第22話 嵐の後に
これでタイトル変わるの三回目ですかね?
ころころタイトルを変えて本当に申し訳ありません!
人間のような足を二本生やし、堂々たる態度で立ちはだかる生き物を睥睨し、天災のカガリビトは振りかざした剣を一度下げる。
特別な感慨があったわけではない。
ただ、僅かな興味と、永き時の中でも経験のない相手であることが、動きを静止させた理由だった。
「彼にはこれ以上手を出さないで欲しい。私がそう言ってるの」
「貴様は……何だ?」
誰だ、そう訊こうと思ったが、直前で思い留まる。人ではないのは明らかだが、魔物だとも言い切れない。
剣を使う人間と炎を操る魔女はすでに無力で、想像以上の力を見せたカガリビトも死の間近。
その中で今、唯一自己の存在を主張するのは一見最も無力に見えた謎の生物だった。
「私の名前は、ラーよ」
「……そうか」
知らない名だ。斬るべきか。
天災のカガリビトは逡巡するが、決断を下せない。
力があるようには見えないが、何か底知れぬ気配を感じる。
この世界では、いかなる違和感も見逃してはならないと、その身を持って知っているがゆえの迷いだ。
「……なぜ、ソレを守る?」
「彼は特別なの。そう、うーんと、ね。あ! でも特別って別にそういう意味じゃないから!?」
「…………」
元々赤い外殻が突然更に紅色を増す。
何かの攻撃の前触れかと警戒するが、別段危険な敵対行為がとられることはなかった。
「……私には、ソレを殺す必要がある。ソレは“無刃”を所有している。夜の王を殺すためには、無刃の所有者になる必要がある。そしてソレを殺せば、私が無刃の所有者になれる」
「ツマンナイ喋り方するのね、アンタ。でもそれは別にいいわ。とにかく、どんな理由があるとしても、絶対に彼を殺すことは認めない」
「……私を止められのか?」
「私が? 無理よ、そんなの。私には力がないもの」
天災のカガリビトは混乱する。
器用に言葉を話すエビが、一体何を考えているのかまるでわからなかった。
「……その言葉を無視し、ソレを私が殺したら、どうする?」
「怒るわ。あと、凄っごい泣く」
「……それだけか?」
「え? あと、えーと、恨むわ! アンタを一生呪ってやるから!」
初めて瞳を開いた時より呪われている身であると、思わず口に出そうとするが、その言葉に大きな意味を感じず、結局無言に留まる。
迷いはいまだ消えない。むしろ揺れ幅を増している。
違和感の理由がわからない。手を出すことを躊躇わせる、神聖さに似た奇妙な気配がどうしても気になった。
「アンタは、夜の王を倒すために彼を殺したいの?」
「……そうだ」
「なら、彼が倒すわ」
「……何?」
「彼がアンタの代わりに夜の王を倒す。それなら彼を殺す必要がなくなるでしょ?」
「…………」
かの王を斃せるのは己のみ。目の前で伏すカガリビトには不可能。
そう言い返そうと思ったが、一瞬の痛みが先刻の記憶を思い出す。
たしかに一度、自分は目前のカガリビトに殺された。
実力差は歴然。敗北の可能性はあり得なかったにも関わらず、なぜか刹那の間姿を見失ない、気づけば自らの命は奪われていた。
再考。
当代最強のカガリビトは、新たな可能性を確かに認める。
「……いいだろう。ひとまず貴様の言葉を否定しない。しかし、ソレは私が無刃もろとも貰い受ける。そして、もしソレに可能性がないと判断した場合は、すぐにこの手で殺す」
「え? どういう意味?」
「……ソレはそのままでは決して闇の三王には届かない。私がソレの可能性を見極める」
「は? ちょ、ちょっとっ!?」
すると肩から腰にかけて血を爛れ流すカガリを軽く担ぎ上げ、天災のカガリビトは背中を向けた。
「ま、待ちなさいよっ!?」
天災のカガリビトの動きは異常に速く、言葉だけ残すと、エビとの会話を唐突に打ち切り、洞窟の出口に消えていく。
ふいに静寂が満たされ、蒼白の光放つ苔に囲まれるのは、たった一人、いや一匹となる。
