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第15話 小さな魔女

 


「……止まれ。近くにいる」

「魔物ですか?」


 日が本格的に沈み始める時間帯。

 暗みを帯びてきたオレンジ色に照らされ、ミヤを引き連れ森の中を食料を探し回ってきたが、たしかな気配を感知した俺はその足を止める。


「数は……三匹、くらいか?」

「凄いですね。そこまでわかるんですか」


 もちろん接近しつつある何かの姿が直接見えてるわけではない。

 しかしこれまでの旅での経験から、俺は視覚に頼らずともある程度自分以外の存在を感知できるようになっていた。

 なんとも逞しい骨と皮だろう。どんどん人間から剥離していることはもう間違いない。


「ミヤ、準備しろ。さて、まともに食べられる奴だといいんだけどな」

「準備はとっくにできています。でも魔物で美味しく食べられる種って、案外少ないんですよね」


 俺の少し後ろで、ミヤは何か一言呟く。

 すると途端に、彼女の身に何か見えない力が満ち溢れたようで、ただの少女に過ぎないミヤに威圧感が生まれた。

 これも魔法の一つなのだろうか。

 魔法についての教養も素質もない俺にはよくわからない。



「キシキシキシキシキシキシキシキシッッッ!!!!」



 そして、ついに暗緑の影から異形が姿を現す。

 独特の奇声をあげて、八本の足を小刻みに動かす全身真っ黒な怪物。

 最悪だ。外れにも程がある。


「なあ、参考までに訊きたいんだが、人間はアレを食べるのか?」

「面白い冗談ですね。あんなの食べたら、内臓から骨まで毒性の強い体液のせいで溶けてしまいますよ。なにより、凄くまずそうです」


 薄暗に煌めくのは紅い複眼。

 無駄に太く、意味なく長い脚には、皮付きスケルトンですら生理的嫌悪感を催す細毛がびっしりと生え揃っている。

 襲い掛かってくるのは、馬鹿みたいにデカい蜘蛛の怪物。

 食料探しはまだまだ続きそうだ。


「鬼蜘蛛バーサークスパイダーですか。相変わらず乙女的にはマイナスポイントが多すぎる魔物ですね」

「へぇ。あれって、そんな名前だったのか」


 タランチュラが可愛く思えてくる化け蜘蛛を暢気に眺めながら、俺はいつものようにポイズンアッシュを手に取ろうとして、途中でやめる。

 そういえば、村にいたカガリビトを倒したときに新しい剣を拾ったな。

 鞘の中ではなく、抜き身のままぶら下げていた刀身が漆黒の剣。

 俺は栄養事情のよさそうな化け蜘蛛相手に、新商品の使い心地を試すことにした。


「ミヤ、あの蜘蛛相手に、お前はどれくらい戦える?」

「そうですね……一匹ならなんとか」

「そうか」


 本当は化け蜘蛛三匹全てちゃちゃっと倒すつもりだったが、ついでにミヤの実力も確認しておこう。

 もちろん彼女は一応仲間なので、危なくなったら助けるつもりだが、一人でどれくらい戦えるのかは知っておきたい。

 さらに言えば、魔法使いってどんな戦い方をするのか見てみたかった。


「じゃあ、後ろの一匹は任せたからな!」

「え」


 そして驚きに固まるミヤを背後に置いて、俺は前方へ一気に加速。

 黒刀は見た目より重く、ずっしりとした感じだ。

 それを手元で何度か握り直しながら、俺は意識をけもくじゃらの怪物へ向ける。


「キシキシキシキシキシキシッ!」

「さすがに蜘蛛語はさっぱりわからんな」


 鋭い爪撃をあえて紙一重で避け、瞬間足の付け根を思い切り叩き斬る。

 

「キシシシィィィイイッ!」

「お、こいつは凄い」


 宙に飛沫あがる、なんだか酸っぱそうな漿液。

 毛だるまの脚は滑るように切断でき、化け蜘蛛はバランスを崩す。

 想像以上の切れ味だ。

 


「キシキシキシキシキシキシッ!」

「ん? ああ、そういえばもう一匹いたのか」



 黒刀の刃に惚れ惚れしていると、別の方向から甲高い叫声が聞こえる。

 そちらへ目を向けてみれば、まだ八本足が付いている化け蜘蛛の姿。

 そうだったな。俺は二匹受け持ったんだった。


「先にお前から潰すか」

「キシィッッ!」


 なんとなくやる気になってきた俺は、まるでタンゴを踊るかのように化け蜘蛛の攻撃を回避しながら距離を詰める。

 実際のところ、俺はこの蜘蛛どもともう何度も交戦してきている。

 正直、一匹や二匹相手だったらたぶん素手でも勝てるだろう。

 もちろん直接触りたくないので、現実にそんなことを試すことはないが。


「一本、二本、三本」

「キシィッ!」


 口笛を吹きながら、リズミカルに、振るわれる脚を順番に切断していく。

 黒い剣閃が空気を斬り裂くたびに、化け蜘蛛のシルエットがシャープになっていった。

 

「四本、五本、六本」

「キシキシキシキシッ!」


 背後で一旦スルーした方の化け蜘蛛が何やら叫んでいる。

 俺に構ってほしいのかな?

