第08話 お嬢様の偵察
「この馬鹿者がッ!」
日も暮れ始めた夕焼け空の下、大きな怒声が村の広場に響き渡る。
辛うじて怪我の軽かった若者達が地面に正座をさせられて、大人達に怒られていた。
その様子を遠巻きで眺める村長達に、顎ひげを蓄えた強面の男が近づく。
「村長、悪い報せだ。ムナザだけが、どうしても見つからなかった」
「もしかしたら、もう魔物達に……」
「うむ……。だが、もう夜になる。これ以上の捜索は危険だろう。ムナザについては、また明るくなってから捜しに行くとしよう」
疲れたような表情で報告する男達の肩を叩き、村長が労をねぎらう。
「ムナザが、独り身だったのが救いか。これで両親も生きていたら、どんなに悲しむか……」
「何が救いなものか! 村の者が、魔物に殺されたのだぞ!」
「落ち着け、まだ死んだとは決まっておらん」
口論を始めた者達を、他の者が宥める。
「村長、子鬼の死体を見つけた。でも、他の魔物と喧嘩したらしく、身体中が痣だらけだったり、獣に噛まれたような跡があった。ガキ共を探してる時に、犬みたいな遠吠えも聞こえたし、どうやら他にも魔物がうろついているようだ」
「獣? 山狼の可能性は、ないのか?」
「アイツらは、滅多にこの森まで降りてこん。それに、俺が知ってる山狼と声も違う。アレは別の何かだ。俺は見てないんだが、一緒にいた奴の中に、犬が後ろ足だけで走っていたのを見た奴がいるらしい。見たのは1人だけだから、見間違いだろうとは言っていたが……!?」
「オォオオオン!」
遠吠えのようなモノが、森の方から突然に聞こえる。
「村長」
「ああ。小さくだが、私にも聞こえた」
「場所は遠いが、さっき俺達がガキ共を拾った所からだな。俺達がいなくなったから、子鬼の死体を見つけたのかもしれん」
「村まで来ると思うか?」
「……」
村長の問いかけに、強面の男が難しそうな表情をする。
村長達は、既に逃げ帰って来た若者達から、魔人の出現とその配下の子鬼達が村を狙っているという話を聞いていた。
自警団を募り、村の周辺では男衆が警戒に当たっている。
「あいつらの話だと、赤い子鬼が30匹と鬼の魔人がいたらしい。もしそいつらが、一斉に村へやって来たらどうにもならんぞ」
「アレが30匹も群れになって、うろついているのか……」
「魔人は若い連中5人を、あっという間に倒してしまったらしい。魔人がやって来た時は、もうお終いじゃな」
「その話は、まだ皆に伏せていた方が良いじゃろう。だが、いつでも逃げれるように、準備だけはしとくよう皆に伝えねば」
「まったく、どうしてこんなことに……」
村長の傍では年配者達が集まって、村の者達に聞こえないよう話をしていた。
それを見つめながら、強面の男が口を開く。
「分からん。だが、やるだけのことはやるさ。もし来るなら、今夜だろう」
「誰か、あの子達を運ぶのに手を貸して下さい! 治療する部屋も、足りなくて……」
村の広場に、若者達の治療をしていた治療院から、白い聖職者の服を着た女性が走って来る。
それを見た数人の村人達が、治療院の方へ駆けて行った。
「ローミナ、皆の怪我の具合はどうじゃ」
「はい。父と母が手当てをしてますが、魔力が到底足りず、命の危険がある者を先に治療しました。教会から支給された魔石も、底を尽いてしまいました……」
「そうか」
一先ずは若者たちの命は助かったようで、村長達が胸を撫で下ろす。
「あの……隣国へ、買いに出掛けたダナンズさんは、どうしたのでしょうか? 教会から魔石を受け取るよう、父がお願いもしてたのですが……。ナテーシアに聞いても、まだ帰ってきてないと言われて……」
「うーむ。それなんだが……」
ローミナの言葉に、村長が額に皺を寄せて難しそうな表情をする。
「さっき外へ使いをやった者から連絡があったんだが、どうやら国境付近の村でも魔物が現れてるようでな。国境で、足止めをされてるらしい」
「そんな。それでは……」
「心配せんでよい。そっちは、国境に配備されてる騎士達が魔物の討伐をしてるようだから、数日後にはダナンも村まで帰って来るだろう。安心しなさい」
「分かりました。ありがとうございます。それなら、ナテーシアも喜びますね」
「そ、そうだな」
複雑そうな表情をする村長とは対照的に、ローミナが嬉しそうな笑顔を見せる。
ローミナが深々と頭を下げると、両親を手伝いに治療院へと走って行った。
「村長、リコナのことはどうするんだ?」
