表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

腹ペコ人狼さんと夜更かし赤ずきん(後編)

別名、ネタばらし編。

床に落ちた私の頭巾を拾うと、ヨハンはまた優しげな表情に戻って頭をなでた。

私は返してもらった赤い頭巾をぎゅっと握る。

一瞬体がこわばるのは今さっきまでの展開的にどうしようもない。

でも、誤解って何?

「まず一つ目。レイチェル、君はハロウィンの夜のことをどんな風に理解してる?」

「え・・・。どうもこうも、小さい頃からずっと言われてきたわ。『ハロウィンの夜には、本物の魔物が暴れだす。夜遅くまでキャンディをねだる子は、魔物に食べられて帰ってこられない。』って。」

なんで今更ハロウィンの噂のことを聞くんだろう。

「そう・・・。じゃあハロウィンはいつもどうやって過ごしてきたの?」

「昼間は村の子たちを仮装したり、お菓子食べたり配ったりして、ハロウィンパーティして・・・夕方には家に戻っていつもより早めにベッドに入るの。母さんたちが早く寝ろってうるさいから。」

今年はおばあさんの見舞いに来たからちょっと違ったけど、例年ならとっくにベッドに入ってる時間だ。

そういうと、ヨハンはまるで今にも慌てて走り出しそうなくらい顔色を悪くした。

「じゃあレイチェルはハロウィンの夜に行われていることを知らないんだね?キャンディの意味も?」

「キャンディってこれ以外に何かあるの?ペロペロキャンディとか、スティックキャンディとか、そういうこと?それに村の皆もハロウィンの夜は早く寝るんじゃないの?」

少なくともハロウィンの夜の我が家の就寝時間は夜の7時だ。

私の言葉話聞いて、ヨハンは深く深くうなだれた。耳も尻尾もへんにょりと萎れている。

「ああ・・・レイチェルごめんね・・・。俺は勘違いしてとんでもないことを・・・。」

「???」

首をかしげると、頬っぺたを赤く染めながら、もごもごと口を開いた。林檎色の赤い目はキョロキョロとせわしない。

「あの村ではね、ハロウィンの夜はまぁなんていうか・・・お見合いみたいなのがおこなわれてるんだよ。」

「は?お見合い?」

思わず聞き返す。お見合いって、あのお見合い?結婚する人が出会うやつ?

「そうさ。昔からの風習でね、相手のいない適齢期の若い男女は大体あの祭りに参加して、番を見つけるんだ。」

「番って・・・。」

やたら表現が動物的だな、なんて思いながら思い出してみる。言われてみれば確かに去年結婚したロンとリリーが付き合い始めたのも、今年2人目の子どもが生まれたマックとキャロンが結婚したのもハロウィンのすぐあとだった。

納得できるけど、ひとつ気になることがある。

「お見合いって言っても、狭い村だからみんな顔見知りじゃないの?」

そう私の住んでる村はド田舎で住んでいる人の出入りはあまりない。知らない人同士ならいざ知らず、なんで知り合い同士でお見合いする必要があるのか。

ハロウィンの夜なんて待たなくても、普通にお付き合いを始めても何ら問題ないと思うけど。

「ハロウィンの夜に行われるのはね、特別なんだよ。」

もじもじと恥ずかしそうにヨハンが言葉を詰まらせる。さっきまでカニバリズムに目覚めてた人とは思えない。あ、人狼か。

「ハロウィンの夜のお見合いは、男女のその・・・体の相性を含めてなんだ。あの夜だけは無礼講ってことになってて、参加したら気に入った奴とベッドに入って、相性が良かったらカップルが成立する。」

あんぐりと顎が外れそうになる。そ、そんな破廉恥なことが私がぐーすか寝てる間に行われていたというのか・・・!?

