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異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第3章 奇妙な共闘編

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第50話 賢者の考察と交渉

 

 ガチャリとドアノブが回ると、集会場の扉が開く。

 扉を開けた女性が部屋に入り、窓の方へ歩み寄る。

 それに続くようにして、腰まで届く長い青髪の女性と、浅黒い肌が目立つ南山族エルーシアの大柄な女性が、室内に入って来た。

 日中は日差しが強いせいか、汗ばむような熱気が身体にまとわりつく。

 

「窓を、開けておきますね。風が入れば、少しはマシになると思いますので」

「ナテーシアさん。開けなくても、大丈夫ですよ」

「え?」

 

 窓に手を伸ばそうとしたナテーシアが、セリィーナに声を掛けられて静止する。

 セリィーナが背負い袋の中に手を入れると、中から奇妙な形の物体を取り出す。

 手の平サイズのそれは、頭から二つの角を生やした頭蓋骨を模していた。

 鬼族を連想させるその物体の表面には、呪印らしき複雑な文様が黒い文字で刻まれている。


 頭蓋骨の目にあたる二つの穴から覗き込むと、紫色の魔石が中に収められているのが確認できた。

 セリィーナが目を瞑ると、詠唱を始める。

 

「魔道具だよ。鬼族が嫌いな、冷気が出る魔道具だ」

「はぁ……」

 

 その様子を見ていたナテーシアへ教えるように、近くにいたダスカが口を挟む。

 しかし、ナテーシアには意図が理解できないようで、小首を傾げた。


 しばらくすると、詠唱を終えたセリィーナが目を開く。

 同時に、頭蓋骨に刻まれた呪印が青色に輝き始める。

 頭蓋骨の周りから白い霧のように発生した冷気を見て、ナテーシアが目を見開く。

 

「わっ、凄い。冷たい……」

「ダスカ……。その辺りにでも、吊るして置いて下さい」

「あいよ」

 

 見上げる程に、体の大きなダスカに頭蓋骨の魔道具を渡す。

 セリィーナが指差した場所へ、ダスカが手を伸ばした。

 

「便利な魔道具ですね。うちにも欲しいです」


 上から白い冷気を落とす魔道具を、ナテーシアが物欲しそうな顔で見上げる。

 それを横目で見ていたセリィーナが苦笑した。


「ごめんなさい。これは鬼族を倒す為の特別な武器でして、街では売られてないのです。使用する魔石自体も、とても貴重で」

「あっ、いえ。気にしないで下さい。これがあったら暑い時に、便利だなーと思っただけで」


 慌てたようにナテーシアが、手をブンブンと左右に振る。

 

「おねーちゃん!」

「リコ、どうしたの?」

 

 パタパタと駆けて来た少女が、集会場の扉から顔を出して姉を呼びかけた。

 果樹農園へ収穫の手伝いに行くのか、オランゲの実を入れるカゴを背負っている。

 

「お父さんが、おねーちゃんを探してるよ。薬草は、どこに置いたって」

「え? 薬草の袋なら、さっきローミナさんに渡して……。あっ、そうだ。もう在庫が切れたから、森へ探しに行くって言い忘れてたわ」

「お父さん。倉庫にいるよ」

「分かったわ。すみません、セリィーナさん。ちょっと、急いでいる用事があるので」

「良いですよ。私達の事は、気になさらないで下さい」


 ナテーシアが軽く頭を下げると、慌てた様子で集会場を出て行く。

 すると、遠くの方から「ウォン! ウォン!」と犬のような鳴き声が聞こえた。

 

「あっ、ククリさん! ちょっと、お願いがあるんですけどー!」


 誰かに用事を頼まれたのか、犬人コボルトと一緒に村へ顔を出した子鬼ゴブリンの元へ、ナテーシアが駆けて行った。

 バタンと音を立てて閉じた扉から視線を外すと、セリィーナがテーブルと椅子を並べた部屋を歩く。

 セリィーナが椅子の一つに座ると、その隣にダスカが腰を下ろした。


「それで、セリィ。こんな所をわざわざ借りて、何をするつもりだ?」

「彼らが来るまで、時間がありますので。ダスカと少し、大事な話をしたいと思ったのです」

「何だよ。大事な話って」

「ダスカ……。私は、イネデール公と手を組もうと思います」

「はぁあ? 魔族と、手を組むって言うのかよ!」


 怒りの表情に急変したダスカが、大きな拳を勢いよくテーブルに叩き付ける。

 しかし、それを既に予期してたのか、セリィーナは感情を表に出さず、淡々とした表情で話を続けた。

 

