腹ペコ人狼さんと夜更かし赤ずきん(前編)
そろそろハロウィンの季節なので、ハロウィンを題材にしたお話です。
とある森に囲まれた村には、とてもかわいい女の子がいた。
女の子の名前は赤ずきん。本当の名前は別にあるのだけれど、おばあさんからもらった赤い頭巾を子どものころからつけていたので、村の人からそう呼ばれていた。
赤ずきんを知らない人は村にいない。
心優しく、聡明で、パッチリお目目のお人形みたいな女の子。
赤ずきんの住む村には、まことしやかに囁かれる噂があった。
「ハロウィンの夜には、本物の魔物が暴れだす。
夜遅くまでキャンディをねだる子は、魔物に食べられて帰ってこれない。
だから子どもは早くお家に帰らなきゃ。」
かわいいかわいい赤ずきん、ハロウィンの夜にうっかり夜更かし。
さてはて、夜更かし赤ずきんは一体どうなることやら。
◆◆◆◆
私の住む村には、変な噂がある。
「ハロウィンの夜には、本物の魔物が暴れだす。
夜遅くまでキャンディをねだる子は、魔物に食べられて帰ってこられない。」
魔物といったって、人以外の魔人はこの村の近くに住んでないだけで、王都のほうには人狼とか吸血鬼とかドワーフとか住んでいるらしいけれど、人を襲うなんてめったに聞かない。
けれど皆それを信じているみたいで、ハロウィンの夜はお菓子ねだりも仮装パレードも早々に、家に引っ込んでしまう。私も信じているわけじゃあないけれど、何となくハロウィンの夜はベッドに入るのが早くなる。
でも、16歳を迎えてから初めてのハロウィンの今年はそういうわけにもいかなくなってしまった。
ハロウィンの夕方、おばあさんの家に行っていた母さんから電話がかかってきた。
「えっ!おばあさんが寝込んでる!?」
「そうなのよー。ただのぎっくり腰だっていうんだけど・・・。
それで、ちょっとこれからおばあさんの家に行って様子を見てくれないかしら。」
「いいけど・・・今からだよね?」
思わず時計を見ると、時計の太い針は今にも4を指そうとしている。
今から森を抜けておばあさんの家につくころは夜も更けているだろう。私の不安もよそに母さんはカラカラと笑う。
「そうよー。いくらなんでも心配でしょ?お父さんもお母さんも町で仕事だからつくの遅くなっちゃうし。」
「でも、今日はハロウィンだよ?おばあさんの家につくころには夜遅くなっちゃう。」
私がそういうと、母さんはおかしそうに笑う。
「あー、あれねぇ・・・。あなたも16歳だし、子どもじゃないから大丈夫でしょ!
もしかして・・・怖いの?」
「怖くないよ!わかりましたぁ!行けばいいんでしょ、行けば!」
売り言葉に買い言葉。母さんからの電話を乱暴に切って、急いで出かける準備をする。
ええっと、何がいるかな。晩御飯の食材と、朝ご飯の食材はおばあさんの家にあるかな?後は私の着替えと・・・。
お見舞いになりそうなものを詰めたバスケットと、自分の荷物が入ったカバンを用意すると、すっかり外は茜色になっていた。家から出ると、仮装した子どもたちとすれ違う。
白布お化けにかぼちゃおばけ。包帯ぐるぐるのはミイラかな?
