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第19話 伝説

 

 ――氷鼠スノウスクアレル。

 ミヤは自らの記憶から、眼先で凶悪な気配を漲らせる怪物を思案する。

 その爪は大地を切り裂き。

 その牙は生命を噛み砕き。

 その身に氷雪の加護を宿らせるという伝説の魔物。

 古い伝承からでのみ、その存在を語られてきた怪物を目の前にして、小さな魔女リトル・ウィッチと呼ばれる少女は仇名の通り自らの矮小さに辟易していた。


(まさかスノウスクアレルにこの身で会うことになるなんて……とうとう私の悪運も尽きたかも)


 低い唸り声を上げて睥睨するスノウスクアレル。

 ミヤは真冬の如き極寒を肌に感じつつ、圧倒的な存在の一挙一動に全神経を集中させた。


「おい! ミヤ! お前はあの化け物相手にどれくらいもつ!」

「そうですね! 運がよければ十秒くらいはもつかもしれません!」


 少し離れた場所から声をかけるのは、真紅の外套を着こんだ骨と皮の異形。普段カガリと呼ばれる一体のカガリビトだ。

 スノウスクアレルの一撃を回避する際に大きく距離があいてしまい、かなりの声量を使わないと会話すらままならない。


「そうか! ならとりあえず俺は一旦アレを倒す作戦を考える! 俺が作戦を命令するまでは、死なないようひたすら逃げ回れ!」

「わかりました! それでカガリさんはどうするんですか!?」

「言っただろ! 作戦を考えるのさ!」


 アレを倒す作戦を考える。

 カガリのいうアレとはまさにスノウスクアレルのことだろう。

 そこまで理解したミヤは、本気で共に旅をしてきたカガリビトが伝説とまで称される怪物を倒すつもりだと知り戦慄する。

 たしかにこの場から全員助かるためには、スノウスクアレルに勝利するしかない。

 しかし本来カガリだけならば、自分たちを見捨てさえすれば退却することも可能なはずだ。にも関わらず、なぜカガリは戦う道を選ぶのか。

 

(どうしてカガリさんはそこまでして私たちのことを……)


 いまだ謎多き黄金の瞳の男。

 その背中を眺め、ミヤは自らの胸中に新たな感情の芽生えを覚える。

 

 彼のことを、もっと知りたい。



「おい! 小さな魔女! 無事か!?」

「……見ての通りですよ、アルタイルさん」



 そして白塵の中から駆け寄ってくる赤髪の男に気づくと、ミヤは傾きかけていた思考を真っ直ぐに引き戻す。

 手入れの行き届いた鉄剣を両手持ちに、彼女をスノウスクアレルから隠すように立つアルタイル。

 なんとなく懐かしい気持ちになるミヤは、静かに笑った。


「俺はお前を守れって、カガリに言われてこっちに来たんだ。死ぬ気で守ってやるから、安心しろよな」

「ここで死んだら、結構保存状態良さそうですよね。おそらく氷漬けでしょうし」

「おい!? 守ってやるつってんのに死後のこと考えんなよ!?」

「大丈夫です。安心はしてませんが、信用はしてますから」

「お、おう。ならいいけどよ……いや、いいのか?」


 しかしアルタイルの背後からひょっこり顔を出し、すぐに並び立つような態勢を彼女はとる。

 見れば、スノウスクアレルに真っ直ぐと突進していくカガリの姿が見えた。


「それで、カガリさんは何をしてるんですか?」

「あ? 作戦とやらを考えてるんだろう? 闘いながら」

「なるほど」


 あれほど危険な作戦立案方法をとるとは、一体実際に実行するのはどれほど危険になるのか想像もつかない。

 ミヤは白の閃光を紙一重に交わす赤い影を眺めながら、そういえば確認できない姿が一つあることに気づく。



「シュリンプギュルゥッ!」



 だがその見当たらない存在はすぐに見つかった。

 神殿を凄まじい速度で駆け上がる、不可思議なシルエット。

 それはエビ。

 天女かと見まがうほどに美しい脚を生やしたエビだ。


「あ、エビさんですね」

「何してんだあのエビ?」


 ミヤとアルタイルは揃ってエビの爆走を見守るだけ。

 もう一つの赤い弾丸が伝説の怪物に迫る。


「ギルルッ!?」


 これまでカガリに集中していたスノウスクアレルから疑念を含んだ声が漏れた。

 己に迫るエビを新たな脅威と判断したのか、宙に氷の刃が創造され切っ先を向ける。


「シューリンプギュルッ!」


 しかし、スノウスクアレルが氷刃を飛ばそうとする寸前に、エビは突如大きく跳躍する。

 伝説の魔物さえ飛び越え、一気に神殿の下へ落ちていく。

 特に何もせず通り過ぎていく、足の生えたエビ。

 それは困惑のせいか、一瞬だけスノウスクアレルの動きが静止した。

 隙ともいえない隙。

 だがこの時だけは、これまで全ての注意を惹きつけていた存在が息を潜めていたのだ。



「サンキュゥゥゥウウウウエビィィイッ!」



 スノウスクアレルの背後に煌めく漆黒の刃。

 咄嗟に白毛の魔物は反応するが、それすらも黄金の瞳をした異形の計算の内。

 