「ダスカ。手を組むと言っても、一回限りですよ。エモンナさんが、明朝に決行すると宣言した戦に、私も参加しようと思っています」

「正気か、セリィ?」

「私は、正気ですよ。砦には、女性や子供達が今も囚われています。ダスカは、彼女達を助けたくはないのですか?」

「それは……。助けてやりてぇのは、山々だけどよ……。だからって、アイツらと一緒に戦わなくても」


 納得のできない表情で、ダスカがテーブルに叩き付けた拳を睨みつける。


「ダスカに勘違いされても困りますので、先に言っておきますよ。私は、魔族を完全に信用していません。魔族は当然、敵です。こちら側に攻めて来た魔族は、全て滅ぼすべきです……。ただし、イネデール公に関しては……。私達は、彼をもっと知るべきだと思います」

「……どういうことだ?」


 セリィーナが背負い袋の中を弄ると、いつも持ち歩いてる旅の日記をテーブルの上に置いた。

 しおりの挟まれた箇所を開くと、呪印が描かれたページが目に入る。

 

「ダスカ。この村へ調査をする為に、エジィスさんから依頼された内容を覚えてますか?」

「あん? そりゃあ、えっと……。呪印の出処を、調べろって話だろ? セリィが呪印の事でゴツイ本を調べて、魔界の王族が何か悪さしてるかもしれないから、念の為にあたいらも見に行くかって話になって。ユリィラの護衛をするついでに、村まで行く事になったんだろ?」

「そうですね。それで村を訪れたら、魔界にある四公国の一つを治めるイネデール公がいたわけです。これって、おかしくないですか?」

「おかしい? 何がおかしいんだ?」

「一国の主が顔を出しているというのに、この村が滅んでない事ですよ。国境砦からここへ来るまで、どの場所も人のいない廃村ばかりでした。この村に初めて来た時に、ダスカはどう思いましたか? ここが、魔族に支配された村だと思いましたか?」

「……いや。思わなかった」


 腕を組んで椅子に深く腰掛けたダスカが、記憶を辿るように視線を彷徨わせる。

 そして、真剣な表情でポツリと呟くと、首を横に振った。

 

「ですよね。私達がここに魔族をいると気づいたのが、ナテーシアさんのいるお店に入って、エモンナさんと出会った時です。兵の一人も置いてなかったので、私達はすぐに気づきませんでした」

「うん。そうだな」

「魔族達は用事がある者以外、村に入って来ないそうです。それについては、ナテーシアさんから面白い話を聞くことができました」

「面白い話?」

「ええ。イネデール公の魔族と出会った当初は、大勢の魔物が村に入ろうとしたそうです。それに気づいたナテーシアさんが、必死に止めたらしいですね」


 目的のページを見つけると、当時の再現をするように身振り手振りも混ぜてセリィーナが語る。

 

「よく生きてたな」

 

 その話を聞き入ってたダスカが、驚いた顔でそんな感想を漏らす。

 

「本人も今考えれば、かなり無茶をしたと笑ってました。普通なら、彼女はそこで魔物達に襲われて終わりですからね。そして、私が気になったのは、そこです」

「……ん?」

「なぜ、イネデール公はその話を聞き入れたのでしょうか? 魔族の性格からすれば村の者が怯えようが、どうでもいいはずです」

「んー。まあ、そうだな」

「ここにいる魔族達の行動を調べる為に、村の者達に話を聞けば聞くほど、違和感が募りました。以前この辺りは、隣村から来る鬼族の襲撃に怯えていたそうです。村の者も、一人亡くなったと聞きました」

 

 証言の書かれた箇所を探すように、セリィーナが日記のページをパラパラとめくる。

 

「ですが、イネデール公が接触して来てからは、誰も魔物に襲われなくなり、村は安全になったそうです」

「良いことだな」

「おかしくないですか?」

「ん?」

「魔族は、すぐそこにいるのですよ?」

「お、おう。そうだな」


 セリィーナが森がある方へ指を差すと、ダスカが思い出したように頷く。

 

