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第17話 ヘパイストスの穴

 

「ほら、朝だぞ。起きろ」

「シュリンプギュルゥッ!」


 真っ暗な夜もすっかり明け、霧っぽい白らんだ視界が広がる中で、俺は骨ばった手を叩いて音を立てる。

 朝から元気いっぱいなエビは、大きな鋏を器用に使って野営の跡の片づけ。

 良いことなのか悪いことなのか、ついに見慣れてしまった人間二人組の寝ぼけ顔を横に、俺は木々の隙間から覗く大きな一つの太陽と、三つの燃え盛る炎の巨柱を眺めていた。


「くぁ~! もう朝かよ! なんか疲れが抜けねぇな~!」

「……おはようございます。カガリさん。エビさん」


 そして俺の声と手拍子のおかげか、人間二人組の口から目覚めの声が漏れる。

 赤髪の男、アルタイルは立ち上がって大きく伸びをする。高血圧な奴だな。

 一方金髪の少女、ミヤは三分の一のも開いてない目をこすりながら、頭をクシャクシャと掻いている。きっと低血圧だ。


「森もだいぶ浅いところまで来た。たぶん、今日中に森を抜けることになるだろう」

「おお! ついにか! 森の外に出るのは久しぶりだぜ!」

「……はぁ、寝違えたかな」


 いまだ上体を起こしたところで動きを止めているミヤを除いて、他の二人と一匹はテキパキと準備を整えていく。

 このメンバーで旅を始めてからもう一週間は経っただろうか。

 旅の途中でアルタイルが死にかけたり、アルタイルが迷子になったり、アルタイルが食あたりを起こしたりと色々あったが、どうやらとりあえずは全員無事にここまではこれた。

 しかし、問題はこれからだ。

 ずいぶん前にミヤが言っていたが、森を出るとそこはカガリビトがいつ現れてもおかしくない平原地帯に突入することになるらしい。


「それで、カガリさん。ヘパイストス平原を安心安全に突破する手立ては考え付いたのですか?」

「ん!? ま、まあ、そうだな……もちろん、そのことに関しては作戦があるようなないような……」


 朝はいつもそうなのだが、幽霊のように青ざめた顔でミヤが俺に問い詰めてくる。

 いつの間にやら起き上がったのか。爽やかな朝には不釣り合いのなんとも形容しがたい声色だ。


「作戦。あるんですか? ないんですか?」

「い、いや、だからそれは……」


 歯切れの悪い俺に、彼女はさらににじり寄る。

 なぜ俺がこれほど責められる形をとっているんだ。俺自体は、自分から敵対行為を取らない限り同族であるカガリビトに襲われることはないため、どちらかといえば作戦立案は全てアルタイルやミヤのためなのに。

 それに作戦もあることにはある。

 むろん、その作戦とは俺の力でゴリ押しするという、作戦と言っていいのかわからない代物だったが。


「まさか、カガリさんの力で襲い掛かるカガリビト全てを相手にするとかいう、作戦とは言えない代物じゃないですよね? もっと知的で、創造性のある作戦があるんですよね?」

