第09話 兄の高校生活(★挿絵あり)
「はいはい、点呼を取るわよ~」
早朝から、クレスティーナが魔物の言葉も交えて、掌を叩きながら迷宮内を歩いている。
点呼の時間だと分かったのか、迷宮内にいた魔物達が慌てて走り始めた。
1階層の異界門がある一番広い部屋に、迷宮内の全ての魔物達がやって来る。
勇樹から魔物の数を正確に把握するよう指示もあり、エモンナとの話し合いの末、迷宮にいる魔物全てを整列させて、数を確認するのが朝の恒例行事となっていた。
部屋に入って来た魔物達が、次々と並び始める。
とある犬人は食事中だったのか、口の中に入れた兎肉を慌てて飲み込むと、手をペロペロと舐めながら列に並んでいた。
産まれたばかりの新参者なのだろうか、挙動不審にキョロキョロしている子鬼もいる。
比較的頭の良い悪魔幼女に連れられて、列の後ろに並ばされていた。
「子鬼が24匹に、犬人が16匹で、悪魔幼女が8匹と……。順調順調っと」
狐耳の小さなお嬢様が腰に手を当てて、ご機嫌な表情で頷く。
そんなクレスティーナに、難しそうな表情をして近づく者がいた。
「え? 妙な子鬼がいる?」
「はい。クレス様、アレです」
エモンナが指差した先に、クレスティーナが視線を移す。
同じような顔の子鬼が並んでいるので、クレスティーナは気づかなかったようだが、よく見れば腰に帯剣をしてる子鬼が1匹混じっていた。
「この部屋に入った時に、クレス様が持ち帰って置いていた武器を拾い、まるで自分の物のように腰へ巻いてました」
「ふーん……」
昨日、亡くなった村人の亡骸を運ぶ時に、クレスティーナはムナザの武器も拾っていた。
ククリに形状が似た曲がりの強い湾曲刀を鞘に入れ、それを腰に巻いている子鬼をしばしクレスティーナが見つめる。
「今日の狩りに連れて行って、様子を見てみる?」
「そうですね。アレが飾りでなく、きちんと扱えるのであれば、良い戦力になると思いますので」
「……分かったわ。とりあえず、今日の狩りには半分くらい連れて行きたいんだけど、問題無い?」
「はい、問題無いかと」
狩りに連れて行く数と迷宮を守る数を話し合うと、エモンナが見送りの為に、昨日と同じように迷宮の入口まで付き添う。
「そうだ、エモンナ。さっき魔物を呼びに行った時に、3階層も魔素が流れてるのを確認したから、試しに魔樹農園を作ってみてよ」
「分かりました。それでは、悪魔幼女達に作業をさせておきます」
「悪魔幼女はエモンナの土魔法も使えるから、便利ね」
「私の扱う土魔法は、戦闘には使えませんが、魔樹農園を扱う際には役立ちます。悪魔幼女がいると、私が魔樹農園だけに専念せず済みますので、助かってますね」
エモンナの言う土魔法とは、土の中に拡散してる魔素を1ヶ所に凝縮する魔法だ。
魔樹農園を荒らしに来た鬼族を返り討ちにして、土へ埋めて肥料にしていた際に、その魔素を早く栄養にできないかと改良した結果できた魔法らしい。
お陰様でゴリンの実の生産力は格段に向上したと言うのが、悪魔メイドの持論である。
ご機嫌なエモンナに手を振って見送られながら、クレスティーナと魔物達の一団が森へ入る。
「キュピポイ、プルピプ!」
「え? またですか?」
適当にその辺を散策していると、犬人に背負われた悪魔幼女から、昨日と同じような報告を聞かされる。
武装した村人の集団が、またしても森の中をにうろついているようだ。
仕方なく昨日子鬼達を狩った場所を目指して、進路を西へと定める。
道中はもちろん、子鬼達に運んでもらいながら。
「オォオオオン!」
「キュランピ、プルピプ!」
「魔物ですね? 狩ってしまいなさい!」
犬人の遠吠えを聞き、魔界のお嬢様が偉そうにふんぞり返りながら、森の奥を指差して命令する。
当然のようにお姫様抱っこを子鬼にしてもらって、現場へ運ばせた。
魔物達の大乱闘を眺めながら、1匹の子鬼の行動を注意深く観察する。
若干くの字に曲がった刀を、勢いよく振り回す1匹の子鬼。
普段から使い慣れたように湾曲刀を使い、相手の赤子鬼を斬り裂いている。
動きも素早く、明らかに他の子鬼達とは違った動きをしていた。
「でも、どうしてあの子鬼だけなのかしら?」
