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第16話 鎮魂火

 


 まるで深い深い沼の中から、意識を手放す寸前に顔を出したような気分。

 全身に満ちるのはなんとも言えない疲労感。

 やけに重い瞼を開いた少女――ミヤは頭を片手で押さえながら上体を起こした。


「お、やっとお目覚めか? 小さな魔女リトル・ウィッチ?」

「……アルタイルさん? ということは、ここは野営地ですか」


 バチ、バチ、とすっかり夜の更けた森を明るく照らす篝火。

 ミヤは燃え盛る炎を眺めながら、気を失う前の記憶を思い浮かべていた。


(魔力の使い過ぎで意識を飛ばしちゃったのか……置いてけぼりにされなかったのは感謝しないとな)


 おそらく自分をここまで運んでくれたのであろう、骨と皮しかない男を探し辺りを見探るが、ミヤは目当ての影を中々見つけれない。


「聞いたぜ? お前、バーサークスパイダー相手に大活躍だったらしいじゃねぇか? やるな! さすがホグワイツ村一の魔法使いだぜ!」

「……まあ、そうですね。大活躍ってほどではありませんが、アルタイルさんくらいなら瞬殺できる相手でしたからね」

「ん? んん? お、俺だって、バーサークスパイダーの一匹や二匹、倒せたけどな!? ……たぶん」


 ホー、ホー、と夜啼鳥の鳴き声に身を震わせるアルタイルを見て、ミヤは溜め息を一つ吐く。

 ついつい彼女はその情けない剣士と、今や共に行動する運命となった一体のカガリビトを比べてしまう。

 二人とも同じように剣を使うが、そこにどれほどの力の差があるのか彼女にはさっぱり推測できない。


(カガリさんって何レべなんだろう。本当は身体のどこかに数字があるはずだけど……いつも真っ赤な外套で身を覆っててよくわからないんだよね。わざとレベルを隠してるのかな)


 通常カガリビトは衣服を身に着けたりなどしない。

 そのため深紅のローブを纏うカガリは、すでにそれだけで他のカガリビトたちと大きく違っていた。

 人間の言葉をよく理解し、超人的な力を持ち、衣服を身に着けるカガリビト。

 今でもまだ、ミヤにとってカガリという存在は謎に満ちたものだったのだ。



「シュリンプギュルゥッ!」



 すると思考の海に潜っていたミヤに、どこからともなく甲高い声がかかる。

 伏せていた目を上げれば、そこには艶めかしい太腿を火の光に浮かべる巨大なエビがいた。


「お、飯の用意ができたようだぜ?」

「え、アルタイルさんもこの生き物の言葉がわかるようになったんですか?」


 エビの言葉ともいえない鳴き声に反応したアルタイルに続き、ミヤも立ち上がる。

 鼻腔をくすぐるのは、香ばしく食欲を誘発させる匂い。

 甘辛の香辛料の芳香に吸い寄せられるように、二人は篝火の方へ歩いていく。


「来たな。ちょうど食べ頃のはずだ。冷めないうちにさっさと食え」

「シュッリンプギュルッ!」

「うおっ!? ヤベェ! 超美味そうだぜっ!」

「あ、カガリさん、こんなところにいたんですか」


 大きな切り身になった重厚な肉が、透明の油を垂らしながら炙られている。

 締まった赤身には濃厚そうな脂肪の白筋がいくつも通っている。

 そんな晩餐の場に、大木の背後に隠れてミヤから見えない場所にいたカガリも姿を見せた。


「どうだ、ミヤ? 身体の方は?」

「はい。おかげさまで大丈夫です。この肉は結局、カガリさん一人で?」

「ああ。蜘蛛を倒した後、牛みたいな豚みたいな猪を見つけたんでな。そいつを適当に三、四匹狩っておいた」

「……なるほど」


 ミヤはホクホクと身の柔らかそうな肉を一つ手に取ると、そのカガリが適当に三、四匹狩ったという魔物に見当をつける。


(おそらく“猛猪アイアンボアー”ですかね。剣を弾き、魔法を遮断する鋼の皮膚を持つと聞いていましたが……本当に底が知れません。ひょっとして、この人なら本当に闇の三王にも届くんじゃ……)


 魔法を使った後は腹が減る。

 口の中に溢れる涎に促されるままに、ミヤも大振りの肉に噛り付いた。

 咀嚼するたびに肉汁が広がり、乾いた身体を潤していく。

 まろやかな甘みの中に潜む、ピリリとした辛さの刺激。

 独特の濃い味付けと空腹があいまって、彼女にしては珍しい勢いで肉を胃へ納めていった。


「意外な食いっぷりだな……そ、それで、魔法使いってのは、魔法を使いすぎるといつもああやって気絶するのか?」

「……ん。はい。体内の魔力が枯渇しそうになると、自動でセーブがかかります。そのセーブを無視して、無理矢理魔法を使い続けると、最悪の場合死にますね。一生目が覚めない眠りの世界へ行ってしまいます」

