第43話 高過ぎたツケの代償
※悪運だけは強い男デニマ(元採掘者):関連話(第12話、第15話、第27話)
※イージナの町:関連話(第12話)
空が朱色に染まり出し、時刻が日の入り前になった頃。
イージナの町の門前で、荷馬車に載せられたとある物を眺めながら、二人の男性が話をしていた。
「これが、迷宮からできてたのか?」
「はい、そうです」
「ふむ……」
商人風の男性からの説明を聞き流しつつ、騎士が物珍しそうな顔でそれを見上げる。
荷台に載せられていたのは、四辺が3mはある正方形の巨大な白い石版。
貴族のインテリアか何かだったのか、表面には水を浴びる女性を模った、美しい絵が掘られていた。
しかし、彫刻の隙間には土や小石が詰まってたり、一部が泥で汚れたりして、折角の美しさを台無しにしている。
「土にでも、埋まっていたのか?」
「ええ、そうです。大変珍しい物なので、ポーラニア共和国の学者達にでも、買ってもらおうかと思いまして」
「ふむ……。こちら側から国境を超えるのは、諦めた方がいいと思うがな。街道は魔物がうろついて、今はかなり危険だからな」
「知っております。しばらくは店にでも置いて、折を見て運ぶつもりです」
「そうか……。通っていいぞ」
「どうも」
頭に被ったハンチング帽を手でのけると、商人が笑みを浮かべて頭を下げる。
荷馬車から離れると、地面に座り込んで休む数人の男達に声を掛けた。
「さあ、皆さん。店まで運びましょう。後、もう一仕事ですよ」
「ったく。人遣いが荒いぜ、グッヅ。もう少し休ませろよ」
無精ひげを生やしたデニマが、目に見えて不満そうな顔で商人を見上げる。
イージナの町は外敵から町を守る為に、深い堀で周辺を囲んでおり、川のような掘を超える為の跳ね橋を渡って、緩やかな上り坂を登った先に町を建設していた。
その長い道中を、用途の分からない重い石版を運ぶために、荷台を後ろから押し続けてきた男達の顔からは、疲労と露骨な不満が読み取れる。
しかし、そんな男達の視線を気にした様子もなく、グッヅは笑みを浮かべた。
「デニマさんの代わりに、飲み屋のツケを肩代わりした分を、今すぐ払って頂けるのなら、私は別に」
「はいはい、分かったよ。やりゃあ、いいんだろ。やれば。おら、行くぞ」
耳が痛いとばかりに、手を振って商人の会話を遮ると、デニマが腰を上げる。
他の者達も商人に何か貸しがあるのか、渋々ながら立ち上がった。
「どこまで運ぶんだ?」
「いつもの所ですよ」
「鉱山から妙な物を運ばせて、何をするつもりか知らねぇけど。終わったら、ちゃんと金を払えよ」
「ええ。もちろんです」
デニマとグッヅの付き合いはそれなりに長い。
グッヅは商人であるが、金を稼ぐ為には手段を選ばない男であった。
自身の懐を温める為には、客に適当な事を言って商品を不当な値段で売りつけることは、まだ可愛い方。
デニマが借金取りに追われて困ってた時に手伝わされたのは、墓を掘って死体から剥がした盗品を売りつける仕事など、見つかれば犯罪者として捕まるような行為ばかりであった。
貴族の墓に手をつけようとした時は、夜回りをしていた衛兵に見つかって、危うく掴まりそうにもなった。
グッヅと知り合ってからは、厄介な仕事をいろいろと手伝わされているが、普段から金に困っているデニマとしては、断る理由が見つからないのが実情である。
「しかし、大鬼子と出会ったのでしたら、魔石の一つでも持ち帰って来て欲しかったですね。傭兵も雇っておいて、デニマさんとあろうものが、情けない」
「おめぇは、あそこにいなかったから、そんな事が言えるんだよ。賞金稼ぎなんて、二度とやんねぇぞ……」
町に入ってからは、デニマが最近遭遇した近況を雑談しつつ、グッヅが裏の仕事をする時の場所へ移動する。
空き家が目立つ人気の少ない空き地を通り、目的の場所に到着する頃には陽も完全に暮れ、辺りは真っ暗闇になっていた。
ランタンの灯りを頼りに、一軒の家の前に立ち止まる。
鍵を開けると、家の中から様々な道具を運び出した。
荷馬車から巨大な石版を地面に降ろすと、なぜかハンマーを持たされたデニマが、怪訝な顔で商人を見つめる。