楽しそうな表情で狩りをする子鬼を眺めながら、クレスティーナが首を傾げた。
狐耳のお嬢様が考え事をしてる間に戦闘が終わり、倒した魔物達が並べられていく。
「今日も赤子鬼が10匹と。こっちは誰も死んでないから、上出来じゃないかしら?」
その後、周辺を捜索しても魔物が見つかる気配がなかったので、魔物の死骸を運ぶよう指示を出して迷宮へと帰還する。
エモンナに戦果を伝えると、クレスティーナがお昼御飯の兎肉にかぶりつく。
「ということは、昨日死んだ者があの子鬼に生まれ変わったということですか?」
近くに村の子供達がいないことを確認して、エモンナが尋ねる。
ライデはリコナを呼びに3階層へ行ってるので、異界門のある部屋に2人はいない。
「あむ……んぐ。まあ、可能性の1つだけどね。今日、武器を初めて使ったにしては、随分と手慣れたように見えたし。普通の子鬼ではないことは、間違いないでしょうね」
兎肉を食べ終えると、すぐさまおかわりを要求する。
エモンナが焼き終わった兎肉を渡すと、それにかぶりつく。
「んぐ……そういえば。迷宮の方は、あれから誰も来てないの?」
「はい。魔人どころか、魔物1匹やって来てませんね。赤子鬼がうろついてますので、それを配下に持つ魔人が近くにいるのではと、警戒はしてるのですが……」
「赤子鬼が来てる方向は分かってるから、住処がそっちにあって、魔人もたぶんそこにいると思うんだけどねー」
「戦力もまだ整ってないうちに、こちらから攻めるのは危険ですね。距離が遠くなり過ぎると、私がクレス様の応援に駆けつけるのが、間に合わなく可能性もあります」
「そうなのよねー。あむ」
悩ましげな表情をしながら、クレスティーナが兎肉を頬張った。
お昼御飯を食べてしばしの休憩をした後、午後の偵察に出かける。
しかし、午後は日が暮れるまで待てども魔物は見つからず、昨日と同じく空振りで終わってしまう。
クレスティーナが魔物達と一緒に迷宮へ帰還すると、午後の戦果を報告する。
「相手の狙いが、よく分かりかねますね。こちらの戦力を分析するために、尖兵を1日10匹と決めて様子を見てるのでしょうか?」
「さあ、どうなのかしら? こっちとしては、栄養のある赤子鬼を送って来てくれてるから、迷宮の魔物も順調に増えてくれるし、このまま同じことを続けてくれれば嬉しいんだけど」
「クレス様、楽をしたいのは分かりますが、油断は禁物ですよ。オニ様の魔物に守ってもらえてるからと、暇つぶしに蟻の巣を掘ったりして、警戒がお留守になるのは駄目ですよ?」
「え? 何で知ってるの?」
「顔に書いてますよ」
本当に何か書かれていると思ったのか、驚いた表情のクレスティーナが、自分の顔をべたべたと触りまくる。
少し天然気味のお嬢様を見て、エモンナがクスクスと笑いながら口を開く。
「クレス様、お話は変わりますが、3階層のゴリンの実ができました」
「え? どんな感じだった!」
エモンナが侍女服のポケットから、小さな赤い実を取り出す。
赤と黄色の斑点がついた実を、クレスティーナがジロジロと観察する。
観察を終えると、おもむろにそれを口に放り込んだ。
「ん? 良いじゃないこれ! 大きさは変わらずだけど、魔力はしっかりと詰まってるみたいだし……。もう全部、3階層に引っ越しちゃう?」
「はい。後は魔力の量が更に増えて、大きさが本来のものになれば、文句はないのですが……」
「それは、4階層に期待するしかないわね」
魔樹農園の引っ越し作業をするために、クレスティーナ達は迷宮の奥へと向かった。
* * *
「んー、これは攻略情報が充実するまで、かなり時間がかかりそうだな……。地道にやっていくしかないかー」
難しそうな顔をしながら、パソコンのディスプレイを睨んでいた勇樹が、背筋を伸ばして顔を上げる。
早朝に起きてから新型ゲームの情報収集をしていたが、勇樹が想定していたより面倒臭い設定のようだ。
『異世界の住人(邦題)』のタイトルで発表された、最新VR技術を応用した今回のゲームは、世界各国の有名メーカーによる共同開発で作られたものだ。
プレイできるキャラクターには様々な種類がいるようだが、どの種族になるかはゲームのスタート時点でランダムに決定される。
