第05話 初防衛戦
「グギャァ……」
「グガ、グギャア!」
「グギィ!?」
迷宮内に漂う匂いに釣られて、勝手に奥へ進もうとした子鬼の後頭部を、別の子鬼が殴る。
迷宮の入口前で、月明かりに照らされたのは3体の子鬼。
その肌は血のように赤く、勇樹達の迷宮内で産まれた子鬼とは全く別の魔物だとすぐに判断できる。
殴った子鬼が警戒するような表情で、壁が薄らと光る通路を睨むと、もう1匹の子鬼に視線を移す。
意味不明な言葉で2匹の子鬼がしばらく話すと、結論が出たのか復活した子鬼を連れて、迷宮の奥へと足を進めた。
「キュポ?」
赤い子鬼達が先に進むと、通路の途中で1人の幼女と出会う。
黒髪の幼女は壁に手を当て、光を灯してる最中だった。
「グギャア?」
「……」
互いがしばし見つめ合う。
先に動いたのは、悪魔幼女の方だった。
悲鳴にも近い奇声を上げながら、悪魔幼女が迷宮の奥へと走って行くと、突然に右へ曲がって消えた。
「……?」
赤子鬼達は互いの顔を見合わせると、先へ進む。
「キュリピプ?」
「クルピポ?」
先程、悪魔幼女が消えた場所から、今度は別の悪魔幼女達が顔を出す。
赤子鬼達の顔に、いやらしい醜悪な笑みが浮かぶ。
それを見た悪魔幼女達が慌てて顔を引っ込めた。
「グギャアアア!」
もはや興奮を隠すつもりもないのか、歓喜の雄叫びを上げながら赤子鬼達が走り出す。
もともと村の子供達を追いかけていた魔物達であったが、その顔は喜びに満ち溢れている。
「グルルル……」
しかし、赤子鬼達は気づいてなかった。
悪魔幼女達が逃げ込んだ先には、別の魔物達が潜んでいることを。
「グギャア?」
嬉しそうな表情で右に道を曲がろうとした瞬間、赤子鬼達が立ち止まる。
普段の温厚な表情はどこへやら、外から入って来た招かれざる客人達に、集団の先導にいた犬人が顔に深く皺をよせ、白い牙を剥き出しにして威嚇する。
「ウォオオン!」
「グギャア!?」
大きく口を開けた犬人が、一番前にいた赤子鬼に飛び掛かった。
完全に油断していた赤子鬼の喉元に噛みついて、犬人が牙を食い込ませる。
パニック状態になった赤子鬼が必死に引きはがそうとするが、牙を深く食い込ませているらしく、犬人と一緒に地面を激しく転がった。
「……」
「……」
互いの顔を見合わせて動揺する赤子鬼2匹に、更なる悲劇が襲い掛かる。
部屋の中からは、興奮した犬人や子鬼がゾロゾロと出て来る。
自分達が誘い込まれたと気づいた時には、時すでに遅く、迷宮に棲む魔物達の一方的なリンチが始まった。
魔物達の奇声と哀れな生贄達の悲鳴が、迷宮内に木霊する。
「それで、彼らを肥料にしたと?」
「らしいわね。どうしても、ゴリンの実ができる魔樹農園を、作りたかったんですって」
「キュプイ」
クレスティーナが尋ねると悪魔幼女が1つ頷き、とある場所を指差す。
数匹の魔物を引き連れたクレスティーナ達がやって来た頃には、初めての防衛戦は既に終わっていた。
「道理で迷宮内を走り回っても、他の魔物がいないと思ったら、皆ここに集まってたのね……」
室内には悪魔幼女が3匹、犬人が6匹、子鬼が9匹と、計18匹にもなる魔物達が作業に取り掛かっていた。
悪魔幼女が指差した土の中からは、埋められた赤子鬼の腕が生えていたり、赤子鬼の生首が「こんにちは」をしてたりと、散々な状況が繰り広げられている。
それをはからずも見てしまった2人の子供は、気を失って倒れてしまった。
「どうやらクレス様が、指揮を執るまでもなかったみたいですね。クレス様の初陣を楽しみにしてたのですが、今回はそれが見れなくて残念です」
「楽しみにしないでよ! ここに来るまで、すごい不安だったんだから!」
地団駄を踏んで、頬を膨らませたクレスティーナがエモンナを睨む。
睨まれた当の本人は気にした素ぶりも見せず、クスクスと笑っている。
「エモンナ、大変よ!」
「クレス様、どうされましたか?」