「あー!赤ずきんだー!」
「赤ずきん、お菓子頂戴!」
「赤ずきん、どこかへ行くの?」
飛びついてくる子どもたちをいなしつつ、子どもたちにポケットから小さなキャンディを渡す。
「これからおばあさんの家へ行くの。今日はあんたたちも早く家に帰るのよ。」
キャンディをもらった子どもたちは嬉しそうにかけていく。私にもああいう時期があったなぁ、なんて余ったキャンディをポケットに戻しながら子どもたちの背中を見ていると、ポン、と肩に手が触れた。
「あら、赤ずきん。これから出かけてしまうの?」
振り返ると、穏やかそうな笑みを浮かべた茶髪の女性が立っていた。
彼女はリーザ。この村の村長の娘で、私より少しだけお姉さんである。
「そうよ、これからおばあさんの家に行くの。おばあさん寝込んでるらしくて。」
「え!あのおばあさんが!?」
リーザが驚くのも無理はない。私のおばあさんは、それはそれはパワフルな人で、年老いた今も現役バリバリの狩人。おじいさんが亡くなった後も、息子夫婦の世話になんぞなるかとばかりに森の奥の小屋にひとり暮らしをしていた。
孫娘である私でさえ、おばあさんが風邪をひいたり病気になっているのなんか見たことがない。見たことあるのは葡萄酒をあおってへべれけな姿くらいなものだ。
「そう・・・。じゃあ今日、赤ずきんは村にいないのね。せっかくのハロウィンなのに。」
「え?ええ。今日はおばあさんの家に泊まるから。何か用事でもあった?」
首をかしげると、リーザはいいえ、と苦笑する。
「ただ、あなたが村にいないと知ったら、村の男の人たちは悲しむだろうなぁって。」
「何それ!あ、もうそろそろ行かなくちゃ!またね、リーザ!」
あまり遅くなると、おばあさんの家につくのも遅くなってしまう。
リーザに手を振って私は歩き出した。
「赤ずきんはまだ知らないのねー・・・。来年はどうなるのかしら。」
リーザが私が去った後、そんなことを言ってたなんて、もちろん私は知る由もない。
花畑の傍を通って、森を抜けるとあたりはすっかり薄暗くなっていた。
おなかもすいてきて、ランプの明かりも心もとなくなってきたころ、ようやく道の先に明かりの灯る家が見えた。おばあさんの家だ。
「おばあさーん!赤ずきんです!お見舞いに来たよー!」
コンコンとノックしながら声をかける。
けれど、おばあさんの朗らかな声は一向に聞こえてこない。
「おばあさん?はいるよー?」
キィッと古びた音を立てながら、ドアを開けると誰もいないダイニングが煌々とランプに照らされていた。
「おばあさん、寝てるの?」
荷物を適当にリビングにおいて、寝室のほうへ足を向ける。ちなみにおばあさんの家は2DKだ。
「おばあさ・・・へ?」
寝室につながる扉を開けると、おばあさんの姿はそこにはなかった。
けれど、人影はある。
寝室には、ベッドにもたれるようにして床に座り込んで寝ている青年がいた。
・・・誰だこのひと。それにおばあさんはどこに行ってしまったんだろう。
真相を握るカギは、きっとこの人が持っているのだろう。っていうか、ホントに誰。
よく寝ているようなので、少しだけ・・・いや、ガッツリ近づいて観察してみる。
カラスの濡れ羽のような黒の髪。鼻筋の通った整った顔。ふさふさのまつ毛。男らしいが、細身な体つき。まごうことなきイケメンだった。
起こさないと話は始まらない、始まらないのだが・・・。
「不審者っていう線も捨てきれないしな・・・。」
ただの美形の不審者だった場合、起こした時点で即アウトだろう。困った。
とりあえずいざという時のために武器になりそうなものを持ってきて起こすことにしよう。フライパンとか。そう思ってくるりとイケメンに背を向けたとき、足元に何かがフワッと触れた。
「○△□×!?◎▼×~!!??」
もはや言語化できない叫びが体中を駆け巡る。思わず足元を覗き見ると、ずんぐりむっくりとしたふさふさのものが私の足首にタシタシとあたっていた。
そろりそろりと、ふさふさの発生源を追っていく。
・・・イケメンのお尻から生えてない?
「・・・ひぅっ・・・!?」
思わず変な声が漏れてたたらを踏む。こ、この人・・・!もしかして・・・!
「・・・・ん・・・?」
私がプルプルしてる間に、パチリ、とイケメンの目が開く。
よく熟れたリンゴみたいな真っ赤な瞳は、不思議そうに私をとらえると、柔らかく笑った。
「・・・レイチェル。いらっしゃい。」
なぜ!私の本名を!知っている!?
村の人はおろか、両親ですら赤ずきんと呼ぶことが多いというのに!
思わず私は後ずさる。な、何者なの、このイケメン。
「あ、あの。あなたは一体・・・。」
「あ、俺は・・・『ぐぅ~』」
く、空気読んでよ!私のお腹ぁ!!!!
「おなかすいたの?とりあえずご飯食べようか。マーブルと作ったの、まだあったはずだから。」
私は羞恥に打ち震えながら首を縦に振った。マーブルはおばあさんの名前だ。おばあさんの知り合いなら、不審者ではないはず。・・・たぶん。