 寂しがり屋さんめ。


「悪いな、お前はもう終わりだ」

「キシ――」


 ――ザシュ、と弄んでいた化け蜘蛛に止めをさす。

 噴出する異臭のする体液を被らないよう気をつけながら、タイミングを計る。

 一、二、三……、



「今だ」



 振り向き様に、勢いよく剣閃を放つ。

 少し本気を出した一撃は、空を裂き、斬撃が風を生んだ。

 黒い影が、遅れて縦にズレる。


「キシィ――」


 またもや噴き出す気色悪い液体。

 鈍い俺の嗅覚にすら届く悪臭には辟易するね。


「さて、ミヤの方はどうなってるかな」


 真っ二つに切り離された化け蜘蛛の骸が地面に倒れるのしっかりと確認してから、俺は視線を一人の少女へ向ける。

 薄闇に輝く、赤い光。

 そこでは、実に興味深い、俺が望んだ通りの戦いが繰り広げられていた。




――――――



   

 カガリと名乗るカガリビトの強さは本物。

 あっという間に二匹の鬼蜘蛛バーサークスパイダーを倒して見せたカガリに、ミヤは改めて衝撃を受けていた。

 バーサークスパイダーは決して弱い魔物ではない。

 一匹なら彼女でも倒せるが、それは万全の状態のことであり、連戦の場合、とくに同時に二匹以上を相手する場合は勝てる可能性は一気に下がってしまうだろう。

 しかし、そんなバーサークスパイダー二匹相手に、カガリは遊ぶ余裕すら見せて完勝してみせる。

 規格外の怪物。

 ミヤにとっては、バーサークスパイダーよりもカガリの方がよっぽど化け物じみた存在に思えた。



「でもまあ、今は自分のことに集中した方がいいですかね……!」

「キシキシキシキシキシキシキシキシッ!」



 絶え間なく命を刈り取ろうと振るわれる、鎌のように鋭い爪脚。

 それを呼吸を乱し、必死で避けるミヤは、単調ながらも凶悪な猛攻の中に活路を探す。

 もしここで自分が敗北した場合、カガリが助けてくれるとは限らない。

 彼女は今、命懸けの戦いに挑んでいた。


「《ヒートロープ》」

「キシキシッ!」


 炎の鎖がバーサークスパイダーに伸びる。

 しかしそれは簡単に振り払われてしまい、有効打にはならない。

 

「だけど、意識はそれましたね」

「キシ?」


 目障りな炎を一蹴したバーサークスパイダー。

 だが掻き消された炎の後ろにいたはずの少女が消えていることに気づく。

 複眼が光り、酸性の液体が口から零れる。

 そして、腹部の底に炙られるような熱を感じ初めて、消えたものを見つけ出した。



「《イルフレイム》」



 爆発する猛火。

 一瞬の隙をついてバーサークスパイダーの腹下に潜り込んだミヤが、多量に魔力を込めた火属性中級魔法を炸裂させたのだ。


「キシィィィイイイッ!」

「頑丈ですね」


 痛み呻き暴れるバーサークスパイダーからミヤは一旦距離を置く。

 それなりにダメージを与えられたが、致死には至らない。

 魔力残量を確認しながら、ミヤは自らの世界の音を消した。



「集中」



 身体の中の魔力をかき集め、大きな力の波動に練り上げる。

 静かな魔力に宿る熱。

 足裏から響いてくる振動から、巨大な何かが迫って来ていることを感じ取る。

 短い間閉じられていた灰色の瞳を開き、彼女は焦げ臭い目標を見定めた。


「キシシシィィイッ!」


 大きく開け放られるバーサークスパイダーの口腔。

 そこに見える鋭い牙と底知れぬ闇に、ミヤは烈火の光を灯した。



「《フレイランス》」



 ――轟音と共に、バーサークスパイダーの口の中に炎の槍が突き刺さる。

 一発、二発、三発。

 全て魔力を注ぎ込んだ、火焔槍が次々とバーサークスパイダーの内部を焼いていく。


「キシィ……」


 そしてついに身動きを止めた黒い影。

 プスプスと、口から黒い煙を出しながら、ゆっくりとバーサークスパイダーは崩れ落ちる。


(なんとか、勝てましたか……)


 魔力の枯渇からの眩暈に視野が灰色になる。

 足にも力が入らず、ミヤも倒れ込んでしまいそうになるが――、



「ははっ! お前、俺と趣味が合うな。やっぱり狙うなら口の中、だよな? わかるよ、その気持ち。それにしても、お前がアルタイルにリトル・ウィッチなんて呼ばれてる意味がやっとわかったぜ」



 ――骨と皮しかない男が、温もりのない身体で、暖かな声をかけながら小さな魔女ミヤを抱きとめた。 




***

【Level:56/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】 

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