「はぁー、分かってる。だがその前に、この村が今夜を乗り越えることを考えるのが先決だ。私が生きてなければ、ダナンに叱られることもできん」
「確かにな」
逞しい顎ひげを撫でながら、男が頷く。
「国境の騎士達が、こっちまで来てくれれば有り難いんだがな」
「おそらく周辺の対応で、こっちまで手は回ることはないだろう。一先ず、村の戦える者達を全員集めてくれ。その者達には、素直に村の現状を話さねばならぬだろう」
「あいよ」
悲壮感を漂わせながら、村長達は今夜を乗り切るために、集会場へと足を向けた。
* * *
「そうですか。夜は、子鬼の襲撃はなかったのですか……」
「キュプイ」
クレスティーナの呟きに同意するように、悪魔幼女が頷く。
明るくなった外を迷宮の入口から眺めていると、後ろから人の足音が聞こえる。
「クレス様、見て下さい。今朝、2階層で採れたゴリンの実です」
背中から蝙蝠の翼が生えた侍女が、ニコニコと笑みを浮かべながら、手に持っていた実をクレスティーナに渡す。
赤い小さな実を陽の光に照らすと、紫でなく青い斑点ができているのが確認できる。
クレスティーナが、おもむろにそれを口に放り込んだ。
「あむ。……うーん。味はないけど、魔力は少しあるような気がするわね」
「そのようですね。1階層のも覗いてみましたが、昨日と変化はありませんでした。やはり階層が深い方が、より良い物ができそうな気がします」
「3階層が解放されたら、そっちに期待してみるしかないわね。更に良い物ができそうだったら、1階層と2階層の魔樹農園を3階層に移してみましょう」
1階層で採れたらしい小さなゴリンの実を、エモンナが悪魔幼女に手渡した。
エモンナ曰く、「あまり美味しくない」らしいが、背中から小さな蝙蝠の羽が生えた黒髪の幼女は、美味しそうに食べている。
食べ終わると、「キュプ~」と悲しそうな顔を見せた。
小さい実なので、やっぱり物足りないのかもしれない。
それを見たクレスティーナが苦笑する。
「そういえば、人の子はどうしてるの?」
「男は、朝から犬人と一緒に、一角兎を集める仕事を手伝わせてます。女は、体力があまりないようでしたので、リリスと魔樹農園の仕事をさせてます」
「リリス?」
「この子の呼び名です。オニ様が、先日そのような名前で呼んでましたので、私も使わせてもらってます」
「キュポ?」
エモンナに指を差された悪魔幼女が、不思議そうな顔で首を傾げる。
「ふーん、リリスねー……。まあ、いいわ。私は、外に魔物を狩りに行ってくるわね」
「え? お嬢様が、自ら狩りを……」
「何をそんなに驚いてるのよ。別に、狩るのは子鬼達だし、危なくなったら私は逃げて帰って来るわよ」
信じられないものを見た様に、目を見開いて自分を見るエモンナを、クレスティーナが口を尖らせて見つめ返す。
そんな主の視線を気にした様子もなく、悪魔メイドが感極まったように両手を握りしめる。
「あー。あのクレス様が、しばらく見ない間に、こんなに逞しくなって、ううっ……」
「ちょっと、なんで泣いてるのよ!」
「あの食っちゃ寝のクレス様から、狩りという言葉が聞ける日が来るとは……」
「誰が食っちゃ寝よ! しかも、涙が出てないじゃない!」
手に持ったハンカチを目元に当てながら、ウソ泣きをするエモンナに、思わずクレスティーナがツッコミを入れた。
「例え、偉そうに指示を出すだけの仕事でも、自分にできる仕事を与えられれば、こんなにはりきってお外に出られるとは……。オニ様には、感謝をしないといけませんね」
「もう、馬鹿にして!」
「お帰りになった際には、こんがり焼けた兎肉を用意しようと思いましたが、やめておきますか?」
「エモンナ、大好き! いつもありがとう!」
両手でバンザイして喜びを表現する主を見て、悪魔メイドも笑顔で頷く。
迷宮に戻って、昨日と同数の魔物達を集めると、迷宮の入口までエモンナが見送りにやって来る。
「あー。あのクレス様が、配下にした魔物を連れて、お出掛けをする日が来るなんて……いってらっしゃいませー! お昼御飯までには、帰って来て下さいねー!」
「もう、エモンナったら。いつまでも子供扱いして……」
「グギャア?」
ハンカチを手に持って、嬉しそうに腕を振るエモンナを見て、顔を赤くしたクレスティーナが恥ずかしそうに呟く。
ぶつくさと文句を言いながら歩く魔界のお嬢様を見て、子鬼達が首を傾げた。
