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第18話 憂いの守護獣

 


 コツ、コツ、と潜った音が反響する中、俺は向日葵色の灯火を片手に、真っ暗な洞窟内を進んでいく。

 ここはヘパイストス平原と呼ばれる荒野になぜか空いていた大穴を、下って行った先に広がっていた狭隘な道だ。

 不快指数を上昇させる湿気に満たされたこの暗路は当然のように光明がなく、落ちていた枝木を適当に拾い、それをミヤに魔法で火をつけてもらいランプ代わりにしている。


「この道、本当に抜け道なんですか? どうも外に続いてる気配がしないんですが」

「だ、大丈夫大丈夫。そのうち地上に戻れる。俺の直感を信じろ」

「……やっぱり行き当たりばったりだったんですね」


 隣りでオレンジ色の光に照らされたミヤがじっとりとした視線を送ってくるのがわかる。

 たしかにそうだ。俺はただ見栄を張っているに過ぎない。

 正直言って、俺もこの洞窟の先に期待するものがあるとは思っていないが、それでも歩き続けることを止めるわけにはいかなかった。

 とどのつまり時間稼ぎ。

 俺の想像を遥かに超えて強行突破するのが困難そうな、あの平原を攻略する策を考える時間が必要だったという事に他ならない。


「にしてもなんか薄気味悪くねぇか、ここ?」

「シュ、シュリンプギュルゥ……?」


 少し後方から、アルタイルが臆病声を漏らすのとエビの怯えが含まれた鳴き声が聞こえる。

 やけに整備されていた入れ口とは打って変わって、今は辺りの壁も足元も土が剥き出しだ。

 たまにヌチョっとした感触が足にきたりして気持ち悪い。

 ここは一体何なのだろうか。

 記憶のどこかで引っかかる。

 こんな雰囲気を、俺はたしか一度前に感じたことがあるような――、



「見てください。どこか開けた場所に着くようですよ」



 ――薄霧のような思考を遮ったのは、凛とした深みのある少女の声。

 曖昧な思考を振り払い、俺は彼女の言葉に意識を傾ける。

 ふいに感じる、ここまでとは違う少し冷えた風気。

 手元の灯火を掲げ、道先へと炎の光を送った。


「……そう、みたいだな」

「たしかに変わった空気の流れを感じるぜ」


 この洞窟内の潜り込んでから、それなりに時間が経過している。

 そろそろ変化が起きてもおかしくはない頃だが、その変化が果たして良いものなのかは怪しいところだ。



「お、これは……」

「スッゲェ……なんだここは?」

「寂れた……神殿ですかね?」



 ――そして息苦しい狭路を抜けると、俺たちはこれまでとは別色の光に包まれた。

 もう手に持つ意味を失くした灯火を地面に捨て、俺はどこか既視感のある光景に目を見張る。


「おい! 見ろよ! 壁が光ってるぜっ!?」

「そのようですね。この光っているのは……苔、でしょうか?」

「シュリンプギュル……」


 俺たちを迎え入れたのは、全体が仄かに蒼白く光輝いている大きいドームのような場所。

 その広場の中心には神殿、というにはいささか小さな塔のような祭壇のような、よくわからない建築物がある。

 だが俺の目を何より惹くものはたった一つ。

 廃れた神殿の最上部で赤く燃え盛る、篝火だった。


「こんな場所になぜこのようなものが……それに、あれは篝火? 誰かの住処でしょうか?」

「……さあな、だが警戒しろ、ミヤ。おそらく、近くにいるぞ」

「え? 近くにいるというのは――」


 ――ピキリ、どこからともなく聞こえる何かが硝子質な物にヒビが入る音。

 突如辺りを満たした異質な気配に、全員が身動きを止める。

 俺は二つの剣を両方とも抜き、ミヤは魔力身体に纏わせた。

 アルタイルも鉄製の剣を手に、目配せを俺の方へ。


「お、おい、カガリ。今の音は――」

「アルタイル! 上だっ!」


 その時だった。

 逆立つ鳥肌。俺は咄嗟にアルタイルへと近づき、思いきり突き飛ばす。

 瞬間骨まで凍りつきそうな寒風が吹き荒れ、寸前までアルタイルがいた場所に純白の衝撃波が爆ぜた。