 ――白い繊毛が舞い、クリスタルのような透明感ある鱗が砕け散る。


「ギルルルルルッッッ!!!」

「やっぱ鱗的なものがあったか、でもこれで俺の勝ちだな……!?」


 瞬間、スノウスクアレルはたしかに感じた衝撃に叫び声を上げる。

 真紅の双眸が光り、一撃を与えたことに満足したのか、さっそうと退避しようとするカガリの背中を射抜く。

 そして奔流する、圧倒的な力の波動。

 前触れなく解放された、絶対零度の嵐が全て破壊し尽くすべく吹き荒れた。


「やべ、避けらんね――」


 白刃混じる猛塵の吹雪。

 回避しきるにはあまりにも至近距離で放たれた暴力の衝動に、カガリは自らの落ち度を恨むが――、 



「《イルフレイム》!」



 ――烈火の炎幕が彼と雪嵐の間で爆発し、致命の包囲網から守り手のないカガリビトを救い出した。


「そして俺のスーパーキャッチ!」

「がはっ!?」


 爆炎に吹き飛ばされたカガリを剣を放り投げて、一人の男が受け止める。

 それでも勢いを消し切れず、二人揃ってゴロゴロと地面を転がってしまう。



「それでカガリさん、作戦は思いつきましたか?」



 やがてカガリが混乱と痛みに揺れる頭を抑えよろよろと立ち上がると、金髪の髪を風に靡かせる少女が一人。

 彼女の微笑にカガリは苦笑を返し、いまだ足元で伸びている痩身の男を立たせてやる。


「感謝の言葉は……後でいいか。ああ。作戦は決まった」


 獲物を殺し損ねたことに唸るスノウスクアレル。

 冷たい風を全身に受けながら、カガリは黒の刀身を外套に仕舞い込み、薄っすら紅を帯びた剣を掲げる。


「ミヤ、アルタイル、エビ、十秒アイツの注意を引きつけろ」


 言うが早いか、カガリはまたもや疾走を開始する。

 雪氷混じる嵐はいまだ止まず、身を切る寒さは増していくのみ。


「結局作戦聞いてないんですけど……」

「しゃっあっ! 任せろぉっ!!!」

「シュリンプギュルルルゥッ!」


 気落ちした声を吹雪に掻き消されると、ミヤは火属性魔法をスノウスクアレルに向けて放ち始める。

 

「ギルッ!」


 目障りな炎に苛立ったのか、スノウスクアレルが氷の刃をミヤに向けて飛ばす。

 鋭利な刃は命を刈り取るべく真っ直ぐに飛ぶが、彼女はそれを避ける動きを見せない。

 理由は明白。

 ただ彼女にはその身を守る盾があっただけだ。


「オラオラオラっ! その眼に焼き付けろぉっ! この俺の超絶剣技!」

「シュリンプッ! シュリンプッ! シュリンプゥゥッッッ!」


 降り注ぐ氷刃をアルタイルが流れるような剣閃で切り裂く。

 雨のように途絶えない氷礫をエビが両手の鋏を振り回し砕き続ける。


「《バニシングライト》!」

「ギルルルゥゥッッッ!」


 紅い閃光がスノウスクアレルの目前で爆ぜる。

 痛みなき妨害に、怪物の怒りが最高潮に達した。

 超然的な魔力を集中させ、氷雪の王が咆哮しようとする――、



「これで十秒ですよ、カガリさん」



 ――が、微かな違和感が敗北を知らない白の化身を横切った。



「言ったろ。俺の勝ちだって」



 どこまでも冷たく、落ち着いた声が静かに響く。

 触れることすらままならない死の吹雪を越え、あらゆる傷を拒絶する透明の鱗が唯一砕かれた箇所へ、鈍い輝きが永遠をもって牙を向く。



「【悠久の時(イーオン・テンプス)】」



 ――伝説の向こう側へ、彼は赤みを帯びた剣を奮う。


 


***

【Level:57/Ability:悠久の時(イーオン・テンプス)/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】

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