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第10話 隻眼



「おい、なんだこの騒ぎは?」

「……アルタイルさん、剣を抜いておいてください」


 ダイダロスの森海。そう呼ばれることの多い大陸一の森林地帯。その一角に少女やアルタイルが暮らすホグワイツという村はある。

 そのホグワイツ村が居住地区を拡げる区間に向かって行くと、何やら喧騒が近づいてくるのがわかった。

 灰瞳を鋭くさせる少女。彼女に言われた通り、自慢の得物を手に取るアルタイル。

 間違いない異変がそこにはあった。




「あ、貴方はアルタイル様! それに小さな魔女!」

「ん? おい! そんなに焦って一体どうしたってんだ?」


 すると、突然額に大粒の汗を浮かべた女が二人の方へ走り込んできた。

 息を切らし、切迫した気配を滲ませる女にアルタイルが事情を伺う。


(この人、たしか村長の神官の人だ。見たことある)


 その様子をアルタイルの背後から見やっていた少女は、切羽詰まった雰囲気の女の顔に見覚えがあった。

 ホグワイツ村にて神官という占いなどで村長への助言をする役割を持つ女。

 決して村を飛び出して、森中を走り回るようなことをする女ではない。

 嫌な予感をすでに覚えていた少女は、いよいよその疑念を強めていく。


「カガリビトが! 集団のカガリビトが村を襲いにきたのです! 今は村でも腕利きの者たち、さらにザッピアーノ様やカルロス様が対処に当たっていますが、それでもこちら側が劣勢です!」

「集団のカガリビトだと!? それはヤベェ! おい! 小さな魔女! 今すぐ加勢しに行くぞ! お前は俺たちを呼ぶように村長に言われたのか!?」

「はい! そうです! 今すぐ二人を探せとの命を受けました!」

「聞いたろ!? 早いとこ行くぞ! 今にも村が滅びかけてるんだ!」

「……そうですね。行きましょう」

「お願いします。村をお救い下さい」


 そこまで言い終えると、女は体力を使い果たしたように地面に座り込んだ。

 そしてアルタイルと少女も脱兎の如く走り出す。ここからホグワイツ村まではそう遠くない。カガリビトの襲撃からまだそれほど時間は経っていないと判断できる。


(集団のカガリビト……聞いたことがないわけじゃないけど、実際に遭遇するのは初めてね。でもこのタイミングでの襲撃。もしこれが例の“隻眼”の仕業なら厄介なことになる。姿を見られた隻眼が、こちらの討伐体勢が整う前に攻め込んできたと考えられるもの。はぁ……最悪。レベル20オーバーで頭もキレる。やっぱり私死にそう)


 魔法で身体能力の底上げをし、凄まじい速度で駆け抜けていく二人。むろん、アルタイルも下級以上の魔法は使えないが、無属性魔法である魔力纏繞は扱うことができる。

 やがて走り続けること一分足らず、彼女たちは記憶の姿が見る影もなくなったホグワイツ村に辿り着く。



「シネ、イキルモノ、ミナゴロシ」

「がっ…はっ……!」



 悲鳴と血臭に包まれた小さな村広場。

 背中を錆びた槍で一突きにされた男の目から光が失われ、すぐにその骸も地面に放り捨てられてしまう。

 顔見知りの死体を踏みつけながらカタカタと笑うのは、骨と皮しかない異形の怪物。

 