「ギルルル……ッ!」



 咳き込むアルタイルを横に、俺は頭上から聞こえるくぐもった声に目を向ける。

 そこにいたのは雪のように真っ白な毛で覆われた、顔がやけに凶悪な途轍もない大きさのモモンガに似た怪物だった。

 気づけば身体の半分に霜が降りているが、この程度で済んだのはきっと幸運なんだろう。


「カガリさん! アルタイルさん! 無事ですか!?」

「シュリンプギュルッ!?」


 必死の声で、ミヤとエビがこちらへ駆け寄ってくる。

 ミヤの金色の髪にも乗っかり白く光る雪片らしきもの。

 そしてチラリと、さっきまで俺たちが立っていた場所で煌めく透明の結晶を眺めれば、大体の状況を把握できるのは当然だった。 


「ごほっ! ごほほっ! 寒っむっ!? なんかスゲェ寒いぞっ!?!?」

「ああ、ご覧のとおり二人とも無事だ。そんでもって、あれに見覚えはあるか?」

「はぁ、本当に良かったです。……そうですね、あれはおそらく“氷鼠スノウスクアレル”かと。たしか氷雪を操ることができる伝説級の魔物だと思います」

「伝説級ねぇ……」


 真っ赤な双眸でこちらを注意深く伺う怪物モモンガ――スノウスクアレルの口からは、白い吐息が漏れている。

 敵意はもう間違いない。

 問題は実力差だな。

 あの化け物が俺より強いのか、弱いのか。

 できるだけ奥の手は使いたくない。慎重に行こう。


「それにしてもミヤ、お前って案外博識なんだな。見ただけで、あの魔物の名前と特徴がわかるなんて」

「はい。どっかのヘタレ騎士や脳筋骨魔人と違って、私は頭脳派なので」

「……あっそう」


 相手はこれまで会ってきた中でもとびきりだが、案外ミヤの方は大丈夫そうだ。

 なんとも肝っ玉のデカい娘だこと。


「マジかよ……! あんな化けモンに勝てんのか?」

「勝てんのかって。もう出会ってしまったしな。勝つか、死ぬかのどっちかだろう」

「おい!? 退却とかできねぇのかよ!?」

「俺の脚ならたしかに逃げられるかもしれないが、俺が運べるのは一度に一人までだ。ミヤを運んで、エビは俺より脚だけは速い。つまり退却という道を選ぶと、一人だけ犠牲者がでることになるが、いいのか?」

「よっしゃぁぁっっっ!!! あの糞モンスターをみんなで倒そうぜぇっ! そう! みんなで! みんなでな!?」


 なんとも妙な会話の流れだった気がするが、アルタイルの方もやる気だけはあるようだ。

 だが一番心配なのはこいつだな。この間抜けがヘマしないように注意しながら闘う必要がある。


「ギルル……」

「皆さん! 気をつけてください! 氷鼠の咆哮スクアレルズ・ブレスが来ます!」 

 

 危険な気流にとっくに気づいていた俺は、ミヤの注意喚起より先にアルタイルへ退避を促し、その場から離れる。

 まずは火力確認というところか。



「ギルルゥッッ!」



 ――濁った絶叫と同時に、白銀の光が炸裂する。

 氷粒の混じった風が肌にあたるが、直撃は避けることができた。

 しかしそれでも、その一撃の凄まじさは一目瞭然。

 知らない間に、俺の吐く息も白くなっている。俺は呼吸をしていないはずだが、一体何を吐き出しているのだろう。

 そんなどうでもいいことを考えながらも、雪風舞う光跡にできた無駄に大きなアイスアートを見てまずは確信する。



「うん。今のをもろに喰らったら、たぶん俺でも死ぬな」



 とりあえず火力は俺より上。

 神殿の最上部に降り立ち、何かを守るようにこちらを威嚇する純白の怪物と視線を合わせながら、俺は早々に奥の手を使うことを決断していて、すでにその結末へ至るまでの道のりを考えていた。




***

【Level:57/Ability:悠久の時(イーオン・テンプス)/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】

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