村人から始まって魔物を討伐するもよし、獣人から始まって森の中を駆け巡るもよし、魔人から始まって人と敵対するもよしと、様々なロールプレイが推奨されている。
実際に、魔人から始まって村人を襲うロールプレイをしてる人もおり、ベータ版に参加している人達の様々な感想が、ネットに書きこまれている。
「やっぱ皆、パラメーターとか見えるステータス画面がないのに戸惑ってるんだな……。ていうか、死んだらセーブデータが勝手に消えて、最初からやり直しなのが面倒臭いよなー。今のキャラは沙理奈が気に入ってるみたいだから、キャラロストとかしたら、沙理奈が泣きそうだな」
ブツブツと文句を言いながら、新型ゲームに関連する様々なサイトを覗いて行く。
さっき見つけた『ケモナー同盟』と呼ばれるサイトでは、運よく獣人になれた人達で賑やかな感じになっていた。
毛の触感を楽しんだような書き込みが多数あり、女の子の友人同士で参加する人が多いらしい。
最近つくられたサイトと思われるが、アクセスカウンターのアクセス数の増え方がかなり早い。
沙理奈と同じような、ケモナー好きは割と多いようである。
書き込みの中に、『なぜ女性プレイヤー同士だけがボディタッチができるんだ。理不尽だー! 俺も胸をモミモ、じゃなくて毛をモフモフしたい!』というのを見つける。
「そんなことを考える奴がいるから、男性が駄目になってるんだよ」
不満そうな表情で、思わず勇樹が呟いた。
その書き込みの下には、『俺も男性プレイヤー同士でボディタッチができないのが分かって、ムシャクシャして友人を攻撃してしまったら、ケモナーをキャラロストした友人にマジ切れされますた。友人がキャラロストしたついでに、俺のレア種族っぽい竜人もキャラロストされましたが、なにか?』と書かれていた。
「無茶しやがって……」
その書き込みの下に視線を移すと、『無茶しやがって……』のコメントがいっぱい書きこまれていて、思わず勇樹がふき出した。
考えることは皆、同じようである。
「あれ? そういえば、性別の判定をするような画面って……」
勇樹がサイトを更に深く調べようとした所で、祖母から朝食の支度ができたことが告げられる。
時計を確認して慌てて席を立つと、まだ夢の中にいる沙理奈を起こしに妹の部屋へ走って行った。
朝食を食べ終わって、着替えも終わった勇樹が妹の部屋を再びノックして声を掛ける。
「沙理奈、行くぞー」
「あいあいあー」
扉の向こう側から、辛うじて人の声らしきものが聞こえた。
一応は起きてるようである。
玄関まで行くと、靴を履き終える。
勇樹が何度も携帯の時計を確認しながら、目的の人物が現れるのを辛抱強く待っている。
「おにぃ……ねむい……」
「バスの中で寝ていいから、バス停までは歩け」
とりあえず制服を着ましたといった感じの妹が、ようやく顔を出した。
酷いボサボサ髪で、寝ぼけ眼をこすりながら、玄関までフラフラしながらやって来る。
スカートのファスナーがきちんと閉じられてない状態に、思わず勇樹がため息を吐くと、それを閉じてやる。
勇樹が携帯の時計を確認すると、間もなく6時30分になろうとしていた。
沙理奈がノロノロとした動作で靴を履くと、「私をバス停まで誘導しろ」と言わんばかりに、勇樹が背負ってる学生鞄を掴む。
後ろを振り返って妹がついて来きてるのを確認しながら、慣れ親しんだ山道を降りて行く。
「ほら、バス来たぞ」
「うー……」
「さっさと寝ずに、遅くまでゲームしてるからそうなるんだよ」
まぶたがまだ開かないのか、半目状態で沙理奈もバスに乗る。
早朝だからか席はがら空きで、いつもの一番後ろの席へ座った。
座って早々に沙理奈は爆睡し、兄は眠る妹の髪を櫛ですいてやる。
多少のボサボサがなくなったところで、携帯でネット小説を読み始めた。
家から最寄りのバス停まで徒歩30分、更に待ち時間込みでバスを使って駅まで30分、更に更に電車で待ち時間込みで30分。
長い道のりを経て、ようやく学校近くの駅に到着した頃には、妹もおめめパッチリ状態のスッキリした顔になっていた。
バスも電車も、よく眠れたようである。
