第36話 一夜明けて
「ふーん……。闇商人に依頼された、傭兵ねー」
「はい」
いつも通り妹に急かされて、日曜の朝からゲームを始めた勇樹だったが、エモンナから昨晩侵入した者達の報告をされて首を傾げる。
勇樹が難しそうな顔をしていると、その隣にいる悪魔メイドが、広げた分厚い本へ視線を落とす。
「迷宮の調査を依頼した人物については、彼らも把握してないようでした」
「この国の傭兵じゃなくて、隣国から来た傭兵っていうのが、ちょっと気になるな……」
セイナアン王国から派遣された調査隊は、実は隣村まで来ていたのだが、鬼族に壊滅させられて引き揚げてしまった。
その事実を知らない勇樹が、再び首を傾げる。
勇樹の顔色を伺いながら、エモンナが口を開く。
「それも気になるのですが、傭兵達を尋問している時に私の方で気になったのが、どこからこの迷宮の情報が漏れたかですね。可能性があるとすれば、やはり隣国から来た商人でしょうか?」
「かもね。特に口止めもしてなかったし、もともと村人との接触をした時点で、この迷宮のことを隠し続けるのは無理だと思ってたから、別にいいんだけどね……。むしろこれから、どうするかだな」
エモンナの報告を聞きながら、勇樹が悩ましげな顔で腕を組む。
「その話を聞く限りだと、隣の国から騎士とかが大勢攻めてくることは、すぐにはなさそうだけど……。とりあえずは、こちらから人を襲う事がなければ、騎士がやってくることはないのかな?」
「では、今まで通りということですか?」
「そうだね。しばらくは様子見かな……。ていうか、傭兵を斥候に使うとか、人側の動きもなかなか油断ならんな。先に、魔物が攻めてくるイベントが始まると思ってたんだけど」
「オニ様の進言通り、周辺の警戒を強化しておいて正解でしたね。おかげで侵入者の発見も早くできて、情報を吐かすことができましたから」
想定外のイベントが起き、少し困惑気味の勇樹とは違い、エモンナは上機嫌な笑みを浮かべていた。
勇樹が考え事を中断して顔を上げると、目の前に整列する魔物達を見つめる。
「で、これがその傭兵から産まれた子鬼?」
「はい」
勇樹達の前に、6匹の子鬼が並んでいた。
顔を隠すように、目元以外の部分に黒い布を巻いた子鬼達を、勇樹が不思議そうな顔で観察する。
「何で、顔を隠してるの?」
「クレス様が尋ねたところ、顔が見えると落ち着かないそうです」
「ふーん……そうなんだ」
顔に巻いた布の隙間から見える目は、他の子鬼達に比べると、やや鋭い印象がある。
油断なく周りを観察する仕草は、子鬼には見られない知的さを感じさせた。
ただし、エモンナと目が合うと慌てて目線を外したり、エモンナの視線から逃れる様に顔を俯かせたりする。
生前の尋問もとい拷問が、よっぽどトラウマになったのだろう。
そんなことを知らない勇樹は、傭兵から産まれた子鬼達を上から下へと、興味深げな様子で観察する。
「武器は使えるの?」
「はい。侵入した傭兵達の武器は、問題無く扱えるようです」
子鬼達の腰に装着されたナイフホルダーへ目を移すと、勇樹が1つ頷く。
「よし。じゃあ、またいろいろ実験してみるか」
「今日は、何をなされるのですか?」
「んー。中鬼騎士が、どれくらい戦えるのかを見てみたいなーと思ってね。昨日は、隣村へ攻め込むことで頭いっぱいで、あんまり実験する暇がなかったし」
「そうでしたね……。また村の傭兵を、借りますか?」
「うーん、そうだね。実力を測るのには、それが手っ取り早いしな」
外に連れて行く者達に声を掛けると、村を目指して迷宮の入口へと向かった。
* * *
村にある簡素な一軒家から、1人の男が顔を出す。
空を見上げれば、今日も気持ちの良い青空だ。
『修理屋』をやってる家から出てきた男が、大きな口を開けた。
「ふぁ~」
眠そうに欠伸を噛みしめると、身体をほぐす様に伸びをする。
渋顔に生えた無精ひげを撫でながら、スナイフが村の中を歩く。
水を汲み上げようと井戸に近づいた所で、男が思わず足を止めた。
スナイフが見つめる先には、ムナザが住んでいた家がある。
家の横には、以前スナイフが魔人から頼まれて作った、ハンモックが吊るされていた。
