第13話 類は友を呼ぶ
「早く起きてください。アルタイルさん。ほら、早く」
「う、う~ん……?」
ペチペチ、ペチペチ、と一定のリズムで乾いた音がする。
音がする方へ目を向ければ、自然と視線が下がった。
そんな風に頬を叩かれているのは、先ほど下手糞な不意打ちに失敗して俺に気絶させられた男で、真顔でひたすら平手打ちを繰り返すのは俺の目を治してくれたミヤという名の少女だった。
「んあ? あれ? 俺は……ってお前はっ!?!?」
「あ、やっと目を覚ましましたね」
男はやっと目覚めたかと思えば、いきなり上体を起こし俺を鋭く睨みつける。
敵意が凄い。俺にはカガリビトの人間の友好の和を広げる仕事は無理そうだ。
そしてミヤはその実に血圧の高そうな男と俺の間に立ち、指を一本立てた。
「おい、早く逃げるんだっ! こいつは俺がなんとかする!」
「いえ、逃げる必要はありません。少し落ち着いてください、アルタイルさん。だいたい、さっき一撃で気絶させられたのに、どうやってなんとかするつもりなんですか?」
「さ、さっきのは油断しただけだ! 今度は時間を稼いでみせる! 俺に任せろ!」
「だから、落ち着いてくださいと言ってるじゃないですか」
地面に落ちた剣を拾い、早速いきり立つ男をミヤが宥めている。
どうでもいいが彼女の言う通り、こいつ程度じゃ俺をなんとかすることは不可能だろう。
欠伸を噛み殺し、俺はとりあえず事態を見守ることに徹した。
「お前こそなんでそんなに落ち着いてられるんだ!? 目の前にカガリビトがいるんだぞ!?!?」
「大丈夫です。彼は良いカガリビトですよ。親しみを込めてカガリさんと呼んであげてください」
「なにが良いカガリビトだ! お前頭でも打ったのか!?」
男の興奮はいつまで経っても収まらない。
別に急ぐ旅ではないので構わないが、彼女のさっきの言葉はどこまで本気なのだろうか。
『私を貴方の……カガリさんの旅のお供にしてくれませんか?』
つい数分前の言葉を思い出す。
そう、彼女は俺と一緒に旅をしたいと言ってきたのだ。
もちろん、俺の旅ということは、篝火を辿る命懸けの険しい旅だ。
キャッキャッウフフが見込める安全安心の異世界ツアーなんかでは決してない。
魔法を操る金髪の少女が何を考えているのか、俺にはさっぱりわからなかった。
「ほら、冷静になってください。カガリさんを見てくださいよ? こうやって私たちが隙だらけでお喋りしている間、彼はどうしてますか?」
「……俺たちの様子を黙って見てる」
「そうでしょう? カガリさんは良いカガリビトなんです。彼は人を襲わないカガリビトなんですよ。むしろ私たちを助けてくれたんです」
「……そうなのか? たしかによく見れば、さっきまで村を襲ってた奴らとは違うようだが……」
それにしても、さっきからミヤがやたら俺のことを良いカガリビトと言ってくるな。
ちょっと前まであんなに俺を警戒していた癖に。
いや、もしかして俺を牽制してるのか?
本当によくわからない娘だ。
「それで、話はまとまったのか?」
「うわっ!? カガリビトがまともに人間の言葉を喋ったぞっ!? スゲェっ!」
「そうなんです。カガリさんは賢いカガリビトなんです」
男は目を真ん丸にして驚き、ミヤはなぜか誇らしげな顔をしている。
なんだか小馬鹿にされている気がしてきたな。
「……だから! 話はまとまったのかって、訊いてるんだよ」
「すぐ近くにいたのに、私たちの話聞こえてなかったんですか? まだまとまってないですよ。私がこの後どうするつもりかも話してませんし。耳も遠いんですか? もう一度、魔法かけてあげてもいいですけど?」
とりあえず、ミヤとかいう少女の方は俺を馬鹿にしている。
これは明らかだ。
「どういうことだ小さな魔女? こいつとなんか取引でもしたのか?」
「はい。しました」
「マジかよっ!?」
そして男は男で、大袈裟なリアクションを繰り返している。
寝起きだというのに、元気なものだ。
「実は、カガリさんの旅のお供をさせてもらうことになりました。アルタイルさんも一緒にどうですか?」
「は? なんだと? ……おい、カガリとやら、お前一体何を企んでやがる……まさか!? こいつの身体目的!?!?」
「仕方ないんです、アルタイルさん。いつだってか弱い乙女の運命は悲劇で終わるんですよ」
「おい」
「冗談です」
