第37話 妹の中学生活2とその裏で
「はい。では、授業を終わります」
終業を報せるチャイムが鳴り、教師が教室を出て行く。
すると、クラス内が騒がしくなる。
「まさるー。食堂行くなら、俺の分のパンも買ってきて-」
「良いけど、金払えよ」
「それと、苺ミルク!」
「へいへい」
食堂にある人気商品は早く売れる為か、数人の男子がダッシュで教室を出て行く。
女子は机を移動させたり、仲良しグループでお喋りをしながら、弁当を広げている。
「フン、フフンフーン。お昼御飯なのじゃ~」
沙理奈も机の上に置いていた物を片づけると、机に引っ掛けた鞄の中をまさぐる。
鞄の中から弁当袋を取りだすと、祖母が作ってくれたお弁当を机の上に置く。
弁当箱を閉じていたゴムバンドを外し、楽しそうに鼻歌を唄いながら蓋を開けた。
「沙理奈ちゃん。ご機嫌だね」
腰まで届く長い黒髪の美少女が、前の人の机を移動させながら、沙理奈に声を掛ける。
雪那が机同士をくっつけると、顔を上げた沙理奈が満面の笑みを浮かべた。
「昨日も、いっぱいリア獣したのじゃ~」
「リア獣?」
「土日はずっと、ゲームでモフモフパラダイスしてたのじゃー」
「ああ、ゲームの話ね。私は小説を書くので忙しいから、あんまりゲームしてないんだけど……。男同士のボディタッチが見れるのなら、喜んでプレイするんだけどね!」
なぜか興奮気味に鼻息を荒くしながら、雪那も弁当袋の中から弁当箱を取りだす。
可愛らしいデザインの弁当箱を開けると、沙理奈の口から感嘆の声が漏れた。
「おおー。ワンコのおにぎりが、可愛いのじゃー」
犬顔のおにぎりを見た沙理奈の目が輝く。
味付けのりなどの具材を作って、器用に動物の顔の形を作っているようだ。
「エヘヘヘ。可愛いでしょー。ネットで見つけたのを、マネしただけなんだけどね。欲しいんだったら、沙理奈ちゃんの卵焼きと交換してあげるよ」
「むー……。仕方ないのじゃー。1個だけなら、譲ってあげるのじゃー」
「沙理奈ちゃんのおばあちゃんが作る卵焼きも、甘くて美味しいよね」
「絶品なのじゃー」
祖母の料理を褒められて、沙理奈が嬉しそうな顔で頷く。
ワンコおにぎりをしばし眺めた後、大きく口を開けてかぶりつく。
「あむ、んぐ。雪那も、どんどん料理が上手くなってるのじゃー。良いお嫁さんになるのじゃー」
「えっ、ホントー? じゃあ、沙理奈ちゃんのお嫁さんになるね」
「おー。毎日美味しい御飯が、食べれそうなのじゃー」
沙理奈と雪那が、和気あいあいと仲良さげな様子で食事をする。
しかし、それを見ていたクラスの男子達が何とも言えないような顔をしたり、溜息を吐いたりしている。
教室の隅っこで、頬杖を突いてカフェオレバナナジュースを飲んでいた女子が、弁当を食べる友人に視線を移す。
「そういえば先週、隣のクラスの男子が雪那に告ったらしいよ」
「どうせ振られたんでしょ?」
間を空けず返答されて、質問を投げたクラスメイトが苦笑する。
「見た目は可愛いけど、中身がアレだからねー」
整った顔と長い黒髪の似合う雪那は、小柄で可愛らしい容姿なため、校内でも美人で有名な女子の1人だ。
茶道部に所属しており、去年の文化祭の時には着物姿で活動する彼女を一目見ようと、他校の学生も含めた多くの男子が殺到したらしい。
『現代の大和撫子』と呼ばれ、非公式の学年美人ランキングでも見事1位を獲得したとの噂がある。
「噂だと、今年に入ってから、もう10人くらいフラれてるらしいよ」
「マジで? もう二桁超えてんの?」
「アレを知らない下級生が次々と特攻して、撃沈してるらしいね」
「あちゃー」
クラスメイトの女子が額に手を当てて、思わず天を仰ぐ。
ちなみに告白した男子に話を聞いたところ、「え? ホモじゃないの?」と真顔で言われてフラれたらしい。
予想もしない見た目とのギャップに、告白して数日間は立ち直れない人が続出することでも有名だ。
「最近ね。可愛いデザインのクッキー作りにもハマってるの。いっぱい作り過ぎて余ってるから、明日また持って来るね」
「ほうほう。それは楽しみなのじゃー」
周りでどのような噂が流れてるかも知らない様子で、天然コンビは今日も仲良くお昼御飯を食べていた。
* * *
光の届かぬ真っ暗闇な迷宮内で、争い合う声が聞こえる。
「どるァ!」
「グギャア!?」
身長が2mもある体格の良い大鬼子が、騎士の剣を力任せに振るう。
大人と子供程に体格差がある為、身体の小さな子鬼が斬り飛ばされた。
大鬼子が地面に転がる子鬼を踏むと、耳まで裂ける大きな口を開けて高笑いをする。