森の中を、狐耳の小さなお嬢様と魔物集団の一行が練り歩く。
普段からあまり運動しないせいか、大した時間もかからないうちに、子鬼にオンブしてもらったりしたが、他の魔物を探して森の奥へ進む。
「キュピポイ、プルピプ!」
「え? そうなの?」
犬人に背負われた悪魔幼女から報告された情報に、クレスティーナが眉根を寄せる。
どうやら武装した村人の集団が、昨日子鬼達を倒した場所に向かっているようだった。
勇樹からは人と敵対するなと言われてるので、クレスティーナがしばし考え込む。
「うーん……。しょうがないわね。じゃあ、少し村から離れた所へ、今日は狩りに行きましょう」
村がある北東に進むのではなく、西へ向かって進路を進める。
ただ、どうやらその行動が功を奏したようだ。
ほどなくして、犬人の遠吠えがクレスティーナの耳に入る。
子鬼にお姫様抱っこをしてもらいながら現場に駆け付けると、昨日と同じように魔物達の大乱闘が行われていた。
戦うことに参加しないクレスティーナは、応援する悪魔幼女の横でその様子を眺めている。
今回もクレスティーナ側の魔物達が多かった為に、赤子鬼を全て倒すことができた。
死んだ魔物達を並ばせると、本日の戦果を確認する。
「倒したのは8匹で、こっちも1匹死亡と……。迷宮の魔物が順調に増えてるのなら、明日は連れて行く魔物を、もう少し増やしてもいいかもねー」
「キュポ?」
倒した赤子鬼を数え終わり、独り言を呟くクレスティーナに、悪魔幼女が首を傾げる。
昨日と同じように死んだ魔物達を、迷宮に運ばせるよう指示を出す。
「キュピポイ、プルピプ!」
「え? どうしたの?」
犬人に背負われた悪魔幼女が、手をジタバタさせながら慌てたような様子で喋っている。
報告された情報にクレスティーナも驚きつつ、その場所を案内させた。
「なるほどね。さっきの赤子鬼にも、似たような変な傷があると思ったら、この子が戦ってたのね……」
茂みをかきわけて目的の場所へ辿り着くと、既にこと切れた赤子鬼が2匹と、村人の若者らしき男が倒れていた。
クレスティーナは知らないが、その男はムナザと呼ばれ、今も村人達が探している若者であった。
魔物達が警戒しながら村人を木の棒で突いたりしてるが、動くそぶりは見せない。
悪魔幼女も近づき、若者に触って確認するような素ぶりを見せると、クレスティーナを見て首を横に振った。
「そう、もう死んでしまったのね」
亡くなった若者の顔を覗くと、顔中が紫色に腫れ上がっていた。
どうやら赤子鬼達に酷い暴行を受けて、亡くなったようである。
「生きた人には手を出すなと言われたけど、死んだ人に手は出してはいけないとは、言われてないわよねー……。少しでも魔物を増やす為に、迷宮の餌が欲しいし、やっぱり持って帰るべきよね」
動物の死骸を見つけたような感覚で結論を出すと、亡くなった村人も迷宮に運ぶよう指示を出す。
悲しき再開は、迷宮に戻った時に起こってしまった。
異界門のある部屋で兎肉を焼いていたエモンナに、本日の戦果や死んだ村人のことを嬉しそうに報告していた際、ライデがその話を聞いて、「うちの村人かもしれないので、顔を見せて欲しい」と言い出したのだ。
顔は腫れ上がり、すっかり面影を変えてしまったが、ライデは目敏くそれが誰かに気づく。
「ムナザさん……」
あまり仲は良くなかったが、年上の知り合いが亡くなったという現実に、少年はしばし呆然としていた。
ライデ達も、もしこの迷宮に逃げ込んでなければ、同じような末路を辿っていただろう。
下手をすれば、リコナも巻き込んでいたかもしれない。
異界門のある部屋に戻ってから、焼いてもらった兎肉を食べずに俯いているライデに、リコナが心配して声をかけていた。
しかし、人が死んでいたことも知らぬリコナに、ライデは多くを語らなかった。
その様子を、エモンナが兎肉を焼きながら、静かに見つめる。
「オニ様は、あの子達をどうするつもりなのでしょうか?」
「昨日は、魔物が迷宮に入ったことで、その対策を考えるので忙しそうにしてたから、あの子達のことはあんまり話せずじまいだったからねー。何とかしないとなーとは言ってたから、次来た時にどうするか決めてくれるんじゃない? エモンナ、兎肉おかわり!」
迷宮に迷い込んだ子供達の扱いに、クレスティーナ達も悩んでいるようだ。
とりあえずは、死なない程度に面倒を見るということで、2人は結論を出した。