「おい、グッヅ……。本当に、これをぶっ壊しても良いのか?」
「ええ。派手にやっちゃって下さい。依頼主からは、白い物が無くなるまで壊して下さいと言われてますので」
「……ペッ。それじゃあ、壊すぞ」
手に唾を吹きかけると、意を決したようにデニマがハンマーを振り下ろす。
周りにいた男達も、ピッケルなどを振り下ろして、石版を破壊し始めた。
美しい意匠の掘られた女性の石版に亀裂が入り、破片が飛び散る。
「ぐわぁ!? かってぇ……。なんだ、この糞固い石は?」
女性の顔がハンマーで完全に陥没し、更に砕こうとしたデニマの手が止まる。
他の男達も手が痺れたらしく、デニマと似たようなタイミングで、痛そうに手を振って苦悶の表情を浮かべた。
「おお。壊れましたか? デニマさん、持っておいて下さい」
「お、おい……。そんな乱暴にやって、大丈夫かよ」
グッヅがランタンをデニマに渡すと、持っていたシャベルで砕けた白い破片を、躊躇なくガリガリと音を出して取り除く。
おっかなびっくりの様子でデニマが覗き込むと、ランタンの灯りに照らされた黒い光沢が顔を出した。
「何だ。これは?」
「さあ?」
「さあって、おい……」
何か言いたげな様子の男達を無視して、グッヅが砕けた白い破片を黙々と地面に落としていく。
デニマの手の痺れが解けた頃には、グッヅのやる作業の手伝いに男達が参加して、全ての白い部分を地面に落とし終えた。
「ふぅ……。さてと。後は、これを」
「……?」
汗を袖で拭ったグッヅが服をまさぐると、ポケットから赤い液体の入った小瓶を取り出す。
黒い石の塊にしか見えない石版の上で、蓋を開けた小瓶を傾けた。
赤い液体が、ポタポタと石版の上に落ちる。
「おい、グッヅ。そろそろ、何をしてるか教えてくれても、うぉお!?」
それまで黒一色だった石版の表面に、紫色に淡く光る文様が浮かび上がる。
男達が呆気に取られていると、突然に青白い光の奔流が溢れ出し、しばらくすると飛散した。
「ふむ……。迷宮では、ないようだな」
青白い光の消えた魔法陣の上に、見慣れぬ高貴な服を着た男が立っており、黒い石版の周りにいる男達を一瞥する。
「グッヅ君。ここが、イージナの町かね?」
「ええ、そうですよ。ルドロフさん」
「なるほど」
顔見知りなのか、突然現れた男の問い掛けに、グッヅが営業スマイルを浮かべて頷く。
壮年の男性が黒い石版から降りると、興味深げな様子であたりを見回す。
「おい、デニマ。コイツ。背中から、羽みたいのが……」
「ああ……。おい、グッヅ。こいつと知り合いなのか?」
「ええ。最近、高価な魔道具などを譲ってくれるお得意様でして」
産まれて初めて見る異形の人物に、周りにいる男達がザワつく。
唯一、ニコニコと笑みを絶やさない商人が、手を揉む仕草をしながら悪魔貴族の男性に歩み寄った。
「あのぅ、ルドロフさん……。今回の実験とやらは、成功という事で宜しいですか?」
「うむ。そうだな……。グッヅ君。素晴らしい働きだよ」
「そうですか。それは良かったです。では、報酬の方を頂ければと」
「ああ。そうだったな……。では、せっかくなので、諸君に私の友人を紹介しておこう」
「……?」
おもむろにルドロフが黒い石版に近づくと、何かを詠唱しながら表面に触れた。
すると、石版に描かれた文字の羅列が変化し、発光する光が紫色から青色へと変わる。
青白い光の奔流が溢れ出すと、その光の中から巨大な人影が現れた。
「……」
見た事も無い巨大な人影に、その場にいる者達の視線は釘付けになる。
何かに気づいたデニマが、カタカタと手を震わせながら、ランタンの灯りをそれに近づけた。
ランタンの灯りによって照らされた、3mにもなる赤肌の巨大な鬼が、赤い瞳を爛々と輝かせて男達を舐め回すように見下ろす。
ルドロフが楽しげな笑みを浮かべると、大袈裟な動きでマントを翻す。
「諸君、ご協力ありがとう。これより、この町は我々魔族の戦場となる。存分に抵抗してくれたまえ」
「ゴギャァアアアアア!」
大鬼のドランが両腕を高々と上げると、町全体に響き渡る歓喜の雄叫びを上げた。




