4月19日②(家族が壊れた日)
梨絵からの唐突な問い掛けに、少し間を置いてやっと敦志から出たのは答えにならない言葉だった。
「どうした急に?」
「いや、別に意味は無いけど。例えばの話しよ、もし離婚したら敦志は子供たちをどうしたいかなーっと思ってさ」
梨絵の話しを聞き、敦志は何だかよくわからないが、悪い冗談だと思い少し安心した。
しかし、安心した敦志を余所に梨絵の離婚に関する敦志への問い掛けはこれだけでは終わらなかった。
「離婚したら慰謝料はどっちが払って、いくらくらいなのかなー?」
「子供たちの養育費はいくらくらいになるの?」
「財産はどうやって分けるの?」
気分の良いやり取りではないが、敦志は梨絵と話せる喜びを不快な気持ちを上回り、一つ一つ自分の知っている知識の範囲で答えた。
正直、何故こんなに離婚に関することばかり一所懸命に聞いてくるのか疑問は頭から離れない。
「もし、敦志は離婚したら何したい?」
離婚に関する最後の問い掛けに敦志は少し考えて答えた。
「う~ん、もし離婚して一人になったら前の仕事に戻るんじゃない?」
敦志は元々、仕事人間で前職ではやりがいあるポジションを与えられ、日々奮闘していたが些細な人間関係がこじれてうつ病になり、泣く泣く退職していた。
「前の会社に戻れるの?」
梨絵は興味津々に聞いてきたが、この様子に敦志はまた違和感を覚えた。違和感の理由は、梨絵は前の会社を帰りが遅く、休みも無い、出張も多いことから快く思っていなかったからだ。
「給料も当時ぐらいに戻るの?」
梨絵は更に突っ込んだことを聞いてくる。
「まあ、同レベルぐらいは大丈夫じゃないか?」
敦志は少し適当に答えながら、前の会社に戻ることは無いと心の中で自分に言い聞かせた。
確かに今の会社は前職に比べて、給料は約半分だが残業もほとんど無く、完全週休二日制で家族で過ごす時間を多く取れて敦志は満足していた。そして、梨絵もこの生活を誰よりも望み、満足しているはずだった。
梨絵との目的がよくわからない会話をしているうちに18時頃自宅に到着した。
遅めのお昼バイキングで家族みんながお腹いっぱいだったので夕食は後回しにしてお風呂に入ることにした。
お風呂に入る組合せは先に敦志、燐太郎、亜依が入り、その後に梨絵と葉菜が入るのがいつものルールになっていた。
敦志は風呂が好きだが、子供たちと入る風呂は会話も楽しく、とても大切な時間にしていた。
家族全員が風呂から上がり、のんびりしていると梨絵から急に話しがあった。
「ちょっと用事があるから出掛けてくるね、10分くらいで帰ってくるから」
少し驚いたが、敦志は疑うこと無く出掛けることを許した。ただ、珍しくきっちりとメイクをしていたので軽い冗談を飛ばせてみせた。
「用事って男にでも会うのか~?」
「まさか、買い忘れたものを買いに行くだけ」
間髪入れずに梨絵は否定して、さっさと車の鍵を持って玄関を出ていった。
「♪♪~~♪~~♪」
10分程すると敦志の携帯が鳴った、相手は梨絵だ。
「みんなで公園に桜を見に行かない?」
突然の提案に、風呂上がりの敦志は気乗りがせず、また今度にしようと断った。
「ママ来ないねー」
時計は20時を廻り、珍しく燐太郎が心配そうに敦志に聞いてきた。
「パパ、ママに電話してっ」
今度は葉菜も心配そうに敦志に話し掛ける。わかったと敦志は頷き、梨絵に電話する。
「プルルー、プルルー、・・・」
電話は鳴るが梨絵が出ることはなかった。そして、こんなことを時間を置きながら10回ほど繰り返すが、やはり梨絵は出ない。
時間も21時を廻ったので、敦志はまずは子供たちを寝かし着けた。やっと3人の子供が寝息を立て出したのは22時をとっくに過ぎた頃だった。
理由はわからないが、電話に出てくれない梨絵に敦志はメールを送った。
「大丈夫か?何かあったのか?」
しかし、当然のように梨絵からの返信は無かった。いよいよ時間も遅くなり、胸騒ぎが止まらず、居ても立ってもいられない敦志は車で梨絵を探しに出掛けた。
すると車で探すこと約5分で、梨絵の車は簡単に見つかった。しかし、車内には梨絵の姿は無いく、ドアはロックされていた。
敦志が車内をよく見ると、梨絵のバッグと携帯のランプが光っているのが見えた。
敦志は急いで、自宅に帰り梨絵の車のスペアキーを持って元の場所に戻った。そして、車の鍵を解除して梨絵の携帯を開いた。しかし、着信履歴では何もわからず、メールBOXを開いた。
敦志はメールの内容に言葉を失った。
メールには自分の知らない男と梨絵の信じ難いメールが大量に残っていた。
メールを見てわかったのは、今この時間も梨絵はその男と過ごしているという悪い夢のような現実だった。
梨絵に、我が家に何が起きたのか敦志はすぐに理解出来なかった。ただ、梨絵の携帯を持って子供たちが眠る自宅に帰ることにした。
この日、敦志の中で大切な何かが崩れ、壊れた。
そして、24時を過ぎても梨絵は家に戻ってくることはなかった。