 カガリビト。


 少女とアルタイルの愛した村はすでに、死の化け物によって破壊し尽くされていた。


「てっめぇぇぇっっっっ!!!!!」


 アルタイルが怒りを露わに剣をカガリビトに向ける。

 新たな獲物を見つけたカガリビトも槍を構え、命を奪おうと刃を輝かせた。


「シネ、ニンゲン」

「死ぬのはテメェだよ! クソ野郎がっ!」


 十分な速度を持った正面の槍突きを躱し、カガリビトの懐にアルタイルは一気に潜り込む。

 すかさず剣を手首だけで跳ねさせ、相手の腕を一本奪う。


「ガァァッ!?」

「その槍も元々テメェのモンじゃねぇだろ!?」


 カガリビトは片手で槍を振り回すがアルタイルには当たらない。

 正確性を欠いた攻撃を鼻で笑いながら、彼は念には念をと残った腕も一刃に斬り捨てる。


「ちっとは筋肉つけてから出直してこいよ、バケモノ」


 そして両腕を失い混乱に動きを止めたカガリビトの隙を見逃さず、アルタイルは首筋に剣閃を叩き込む。

 見事な一閃に狂いはなく、異形は頭部を地面に落とし、すぐに転がる頭部を追うように身体も横に倒れた。


「ふぅ……これでまずは一匹――」

「《フレイランス》」

「――って熱ちぃっ!? なんだなんだ!?」


 しかしアルタイルが剣を下げ一息つこうとした瞬間、背後から肌を焼くような熱風が起こり、彼は慌てて後ろを振り向く。


「ガァァァ……」

「は? カガリビト?」


 振り返った先には、身体の中心に極太の炎槍を差し込まれ息絶えるカガリビトの姿。

 焦げるような嫌な臭いと共に、アルタイルがまったく知覚していなかったもう一匹の怪物は膝から崩れ落ちる。


「油断大敵。死にたいんですか? アルタイルさん?」

「小さな魔女……悪りぃ、助かったぜ」


 そして呆気にとられるアルタイルに話しかけるのは金髪の少女。

 どうやら彼女の魔法によって、自分を不意打ちしようとしていたカガリビトが倒されたのだと知り、アルタイルは感謝の言葉を述べる。

 そんなアルタイルにさらに忠言を繰り返そうと少女は口を開きかけるが――――、



「逃げろ……アルタイル、小さな魔……女」



 ――民家の影から現れ、言葉半ばで意識を失った男にそれを遮られる。


「あ? おい! カルロス! お前なのか!? 一体どうしたんだよっ! おいカルロス! 答えろ!」

「アルタイルさん。カルロスさんはもう……」


 倒れたまま動かない男に駆け寄り、アルタイルが肩を揺すってみるが返答はない。

 瞳を開いたまま呼吸を止めた男の名は、カルロス・エルナンデス。

 卓越した剣術に加え、魔法も得意とする魔法剣士だ。

 だが村の中でも名の知れたカルロスは片腕を失い、全身を赤く染めたまま決して反応を返そうとはしなかった。


「嘘だろ? カルロスがやられるなんて……」

「アルタイルさん、立ち上がってください。カルロスさんのことを悔やむのは、アレ・・を倒してからです」

「あ? ……アイツはっ!?」


 カルロスが倒れた民家を曲がった道の先。

 そこを悠湯と死屍累々の道を歩く一際大きな影。

 咽返るような絶望の気配を撒き散らす、その影の両手には何かが掴まれていて、赤い軌跡を道に綴りながら引き摺られている。


「隻眼のカガリビト……!」

「引き摺られているのは、ジャノとザッピアーノさんですね。この様子だとあの二人はもう、それに村長や他の村人も……」


 骨と皮の怪物。

 今しがた少女とアルタイルが倒したカガリビトと姿こそ、似ているが、その全身から放たれるプレッシャーの差は桁違い。

 少女は自らの呼吸が浅くなるのを感じながら、片目を潰した怪物の鎖骨付近に目を凝らす。


「レベルは……26、ですか。これはジャノやザッピアーノさんが負けるのも納得ですね」

「マジ……かよ」


 ジャノ、それはホグワイツ村で少女を除き唯一の魔法使い。

 ザッピアーノ、彼は特殊な格闘術を収めた無二の格闘家。

 しかし、その二人は今、たった一匹のカガリビトに無造作に投げ捨てられ、そのまま動きを止めている。

 そして両手が空いた隻眼のカガリビトは、腰に差した黒い刀身の剣を抜き去った。


「来ます」

「ちっくしょうっ! やるしかねぇかっ!」


 先に動いたのはアルタイル。

 一直線に隻眼のカガリビトに向かっていく。


「死にやがれこの死に損ないがっ!」

「……フン」


 渾身の太刀筋を振りかぶるが、それは易々と黒い刃に防がれる。

 破片一つ飛ばない黒刀。微動だにしない隻眼の怪物。

 

「こいつはヤベェ……!」

「アルタイルさん!」


 逆に弾き飛ばされたアルタイルの剣。

 しかし隻眼のカガリビトが、反撃に転じようとした瞬間、赤い煌めきが爆ぜる。


「《イルフレイム》!」

「ナイスアシストだ! 小さな魔女!」


 爆炎は少女の中級魔法。

 それでも煙幕に浮かぶ巨影が健在で、少女の魔法が有効打になっていないことは明らかだった


「これは時間稼ぎにしかなりません。さっさと、致命傷の一つや二つ与えてください」

「できたらもうやってるつのっ!」


 そして煙の中から黒い刃が突き出て、アルタイルは必死の防御に押し込まれる。

 少女も魔法で援護を続けるが、結果は芳しくない。

 圧倒的な実力差。

 アルタイル、少女の中に敗北という名の死が近づいていく。


「げっ! しまった――」

「アルタイルさん!」


 均衡が破れる。

 アルタイルの剣が弾き飛ばされ、その刹那彼の腹部に強烈な膝蹴りが叩き込まれたのだ。

 吐血が舞い、アルタイルは勢いよく地面を転がる。

 さらなる追撃を回避しようと、少女がさらに爆炎を連発させた。


「ニンゲン……」

「あ、やり過ぎましたかね。これ、私先に死ぬ感じですか」


 隻眼のカガリビトの追撃を食い止めることに成功させた少女だが、代わりに隻眼が自分のを捉えたことに気づき彼女は苦笑する。

 注意は逸らせた。

 しかし状況は悪いまま。

 俄然自分の方に向かって突進してくる姿を見て、少女はあっさりと己の生存を諦める。


(あーあ。これは無理。私、死んだな絶対。はぁ……生まれる時代間違えた。全裸で街を歩いても誰にも襲われないくらいもっと安全な時代に生まれたかったなぁ)


 あまりの窮地に普段ではまずしないような妄想をしながら、少女はただとぼんやりと空気を斬り裂いていく黒の刀身を眺めていた――――、



「シネ」



 ――血飛沫が噴出し、丸い物体が空を飛ぶ。

 続いてドサリと重量ある物が地面に倒れる音。

 満ちる静寂は、また一つの命が消えたことの証明。


「……ってえ?」


 そして頭部を切断され物言わぬ骸と成り果てた――隻眼のカガリビトを見て、少女は素っ頓狂な声を上げる。

 なぜ私が生きていて、隻眼のカガリビトが死んでいるのか。

 明らかな困惑。

 しかし彼女の前に立つ、別の大きな影が困惑の答えであり、なおかつ新たな困惑の種だった。

  

 

「生きたニンゲンに会うのはずいぶんと久し振りだ。しかも、結構可愛い。今回は当たりだな」



 真紅に染まった不気味なローブに身を包み、そこから覗く顔は骨に皮だけを張り付けた異形。

 真っ直ぐに少女の顔を見つめる瞳は、たった一つ。



「隻眼のカガリビトが……もう一匹?」



 首と胴体を切断された隻眼のカガリビトに足を乗せ、何やら楽しそうに笑う新手のカガリビトの黄金の瞳に、少女は他の何者とも違う輝きを見た。




***

【Level:?/Ability:?/Gift:?/Weapon:?】  

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