「じゃ、じゃあ、あの噂って・・・。」

「子どもを早く寝かしつけるって意味もあるんだろうけどね。

『ハロウィンの夜には、本物の魔物が暴れだす。夜遅くまでキャンディをねだる子は、魔物に食べられて帰ってこられない。』

・・・魔物ってのは本性をむき出しにした男のことで、キャンディはそういう行為を指す隠語。帰ってこれないってのはお嫁に行ってしまうってことかな。」

ほう。つまり、あの噂を直接的に表現すると、『ハロウィンの夜には、本物の魔物が暴れだす。(=ハロウィンの夜のお見合いパーティでは、皆が本性むき出し☆)夜遅くまでキャンディをねだる子(=相性の合う相手を見つけた女の子)は、魔物に食べられて帰ってこられない。(=お嫁に行ってしまって、実家に帰ってこれない。)』と・・・。

もう、なんてコメントしていいのか・・・。

「私、断じてそのお見合いに参加いたことはないわ。」

私がきっぱりいうと、またへにょりとヨハンの耳が萎れる。ちょっと面白い。

「うん。さっきのやり取りでわかったよ。怖い思いをさせてごめんね。俺はてっきり君が参加したのかと思って・・・。」

安心させるように、頭をなでるヨハンに私は胸をなでおろす。

カニバリズムはどうかと思うけど、孫娘が不埒なことしてないか心配だっただけなのか。

「ヨハンは孫娘の貞操を心配してくれただけなのよね。」

そういうと、ヨハンはピシっと固まる。私はその反応に首をかしげた。

「ねぇ、さっきから思っていたけど、その孫娘って何の話・・・?」

「え?何の話って・・・。」

照れなくたっていいのに。

「ヨハンはおばあさんの愛人・・・ああ、おじいさんはもう亡くなって久しいから恋人?なのよね。だからいずれ孫娘になる私のこと心配してくれていたんでしょ?」

私の名前を知っていたのも、さっきのやり取りの中で言っていたように私の好物の練習してくれたり、見守ってくれていたのも孫娘を思ってのことなのだろう。いささかやりすぎな気もするけど。

「そんな馬鹿な!マーブルがいくつかわかってる!?いくらなんでも無理があるだろう?!愛人のわけがない!」

ものすごく青ざめたヨハンが私の手を取って詰め寄る。

「ええ!?だって、さっき私がおばあさんのこと好き?って聞いたら好きって言ったじゃない!」

あの言葉は何だったの!?

「それは家族みたいな意味でだよ!10年以上いびられて・・・いや、師弟みたいな関係だったんだ。好きか嫌いかって聞かれたら好きだけど、断じて恋愛感情じゃない!」

「じゃあなんでヨハンは私の名前知ってたり、好物の練習したり、見守ったり、ハロウィンのことであんなに怒ったりしたの?私が孫にならないなら関係ないじゃない。」

ありがたいけど、面識がなかったおばあさんの弟子?になんでそこまで心配されるんだ。おかしいでしょう。

そういうと、またガッと腕をつかまれる。さっきと違うのは、ヨハンの瞳がどろりとしていない代わりに、ギラギラと炎みたいに瞬いていることぐらいだ。

「関係ないわけないだろ!?俺はずっと君が好きなんだ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?

ヨハンの顔をガン見すると、彼は耳まで真っ赤だった。

・・・どうやら聞き間違いではなさそうだ。

「え・・・好きって・・・?」

「俺はね、ずっとずーっと君のことが好きだったんだよ、レイチェル。初めて君を見た時からずっと。」

真っ赤な顔をしているくせに、彼は私の頬をいやらしくなでる。

私は思わず椅子からずり落ちたけど、逃がすものかとばかりに、ヨハンも床に座り込む。

「・・・初めて会ったのって今日じゃない。」

カラカラの喉を酷使して、何とか言葉にするけど、ヨハンは赤い顔で蕩けそうにほほ笑むと静かに首を振った。

「ちがうよ。君が認識してくれたのは、今日かもしれないけれど・・・俺はずっと君を見てた。君が5歳くらいかな・・・。初めてこの森に来た時からずっと。」

「ごっ、5歳!?」

おばあさんがおじいさんを亡くして森に住むようになったのは確かにそのくらいだから、初めて森に入ったのは確かにそのくらいかもしれないけど!