ややこしい冗談を言わないで欲しい。特に真顔のままで。
「この提案は私の方からしたんです、アルタイルさん」
「あ? どういうことだよ? お前一体何考えてんだ?」
「女の子はいつだって色々考えているものです」
「答えになってねぇよ……」
男は呆れたように溜め息を吐く。
どうもこのやり取りを見る限り、ミヤという少女はいつもこのような感じらしい。
もしかしたら、かなり面倒な人間を旅の仲間に加えてしまったかもな。
「それで、アルタイルさんはどうします? 一緒に来ますか?」
「どうするっつってもな。こいつと一緒に旅をする理由がないんだが……でもまあ、お前のことが心配だし、いいぜ! この俺も付いていってやる!」
「おー、さすがアルタイルさんですー」
え、こいつも来るの。
パチパチと聞こえるミヤの適当な拍車が鬱陶しい。
「というわけで話がまとまりましたよ、カガリさん」
「え? は? ちょっと待ってくれ、疑問点で溢れかえってるんだけど――」
「俺の名はアルタイル・クリングホッファー! お前のことはまったく信用していないが、こいつがお前に付いていく限り、俺もお前に付いていく! 仲良くする気はないがよろしくな!」
「嘘でしょ? 本当にお前も付いてくるの?」
信用もなく、仲良くする気もないと言いつつ握手を求めてくる男に、俺は思いっ切り迷惑そうな顔を見せつける。
しかし、男は俺のそんな反応にも全くお構いなしで無理矢理握手を成立させた。
なんというか、疲労が凄い。
目を治すのに、まさかこんな代償を支払うことになるとは。
「……わかったよ。もう好きにしてくれ」
「よかったですね、アルタイルさん。気に入ってもらえたようです」
「へっ、か、カガリビトなんかに好かれても嬉しくないぜ!」
「でも顔が笑ってますよ」
「う、うるせぇ!」
突っ込む気力も残されていない俺は、そそくさと歩き出す。
というなぜ顔赤らめる。俺は男だし、骨と皮の怪物だぞ。まずそもそも別に気に入った覚えはない。
「じゃあ、まず最初に、俺の仲間を紹介するよ。こっちだ」
「なに? お前にも仲間がいるのか? そっちのカガリビトは大丈夫なんだろうな?」
「カガリビトなんかじゃない。もっと肉々しいものさ」
「カガリさん、ぼっちじゃなかったんですね。気になります」
そしてお喋りな人間を二人引き連れ、俺の帰りを待つエビの下へ向かう。
――――――
「おい、こりゃなんだ……?」
「うわ。凄いです。超美脚です」
村から少し離れた森の茂みの中に、ちゃんとエビは俺のことを待っていてくれていた。
予想通り、そんなエビの姿を見たミヤとアルタイルは二人揃って驚愕に息をのむ。
「シュリンプギュルゥ……?」
「怯えるな、エビ。大丈夫、こいつらは仲間だ。それに糞弱いから、もし俺たちを裏切っても、秒殺できるさ」
「スゲェ! お前この生き物と会話できるのか!?」
「あー、アルタイルさんはまずそっちを突っ込むんですね」
アルタイルは恐る恐るエビの身体に手を伸ばし、余裕で拒絶されていた。
当たり前だ。ずうずうしい奴め。
「それでカガリさん、この生き物は何ですか? 魔物、なのでしょうか。初めて見ますが」
「見てわかるだろ。エビだよ」
「え?」
「だから、エビだって」
「……あ、はい。わかりました」
ミヤはなんだかんだ物わかりがいい。
この不可思議な生命体についてもすぐに納得してくれた。
「さて、善は急げだ。早速旅を再開させて貰うぞ。俺たちは今、あの篝火を目指して旅をしていた」
「向こうは……ポーリ地方ですね。たしか“夜の王”の支配地でしたか」
二人の新顔をエビへ紹介することも終えた俺は、早速旅の目的地を指さす。
目指すは三つあるディアボロの篝火の内の一つ。
当然、見た感じここから一番近くにあるように見える炎の柱を目的地に設定している。
「行くぞ」
「シュリンプギュルッ!」
「おう!」
「はい」
深緑の木々の狭間から覗く、真っ赤な炎。
そこに何があるのかは知らないが、正直今は後ろに付く三つの顔の方が心配で仕方がない。
変な少女に、変な男に、変なエビ。
なんだこの変わり種ばかりのパーティは、と思ったが、よく考えたらパーティリーダーが異界の記憶持ちの骨と皮の怪物だった。
***
【Level:56/Ability:悠久の時/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】