表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第2章 鬼族のくせに生意気だ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/54

第35話 探りを入れる者(★挿絵あり)

 

 草木の生い茂る森の中で、黒髪の少女がゆっくりと歩を進めながら、相手に近づく。

 

「大丈夫よー。私はミカタダヨー」

「……」


 吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアのパイアが見つめる先には、2頭の荷馬レクバがいた。

 馬と蜥蜴を足して2で割ったような生き物が、パイアを警戒した様子で見つめている。

 

「貴方達に、ちょっと荷物を運んで欲しいだけなのよー。悪いようにはしないから、こっちにおいでー」

「……」


 優しそうな声色で声をかけながら、手の届きそうな距離まで、少女が詰め寄ろうとする。

 しかし、荷馬レクバ達は距離を取るように、森の奥へと移動した。


「……」


 その様子に、パイアがしばし難しそうな顔をするが、何かを思い出したように手を叩き、背負い袋の中をまさぐり出す。

 袋の中から取り出したのは、黄色の果実。

 

「ほーらほら。貴方達の好きな、オランゲの実だよー」

「キュルル?」


 荷馬レクバが首を傾げると、パイアの手元にある果実をじっと見つめる。

 興味はあるようで、爬虫類のように目を縦長に変化させると、足をゆっくりと前に出した。

 パイアに警戒しながらも、1頭の荷馬レクバが歩み寄る。


 我慢強くパイアが待ってると、荷馬レクバが頭を前へと伸ばす。

 オランゲの実を長い舌で巻き取り、口の中へと入れた。

 果汁を口元から零しながら齧っていると、その匂いに誘われたのか、他の荷馬レクバもパイアに寄って来た。

 

「フフフ。まだまだあるわよ~」

 

 パイアが嬉しそうな顔で、別の果実を袋の中から取り出す。

 すると、もう1頭の荷馬レクバが、物欲しそうに顔を近づけてくる。

 パイアの手元から、黄色の果実を長い舌で巻き取ると、美味しそうに齧りだした。


 好物を与えられて、警戒心がやわらいだのを見計らい、荷馬レクバの口に嵌められたくつわへ手を伸ばす。

 手綱を引っ張ると、2頭の荷馬レクバが大人しくついて来た。

 森を抜けて外に出ると、慌ただしそうに作業をする魔物達が目に入る。

 戦争で死んだ魔物達の亡骸を、荷馬車に載せる為に運んでいるようだ。

 

 ショアンを含む元傭兵達も、ハジマの村から御者役として、応援に駆けつけていた。

 荷馬車に次々と運ばれる魔物達の亡骸を、男達がげんなりとした顔で見ている。

 

「ククリ! 逃げてたのを捕まえて来たから、これも繋げといてー」

「グギャ!」

 

 パイアに声をかけられて、子鬼のククリが「待ってました!」と言わんばかりに、嬉しそうな顔で駆け寄って来た。

 運び主のいない荷馬車へ荷馬レクバを連れて行くと、手慣れた手つきで荷馬車へと繋ぎ始める。

 どうやらこの2頭は、この村へ訪れた騎士の調査隊に、同行して来た軍馬だったようだ。


 荷馬車だけが残されて、不思議に思ったパイアが探しに行ったところ、森の中で先程の荷馬レクバ達を見つけたのだ。

 森の中にある雑草を食べたりしながら、逃げ出した主人達が帰って来るのを、大人しく待ってたらしい。

 敵味方関係無く、魔物の亡骸を荷馬車の中へ放り込む作業をパイアが見つめていると、吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアの少女達が森の中から顔を出す。


「パイア。浅い所をかるーく見て来たけど、鬼族は全然いなかったよー」

「へー、そう。じゃあ皆、迷宮の奥へ引っ込んだのかもね?」

「それとも、魔界へ逃げたのかなー?」

「さあ。とりあえず出てくる気がないのなら、今日はここにいても仕方ないわね。それじゃあ死体を、お父様の迷宮へ運びましょ」


 魔物達の亡骸を、荷馬車へ詰め込み終えたのを確認すると、皆に帰宅の指示を出す。


「パイア。俺達は、まだいけるぞ?」


 まだまだ暴れ足りないのか、ダンザを含む大鬼子オーガ・ミニ達の顔は不満そうだ。

 それを見たパイアが腰に手を当てると、呆れた様な顔で溜め息を吐く。


「アンタは、ホント鬼頭ね……。アンタ達がいけても、他の連中がやられてたら駄目でしょ? 村にいた奴らは全部倒したけど、こっちも魔人とかに少しやられてるじゃない。迷宮はたぶん、ここよりもキツくなるでしょうから、うちに戻って皆が元気になってから、また攻略した方が良いに決まってるでしょ? 今、アイツらが攻めてこないのは、もしかしたら魔界から仲間を呼んで、待ち構えてるかもしれないしね。お父様に一回報告して、相談してからまた来る方が、どう考えても正しいでしょ。ほら、分かったらいったん引き揚げるわよ!」