「そう。レイチェルはこの赤い頭巾を貰ったばかりのころで・・・とてもかわいらしかった。」

頭巾を貰った当初は、確かにうれしくってはしゃいでいたような気がする。今はもうすっかりないと落ち着かない感じだけど。

「その頃の俺はね、とっても寂しかったんだ。人狼は一人立ちしたら群れから離れて一人で暮らすんだけど、俺は子どもの時から群れから離れて気が付いたら一人ぼっちだったんだ。だから、一人ぼっちがつらくて寂しくて・・・。でも君は、一人で遊んでいてもとても楽しそうだった。」

いや、確かに同年代の子がいないからおばあさんの家に来ては一人遊びに興じてましたけどね?ボッチの私の姿を見て、ヨハンは何を思ったんだろう。

ヨハンは心底幸せそうな声で続ける。

「なんであの子は一人なのにあんなに楽しそうなんだろうって思って、ずーっと見てたんだ。それでそのうち、些細なことで喜んだり、悲しんだりしている君を見て、おいしそうだなぁって思うようになったんだ。」

・・・え?

お、おいしそう・・・?

「おいしそうで、おいしそうで・・・あんまりにもおいしそうだから、食べちゃおうかなぁって思ってたら、マーブルにつかまってね。『うちの孫娘になんか用かい、クソガキ』って。」

お、おばあさん・・・!さすが現役狩人!子どもとはいえ人狼の隙をついて捕まえるなんて世界広しといえど、家のおばあさん位にしか出来ないんじゃなかろうか。

「俺も子どもの時は素直だったからね、マーブルに言ったんだ。『あの子があんまりにもおいしそうだったから、食べようとしてた』って・・・。今思えば殺されても文句言えないこと言ったと思うよ。」

うん、私もそう思うよ。

「そしたらマーブルにこっぴどく叱られて、尋問されてね。あらかたマーブルに話したら呆れた顔されて、『坊主、そりゃあおいしそうはおいしそうでも違う意味だろ。あんたはレイチェルのことが好きなのさ』って言われてね。子どもだったから俺は食欲と勘違いしてたんだ。」

・・・ほんとに勘違いでいいんだよね?

人狼は人肉食べないよね?

「それからは俺はマーブルに弟子入りしたんだ。『うちの孫をくれてやってもいいと思うまで、アンタみたいな危険思想のガキにレイチェルを会わせてやるわけにはいかない。その代りレイチェルの婿になれるように鍛えてやる』って言われてね。だから直接会えなかったし、レイチェルがマーブルの家に来た時は外出したり、隠れていたりしていたけど、俺はずっと君が好きだったんだ。好きだったから、あの因業ババアの仕打ちにも耐えられたんだよ。」

今さりげなく全力でおばあさんのこと悪く言ったあたり、二人の関係性が透けて見えるようだ。

けど、この言葉に偽りはないのだということはいくら私がアホでもわかる。

この、ヨハンという人狼は、

私のことが好きだったから、私の名前知ってて。

私のことが好きだったから、おばあさんに弟子入りして。

私のことが好きだったから、好物の練習もして。

私のことが好きだったから、他の人に身体を許したのかと思ってあんなに激昂したんだ。

・・・・・・私からしたら知ったこっちゃない努力だし、勘違いだからなんだか理不尽な気もするけど。

「と、とりあえず、ヨハンの気持ちはわかった・・・。

えっと・・・好きでいてくれてありがとう?」

とりあえず、お礼を言うとヨハンは蕩けそうな表情をさらに緩ませて、すりすりと尻尾を私の足に絡めてきた。く、くすぐったい・・・!

「レイチェル・・・。」

どこか熱っぽいようなヨハンの吐息が耳にかかってぞわぞわする。

ええい、負けるな、私!

