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異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第3章 奇妙な共闘編

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第48話 探り合う者達

※悪魔貴族の青年 ラドルス・イスフォンス:関連話(第44話)

※レストーヌ公:関連話(第42話)


 

「セナソの村での実験は、上手くいきました。いよいよ、これからが本番ですね。大丈夫ですよ、クレス様。次の場所はちょっと距離が遠いのと、時々魔物に遭遇するかもしれないくらいですので」

「ちょっと、エモンナ。怖いこと言わないでよ!」


 手綱を握りしめた小さなお嬢様の身体がビクッと震えると、少し怒ったような表情で悪魔メイドを睨む。

 

「キュルル?」

 

 背中の上で騒ぐクレスティーナに、走馬ティバが後方を見るように、青い鱗の生えた顔を横へ向けた。

 

「先程焼いた兎肉は、ここに入れときますね」

「じゅる……。今、食べちゃ駄目?」

「駄目です。せめて、お昼まで我慢して下さい」

 

 香ばしい匂いを醸し出す弁当箱を、ゴクリと唾を飲み込みながらクレスティーナがじっと見つめる。

 

「お弁当を食べたら、後は干し肉で繋いで下さいね」

「干し肉はあんまり美味しくから、好きじゃないのよねー」

「味は確かに落ちますが、保存に最適な携帯食料が干し肉なのです。これからはおそらく同じような事が、頻繁に起こると思いますから、慣れて下さい」


 エモンナが干し肉を荷物袋に詰める作業をしていると、それを見ていたクレスティーナが溜め息を吐く。


「はぁー。オニ様の迷宮が、いかに快適だったか、嫌でも分かるようになったわ……。セナソの迷宮って、肉がすごく不味いのよ? 皆よくあんな所で、暮らしていけるわね」

「それはクレス様の舌が、肥えてしまってるだけです。良い経験をしましたね。アレが、こちらの迷宮では普通なのですよ。無事に戻って来ましたら、またすぐに焼いてあげますから。頑張って下さいね」

「うー。やっぱり、いかなきゃ駄目?」

「そんな顔して、私を見ても駄目ですよ……。昼間は日差しが強くなると思いますので、日傘をさして下さいね。はい、準備完了です」


 上目遣いの訴えかけるような表情でクレスティーナが見つめるが、エモンナにあっさりとあしらわれてしまう。

 クレスティーナの頭がガックリと垂れ下がり、同時に銀色の狐耳も悲しそうに垂れた。

 

「パイア。くれぐれも、よろしくお願いしますね」

「はいはい、分かってるわよ。それじゃあ、行くわよ」


 走馬ティバの手綱を握りしめて、吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアのパイアが先導するように、街道へと向かって歩いて行く。

 不安そうな顔で何度も後方へ振り返るクレスティーナを、悪魔メイドが手を振りながらニコニコと笑顔で見送った。


「……」


 爽やかな風が草原に生えた草花を揺らし、桃色の髪とメイド服のスカートがなびく。

 小さくなった人影から視線を外すと、エモンナがゆっくりと後ろへ振り返った。

 

「それで、私に何か御用ですか?」

 

 エモンナから少し離れた場所で、長い杖を両手で握り締め、静かに見つめる一人の女性がいた。

 紫色の魔石が嵌められた首飾りを、胸元に光らせる美しい女性が、腰まで届く青い長髪を風で揺らしながら、ゆっくりと歩いて来る。

 

「あの者達は、先日イージナの町がある方へ、行ってた方達ですよね? 今度は、国境砦に行かれたのですか?」

「まあ、そうですね」

「何をなされに?」

「戦争をする為の準備、ですかね」

「偵察任務、ということですか?」

「そう考えてもらって、結構ですよ」

「……」


 まるで互いの腹の内を探り合うように、異種族の女性二人の視線が静かに絡み合う。

 

「イネデール公の姿が、最近は見られないようですが……。魔界に戻られたのですか?」

「オニ様は忙しい方なので、こちらには決まった日にしか顔を出せないのです」

「そうですか……。話は変わりますが、貴方達が納品をしてるオランゲの実は、森から採取されてるとナテーシアさんから聞きましたが、本当ですか?」


 セリィーナが何かを探すように森の方を観察しながら、エモンナに問い掛ける。


「ええ、そうですよ」

「なぜ、そのような手間の掛かることをするのですか?」

「……?」


 セリィーナの行動を、横目で眺めていた悪魔メイドが小首を傾げる。


「お金が欲しいのなら、村や町を襲って奪えばいいと思うのですが……。わざわざこちらのやり方で、貨幣を稼ぐのはなぜですか?」

「オニ様から、そうするよう指示があったからです」

「イネデール公の指示、ですか……」

「質問は、それで終わりですか?」

「……」

 

 何かを考え込む様子で沈黙したセリィーナを見て、エモンナが森へと足を向ける。


「砦と町を、こちらから攻める理由は何ですか? 相手が、魔王の候補者だからですか?」


 背中を向けていたエモンナが足を止めると、首だけを捻ってセリィーナを見つめる。


「交易の邪魔だからです」

「……交易? どういうことです?」

「ナテーシアから聞いたのですが……。隣国から来てる商人のトーナスが、魔族に国境砦を封鎖されたせいで、足止めをされてるらしいです。この村は、隣国からしか新しい商品を仕入れることができません。オニ様としても、商売ができなくなるのは都合が悪いという事で、国境砦を攻めることに決めました」