「この村にいると、私達ですら感覚がおかしくなってしまいます。魔族が近くにいるのに、この村にいるとなぜ平和だと思ってしまうのか? その理由は、イネデール公の対応が、魔族らしくない事をしてるからです」

「それって、どういう意味だ?」

「国境砦を攻められた者達が、どのような末路を辿っているかは、ここへ運ばれて来た者を見れば分かりますよね? エモンナさんを見て、運ばれた彼は気を失いそうになる程に、恐怖に怯えていました。ですが、ナテーシアさんの反応はどうですか? ここの村にいる人達は、吸血鬼から無慈悲に受ける暴力に恐れて、毎日を過ごしてますか? 森の中では魔物が沢山うろついてますが、森の中に入らなければ安全? そんな訳は、ないですよね? 相手は山狼よりも、遥かに危険な魔物ですよ」

「……」

「この村に来てから、ダスカに聞きました。なぜ、この村の人達は逃げ出したりしないのか? ダスカは言いました、彼らは逃げるのを諦めてると」

「……言ったな」


 その時の台詞を思い出すようにして、ダスカが頷いた。

 すると、セリィーナが持っていた日記の本を、パタンと閉じる。

 

「でも、本当は違うのです。この村人達にとって、ここは安全な場所であり、魔族は敵対さえしなければ良き隣人なのです。正確には、村人達がそう思うような環境を、イネデール公が作り上げてるのです。ここにいる者達が、過去の魔界との戦争を詳しく知らないと言うのもありますが……。鬼族からの窮地を救った事を切っ掛けに、イネデール公は村人達の距離感を、様々な手段を用いて探っています。人界の物品を仕入れる為に、わざわざ村の商店と交易をしたり、注文をしたり……。そもそも貨幣を稼ぐ為に、オランゲの実を汗水垂らして採取する魔族が、どこにいるのですか? 欲しい物があれば、奪えばいいのです。なぜ、わざわざ人界のやり方に従うのですか?」

「……」

「人界の者達に、それだけ気を遣う癖に。イネデール公は、他の魔族に対して容赦がありません。過去の歴史に詳しくない者が彼と接触すれば、人界の者には優しい変わった魔族がいると、勘違いしても仕方がありません。しかし、そんな訳がありません。仮にも、彼らは魔族です。何か、もっと大きな理由があるはずです」

「理由?」


 背負い袋の中を再び弄ると、今度は辞書のように分厚い本を取り出す。

 過去にあった、魔界と人界の戦争に関する歴史書だ。

 

「先程までの話は、過去の歴史を知らない村人達が、なぜイネデール公を信用してるかの理由です。ですが私の見解は、彼らがただの善意で人助けをしてるのではないと思ってます。重要なことは、本来は裏方であるはずのイネデール公国が、積極的に人界へ介入してることです」

「……?」

「イネデール公国は、戦争よりも物造りを得意とする国です。私達の住む人界で言えば、商業国家である隣国のポーラニア共和国と思って下さい」

「ああ、なるほどね。分かりやすい」


 セリィーナが分厚い歴史書をパラパラと捲りながら、ダスカに説明する。

 

「戦争には参加しませんが、その技術力は非常に優秀です。魔界と人界を繋ぐ転移門も、イネデール公国が作った物の一つと言われてます。それと、獣人である山羊人との『いにしえの契約』も、彼らが作り出した強化魔法の一つですね」

「それって、かなりヤバい連中じゃねぇか?」

「ええ。戦争には直接参加しませんが、その高度な技術の数々で、王位継承権を継ぐ資格を手に入れました。力こそ正義な魔族の中では、稀な一族です。技術者だけでなく、研究者も多いらしく。効率を求めるはずの彼らが、これだけ非効率な事をするのが理解できないのです」

「非効率?」

 

 パラパラと捲る本を覗き込んでいたダスカを、顔を上げたセリィーナが見つめる。

 

「人界の者を助け、魔界の同族に喧嘩を売ってる事ですよ。ここに運ばれた人を拷問していた吸血鬼に手を出した時点で、イネデール公国は三国のいずれかと敵対してます。もしかしたら、魔界では既に戦争をしてるかもしれません」