「なるほどな……俺の悠久の時イーオン・テンプスは、さながら魔力を大量消費の大魔法ってところか」

「どうしました?」

「いや、何でもない」


 息継ぎのタイミングで言葉を返すミヤ。

 カガリは彼女の言葉で何かを考える素振りを見せていたが、それが何か深く詮索しようとするものは誰もいなかった。


「なあ! おい! カガリ! お前らカガリビトも肉とか食べれるのかっ!?」

「あ? まあ、一応食べれるぞ。食べなくてもあんまり困らないけどな。あと水も飲める」


 その時、ミヤとカガリの間に赤いツンツン頭が突き出され、唾の混じった大声が夜に響き渡る。

 思考を中断された二人だったが、気にはしない。



「スゲェッ! じゃあトイレは!? というかお前のアレ使い物になるのか!? ってあれ? お前男だよな??」

「アルタイルさん、食事中ですよ。そういう質問はこの場では控えてください……ちなみに、カガリさん、ちょっとその服脱いで全裸になってもらえます?」   

「お前らはもう黙って飯だけ食ってろ」



 カガリが頭を抱える横で、エビが黙々と魔物の肉を喰らう。そのことも誰も気にはしない。

 

 二つの月と三つの炎が世界を照らす夜は、ひっそりと静かに、時に騒がしく、そして更けていく。




――――――

  


 かつてホグワイツ村、そう呼ばれた森のある一角にある居住区域。

 そこにはもうかつての面影はない。

 

 赤く血塗れた大地。

 破損し、荒れ果てた家々。

 見渡す限り、あちらこちらに転がる四肢の欠損した動かぬ骸。


 そんな音と命を失った世界で、一人立ち尽くす女がいた。



「……アレ・・は予定外だったわね」



 白と黒を基調とした衣服を身に着け、細長い帽子を被った女。

 彼女はホグワイツ村では神官と呼ばれ、占いなどで村長へ助言などをする役割を持っていた。

 蒼の瞳に苛立ちを滲ませ、痰を足元の老婆に吐き捨て、彼女は大きな舌打ちをする。



「やあ、アリス。“隻眼・・”は僕たちの仕事をしっかりとやり遂げてくれた?」

「……遅かったじゃない、ケイル」



 そして、死の充満した村跡に新たな声がかかる。 

 彼女にケイルと呼ばれた、その黒装束の者は闇夜に赤い瞳を光らせ笑う。


「いえ。失敗よ。あの役立たず、よりもよって“小さな魔女リトル・ウィッチ”と“戯ける剣士クラウン・フェンサー”が生き残ったわ」

「ふーん? 噂より強いね、その二人。まさか隻眼でも倒しきれないなんて」

「しかも、どうやらカガリビトのうち一匹を手なずけたみたい」

「カガリビトを? 一体どうやって?」

「知らないわよ、そんなこと。でも私がここに来たとき、ちょうどあの二人がカガリビトと一緒に村から出ていったわ」

「ふーん。そうなんだ。面白いね」


 被っていた帽子を忌々しそうに地面に投げ捨てる彼女を横目に、ケイルは赤い目を鋭くさせる。

 ケイルの黒い髪が夜風にそよぎ、月明かりが二人を明るく照らし出す。


「……そろそろ時間だ。行くぞ」


 月光の当たらない影から聞こえるまた別の声。

 その低く抑揚のない声に彼女とケイルは振り返ってみせる。


「まったく。この私がせっかく時間をかけて準備したのに。この私が、村人から生き残りが出ないよう汗なんてかいて走り回ったっていうのに。本っ当にムカつく」

「可哀想だな。弱者っていうのは。同情を禁じ得ないよ」


 金髪の女が影の中へすぐに消えいていく中、ケイルは生者を失った村を一度見渡す。

 すると、清流のように穏やかな魔力がうねり、その波動はすぐに発散された。



「《悪魔の讃美ディアボロス・ラレオ》」



 ――瞬く間に広がるのは、漆黒の炎。

 血に塗れた大地も、苦悶を浮かべたまま時を止めた人々も、崩れ去った日常を想起させる民家も、全て闇より深い黒の火炎に包まれていく。

 黒炎を瞳に映しながら、ケイルは一人静かに呟くのみ。


「せめて、安らかに眠れ。弱き人の子たちよ」


 その赤い瞳に、その平坦な言葉に、どんな感情が秘められていたのか、それは誰にもわからない。



「何をしている、ライプニッツ。急げ」

「……わかってる。今、いくさ」



 そしてケイルも影の中に消え、明るい月光が照らすものは、ついに何一つなくなった。




***

【Level:56/Ability:悠久の時(イーオン・テンプス)/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】


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