「で、でもね。私はヨハンにあったばっかりで、好きとか、そういうのはまだわかんないよ。」

そういうと、ヨハンは瞳を潤ませて、私をじっと見つめる。

「レイチェルが恋人・・・いいや、夫に求めるものは何?俺は全部叶えるよ。」

「え?急にそういわれてもなぁ・・・。」

ふと、どんな人だったら結婚したいか考えてみた。思いついたものを指折り数えてみる。

「えーと、私のこと大好きでいてくれて・・・。」

「うん、俺はもちろんレイチェルが大好きだよ。」

え、えっと次は・・・。

「浮気しないでいてくれて・・・。」

「レイチェル以外を雌だと認識してないから大丈夫。」

いや、雌って。なんかほかに言い方あるでしょ。

「あ、あと家事ができる人で・・・。」

「俺は家事得意だよ。レイチェルの好物の野菜のたくさん入ったポトフだって、ぱさぱさしてないミートローフだって、甘いかぼちゃのパイだって作れるよ。」

うん、確かにあのご飯は美味しかった。

「で、できればそれなりの見た目で・・・。」

「俺の見た目は好みじゃない?」

いや、滅茶苦茶カッコいいと思うよ。

林檎みたいな赤い目も似合ってる。私赤好きだし。

「きちんと働いてて・・・。」

「言ってなかったけど、今は俺がこの森の主だから、食べるのには困らないと思う。」

ぬ、主なの!?

あ、あとは・・・・。

「私の家族を大切にしてくれる人がいい・・・かな?」

「マーブルのこと、病院につれてったのは俺だよ。もっと大切にしろっていうなら、努力する。」

うん、それはホントに助かった。

おばあさん絶対家だと安静にしなさそうだし。

「あ、あれ・・・・?」

私の結婚の要件、ほとんど満たしてるんじゃないの?むしろ結構ごねたから理想は高いと思うんだけど。

「ねえ、レイチェル・・・。俺にしとこう?」

さっきまでの赤い顔はどこへやら。

誰もが見とれるような艶やかな笑みを浮かべて私の首筋にすり寄った。

「うひゃっ・・・!」

「俺、レイチェルのお婿さんになりたいな・・・。レイチェルはヤダ?」

「い、いや・・・だから出会ったばっかでわかんないっていうか・・・!

お婿さんにいいかどうか確認する術もないしさ・・・!」

私がそういうと、ひょいっと首筋から顔をあげて、ぺろりと舌なめずり。

あ、なんか私まずいこと言ったっぽい。

「そうだね・・・。じゃあ確かめるために、2人でお見合いをしようか。」

「はっ・・・!?お、お見合いってまさか・・・!?」

驚く間もなく、私はヨハンに抱え上げらて、運ばれていく。

行く先は・・・そっち寝室ですよねー!?

「せっかくのハロウィンの夜だもんね。2人できちんとお見合いをして、それから決めようね。」

「え、いや、あの、その・・・。」

「ハロウィンの夜に夜更かししちゃったレイチェルが悪いんだよ。」

そ、それ、不可抗力では・・・!?

「んむっ・・・!」

言い返そうとした私の唇が、ヨハンの唇でふさがれる。

私の手からするりと赤い頭巾が零れ落ちて、蝶番が音を立てて扉が閉まった。





・・・・・・それからのことは、私の口からはとても言えない。

ただ一つだけ言えるのは、おばあさんが退院するころには、赤ずきんこと、私レイチェルには人狼の恋人ができていて、さらに次の年のハロウィンには人狼の夫ができていたということだけだ。

・・・取り合えず、目下の私の悩みは過保護な夫と、親戚の嫁き遅れと名高い従妹に結婚と妊娠の報告の手紙を送ってもいいかどうか、ということである。


夜更かししてしまった赤ずきんちゃんは、10年来の初恋をこじらせていた人狼さんに美味しく食べられてしまったという、身もふたもないオチでした。

書いてるうちに、完全にR-18のアブノーマルプレイになっていたので、ギリギリ健全な方向に片付けました。

この話は一応完結ですが、こんな感じで人外ものをシリーズとしてかきたいと思っています。すぐにかけるかは別として・・・。

この二人のその後ですとか、ヨハンとマーブルさんの間にあった話等々もし需要がありそうならあげたいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