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第1話 骨と皮

 


 自己の存在に理由を求めた魂は、長い長い旅に出る。


 彼女はそれを生と呼んだ。


 疲弊した魂は歩みを止め、やがて長い長い眠りにつく。


 彼女はそれを死と呼んだ。


 しかしある時、彼女は疑問に思う。


 今、自分は旅の途中なのか、それともすでに眠りについているのか。


 自分は生者なのか、死者なのか。


 問い掛けに答える者はいない。


 そこで彼女は眠りについた魂に旅の夢を見せることにする。


 死者に生者の夢を見せたのだ。


 彼女は道標として、夢見る死者へ篝火を焚く。


 夢の中で、彼女は旅する魂へ声をかける。



 闇に光を灯せ、と――――――、







――――――


「はっ! ……ここはどこだ?」


 まるで深い深い海の中から、気を失う直前で顔を出したような気分。

 全身にはなんともいえない倦怠感。

 たしか俺は自室の寝室で眠っていたはずなのに、どうにも背中の下はクッション性ゼロのようだ。


 バチ、バチ、そんな乾いた音を立てながら篝火がすぐ横で焚かれている。


 辺りは真っ暗で、数メートル先までしか見渡すことができない。

 手で地面を適当に撫でてみれば、灰っぽい土の感触がする。

 最悪だ。

 どうも屋外らしい。

 拉致られたのか? 拉致るならもっと相応しい奴がいるはずだろう。


「この篝火を見る限り、近くにはこの火を焚いた誰かがいるはず……でも、そいつを待ってた方がいいのか? それとも今のうちに逃げた方が……?」


 ブツブツと癖の独り言を呟きながら、周囲を注意深く窺う。

 しかしどこを見渡しても都会では中々お目にかかれない暗闇が広がっているだけで、それ以上は何も見通せない。

 ここから動いた方がいいのか。それとも無暗に動かない方がいいのか。

 俺は迷っていた。


 どうするべきだ? そういえば何か持ち物は……。


 今更ながらになるが、自分自身の状態確認をすることを忘れていた。

 何かこの状況を打開するために役立つ物が、ポケットか何かに入っているかもしれない。


「……ってあれ? ポケットがない? うん? というかそもそも俺、服着て……」


 しかし、俺はここで絶望的な事実に気がつく。

 なんと俺は服を身に着けていない。つまりは全裸という職質大歓迎な格好をしていたのだ。

 大丈夫なのか? ここにきて、俺の貞操が知らない間にゴートゥーハイしてしまった可能性さえ生まれる。

 慌てて俺は下半身へと視線を移し、ぶらんと露出されているはずのブツを探した。


「は? なにこれ? これ本当に俺の……ってうわぁぁぁっっっっ!?!?!?」


 ――瞬間、俺は軽く発狂してしまう。

 俺は自分の目に映っているものが信じられなかった。

 嘘だろ。嘘だと言ってくれ。

 

「俺のムスコが……骨と皮だけになってる。しかも俺の手も、身体も……」


 フニャン、そんな音さえ出そうにないほど、情けない姿になってしまった俺のセクシャルスティック。

 というかこの箇所に関しては元々骨なんて存在しないか。ただの皮。もう二度と直立することは叶わないただの皮あまりだ。

 そして他の身体の部分を見てみても、筋肉のきの字もない、病的に細い腕、足、胴体。顔を触ってみても、骨に皮一枚纏わせただけという硬質な手触りだけ。


「俺……人間じゃなくなってる……?」


 どう考えても人間止めてる。

 そういえば全裸なのに寒さも暑さも感じない。

 髪の毛だけが残っていることにも別に感謝する気分にはならない。

 目が覚めたら包茎スケルトンになってました。

 笑えない。まったく笑えないぞ。


「なんでこんなことに……これってもしかして夢か?」


 試しに右頬をぶん殴ってみる。

 普通に痛い。

 俺は少し泣きそうだった。


 いやまったく意味がわからないぞこれは。俺はこれからどうすればいい?