「……」


 あまり頭はよくないし、口喧嘩ではパイアに勝てないと分かってるからか、ダンザが口を尖らせながら無言の抗議をする。

 そんなダンザを、気にした様子も無く無視すると、ショアンが御者をしている荷馬車に近寄る。

 ショアンの隣に座る吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアの少女に、パイアが声をかけた。

 

「街道を一緒に行くと遅くなるから、私は先に森を抜けてるよ。うるさいエモンナにも、終わったらすぐ報告しろって言われてるしね。ということで、よろしく!」

「わかった!」

 

 パイアが詠唱をすると、全身が緑色に発光する。

 疾風の如き速さで森に入ると、一足先に家路を急いだ。






   *   *   *






 夜の帳が下り、静寂に包まれた深夜。

 村が襲撃されたと噂が広まってから、人がほとんど通らなくなった危険な街道を、1台の荷馬車が移動していた。

 

「旦那。着きましたよ」

「……」


 全身を黒いローブに身を包んだ御者が、荷車に乗る者達へ声をかける。

 荷車に乗ってた者の1人が、腰袋を外して御者に渡した。

 御者が受け取った袋の中から、硬貨の擦れる音が聞こえる。


「ありがとうございます、旦那。お気をつけて」

「……」

 

 全身黒ずくめの者達が、荷車から次々と飛び降りて、地面へ足を降ろす。

 目元の部分しか見えないように、皆が顔を布で覆っており、まるで素性を知られるのを嫌がる様な、とても怪しげな風貌だ。

 

 眼前に広がる森を、武装した6人組が鋭い瞳で見つめる。

 御者に金を渡した者が、他の者達に目配せをすると、黒ずくめの集団が森の中へと入る。

 先程の街道を更に進めば村へと到着できたのに、なぜ彼らはわざわざ荷馬車を降りて、森へと入ったのか。

 実は、彼らには目的があった。

 

 今から遡る事、数日前。

 所用で商業都市クォクスに立ち寄った際、馴染みの闇商人から、とある依頼を紹介された。

 依頼の内容を要約すれば、未開拓の迷宮調査。


 ただし、その依頼の成功報酬額が、破格の値段だった。

 その辺にいる傭兵へ声を掛ければ、誰もが飛びつくような値段ではあるが、やはり危険な依頼内容でもあった。


 報酬額が高い理由は、その迷宮にはかなり強い魔物が棲んでるらしいとの噂があったから。

 依頼主は、その噂の真相を知りたいらしく、腕に自信のある者であれば経歴を問わず、結果に見合った報酬を出すようであった。

 そもそも危険な魔物のいる迷宮調査なら、国の騎士に任せればよいものだと考えるが、大勢の騎士を派遣すれば隣国への侵略行為と見なされる恐れがあり、それはすぐにできないようだ。

 本当かどうかは分からないが、この迷宮はまだ、どの国にも存在を確認されてない、未発見の迷宮でもあるらしい。

 

 ここにいる傭兵達は、商人の護衛に雇われてた時期もあり、腕にも自信がある。

 しかし、最近は稼ぎが悪くて、護衛をしていた商人の商品につい手を付けてしまい、闇商人に売り渡していたのがバレてしまったのだ。

 今やお尋ね者として、追われる立場であった。


 しばらく身を潜めようとしてた矢先であり、逃走用の路銀が手に入るなら、渡りに船というものだ。

 懐がとても寂しい彼らとしては、特に断る理由もなかった。


「……」


 迷宮がある方角は把握しているので、暗い森の中を黙々と進む。

 時々立ち止まり、周囲を警戒してみるが、特に魔物が現れることもなかった。

 

