第45話 噂の村
※隣国より来たりし者達:関連話(第24話、第25話、第33話、第40話、第42話)
※隣国の青年商人・トーナス:関連話(第18話)
「どうにも、信じられん話だの」
天蓋付きの荷馬車から見える外の景色を眺めながら、ユリィラがボソリと呟く。
すると、同席していた長い青髪の女性が、旅の日記に走り書きをしていた手を止めた。
「そうですね……。しかし、彼らの語る話には、妙な説得力を感じました。突飛な話ではありましたが、もしそれが事実なら……」
ユリィラの見つめる視線の先には、夜を明かした村が小さくなる光景が目に映る。
街道に魔物が現れると噂が広まってからは、住人が誰も存在しない村となっていたが、昨晩は珍しく共に夜を明かした者達がいた。
彼らは、ハジマの村と隣国を商売の為に往来していた、トーナスと名乗る青年と数人の傭兵で構成された商隊であった。
ハジマの村へ調査に行くユリィラ達には好都合の相手だった為、情報収集を兼ねて夕食を共にする。
偶然にも彼らの中に、生態研究者であるエジィスに呪印の調査依頼をした者がいたこともあって、彼らはユリィラ達の質問に快く答えてくれた。
しかし、その内容があまりにも突拍子の無い話だったので、終始ユリィラは口が開きっぱなしの状態で、その話を聞いていた。
ハジマの村には迷宮が存在し、そこから魔物がやって来る。
ただし、魔物達は村を襲撃することはなく、物資の交換を求めて顔を出す。
人界の硬貨が沢山入った袋を握りしめて、魔族が村に顔を出すのくだりには、同席していたダスカが「そんなわけ、あるかよ」と思わず鼻で笑ってしまった。
魔族とは先祖代々、顔を合わせれば戦争を繰り広げていた間柄だ。
人と魔族が平和的に交易をするなど、お伽話でも聞いた事のない話なだけに、皆は半信半疑の表情で話を聞いていた。
しかし、トーナスと名乗った青年商人の顔は、真剣そのものだった。
「この話だけ聞けば、誰だって笑い飛ばすでしょう。ですが、あの村に行けば、私の話が本当だと理解できるはずです」
「トーナスとやら。その村は……呪印があるナテーシアの件を除いては、安全という事かね?」
「そうですね……。村は安全です」
「そうか。それは良い事だの。いろいろ聞かせてくれて、ありがとう」
「はい。ナテーシアの件は、くれぐれも宜しくお願いします」
「できるだけ、努力はするがの……」
彼らの話す内容に真意を見出せぬまま、ユリィラ達は腑に落ちない表情で、互いの顔を見合わせた。
一応は警戒の為に、ダスカ達が周辺を交代で見張っていたが、何事も無く一晩を過ごした。
「どっちにしろ、行くしかないかの……」
あまり乗り気ではない顔で、ユリィラが荷馬車から外の光景を眺める。
トーナスはハジマの村で収穫されたオランゲの実を輸送する唯一の商人であり、それを誰よりも欲するユリィラとしては、この依頼を解決するしか選択肢はない。
「ええ、そうですね。多少誇張した部分はあるかもしれませんが、この目で真相を確かめる必要はあると思いますよ」
昨晩の内容を書き記した旅の日記から視線を外すと、セリィーナが苦笑しながら顔を上げる。
荷馬車の後ろには、後方を護衛するようにダスカが歩いており、その姿にセリィーナが目を留めた。
何かに気づいたセリィーナがそちらへ近寄ると、森の奥をじっと見つめるダスカに声を掛ける。
「ダスカ。どうしたのですか?」
「森に……何かいるぞ」
「え?」
天蓋付きの荷馬車からセリィーナが顔を出すと、森の方へ視線を向ける。
セリィーナの上側からユリィラも顔を出すと、不思議そうな顔で森を見つめた。
「何か、おるのか?」
「この感じは……。山狼に、似てるんだが……」
「山狼ですか? まだ冬には、早い気がしますが……。山から食料を探して、森まで下りてきたのでしょうか?」
