁のカガリビトなんて呼ばれてる。君はどちらさん? この僕の知らないカガリビトにしては、雰囲気あるね、君」

「……俺はカガリ。自分ではそう名乗ってる」

「カガリぃ? ……ふーん、聞かない名前やなぁ。まあええ。仲良くしてな」

「…………」

「あっれぇ? 無視とか! やっぱり僕めちゃ警戒されてますやん!」


 ケラケラとサイガードは笑う。俺はソウルに少し視線を移してみるが、そこにはいつもと同じ骸骨面があるだけだった。

 なんだよこいつ。信じられないほど胡散臭いぞ。こいつの情報なんかを信頼していいのかはなはだ疑問だ。


「貴様は信用が置けない。それはこの世界の共通認識だ。いいから話を進めろ、サイガード」

「ぶふふっ! 相変わらず酷いなぁソウルさんは。ま、でも、今回は結構デカい情報持ってきましたよ」


 心地の悪い視線が外され、俺は少し落ち着きを取り戻す。

 サイガードの右頬には44という数字が刻まれていて、レベル的にはソウルはおろか、俺よりかなり下だ。

 それにも関わらず、俺はこいつの接近に一切気づけなかった。それはどう考えても不自然。

 違和感は消えないままだが、俺は二体のカガリビトの会話へと意識を移す。


「貴様の知り得たこと、全てを話せ」

「もちろんですよ、ソウルさん。まずは、僕らのお仲間、カガリビトの情報からですかね。夜の王ハイマの配下により、“修羅”、“隻眼”、“戦慄”、他にも“剛腕”とか計七体の名付きのカガリビトが殺されました。いやぁ、僕より強いカガリビトもこう簡単に死んでいくとなると、明日は我が身ですねぇ!」

「続けろ」

「ぶふふっ! ……次はニンゲンについてです。“狂える賢者インサニア・ワイズマン”と呼ばれる魔女が、何やら怪しげな動きをしてますねぇ。でも、具体的に何をしてるのかは不明です。あのニンゲンはどうも僕が嗅ぎまわってることに気づいてるっぽいんですわ。ほんま、困りますよねぇ」


 まったく困ってなどいないような口振りで、サイガードは真っ白な歯を見せる。

 対するソウルは話を聞いているのか聞いていないのか、様子からはわからない。

 そして俺も聞き覚えのないワードのオンパレードに、半分以上聞き流していた。


「……それだけか?」

「まっさかぁ! 言ったじゃないですか。今回はデカい情報を持ってきたって」


 しかしここで、サイガードの雰囲気が変わる。

 その変貌にソウルも気づいたのか、白銀の瞳に少し光が宿った。

 まるで晴れる兆候を見せない夕霧の中で、俺は夜がもうすぐそこまで迫って来ていることに気づく。



「……ついに突き止めましたよ。“闇の魔法使い”の居場所を。どうします? 案内もできますよ? ソウルさんたちののところまで」



 サイガードが妖しく笑う。

 悪魔の囁きというものがこの世にあるとしたら、きっとこれをそう呼ぶのだろう。




【Level:164/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:嘆きの加護,憐みの加護,憂いの加護,狂気の呪い/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,ありふれたローブ,質の良い鞘】

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