駅から学校へ向かう頃には、祖母が握ってくれたおにぎりを、沙理奈が行儀悪く食べ歩きしている。
「遅刻すんなよー」
「らじゃー」
通う学校が違うので、途中で沙理奈と別れると、勇樹が高校へ足を向ける。
同じような制服を着た、学生達の人波に混じりながら通学路を進み、高校の門を通った。
「勇樹」
教室のある2階へ向かって、階段を上がろうとしたところで声がかかる。
勇樹が振り返ると、黒い髪を肩の当たりで切り揃えた女子が目に入った。
声をかけた相手が幼馴染である真希と分かると、勇樹の顔が傍目から見ても分かるくらいに、面倒臭そうな表情に変わる。
「なんだ小姑」
「誰が小姑よ」
真面目そうな雰囲気の女性だが、右手を腰に当ると勇樹を睨んだ。
背は低く小柄だが、その大きく開いた目から放たれる目力には、彼女の意思の強さを感じられる。
勇樹は気にした風もなく、そのまま階段を上ろうとすると、その後を真希がついて来る。
「何か用か?」
「用があるから、声をかけてるのよ。毎回思うけど貴方達、あんなど田舎から通ってよく間に合うわよね」
「慣れだな」
真希には、勇樹達がいる村に住む祖母がいた。
祖母の家へ家族で帰省した際に、ご近所付き合いで勇樹達と知り合った経緯がある。
真希の祖母が亡くなってからは、村まで顔を出すことがなくなってしまったが、沙理奈とはメル友で今も仲が良いようだ。
ただし、勇樹とは顔を合わす度に何かと煩く小言を言ってくるので、勇樹には小姑と呼ばれていた。
「最近、モフモフできるゲームにハマってるんですって?」
「沙理奈から聞いたのか?」
「そうよ。さっちゃんから、メールでね。アレって、かなり流行ってるみたいね。隣町が抽選に当たったみたいで、クラスの子が見に行ったらしいけど、すごい行列なんだってさ。まあ、部活の皆は賞の締め切りとかで、ゲームなんてやる暇が無いって喚いてたけど」
「お前は見に行ってないのか?」
「あんたも知ってるでしょ? ゲームは、小学生の時に卒業したわよ。ストーリーの展開が気に入らなくて、ツッコミを入れるのに疲れるから、最近は全然やらないわよ」
「だよなー。やっぱり小説を書くのが趣味なると、自然とそうなるよな。小説のネタになるかもって思って、俺も参考程度に、沙理奈のゲームを後ろから眺めるくらいだな」
同じ小説を書く趣味同士だからか、似たようなところが気になって、ゲームを卒業してしまった2人である。
雑談をしながら歩いていると、教室の前まで来て、勇樹が不意に立ち止まった。
「で、肝心の本題は?」
「え? あー。実は、私も狙ってる賞の締め切りが近くてねー。推敲してるんだけど、ちょっと客観的な意見が聞きたくて。放課後、漫研に寄ってくれない?」
真希の言う漫研とは、漫画研究部と呼ばれる主に漫画を書く人達の集まりである。
しかし、真希はあくまで友人の手伝いで漫研に顔を出しており、主な趣味は小説を書くことであった。
周りから意見を聞けて、静かに執筆できる場所が欲しくて、部室を借りているだけである。
「お願いしますって、可愛く言われたら顔を出すかも?」
「ほう……分かったわ。もし顔を出さなかったら、貴方の黒歴史小説を、皆の前で朗読することになるけどいいかしら?」
「あいあい、行きますよ」
「よし。終わったら、『からあげさま』を奢ってやろう」
「やすっ」
「何か言った?」
「いいえ、何も」
真希とはクラスが違うので、教室前で別れると勇樹が教室に入る。
席に座ると学生鞄を置くなり、携帯を開く。
新着メールが入ってることに気づくと、メールの中身を覗いた。
本文を読めば、『今日もからあげさまに、おまけが入ってたのじゃー』と書かれた、いつもの自慢メールだった。
『小姑に捕まったから、帰りが遅くなる』と沙理奈に返信をすると、画面を切り替えて小説のネタを打ち込み始める。
しかし、そんな勇樹に別のメールが届いた。
真希からのようだ。
『放課後までに読め』のタイトルで、小説を投稿しているサイトのアドレスが書かれていた。
どうやら放課後すぐに、感想を聞きたいようだ。
勇樹は口の端をひくつかせながらも、真面目な性格ゆえか、黙々と幼馴染の小説を読み始めた。