「ゴギャギャギャギャ! お前の心臓を、晩飯のおかずにしてくれるわ!」
「いやいやいや。子鬼の心臓とか、絶対不味いだろ」
豪快に笑う大鬼子の近くにいた、もう1匹の大鬼子が思わず口を挟む。
片方の角が折れた大鬼子のダオスンに、笑っていた大鬼子が目を移す。
「せめて、魔人にしとけよ」
「ダオスン……。魔人だと、魔石があって硬くないか?」
「え、ああ。そうか……。それもそうだな」
「……」
「……」
2mも身長がある大鬼子同士が、互いに無言で見つめ合う。
「グ、グギャギャー!」
通路の先は行き止まりで、最早逃げ場はないと悟ったのか、子鬼がやけくそ気味に叫びながら走り出す
突撃して来た子鬼に気づいた2匹の大鬼子が、凶悪な笑みを浮かべて剣を構えた。
「うらァ!」
「オルァ!」
「ヒャッハー! そんなことより虐殺だー!」と言わんばかりに、魔人達が嬉々とした表情で剣を振り回し、子鬼を返り討ちにする。
2本の刃で子鬼が無残にも斬り裂かれ、臓物を撒き散らして崩れ落ちた。
血糊のついた剣を肩に担ぐと、魔人達が周りの様子を伺う。
「ダオスン、ここで行き止まりみたいだぞ」
「外れか。じゃあ戻るか」
「うむ」
子鬼を倒し終わった大鬼子達が意気揚々と、もと来た道を帰ろうとする。
魔人達と入れ違いで、木製担架を肩に担いだ子鬼達がやって来た。
息絶えた子鬼の亡骸を担架に載せると、蟻の巣のように沢山の通路や部屋のある迷宮内を、忙しそうな様子で駆けて行く。
大きな部屋や複数の道に分岐した通路などを通り、迷宮の入口を目指して進んで行くと、難しそうな顔で紙を覗き込む、黒髪の少女とすれ違った。
「グギャギャ!」
「おかえり、ククリ。そっちはどうだった?」
吸血鬼亜種のパイアが見つめていた紙から視線を外し、通路の奥から駆け寄って来た子鬼のククリに目を移す。
湾曲刀を腰に提げたククリが、両手を交差させて『×』の形を作る。
「グギャ!」
「あっそう。そっちも行き止まりか……」
線と丸印だけの簡易地図に、パイアが何かを描き込む。
彼らが今いる場所は、セナソの村で赤鬼族達と戦争をした際に、パイアが見つけた迷宮である。
勇樹から、赤鬼族の住む迷宮内の調査が指示されており、前回の戦争で増えた新たな仲間と共に、改めて迷宮の調査をしていた。
調査隊のリーダーを任された吸血鬼亜種の少女が、悩ましげな顔で後頭部をボリボリと手でかく。
「子鬼ばっかりで、中鬼がいないのが妙ね……。やっぱり皆、奥へ逃げたのかしら? 迷宮も無駄に広いし、しらみつぶしに探してたら日が暮れそうね。今日はそろそろ、引き揚げ時かなー」
ブツブツと呟きながら、背負い袋から赤い果実を取りだす。
「パイア」
ゴリンの実を齧ろうと口を開けたところで、声を掛けられた少女が振り向く。
道中で捕まえた一角兎を齧りながら、別の道を中鬼達と一緒に調べていた大鬼子のダンザが、パイアに合流した。
「あ、ダンザ。そっちも行き止まり?」
「パイア。ここの兎は、糞不味いぞ」
「はぁあ?」
不満そうな顔で喋るダンザの話を聞いて、パイアの眉間に皺が寄る。
どうやらこの迷宮で産まれる一角兎は、勇樹達のいる迷宮の一角兎に比べて、肉の質が酷く劣っているようだ。
勇樹の迷宮は、王族の血を引くクレスティーナが、毎晩たっぷりと迷宮に魔力を流し込んでいる。
そのお陰か、迷宮に生える魔草はとても質が良く、それを食べる一角兎も美味しくて栄養満点であった。
普段から柔らくて良質な兎肉に食べ慣れた魔物達には、赤鬼族の迷宮で産まれる一角兎が不味く感じるのは、仕方ないのかもしれない。
「知らないわよ、そんなことは。うちから持って来た一角兎は、どうしたのよ?」
「全部食べた。もうない」
「じゃあ我慢して食べなさいよ」
不満そうな顔をするダンザを無視して、パイアが赤い果実を齧る。
パイアが頬を膨らましながら、ご機嫌な様子でゴリンの実を食べていると、通路の奥から吸血鬼亜種の少女達が駆けて来た。
「パイアー! 魔人を見つけたよ!」
「え? 本当!」
迷宮の奥へと先行して偵察に向かった、吸血鬼亜種達からの朗報に、パイアが目を輝かせる。
「うん! 6階層の転移門がある大部屋に、中鬼達を集めて待ち構えてるみたい」
「よーし。それじゃあ、そこまで一気に行こうかしらね。ダンザ、他の所に行ってる連中を、皆集めて。全員揃い次第、出発するわよ!」
「おう!」
探し求めていた獲物を見つけて、魔物達に緊張が走る。
パイアの指示通り、迷宮内に散らばっていた魔物達を集め終えると、目的地へと向かって進軍を開始した。