皆で森の奥を見つめるが、それらしき影は見当たらない。
「トーナスとやらは、しきりに森へ入るなと言っておったが……。もしかして、魔物かのう?」
「鬼族では、ないな……。この感じは、初めてだ。襲ってくるつもりはないみたいが、すげえ見られてる感じがして、かなりうっとうしいな」
「トーナスさんは、街道だけを通っていれば安全だと言ってました……。ダスカ、何かあったらすぐに言って下さい」
「おうよ」
今までにない不穏な空気を感じ取って、皆の緊張が高まる。
特に何事も無く荷馬車は進んでいたが、太陽の傾きが昼も過ぎたあたりで、荷馬車が突然に止まった。
「ユリィラ様。何か、来た」
御者をしていたウキリルに声を掛けられて、皆が前方を警戒する。
前方から土埃を上げながら、街道を走って来る者がいた。
騎士の鎧を着た者が、青い鱗に覆われた二足歩行型の走馬に乗って、セリィーナ達の載る荷馬車へと真っ直ぐ向かって来る。
荷馬車の近くまで来ると、馬と蜥蜴を足して二で割ったような生物が、土埃を上げて失速する。
「キュルルル!」
「どうどう」
興奮した様子の走馬をなだめすかすと、走馬が鼻息を荒くしながら、ようやく立ち止まる。
荷馬車に乗る者達を注意深く見回すと、目元に隈のできた若い男性が口を開く。
「君達。イージナの町に向かっているのなら、すぐに国境砦へ引き返せ」
「何かあったのか?」
だたならぬ雰囲気を察したのか、前に出て来たダスカが声を掛ける。
「イージナの町が、魔族に襲撃された」
「なんじゃと?」
「被害は、どのくらいなのですか?」
「応援に、行った方が良いか?」
「君は……南山族の民か?」
「おう、そうだよ」
飛び抜けて大きな身体のダスカを見た騎士の青年だったが、力無く首を横に振った。
「例え、南山族の民と言えども、あの数は流石に無理だ。あれは、地獄だった……。町はもう、助からないだろう」
「あん? どういうことだ?」
「町の中から、すざましい数の鬼族が現れたんだ」
「は? 町の中?」
詳細を求める女性達に語る騎士の話に、ダスカ達は絶句した。
それは町の誰もが想定してなかった、突然の襲撃。
たまたま門の高台で、当直の見張りをしていた彼が目にした光景は、突如として町の中から溢れ出した赤い鬼族の集団。
彼が今まで見た事の無いような巨漢の大鬼を筆頭にして、赤い海のような大軍が町にある建物を、次々と飲み込んでいった。
その数は100や200ではすまず、気づけば1000を超える大軍となって、必死に抵抗する騎士や逃げ惑う人々を襲撃したらしい。
苦渋の決断で町の護衛を放棄した彼は、せめてもこの情報を隣国へ報告する為に、ここまで一睡もすることなく昼夜を駆けて来たようだ。
「ハジマの村には、住人がまだいたらしく。隣国へすぐ逃げるよう、指示を出しておいた。町に大した用がないなら、すぐに引き返せ」
騎士の青年がそれだけを言うと、時間が惜しいとばかりに手綱を握りしめて、走馬で駆け出した。
その後ろ姿を見送ると、セリィーナ達が互いに顔を見合わせる。
「今の話、本当かよ。それって、かなりやばいんじゃないのか? ……どうするんだ、セリィ。親父達へ報せに、一度戻るか?」
「彼は隣国まで報せに行くと言ってましたから、そちらの情報はすぐに伝わるでしょう。問題は、ハジマの村を調査するのを継続するか、ですが……。ユリィラさん、どうされますか? ユリィラさんが行くというのであれば、私達は同行しますが」
「ふむ……。昨晩の話が、やはり気になるの……」
「そうですよね……。私も、そこが気になっています。ハジマの村にいる謎の魔族と、今の町が襲撃された話に、何か関連性はないのでしょうか?」
「うーむ……。やはり村を、この目で確かめておきたいの……。危険なようであれば、すぐに逃げ出せる心構えで、行くのはどうだろうか?」
