第14話 闇の三王
鬱蒼と茂る木々のせいか、水気が多くぬかるんだ地面を素足で踏みつけて進む。
これまではエビも裸足だったのでまるで気にしてなかったが、正真正銘の人間であるミヤとアルタイルが仲間になったことで、俺も靴が欲しいような気がしてきた。
まあ、今日まで何の問題もなかったので、気持ち次第なのだが。
「そういえば、このままのルートだと森を出て、ヘパイストス平原を通ることになりますよね」
「たしかにそうだな。よく考えたら、それ俺たち人間にとってはヤバくね? ヘパイストス平原なんて、有名なカガリビト発生地帯じゃねぇか。まさか、こいつ、俺たちをわざとそこへ連れて行って……」
「いや、そもそもカガリさんは私たちより遥かに強いんですから、そんな回りくどいことする必要なくないですか? きっと私たちのことを考えた、抜け道的なものを知ってるんですよ」
「なんだ。じゃあ、安心だな」
「はい。安心です」
そして大樹の間を歩いていると、なんとなく背中に視線を感じる。
ヘパイストス平原? カガリビト発生地帯?
この聞き覚えのないワードの羅列。
段々と気のせいから遠ざかっていく背後の気配。
まったくもって面倒だが、仕方ない。
一度仲間にすると宣言してしまったんだ。こいつらが裏切りでもしない限りは、友好的な態度をとるとしよう。
「……その、何だ? このままだと、お前たちにとって危険な場所に行くことになるのか?」
「まさかカガリさん、ヘパイストス平原のこと知らないなんて言わないですよね」
「その言い方だと想像がついてるようだが、まったく知らない」
「おい! お前マジか!? 知らないで俺たちをあそこに連れて行こうとしてんのかよ!?!?」
「はぁ……仕方ないですね。私が無知なカガリさんに、この世界事情を教えてあげましょう」
なぜかやたら上から目線なミヤに腹が立つが、俺は大人なので我慢した。
ちょっと顔が良い年頃の女の子ってのは本当に厄介だな。
「まずカガリさんは、カガリビトが生まれる場所に一定の偏りがあることを知っていますか?」
「いや、知らない」
「はぁ……同族のことくらい少しは知っておいてください。骨と皮以外にマシな頭があるんですから」
もちろん年下に俺は完全に舐められた発言をされても怒ったりはしない。なぜなら俺は大人だからだ。
可愛い女なんてみんなこんなもんさ。自分が何を言っても許されると思ってるし、実際は社会はそういう風にできてる。
「理由はわかりませんが、カガリビトは基本的に湖の近くに出現する傾向があるんですよ。カガリさんも生まれた時、近くに湖がありませんでしたか?」
「……たしかにあったな」
「そして、今このままの進行方向を辿ると、私たちはヘパイストス平原というところに出ます。このヘパイストス平原にはですね、“ヒッポカンポス湖”という大きな湖があって、その一帯は有名なカガリビト大量発生地帯として有名なんですよ」
「へぇ、そうなのか。なんか面白いな」
「何が面白いのかは知りませんが、もしこのまま進むなら、か弱い私のことも、大切な同行者としてよく考えてください」
そう言って無い胸を張るミヤを眺めながら、興味深いことを聞いたなと思う。
湖と俺たちカガリビト。まるで関係性がわからない。
試しに今の話を知っていたかエビに視線で訊いてみるが、返事はシュリンプギュル。知らなかったそうだ。
「なあ、そろそろ日が暮れる。もう休んだ方がいいんじゃねぇか?」
「珍しく建設的な意見ですね、アルタイルさん。どうします、カガリさん?」
「あ、そうか。お前たちって日が暮れたら動けないのか」
「シュリンプゥッ、ギュルゥ~?」
人間って、だらしないわねぇ~?