「そうなのか?」

「可能性の一つです。イネデール公が、あまりこちらに顔を出せないのは、魔界での対応がこちら以上に、手一杯だからだと私は推測しています。ただ、問題はそこではなく、過去に一度も直接に戦争へ参加しなかったイネデール公国が、なぜ今回に限っては積極的に人界へ顔を出しているのか……。見て下さい。この戦史には、どこにもイネデール公国の名前がありません」

「……」


 人界を侵略して来た際、どの魔族が攻めて来たかの名前が載った戦史をセリィーナが指差す。

 

「どうして、今回は来たんだ?」

「それが分かれば、苦労しませんよ。てっきり私は、魔王の後継者を決める戦争にでも参加したのかと思いましたが、エモンナさんは違うと答えました。それが事実とするなら、本当の理由は何なのか? 分かってる事は、イネデール公は明朝に国境砦に攻め込み、人質を救う手段を考えていること。これまでの経緯を考えるに、もしこちらがそれに協力すると言えば、それに応じる可能性があるということ」

「うーん……」

「彼の真意は分かりません。だからこそ私は更に一歩踏み込んで、イネデール公と協力するフリをして、真の目的を探りたいのです」

「うーん……。それでもやっぱり、危険じゃねぇか?」


 腕を組み難しそうな顔で、ダスカが尋ねる。


「危険は承知の上です。今まで私が話したのは、あくまで私の考察から成り立った、憶測でしかありません。もしかしたら私の考えが誤りで、戦いに参加した私を襲う可能性もあります。でも、私はその可能性は低いと思います」

「なんでだ?」

「もし、これでイネデール公国が敗北すれば、裏切り者として魔界から葬られるからですよ。イネデール公は涼しげな表情をしてますが、三国を相手に内心はかなり必死なはず。イネデール公としても、他勢力を倒す為に少しでも協力者が欲しいはずです」

「そうか……。分かった」


 深く腰掛けていた椅子から身を起こすと、両手の拳をテーブルに叩き付ける。

 

「あたいも、協力しよう。難しい事は、あたいには分からない。でも、セリィがそう言うなら、そうなんだろう」

「えー。結論は、そこですか? これでもダスカに分かり易く、説明したつもりなんですけど……」

「頭を使うのは、セリィに任せた。どうせあたいも、セリィが行くって言った時に、明日の戦には参加するつもりだったしな」

「私を信用してくれるのは、素直に嬉しいのですが。少し、納得がいきません」

 

 セリィーナが頬を膨らませて抗議する視線を隣に送るが、ダスカは気にした様子もなく鼻歌を唄っている。

 集会場の扉が開くと、二人の表情がすぐに真剣なものへと変化した。

 

「あっ、涼しい」

「……氷魔法?」

 

 黒いジャージを着た少年が足を止めると、扉を開けた女性が視線を天井へと向ける。

 

「部屋の中があまりにも暑いので、少し冷やしておきました。もしかして、鬼族の方がいらっしゃいましたか? 邪魔でしたら、外しておきますが」

「……」


 エモンナが後ろへ振り返ると、扉の前にいた吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアの少女達に顔を向ける。

 桃色の瞳が縦長に変化し、白い霧を落とす鬼族を模した頭蓋骨を、敵意ある眼差しでパイア達が見上げていた。

 

「いけそうですか?」

「少し肌がヒリヒリする。でも、我慢できるわ」

「そうですか。それなら良いです」


 氷魔法に苦手な大鬼子オーガ・ミニの血が流れてるからか、やや過敏な反応を示す吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアと小声でヒソヒソ話をすると、パイア達と共に部屋の中へと入った。

 

「オニ様、寒くないですか?」

「大丈夫」


 エモンナに声をかけられて、勇樹が頷く。

 勇樹とエモンナは椅子に座るが、パイア達は話に参加するつもりはないようで、離れた席に座ってセリィーナ達を警戒するように監視している。

 

「わざわざオニ様に、ここまで足を運ばせたのです。有意義な話を聞けると、嬉しいですね」

「フンッ」

 

 やや嫌味の入ったエモンナの口上に、腕を組んでるダスカが思わず鼻で笑う。

 対してセリィーナの方は表情を変えず、真っ直ぐ勇樹の方だけを見て、小さく息を吸った。

 

「イネデール公。我々と、手を組みませんか?」


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