「それが、無難ですね。ダスカ、それで良いですか?」
「おう、行こうぜ」
一行が行動指針を決めると、ハジマの村へと再び荷馬車を前進させた。
* * *
「見たところ、普通の村にしか見えんがのう……」
道中は何事も無く村に到着した一行が、荷馬車から警戒する様子で村を眺める。
イージナの町が鬼族に滅ぼされたという話が嘘のように、ハジマの村は平和そのものだった。
「ほほう……。まだまだ、オランゲの実があるのう」
村の近くにある果樹農園で、黄色の果実を採取する村人達を見つけて、ユリィラが嬉しそうに頬を緩ませる。
「スンスン……。飯の匂いがするな。どうみても、逃げ出す準備をしてるようには、見えないぜ」
鼻を小刻みに動したダスカが、呆れたような顔で村を見渡す。
「さて、どうする?」
「ひとまずは、情報収集ですかね。ナテーシアさんの件もあるので、まずはお店に行ってみませんか?」
「あの看板が、そうじゃないかね?」
ユリィラが、村の民家の一つを指差す。
見覚えのある商店の看板を見つけて、皆がそちらへ移動する。
「こんにちは」
「いらっしゃい」
帳簿でもつけているのか、カウンターでペンを走らせる中年の男性が目に入る。
誰かが夕食でも作っているのか、店の奥からは香ばしい料理の匂いが漂っていた。
セリィーナが店内にある商品棚に目を移すと、いくつか商品を手に取って、カウンターへと近づいた。
「これを、頂けますか?」
「はいよ」
店主がカウンターに並べられた商品を手に取ると、算盤を指で弾き始める。
「ここに来る途中で、騎士の方と出会った時に聞いたのですが、イージナの町が魔物に襲われたと聞きました」
「みたいだな……。1650シグリルだ」
「……」
セリィーナが硬貨を探して、腰袋をまさぐる。
「おやっさん。イージナの町は、ここから近いんじゃないのか? 避難はしないのか?」
「ん?」
商品棚を眺めていた大柄の女性に声を掛けられて、店主が眉根を寄せる。
「……うちの村には、腕の立つ傭兵がいる。今のところは、様子見だな」
「へー。傭兵ねぇ……」
セリィーナが硬貨をカウンターに並べると、店主がそれを数え始める。
その間に、セリィーナとダスカが顔を見合わせると、ダスカが小さく頷いた。
「1650、ちょうどだな。毎度あり……。宿なら、まだやってる。田舎だから、大した食い物はでないが、ラビレルの肉くらいなら出してるぞ」
「御親切に、ありがとうございます。あの……御親切ついでに、一つ聞きたいのですが?」
「なんだ?」
「この村に、ナテー」
「こんにちは。ナテーシアは、いますか?」
不意に背後から聞こえた声に、当然ながら店内にいる者達が振り返る。
女性達の目が大きく見開き、入口に立つ者を凝視する。
「ん? ああ……。ちょっと待ってくれ。……ナテーシア! 客が来たから、ちょっと手を貸してくれ!」
「はーい! リコ、ちょっと来てー」
「なーに、お姉ちゃん」
「……」
店主の男性が奥の部屋に行くと、賑やかな声が店内に響く。
しかし、その場にいる者達は一言も発することなく、店の入り口に立つ女性を注視していた。
「今日は、随分と人が多いですね」
この村には場違いな、貴族に仕える侍女の格好をした美しい女性が、黒い目の中にある桃色の瞳を左右に動かす。
即座に身構えた双子剣士がユリィラを守るよう前に立ち、南山族のダスカが背中に担いだ戦槌に、思わず手を伸ばそうとする。
すると、背中から大きな蝙蝠の翼を生やした女性が、目を鋭くさせて対峙する者達を静かに見据えた。
「あっ、いらっしゃいませ。エモンナさん、すみません。今、夕食を作ってまして……」
「オランゲの実と、ラビレルの肉を納品に来ました」
「ああ、はい。ちょっと待って下さいね! お父さん、敷布は?」