「スー、スー……」
「んー。そんなに食べれないのじゃ~」
ハンモックの中には、狐耳を生やした少女と幼女がいた。
横になりながら日向ぼっこをしてると、眠気に誘われたようで、クレスティーナと沙理奈が姉妹のように仲良く寝ている。
沙理奈は寝相が悪いのか、片方の足が外にはみ出ており、服がめくれてお腹も出ていた。
ハンモックの近くには、数匹の犬人と1匹の狼人が丸くなって寝ている。
狼人の尻尾を、沙理奈の手が握り締めたままだが、気にした様子もなく熟睡していた。
「……」
さも当然の様子で村にいる魔人や魔物達を、スナイフがじっと見つめる。
しばらくすると、何とも言えないような渋顔で、ため息を1つ吐いた。
井戸の水で喉の渇きを潤すと、村の外から聞こえる音に気づき、そちらへ足を進める。
見慣れた人影を見つけて、スナイフが声を掛けた。
声を掛けられた強面の大男が振り返る。
「おう。スナイフか」
「何だ……。またオニ様の実験とやらか? 今日は、何をしてるんだ?」
「前と同じような、模擬戦みたいなんだが。どうにもな……」
「……?」
豊満な顎髭を撫でながら、歯切れの悪い返答をするダゴックに、スナイフが首を傾げる。
「スナイフさん。アレ、どう思ッスか?」
「あん?」
ダゴックの隣にいたハシリが指差す方向へ、スナイフが視線を向ける。
その視線の先には2匹の中鬼らしき魔物と、2人の元傭兵が対峙していた。
いつものように黒髪の少年が椅子に座って、模擬戦の様子を観察している。
勇樹の傍には悪魔メイドだけでなく、大鬼子や吸血鬼亜種の姿も見える。
エモンナが何かの合図を出すと、木刀と盾を持った中鬼と元傭兵の戦いが始まる。
元傭兵の男2人が、木刀を振り回して果敢に攻めるが、中鬼騎士2匹も盾や木刀を巧みに使い、相手の攻撃を弾いた。
身体に刻まれた騎士の記憶によるものか、隙のない守りと容赦ない攻撃の連続に、それを見ていたスナイフが口笛を吹く。
「ピュー。上手いな」
「だよな。正直な話、その辺の傭兵より剣術が上手い気がするんだが……。お前は、どう思う?」
「うーん……。騎士並の実力は、あると思うぞ」
「俺、勝てる気がしないッス」
感心するような顔から一変して、スナイフの表情が険しいものへと変化する。
「で、アイツらはどこから湧いてきたんだ?」
「さあな。迷宮の奥にいたのか、それとも魔界とやらから連れて来たのか……」
「あんなのが、まだウヨウヨいるのかよ……。厄介だな」
「やっぱりあの時、ダゴックさんの言う通り、戦わなくて正解ッスね。でも、魔人もまた増えてるし、これってヤバくないッスか?」
不安そうな顔で見つめるハシリの隣で、ダゴックが難しそうな顔をしながら顎鬚を撫でる。
「先生とは、連絡が取れたんだ。じゃあ後は、俺達にできるのは待つことだけだ」
「俺達は奴らの魔物が増えるのを、指を咥えて見守るだけってか……。仕事はくれるし、金もちゃんと払ってくれるのはありがたいけど、村の近くで魔物が沢山うろついてるのは、あんま落ち着かねぇな」
「昨日の夜も、遠吠えが煩くて気になったッスけど、森は怖くて近寄れないッスよ」
基本的に、村人が森へ立ち入ることは禁止となっている。
そもそも、普段から魔物がうろついてる場所に、入りたがる村人はいないだろう。
勇樹が魔物達の活動範囲を森までと決めているので、今日のような実験やクレスティーナがオランゲの実を納品に来るなどの用事がない限りは、村へ魔物達が顔を出すことはない。
「誰か森に入ったのかと心配してたが、今朝確認した時は皆いたからな。ラビレルでも追いかけてたんだろ?」
「夜中ぐらい、静かにして欲しいな……。お陰で俺は変に目が覚めて、寝不足だぞ」
再び欠伸をしそうになったスナイフだが、それを噛み殺す。
「あふぅ……。今んとこ、アイツらが最初の約束を守ってくれて、村の連中が誰も襲われてないのが救いだな」
「全くだな」
肩を落として溜め息を吐くスナイフの隣で、ダゴックが同意するように頷く。
不安そうな言葉を漏らしながらも、今は待つことしかできない村人達は、勇樹の実験を静かに見守り続けた。




