第12話 お願い
「あ、あの、貴方はカガリビトなんですよね?」
「だからそう言ってるだろ? それに見た目的にもわかるとも思うけど」
ミヤと名乗った少女はまだ混乱状態が解けないのか、落ち着いた声ながらも戸惑いを隠せていない。
まあそれはいいか。とりあえず俺の眼を治せるのか聞いてみよう。
「なあ、いきなりで悪いんだけど。君って回復魔法は――」
「そいつに手を出すんじゃねぇぇっっっ!!!」
――だが俺がミヤに和やかな調子で問い掛けをしようとした瞬間、後ろから大声をあげて何者かが襲い掛かってきた。
髪は紅く、それなりに体格も良い人間の男だ。
どうやら俺をこの村を襲撃したカガリビトの仲間か何かと勘違いしているらしい。
それならそれで、せっかく背後をとったのに大声を出すなよ。
相手に気づかれるだろう。馬鹿なのか?
「うおおおおっ!」
「声でかいって」
「がっ!?」
太刀筋は悪くはないが、威力も不十分だし、何より遅い。
軽く剣を弾き飛ばし、空いている方の手でアッパーをお見舞いしておく。
もちろん殺しはしない。ただ意識が飛ぶ程度に加減した一撃だ。
「あ、アルタイルさん」
「大丈夫。気絶しただけだ」
白目を剥いて倒れる男を心配したのか、ミヤがポツリと言葉を漏らす。
しかし目の前で剣士らしき男が一蹴されたにも関わらず、それほど驚いた様子はない。
やはりそれほど強い男ではなかったようだ。
「さて、そんじゃあ話を戻すけど、君って回復魔法使える?」
「回復魔法? 光属性の魔法のことですか?」
「うん? いや詳しくは知らないけど、ほら、なんか傷をフワーって治癒してくれるやつ」
「たぶんそれが光属性の魔法です。使えますよ、私」
「マジでっ!?」
そしてあらためて魔法が使えるかどうか尋ねてみれば、驚いたことに彼女はビンゴだった。
当たりも当たり。大当たり。
ついに長い間探してきた、回復魔法の使える人間を見つけ出した。
「なら、それで俺のこの眼を治してくれないか? ほら、命を救った礼っていうことで」
「……ああ、なるほど。それが狙いでしたか。どうも最近のカガリビトは賢くなったようです。私に魔法を使わせ、用が済んだら殺すんですね?」
「いや、別に殺さないよ。傷を治してくれたら、その後は好きにしてくれていい」
「信用できませんね」
だが思ったより交渉は難航。
ミヤの、というより人間のカガリビトに対する不信感が高すぎる。
この年頃の少女の扱い片もよくわからない。まあ、俺も人間だった頃の年齢はよく覚えていないけど。
「本当だって。俺を信じてくれ」
「考えてもみてくださいよ。現在私は貴方に生かされている。それは確かです。しかし、貴方の傷を治した後の私が生きているかどうかは、不確か。ならば現状維持を保つことは当然なのでは?」
「うっ、言われてみれば……でも、でもだ! もし、俺が魔法を使わなければ殺すと言ったら? そしたらどうするんだよ?」
「どうせ死ぬならば、怪物の手助けをせず死んだ方がマシです」
これはお手上げだ。
もう何を言っても言い返される気がするし、俺に断固として回復魔法をかけるつもりがなさそうだ。
たぶん昔から俺は口喧嘩が弱かったんだろう。
「わかった。わかったよ。もう好きにしてくれ。俺はもう行く。別の親切な人間を探すことにするよ」
「え?」
これ以上の問答が無駄だと判断した俺は、退散を決心する。
村の外ではエビが俺のことを待ってくれているはずだし、いつまでも無意味な時間を過ごしていても仕方がない。
「収穫はこれだけだったな……結構業物っぽいし。一応貰っておこう」
ミヤを助けるときに首をスパンとしたカガリビトが持っていたのであろう、黒い刀身の剣を俺は拾う。
触った感じだと、中々にいい感じだ。
収穫物として、新たな武器を手に入れられただけよしとするか。
「あ、あの、本当にこのまま何もせず行くんですか?」
「まあ俺も暇じゃないんでな。傷を治してもらえないなら、もうここに用はない。篝火を辿る孤独な旅に戻るさ」
ミヤがまるで心外といったような言葉を発するが、それも今やどうでもいい。
しかしこれは問題だな。素直に人間にお願いしても、まとも受け入れてもらえないってことがわかった。
これからは、交渉のやり方に工夫する必要があるかもしれないな。