 このまま人里に下りていったところで、よくて珍獣としての見世物や研究材料。悪くて即殺処分だろう。

 なぜか不健康的な黒に染められた薄っぺらい皮をつまんでみるが、何も面白い気分にはならない。

 眠気も食欲もついでに性欲も湧く気配はしない。どうやら本格的にグッバイヒューマンライフしたようだ。



「グルル……」

「ん!? なんだっ!?!?」


 

 するとその時、俺の背後に広がる暗闇から唸り声のようなものが聞こえる。

 野生の獣だろうか。

 全身の危機察知センサーが全力でパーカッションを鳴り響かせていた。


「グルル…ッ…!」

「嘘、だろ……!?」


 そして満を持して唸り声の正体が姿を現す。

 篝火の赤い光に照らされるのは、俺と同じくらいの大きさをした犬のようなナニカ。

 でも犬じゃない。あんな犬、俺は知らない。

 二つの頭を持つ犬の、四つの瞳に睨まれながら、俺はもし自分がまだ人間だったら失禁しているだろうなと思った。


「死んだ……これは死んだ。絶対死んだ。今の俺を、元々生きていると言っていいのかは疑問だけど」


 ゆっくりと距離を詰めてくるモフモフの怪物。少しでも怖くないようにポチと名付けよう。

 唾液をダラダラと垂らすポチの牙はどう見ても不衛生かつ危険で、あれに噛まれたらまず絶命は避けられない。

 こっちには篝火が焚かれている。だから近づけないとかないのか?


「グルルァァッッッ!!!」

「篝火関係なかったぁぁっっっ!?!?」


 容赦なく俺にとびかかってくるポチ。

 その速度は驚異的で、一瞬でポチと俺の距離はゼロになる。

 目の前に迫る凶悪な牙を眺めながら、俺の頭の中で様々な思いが駆け巡った。

 昨日の夕飯なんだっけ。

 死にたくない。

 定期そろそろ切れるよな。

 死にたくない。

 まだ借りたDVD返してないわ。

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない――――、



 ――闇に光を灯せ。



「俺はまだ死にたくないっ!」



 瞬間、誰かが俺の背中を押した気がした。

 そして知らない間になぜかポチは空中で静止していて、バチバチと絶え間なかった篝火の音も今は聞こえない。

 

 ――光に手を伸ばせ。


 またも誰かが俺に囁きかける。

 宙に浮いたままのポチの真下へ潜り込み、俺は篝火の中に思いっきり手を突っ込んだ。

 感じるのは仄かな温もり。熱くはない。

 不思議なことだが、俺にはわかっていたんだ。

 その燃え盛る火の中に剣が隠されていることを。


「あった!」


 たしかに感じる硬い感触。

 俺は迷わずその剣を焔中から引き抜き、あからさまな隙をみせるポチの腹部へ全力で突き刺した。


「死にさらせぇっっっ!!!」


 赤みを帯びた刃は何の抵抗もなく肉を貫く。

 この時、初めて熱が手に伝わった。

 


「――グルルァッッ!」



 ふいに再び動き出す時間。

 篝火の火音が戻り、怪物の濁った絶叫が反響する。

 

「はぁっ…はぁ…これでどうだ……!」

「グル…グルァ……!」


 勢いよく地面に落ちたポチ。そのすぐ横で尻もちをつく俺。

 剣はポチの腹部に深く刺さったままで、俺はといえばなぜか疲労困憊。

 もう満足に動くことさえできそうにない。


「グ…ルルァ……!」

「マジかよ……まだ動けるのか」


 だがポチは倒れた身体を起き上がらせ、またも俺に牙を向ける。

 今度こそ絶体絶命。もう俺に打つ手はない。

 意識も朦朧としていて、今すぐ横になりたい気分だった。


「グルァ…!」


 ポチの唾液が顔につく。

 臭いは別にしない。嗅覚もどうやらどこかに行ってしまったようだ。

 やっぱり駄目か。俺もここまで。

 骨と皮だけになってもやっぱり死ぬのは怖いな――――、



「グル……ァ………」



 ――しかし牙は俺には届かない。

 ドサリと、大きな音を立ててポチは地面に倒れ込んだ。


 あれ。なんだこれ。俺、助かったのか?


 横になった巨躯の怪物を見つめても、もうピクリともしない。



「俺、生きてる……!」



 そして俺も深い安堵の息を吐きながら横になる。

 バチバチと聞こえる篝火の音が、やけにうるさく聞こえた。




***

【Level:7/Ability:悠久の時イーオン・テンプス/Weapon:不治のポイズンアッシュ】  

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― 新着の感想 ―
[良い点] カクヨムのヘタレかつサカンの円環のエピソードから転生してこちらに辿り着きました。 成程こんな世界が先にあったんですね。時々コメ欄でチキンとかスキンとかあったので教えてもらった感じです。 […
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