突然に何かを気付いたクレスティーナが、自分の手元を驚いた表情で見つめる。
「私のお肉が、無くなってるわ!」
「もしかして、クレス様。気づいてなかったのですか?」
「……え?」
信じられないとばかりに自分の手を見つめる主を、生温かい目で見つめる侍女がそこにいた。
* * *
「うーん。それはどう考えても、デマだろ……」
背もたれに身体を預けると、椅子を軋ませる音を出しながら、勇樹が独り言を呟く。
勇樹が朝からネットを使って調べていたのは、新型ゲームに関する噂などの情報だった。
もともと世界初の仮想世界体験型ゲームをうたっていただけに、その注目度は高い。
ベータ版で選ばれたいくつかの街では、体験レポートがブログ等に報告され、それに対する読者の書き込みも沢山見られ、その注目度の高さが伺える。
勇樹も抽選に選ばれた村の体験者として、昨日の夜からいろんな場所をネットサーフィンして情報を集めていた。
「行列ができて、少ししか遊べませんでしたが、まるで異世界に飛び込んだかのような体験でした!」という報告を見るたび、勇樹も思わず笑みを浮かべてしまう。
しかし、首を傾げる内容もでてきだした。
主に多いのが、『アダルト』のキーワードがつく書き込み。
予想できる内容だが、今回の仮想世界体験型ゲームでは、R-18に指定される行為もできるという内容だ。
ベータ版ということで、既にバグも多数発見されており、そのバグを使ったエロイことができると言う噂話である。
もともとテレビやネットの宣伝では、一部の限られた情報しか公開されてなかったため、実際にやってみないと分からないことが多い。
客を呼び込むためにあえて情報を非公開にした宣伝方法が、少しばかり裏目に出た形ではある。
特に思春期の男子が食いつきそうなエロイ話には、アクセスが集中してるらしく、アクセスランキングの高いものから情報を見ようとすると、そればっかりが引っかかるようになっていた。
「証拠の画像もないのに、そんなのに食いつくなよ。嘘に決まってるだろ?」
バグに関する情報先のリンクを押したら風俗店の案内情報が出た時には、さすがの勇樹も眉根を寄せて、無言でブラウザを閉じるしかなかった。
地雷と分かっててもクリックしてしまうあたり、勇樹も年頃の男だと言わざるをえない。
「お?」
ネット特有の真実と嘘が混じった情報に、若干ゲンナリしだしたところで、ディスプレイに齧りつくように勇樹が身体を前のめりにする。
一部のNPCがあまりにも人間らしい反応するということで、それに対する見解を討論している書き込みを見つけたのだ。
「AIかー。ありえるな……」
膨大なテキスト量が垣間見える対応、声優のリアクションの豊富さ、これらのことから一部のNPCには、メーカーがかなりの力を入れてることが伺えると書かれている。
最終的な結論としては、音声合成ソフトとAIを組み合わせたNPCではないかと、締めくくられていた。
「あそこにいると、本当に異世界トリップしたような気分になるよなぁ……」
その場の雰囲気で会話のやりとりをしていたが、NPC達の自然過ぎるくらいのリアルな対応に、思わず独り言が多くなるくらいに勇樹は驚いてばかりいた。
「モフモフ。会いたいよぅ、モフモフ……」
そしてここにも、新型ゲームに魅せられた少女が1名いた。
勇樹が思わず振り返ると、テーブルの上に学校から支給されたタブレットPCがあり、液晶画面の上にタッチペンが転がっている。
その隣ではテーブルに顔をのせて、死んだ魚の目になって涎を垂らす、妹らしき生物が目に入った。
「その宿題が、終わったらな」
「おにぃ、てつだってー」
「これも良い機会だ。たまには、自分だけでやってみろ」
「うぅ……。数学は苦手だよ……」
「それが朝までに終わらないと、昼からゲームをしに行けないなー」
「おにぃ、あくまぁ……」
背後から恨みがましい視線を浴びながらも、勇樹は自作の小説を執筆するために、キーボードへ指を走らせた。