たぶんエビはそんな感じのこと言ってるのだろう。
「うわ。まさか、カガリビトって疲れとか感じないんですか? また嫌な知識が増えましたよ」
「じゃあ、ここらで休むとするか」
「うし! 飯だ! まずは飯だろ!」
食事か。旅のはじめの方ではしていたが、あるとき食べることを何日かするの忘れても、案外平気だということに気づいてから取ってない。
久し振りになんか、食べるとしよう。
「じゃあ、適当に魔物を狩ってくるぜ!」
「いってらっしゃい、アルタイルさん」
「え!? お前は来てくれないのかよ!?」
お喋りな人間二人組は、たぶんろくな働きはしないはずだ。
俺が何かしらの魔物を取りに行った方が効率がいいだろうな。
「いや、お前はここで寝る場と調理の場を整えてろ。魔物は俺がとってくる」
「は? 俺は留守番ってことか?」
「あ、じゃあ私は魔物狩りチームで」
「なんでだよっ!? 俺が行くって言ったときと反応が真逆なんですけどっ!?」
ミヤが同行の許可を取ろうとしているのか、視線を飛ばしてくる。
なので適当に頷いておくと、ヘラヘラした笑みをミヤは浮かべた。
珍しく笑ったと思ったら、嫌な笑い方だな。
「エビも留守番を頼む」
「シュリンプギュルッ!」
任せてっ! たぶんそんな感じ。さすがエビ。
どっかの口だけ剣士とは違って、頼りがいがある。
「もし危なくなったら、とにかく叫べ。できるだけ早く駆けつける」
「それでは、行ってきますね。アルタイルさん、エビさん。留守番よろしくです」
そしてミヤを引き連れ、俺は森の奥へと向かう。
――――――
「なあ、そういえば、ちょっと前に言ってたことで気になったことがあるんだが、訊いてもいいか?」
「構いませんよ。何でも訊いてください。無知なカガリさん」
森の中で手頃な魔物を探していると、ふと頭に引っかかっていたことを思い出す。
ミヤの態度に言及したいことは沢山あるが、この世界に関する知識がまだ足りていないのは事実なので、大人の対応をとる。
「村から離れるときに、この先はハイマ? とかなんとかの支配地とか言ってなかったか? そのハイマとやらは何だ?」
「え。さすがに嘘ですよね? カガリビトってそんなことも知らずに、篝火を目指していたんですか?」
半開きの目が開き、おおきな灰色の瞳がよく見える。
しかしその表情はこれまでのように俺をからかうものではなく、心の底から驚いているようだ。
「この世界に存在する篝火が焚かれている三つの場所、そこが一体どんな場所か、本当に知らないんですか?」
「ああ、知らないな」
「うっわ。凄いですね。悪い意味で凄いです。種族の壁を感じます」
「なんだよ? 一体あの炎のところに何があるんだ?」
たしかに、言われてみれば俺は盲目的に篝火を目指す旅をしていたかもしれない。
とにかく篝火を目指せと言われ、何も疑わずそうしていたが、よく考えるとあの炎の下に何があるのか、そもそもあの炎が何なのか一切知らない。
俺って案外ピュアだったんだな。
「あの炎……“ディアボロの篝火”は、闇の三王と呼ばれる支配者の住処にそれぞれ灯っています。闇の三王は、少し前までこの世界を支配してきた特別な魔物のことで、神に等しい力を持つと言われていますね」
「闇の三王? なんだよそれ。どんくらい強いんだ?」
「知りませんよ、実際見たことなんてありませんし。神に等しいと言われるくらいですから、めちゃくちゃ強いんじゃないですか?」
ちょっと待ってくれ。
初耳過ぎる衝撃の事実。
ただ篝火に辿り着けばいいと思っていたが、どうやらそうではないらしい
篝火の下に住む神に等しい力を持つ魔物、闇の三王。
凄いボスキャラ感あふれる名前だ。勘弁してくれよ。
「……ちなみに、俺たちが今向かっている篝火にはどんな闇の三王がいるんだ?」
「この先の地を支配しているのは、“夜の王”ゴーズィ・ファン・ルシフェルという、吸血鬼です。別名、最防の王と呼ばれていて、この大陸が消し飛んでも、かの王には傷一つつかないらしいですよ」
「……それは、凄いな」
大陸一つ消えても無傷ってなんだそりゃ。
それが事実だとしたら、勝ち目一切ないぞ。
しかも吸血鬼。強キャラ感半端ない。
これ大丈夫なのか? 別の篝火に進路変えようかな。
「ち、ちなみに他の王は?」
「この大陸にいるのは夜の王だけです。他の王はそれぞれ別の大陸にいるらしいですね。たしか残りの王は、“黒の王”ピルロレベッカ・ナーガイン・シヴァと、“影の王”ラグナ・イビ・クロノス、でしたか。黒の王は漆黒の竜で、影の王の方はよく知らないです」
「そ、そうなのか」
他の王はドラゴンと、謎の魔物か。
しかも他の篝火は別の大陸、つまり海を超えないといけないことがたった今発覚した。
全然気づかなかったが、もしかしてこの篝火を辿る旅って難易度ナイトメア級なんじゃないか?
「正直カガリビトは闇の三王を殺すために、篝火を目指しているんだと思っていました。そうでないならなぜ、篝火を目指していたんですか?」
「……そう言われたからだ」
「誰に?」
「……湖に」
「…………思ったより、カガリビトってユーモアに溢れた存在なんですね」
ミヤの俺を見る瞳に、変な優しさが宿る。
なんだよこれ。
俺凄い間抜けな奴みたいじゃないか。
「まあ、その純粋さは素敵だと思いますよ。とりあえず、旅の方針について、一度よく考えてみた方がいいんじゃないですかね?」
「……そうした方が、いいかもな」
隣りを歩く少女が、背伸びをしながら俺の肩に手を置き、慰めの言葉をかけてくる。
このまま無策で篝火に到着しても、おそらくバッドエンド直行だろう。
何かしら対策が必要だな。闇の三王とやらを倒すための。
***
【Level:56/Ability:悠久の時/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】