「今、持って来た」
丸めた敷布を腕に抱えて、硬貨の入った袋を握りしめた若い女性が、慌てた様子で店の奥から出て来る。
店の中にいる者達から、目を離さないように警戒しつつエモンナが背を向けると、ナテーシアと共に店の外へ出て行った。
「おい、待て!」
後を追いかける様にダスカが前に一歩踏み出すと、背後から店主の大きな声が店内に響く。
思わずセリィーナ達が振り返ると、酷く不機嫌そうな顔の店主がダスカを指差した。
「そいつに手を出すことは、俺が許さんぞ……。あんたら、他所から来たみたいだが、この村から追い出されたくなければ、ここにいる魔物に手を出すな」
「おやっさん……。どういうことだい?」
* * *
「はい、確認が終わりました。39000シグリルで、買い取らせて頂きますね」
納品された物の検品作業を終えたナテーシアが、硬貨の入った袋を差し出す。
悪魔メイドのエモンナが袋を受け取ると、縛っていた紐を外して中にある硬貨を確認する。
ナテーシアは床に広げていた敷布を巻いたり、オランゲの実が入った箱を移動したりして、片づけを始めた。
「グギャ!」
集会所の扉が突然に開くと、湾曲刀を腰に提げた子鬼が顔を出す。
「ククリ。肉は、届け終わったのですか?」
「グギャギャ!」
硬貨を数えていたエモンナが横目で子鬼を見ると、ククリが元気よく腕を上げて返事をした。
「ありがとうございます、ククリさん。いつも、ラビレルの肉を納めて頂いて助かります」
「グギャア」
ククリが不細工な顔を歪ませて、不気味な子鬼スマイルを見せる。
魔物がどこでも顔を出すようになってからは、村の狩人達は森に入って狩猟をする機会が無くなり、狩りの得意なククリが納める兎肉は、村にとって貴重な肉料理の材料だ。
隣国の商人であるトーナスの話では、狩猟で捕獲した肉の値段は、どこの町でも高騰する一方であるらしい。
ニコニコと笑みを浮かべるナテーシアの態度からして、わざわざ遠くの町から仕入れるよりも、ククリ達から買った方が安い肉が入手できることが伺えた。
「今日は、他所からお客さんも来てるみたいなので、宿屋のグレマンスさん達も喜ぶと思います」
「それは、良い事ですね……。確認が終わりました。イージナの町の件があったので、今日は納品が遅れましたが、明日はもう少し早く来れると思います」
「はい。お願いします」
「グギャ!」
「はい。ククリさんも、お願いしますね」
空になった籠を背負った子鬼のククリと共に、エモンナが集会所を後にした。
日も暮れ始め、そよ風でなびく草原の大地を、迷宮のある森へと向かって歩き続ける。
「グギャア?」
「さて……。それで、私に何か御用ですか?」
何者かの気配に気づいたククリが振り返ると同時に、エモンナもゆっくりと振り返る。
エモンナ達が見つめる視線の先、そよ風でなびく草原の大地に、複数の人影があった。
夕焼け空の下、滝のように美しく長い髪をなびかせた女性が、前へと進み出る。
「単刀直入に聞きます。貴方達の目的は、何ですか?」
「目的?」
杖を両手で握り締め、真剣な表情で尋ねるセリィーナを見て、エモンナが小首を傾げた。
「村の者に呪印を刻み、人質を取り脅迫。かと思えば、村にいる商人と交易の真似事。それとイージナの町で、大量に発生した鬼族……。貴方達は、何を企んでるのですか?」
「……」
青空のように澄んだスカイブルーの瞳で見つめる女性を、エモンナの桃色の瞳が静かに見据える。
「大して、何も企んでませんよ……。住み心地の良い迷宮を見つけたので、そこで暮らしているだけです。それにイージナの町の件は、私達と関係がありませんよ」
「とぼけないで下さい。吸血鬼である貴方が、その様な格好でここをうろついてる時点で、裏で糸を引く者がいるのは明白。貴方は誰の命令で、動いてるのですか? デミウス公国? アルグラン公国? それとも、レストーヌ公国? 答えなさい!」