「は、はは、当たり前じゃないか……」


 朝露の零れる音に耳を澄ます。

 当然現実逃避だ。


「おい! 二人とも! こっちは準備完了だぜ!」

「シュッリンプギュルッ!」

「よし! それじゃあ早速出発しようか!?」

「カガリさん? それで結局作戦というのは――」


 時間帯のせいで、普段よりも低く感じるミヤの声を遮るように俺は出立の合図を飛ばす。

 この旅の中で、間違いなく俺は年下の女の子とのコミュニケーションが苦手になりつつあった。



――――――



「……お! 出たぜ! おい! 見ろよみんな!?」

「見えてるよ」

「見えてます」

「シュリンプギュル」


 落ち葉と枯れ枝を踏み続けて数時間。

 とうとう俺たちはダイダロスの森海などとこちらでは呼ばれているらしい大樹林を抜け出した。

 吹き付ける風から湿り気が消え、照らしつける陽光の明度が一気に上がる。


「平原という割には、寂しい景色だな」


 菊塵の森を出た俺の視界に広がったのは、色彩乏しい灰色の世界だった。

 平原というよりは荒野。

 砂と礫だらけで、遇に花を咲かせない雑草が見えるだけ。

 なだらかな丘陵と、平べったい地平線が見えなければ山岳地帯と言っても差し支えない光景だ。

 そういえば、この世界もかつての地球のように丸いのだろうか。別の大陸にあるはずの篝火も見えることを考えると、少し不思議な気もする。



「ガギギギ……ニンゲン、セイノソンザイ……!」



 すると、荒涼とした大地の向こう側に黒い影を二つほど見つける。

 ミヤたちの言っていたことは本当らしい。

 こうにも簡単にカガリビトと遭遇するなんて。


「早速来ましたよ。カガリさん。どうします?」

「決まってんだろ! 小さな魔女リトル・ウィッチ! あれくらいならズパッと一発だぜ!」

「ま、そうだな。あれくらいなら」


 乾いた地面に足跡を付けて、邪悪そうな見た目の怪物が二体近づいてくる。

 両者ともに武器は所持しておらず、強者特有の危険な気配も感じない。

 抜き身の黒刀を利き手に携え、俺は跳躍した。


「スゲェ! めっちゃ跳んだぞ!?」

「相変わらず人外ですね」

「シュリンプギュルー!」


 頑張れー! おそらくエビだけが俺のことを応援してくれている。さすが美脚のエビ。心優しいエビだ。

 そして俺の強襲にも、二体のカガリビトの反応は鈍い。

 ゆとり世代か? そんなんだから生き残れないのさ。


「悪いな」

「ガ――」


 ――音もなく煌めく二閃。

 勝負は一瞬で、一切の反撃を許さず致命傷をそれぞれに与える。


「ま、俺もたぶんゆとり世代だ。許せ」


 四つの真っ赤な瞳から光が消え、力なき同族は涸れた大地に倒れ込む。

 もう二度と立ち上がることはないだろう。

 俺は背後に振り返り、安全の確保とこっちに来るようにとのシグナルを送った。


「シュリンプギュル?」

「相手のレベルは一ケタ後半でしたが、それでも圧倒的すぎますね」

「まあまあだったぜ、カガリ。デンジャラスでビューティフルなテクニック的な意味で俺の剣技には及ばないが、単純な実力ならとりあえずは及第点だな」

「そうかいそうかい」


 二人と一匹が俺に追いつき、横並びになる。

 アルタイルの戯言はいいとして、たまにこうやってミヤが口にする“レベル”とは一体なんのことなのだろうか。

 この平原を抜け、ひと段落したら訊いてみよう。


「……それで、カガリさん。この先はどうするんですか? 前から言っているように、ご覧のありさまですが」

「ご覧のありさま?」

  

 しかし、ミヤの驚くほどに冷たく平坦な声に俺の意識は現実に引き戻される。

 なぜだ。なぜだろう。

 彼女の声から微かな怒りを感じる。俺はたった今、彼女たちに仇なす存在を打ち破って見せたというのに。


「そ、そうだぜ。小さな魔女の言うとおりだ。この先はどうすんだ、カガリ?」

「シュリンプギュルゥ……」

「なんだよ、急にみんな揃って」


 今度はアルタイルとエビの声に小さな震えが混じった。

 なんだ。なんだというのだろう。

 たった今ここで、彼らを恐怖させる存在を叩き潰して見せたというのに。


「ほら、見てくださいよ、カガリさん。前、です」

「前?」


 ミヤが呆れたように顎で前を指し示す。

 前方にいた黒い影はもう俺の手によって消えた。今目の前に広がるのは、殺風景な名前だけの平原のはず。

 だが視線をみんなから外し、だだっ広く続く荒野に目を向けると、俺は異質なものを感じた。


 灰色に混じる、多数の点。


 最初はゴマ塩や黒胡椒かと思ったが、そんなわけはない。

 黒い点が、視線の向こう側に幾つも見える。

 点、点、点、点。

 真っ黒な点はその数をどんどんと増やしていっていて、もはやそれは漆黒の波。



「ニオウ……ニオウ……イノチ……クイモノノニオイ……」



 どこからともなく風に乗って聞こえるのは、まるで呪詛のように不愉快な音の羅列。

 隣りで誰かが生唾を飲み込むのがわかる。

 ついでに俺も久しぶりに、命の危険、そんなものを感じた。


「これはやばいな。数が多い。というかなんだあれ。軍隊じゃないか」

「だから言ったじゃないですか、カガリさん。でも、この窮地を脱する作戦がもちろんあるんですよね?」

「うっ……」


 迫りくるカガリビトの大群を前に、ミヤがどこか歪な満面の笑みを向けてくる。

 馬鹿みたいな数のカガリビト達もそうだが、俺は真横に立つ金髪の少女もよっぽど怖い。


「……そうだっ! あれだ! あれを見ろっ!!!」

「んあっ!? どうしたんだよ! いきなり大声出すなってビビんだろ!?」


 しかし、俺は血眼で周囲に希望を探した結果、あるものを見つけ出す。

 それは荒野の一点に忽然と黒穿する大きな穴だった。

 地面にあまりにも不自然にあけられたどこかへと繋がっていそうな入口。

 俺はそれを視界に入れた瞬間叫んでいて、もう後戻りはできない。


「……なんですか? あの穴は? 尋常ではなく不審なんですが」

「あ、あの穴は抜け道的な何かだ。この平原をショートカットすることができる……たぶん」

「スゲェ! マジかよっ!」


 思いつくまま適当に俺は言葉を並び立てる。

 今もカガリビト達の黒影は濃さを増していて、点と点の間がどんどんと狭まっていく。


「ほ、ほら行くぞ! 走れ! あいつらに飲み込まれる前にっ!」

「うぇい! 行くぜ!」

「シュリンプギュルッ!」

「……なんだろう。凄く不安なんですけど」


 引っ込みのつかなくなった俺は、一目散に駆け出す。

 白空に響き渡る呪いの唸り声をBGMに、偶然目についた巨穴目がけて砂塵を足で舞わせる。

 あの数のカガリビトに囲まれるよりはマシだろう。



「お! この穴! 階段みたいに中は整備されてるぞ!」

「スッゲェ! 自然の生み出した奇跡だな!」

「……いやとんでもなく不自然じゃないですか?」



 骨と皮のコーラスがいよいよ音量を大きくしてきたところで、俺たちはお目当ての穴に辿り着く。

 近づいてみると意外なことに、穴の入り口は人口の階段みたいになっていて、闇に塗りつぶされた奥底へ続いているようだった。

 もうここまで来たらあとは野となれ山となれだ。



「シュリンプギュルゥッー!」



 みんな待ってぇっー! たぶんそんなニュアンスであろうエビの鳴き声を最後に、そして俺たち一向はなぜかやたら人間が通りやすくなっている、灰色の大地にポツンと存在している謎の穴の中に吸い込まれていった。



 

***

【Level:57/Ability:悠久の時(イーオン・テンプス)/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】

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