「ん? ん?」


 セリィーナの額に皺が深く刻まれ、困惑した顔で相手を注視する。


「ああ、それと。イージナの町から来た騎士が、早く国境砦を超えて隣国へ行きたいそうなので、先に国境砦を攻略するというのも理由の一つですかね」

「ちょ、ちょっと待って下さい。ちょっと待って下さい」

「……何ですか?」


 セリィーナが杖を両手で強く握り締めて、エモンナの前へと駆け寄る。

 いきなり顔を近づけて来た女性を、悪魔メイドが訝しげな表情で見つめ返す。


「貴方達は、魔王の後継者を決める為に、人界へ来てるのではなかったのですか?」

「誰が、そんな事を言ってるのですか?」

「誰って……。え? それって、どういうことですか?」

「それは、こちらが聞きたいことです。私は村の者に、そのような事を言った覚えはありません」

「……確かに。聞いては、ないですわね……」

「質問は、それで終わりですか?」

「……」


 再び何かを考え込む様子で沈黙した女性を見て、エモンナが森へと足を向ける。

 腑に落ちない表情で、セリィーナはその後ろ姿を静かに見送った。






   *   *   *






「フフフ、素晴らしい。敵国から奪った砦から眺める光景は、本当に素晴らしいものだね!」

 

 窓から覗く景色を眺めながら、悪魔貴族の青年が楽しそうな笑みを浮かべる。

 その内心の喜びを現すように、背中から生えた大きなコウモリの翼が左右に広がると、騒がしくバサバサと羽ばたく。

 紫髪の青年がクルリと回ると、その動きに合わせて背中のマントも派手に翻る。

 

「完璧なる作戦で砦を制圧した僕の働きに、父上もさぞお喜びだろう」

 

 軽やかなステップで横回転したラドルス・イスフォンスが足を止めると、視線を壁へと向ける。

 壁には、イスフォンス家の家紋が刺繍されたタペストリーが、目立つように飾られていた。


「しかし、僕の本当の戦いはこれからである。父上達が占領した町を拠点に、城への侵攻をしてる間。僕の指揮する鉄壁の守りで、隣国からの侵攻を防ぎきれば……」


 大袈裟な動きで額に左手を当て、斜め上に突き出して広げた右手を、壁に飾られたもう一つのタペストリーへ向ける。

 刺繍で描かれたその紋様は、彼が仕える王家の一つであるレストーヌ家の家紋。

 

「レストーヌ公の勝利は、約束されたようなもの!」

 

 部屋にある本棚から一冊の歴史書を取り出すと、戦史が載せられたページを開く。

 

「そして、先人達のように僕の輝かしい戦歴が、ここに載るわけだね。素晴らしい! 見ていて下さい、父上。僕の完璧なる……ん?」

 

 ノック音が聞こえ、ラドルスが扉の方へ目を向ける。

 持っていた書物を本棚にしまうと、緩んでいた表情を引き締めた。


「入りたまえ」

「失礼します」


 扉が開かれると、黒いローブを着た男性が入って来る。

 

「ラドルス様。鬼族達の本日分の食糧確保が、終わりました」

「ああ、御苦労。まったく、食べるしか能の無い連中で困るね……。せめて大鬼子ならまだしも、子鬼ばかり数が多くても、弾除けぐらいにしかならないよ」


 おどけるような仕草で両手を広げると、ラドルスが苦笑した。


「ラドルス様。ルドロフ様より、お手紙を預かっております」

「おお。父上からかい?」

「はい」


 部下の吸血鬼から受け取った手紙に、ラドルスが目を通す。

 すると、その表情が険しいものへと変化した。

 

「ふむ……」

「ラドルス様。どうかなされましたか?」

「セナソの村とやらに繋がる、転移門の調子が悪いらしい。イネデール家の者を呼んで調べさせているが、しばらくは使えそうにないようだ。そちらの調査で、転移門の座標修正にこちらへ送る予定だった人員を割けそうにないから、暫く現状を維持するようにとのことだね」

「了解しました」

「わざわざ隣村の迷宮まで、顔を出さないといけないのは不便だが。仕方ないね」


 読み終わった手紙を部下に手渡すと、ラドルスが窓の傍まで歩み寄る。

 先程までとは雰囲気が一変し、鋭い眼差しで窓の外を見つめる。


「国境砦を出た連中の足取りは、何か分かったかい?」

「いいえ。イージナの町にいる者達も、周辺への警戒を強めてるようですが……。それらしき姿は、確認できてないようです」

「……」

「ラドルス様。転移門が不調の件、やはり『樹海の賢者』が……」

「父上も、そこを疑ってるようだね……。原因を早急に確かめる為にも、転移門の調査にかなり多くの人員を割いてるようだ。こちらで姿を発見した場合は必ず捕えて、何をしたのか情報を引き出せとのことだ。宜しく頼むよ」

「了解しました」

 

 吸血鬼の男性が深々と頭を下げると、書斎を退室した。

 横目でラドルスがその姿を見送ると、再び窓の外へと目を向ける。

 

「転移門を操作するとは、中々やるじゃないか。さすが、知将レストーヌの宿敵とは言われるだけの事はあるね……。でも、自ら居場所を知らせるとは、愚かな選択もいいところだよ。せいぜい、つかの間の平和を楽しむんだね」

 

 ラドルスが口の端を吊り上げ、嗜虐的な笑みを浮かべると、クツクツと楽しそうに笑った。


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