「それじゃあな、ミヤ・マスィフ。君の幸運を祈ってるよ」
「…………」
そして最後にと、俺は別れの言葉を告げるが、好感度不足のせいか返事は戻ってこなかった。
少しだけ寂しい気もするが、俺の顔はイケメンフェイスとはほど遠い。それも自然なことだろう。
うっかり踏みそうになる紅髪の男に気をつけながら、俺は惨烈なありさまになってしまた人の住処を後にする。
「待ってください。わかりました。貴方の傷を治しましょう」
――と思ったが、しかしその瞬間聞こえる、俺の動きを止めるに十分な言葉。
反射的に振り返ってみれば、こちらを真っ直ぐと見すえる金髪の少女が一人。
目元を覆う前髪から覗く灰色の瞳には強い意志が見えた。
「お? 本当に?」
「はい。これは賭けです。私が生き残るための」
言葉の後半はよくわからないが、たしかにミヤは今イエスと答えた。
何が引き金になって彼女の考えを変えたのかも不明だが、それはどうでもいい。
今重要なのは、ついに俺のお目めがパッチリバッチリ復活するということだ。
「じゃ、じゃあ早速頼む!」
「あ、そんなに顔を近づけなくても大丈夫です。というか近づけないでください。不気味なので」
嬉々とするあまりミヤに詰め寄ってしまうが、軽く拒絶させる。
れっきとした人間だった頃の名残か、今でもたまに忘れしまうんだよな。自分の顔が骨と皮だけの異形だってこと。
「それでは、いきます。……《光復》」
「うぉ……?」
ミヤが静かに一声すると、淡い光が彼女の手から溢れ出す。
その仄かな輝きはそのまま俺の顔を包み込み、優しい暖かさを齎した。
流れ込んでくる、熱い光。
俺の中を満たし、照らした光はやがて収まり、そして俺に幸福を運んでみせた。
「……お? お!? おおおおっっ!?!? 見える! 見えるぞ! ははっ! 見えるぞぉいっ!?」
「あまり顔の近くで叫ばないでください。迷惑です」
失って初めて大切だったと気づけるものもある。
この世界に来た初めの頃に失った片目の視力が、たしかに復活していることに喜びが爆発してしまう。
視界の半分を常に覆っていたモヤは完全に晴れた。
いつもの倍は速く動けそうな気分だ。
「ひゃっほいっ! ありがとう! 本当に助かったよミヤっ!」
「は、はい。なんか急に凄いですね。なんというか、怖さが倍増しました」
昔どこかで見た少年漫画では、視力を失った方が強いキャラクターなんかがいた気がするが、あれは嘘っぱちだな。
両目と共にはっきりと見えていた方がいいに決まっている。
「それじゃっ! 俺は今度こそ行くぜっ! 本当の本当にありがとなっ!」
「え?」
そして俺はこの喜びをエビとわかり合うべく、スキップで村の外へ向かう。
初めて眼鏡をかけた時くらいの衝撃、解放感だ。
なんか手頃な魔物いないかな。ウキウキで切り刻みたい気分だ。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
だがまたも俺を呼び止める声。
その声は本来、俺の動きを止めるには不十分だったが、とても気分の良い俺は言葉通り足を止めてあげる。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「え、えーと、貴方が約束を守ってくれる、他とは違う特別なカガリビトだということはわかりました。そこで、一つだけ私の方からお願いがあるのですが、少し聞いてみてはくれませんか?」
「お願い?」
一瞬悩む素振りを見せたミヤだが、大きく深呼吸すると俺の瞳に強い視線を飛ばす。
お願いか、今の俺はとても上機嫌だ。できる限りなら協力するつもりだ。
何より俺の目を治してくれたからな。
――しかし、金髪の少女のお願い事は、俺の想像の斜め上を行っていた。
「お願いです。私を貴方の……カガリさんの旅のお供にしてくれませんか?」
……もしかしてこの子、骨皮フェチなの?
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【Level:56/Ability:悠久の時/Gift:嘆きの加護,憐みの加護/Weapon:不治のポイズンアッシュ,不壊のファゴット,狂気のローブ,ありふれた鞘】