「……随分と、魔界の事に詳しいですね」
「私の名前は、セリィーナ・ユンドレフ。『樹海の賢者』の末裔と言えば、魔界の者なら分かるかも知れませんね」
「ユンドレフ? ……ああ、なるほど。道理で、魔界の事に詳しいわけですね」
エモンナが口元に手を当てると、何かに気づいたような顔で目を細めた。
「あなた……。レストーヌ家の者ですね?」
「いいえ、外れです。私は、イネデール公国の出身ですよ」
「……え?」
予想外の名前だったのが、セリィーナの顔が困惑した表情になる。
「まあ、既に王家とは縁を切ってますし、今は新しい主人のもとに仕えてますので、私にはどうでもよい話ですけど……」
「……?」
「それで。お話は終わりですか?」
「いいえ。今すぐ、ナテーシアさんの契約を解除して下さい」
「なぜ、契約を解除しないといけないのですか? ナテーシアを解放して、私達に何か得があるのですか? 『樹海の賢者』を名乗るのでしたら、私達がなぜそれをしてるかの意味くらいは、理解できますよね?」
「……」
無言で見つめるセリィーナを了解の意と判断したのか、意味深な笑みを浮かべた悪魔メイドが背を向ける。
「行きますよ、ククリ」
「グギャ!」
「ああ……。それと一つ。忠告しておきます」
森に入ろうとした直前でエモンナが歩みを止めると、腰袋をまさぐり何かを取り出す。
肩の位置まで上げられた指の先には、焼けた肉のこびりついた骨が摘ままれていた。
「……?」
森の前で立ち止まったまま、時折吹く風に髪を揺らして静かに佇むエモンナを、女性達が訝しげな表情で観察する。
すると、森の中に鬱蒼と生えた茂みが、そこら中でガサガサと荒々しく動き始めた。
「セリィ、下がれ!」
何かに気づいたダスカが前に出ると、背負っていた戦槌を素早く取り外す。
戦槌を両手で強く握りしめると、セリィーナを守るようにして身構えた。
「スンスン。スンスン……」
全身を灰色の体毛で覆われた大柄な獣が、茂みの中から次々と顔を出す。
二本足で立ち上がり、何かを探すように鼻を小刻みに動かして、森の中をうろつく狼人達に気づくと、セリィーナが息を飲む。
「獣人? どうして、こんな所に……」
「グルルル……」
興奮しているのか、いくつもの鋭い眼光が唸り声を出しながら、エモンナの指先にある物をじっと見つめている。
中には鋭いかぎ爪を幹に食い込ませて、木をよじ登る狼人もいた。
「森には、無断で入らないように。こうなりたくなければ……」
横目でセリィーナ達を見ていたエモンナが、指先で摘まんでいた骨付き肉を放り投げると、空高く舞った骨付き肉が空中で回転する。
それを追うように狼の頭が上を向くと、鼻に皺を寄せた狼人の群れが、茂みの中から一斉に飛び出した。
「ガァアアア!」
四肢を力強く動かして駆け出すと、我先にと宙を舞う骨付き肉へ殺到する。
上下に大きく開かれた、いくつもの大きな口が骨付き肉へ噛みつこうとした寸前で、横から飛び出した口がそれを素早く掠め取った。
木によじ登っていた狼人が、運良く最初にそれを奪う事に成功すると、空中で身軽に身体を翻して地面へと着地する。
「ウォン! ウォン!」
骨付き肉を咥えた狼人が、そのまま森の中へと逃走する。
すると、十を超える狼人の群れが、興奮した様子で森の奥へと追いかけて行った。
「オニ様の命令で、村に敵対する者がいない限りは、狼人達は森から出る事を禁じられています。そこにある看板をよく読んでから、森に入るように……。それでは、おやすみなさい」
エモンナが再びセリィーナ達に背を向けると、何事も無かったかのように騒がしい森の中へと入って行く。
女性達は顔を引きつらせて、その後ろ姿を無言で見送った。