「行っちゃった。大丈夫かな? まあ、あの人が死んだら私にも分かるはずだし、とりあえずは大丈夫かな。……私は、この二人の弱っちい人間を助けておこうかしら。たぶん、そうした方がいいよね?」
気絶したままのミヤとアルタイルの息が微かに残っていることを確認すると、大きな鋏を見事に扱い、エビもまた彼らを背負う。
そして振り返ることなく、彼女もまた蒼白く煌めく堂内を跡にした。
――――――
温度を感じない、空虚な城だ。
壁画も絨毯も天井装飾も、全て豪勢で手間と財のかかった物だと一目でわかるのに、羨望も興味もまるで覚えない。
そんな他者に悟られたら最期の、沈んだ感情をおくびにも出さず、彼女は自らの主に跪いていた。
「報告しろ。ネクロシス」
彼女の主はどこか嘲りの色を含んだ声を広間に響かせる。
黒曜石の玉座で傲慢な態度を隠さず、長い足を組むその男は、辛うじて自らと並び立つ存在は知っていたが、それ以上の存在が存在しないことも知っていた。
「このオレ、ゴーズィ・ファン・ルシフェル様を失望させない報告を、なぁ?」
“夜の王”。
闇の三王と呼ばれる、世界の絶対的支配者の一人は、紅緋の瞳孔を縦に鋭くさせ、白皙の顔に邪悪な微笑を浮かべる。
「はっ、また新たに百のニンゲンをゴーズィ様の“家畜”として引き入れました。さらにカガリビトの有用な餌に成りかねない町村を五つ壊滅させ、修羅、野獣、隻眼、など名付きのカガリビトを7体ほど死滅させました」
「へぇ? カスにしては中々やるじゃないか?」
「……勿体無きお言葉」
悪魔子爵ネクロシス。
魔物の中では相当の実力を持つ彼ですら、夜の王にとっては取るに足らない“カス”に過ぎない。
過信ではなく、生命体としての確固たる格の差を知るゴーズィは、不敵に全てを見下す。
「それで、闇の魔法使い……あの、忌々しい炎を創り出したゴミは見つかったか?」
「……申し訳ありません。まだ見つかっ――」
――突如ネクロシスの整った顔が醜く歪み、思い切り壁にその肉体が叩きつけられる。
凄まじい衝撃と音が広間に反響し、ネクロシスが込み上げる血を吐き出さないよう呻く声だけが聞こえた。
夜の王の所有物を汚すことは誰にも許されていない。
「苛立ちだ。オレはあの炎をこの目で見る度に苛立つ……だがまあ、このオレがまだ見つけられないんだ。カスに見つけられるわけがないか」
当然、ネクロシスに目にも留まらぬ速さで暴力を奮ったのは夜の王だ。
しかし、殴られたネクロシスも、それを控えながら見遣っていた彼女も、そのことに対して特別な反応は見せない。
ここではその黒髪の吸血鬼こそがルールで、全てだった。
「喉が渇いたな。そこの女。こっちへ来い」
「……はっ」
そして気紛れな夜の王は、彼女を顎で指すと近寄ることを命じる。
闇のように深い黒髪と深紅の瞳。
夜の王と外見こそ似ているが、最もその存在に心を寄せていない彼女――ケイル・ライプニッツは、吸血鬼の前に辿り着くと、静かに背中を見せた。
「やっぱり、飲むならヒトの女に限る……特に処女はいい。最近オレは処女に凝っているんだ」
ケイルの薄い白着がゆっくりと、ほだされていく。
天窓の外から差し込む月光によって、彼女の未熟な肌が露わになる。
微かに乱れ出す吐息。
大きく開けられた肩口に、背後から夜の王が顔を近づけた。
「お前も、この世界も、全てオレの物だ」
「……んっ…!」
蛇のように長い舌が首筋を舐めると、次の瞬間、鋭利な牙が深々と彼女に突き刺さる。
滲むのは澱みのない真っ赤な血。
痛みと快感がそれぞれに与えられ、静かな夜の中、満足気な哄笑と、小さな喘ぎ声だけが闇に伝播していく。
***
【Level:66/Ability:悠久の時/Gift:嘆きの加護,憐みの加護,憂いの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,無刃のヴァニッシュ,狂気のローブ,ありふれた鞘】