「……アレか?」


 物陰に身を潜めながら、警戒するように皆が見つめる。

 岩肌を削ったような洞穴からは、不思議な灯りが漏れていた。

 周辺を偵察して、特に問題がないことを確認すると、仲間達と話し合う。


「それっぽい場所は見つかったが、魔物はどこにもいない。とりあえず、中に入るか?」

「でも、中に入って危険な魔物がいたら、どうする?」

「その時は、逃げるしかないだろう。何も調べずに、誰もいませんでしたとは、流石に報告できんぞ」

「確かにそうだけどよ……」


 これからどうするかでしばし揉めたが、結局は洞穴の中へと入ることになった。

 壁には不思議な紋様が青白く輝き、松明などを使わなくても、問題無く歩けるようだ。

 落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回しながら、傭兵達が不思議な洞穴を歩き続ける。


 しばらく奥へと進んでいると、先頭にいた者が何かに気づいて、皆の足を止めさせた。

 耳を澄ませると、誰かの足音が聞こえる。

 互いに目配せをすると、傭兵達が短剣や剣を抜いて武器を構えた。

 緊張した様子で待機していると、別の通路から人影が顔を出す。


「珍しいお客様ですね」


 現れたのは、貴族に仕える侍女の格好をした女性。

 場所が場所でなければ、思わず見惚れてしまうような、整った顔立ちの美女。

 ただし、黒目に桃色の瞳、背中には蝙蝠のような翼と、人では無いことが一目で分かる容姿だ。

 何も言わぬ傭兵達を見て、目の前に現れた悪魔メイドが首を傾げる。


「ナテーシアからは、今日の訪問があるとは聞いてませんでしたが、どのような御用件でしょうか?」


 女性が携帯してる武器は、腰に提げた鞭だけ。

 悪魔族の魔人を見たことがない彼らからすれば、とても美人な女性が無防備な状態で、微笑んでるだけにしか見えない。

 通路の奥を伺うが、他の人影は見当たらなかった。

 傭兵達が互いに目配せをすると、先頭にいた傭兵が短剣を握り締めて突撃する。


 いきなり女性に襲いかかると、首を狙うようにナイフを横へ振り抜く。

 しかし、悪魔メイドは驚いた様子もなく、横へヒラリと身軽に避ける。

 傭兵の奇襲をかわすと、素早く足払いをして、襲ってきた男を転倒させた。


 次に2人目の男が、ナイフを振り下ろそうと迫る。

 だが、それよりも先に悪魔メイドが身体を捻り、キレのあるハイキックを放つ。

 強烈な回し蹴りが側頭部に命中すると、男が地面を激しく転倒して、壁にぶつかった。

 仲間達が驚いてる暇もなく、女性が素早く3人目の男に詰め寄る。


「おぶぅっ!?」

 

 男の目が大きく見開き、くの字に身体を折り曲げた。

 傭兵の腹には、女性の履くブーツの底が突き刺さっている。

 嘔吐しながら崩れ落ちる男から離れると、他の傭兵達を一瞥した。


「魔法も使わず突っ込んできたので、よほど腕に自信があるのかと思ってましたが、この程度ですか?」


 最初に転倒した男が、女性の背後から襲い掛かろうとする。

 その気配を察知したのか、悪魔メイドが素早く振り返ると、その動きに合わせてスカートがヒラリと舞う。

 スカートの中から長い脚が顔を出し、ブーツの底が男の顔にめり込んだ。

 見惚れるような後ろ蹴りが命中すると、鼻から血を流しながら、男が白目を剥いて崩れ落ちた。


「パイアより下……。村にいた、武術の心得がある者程度の実力……といったところですかね?」


 苦しそうに悶える男達を、淡々とした表情で見下ろす。

 汚らわしいモノが付いたとばかりに、ブーツの底を倒れた男の衣服に擦り付ける。

 いきなり仲間3人がやられて、傭兵達は呆けたように口を開けたままだ。


「人界の者達の実力を知る為に、わざわざここまで通したのに、期待外れもいいところですね」

「……!」


 女性の呟きを聞いた傭兵の目が、大きく見開かれる。

 何かに気づいたように、舌打ちをした。


「糞、罠だ! 逃げるぞ!」

「!?」


 魔物の目撃情報があったのに、それらしい気配のなかった静かすぎる森。

 様子を伺おうと洞穴に侵入すれば、特に驚いた様子もなく、侵入者達を華麗に撃退した女性。

 そして、その侵入者達の力を試そうとしたと分かる、悪魔メイドの発言。

 これらのことから、自分達が誘い込まれたのだと気づいたようだ。


 傭兵達が慌てた様子で、迷宮内を駆けて行く。

 必死に逃げる者達の後ろ姿を、悪魔メイドが冷笑を浮かべて見送る。

 

「さて、情報を洗いざらい吐いてもらいましょうか。わざわざ村を避け、この迷宮を目指して、森を通って来た理由を」


 何事もなく、迷宮から脱出できた3人の傭兵が、暗い森の中を一心不乱に走り続ける。

 だが、彼らにとっての本当の恐怖は、ここからだった。

 

「オォオオオン!」


 背後から聞こえる複数の遠吠え。

 森に入った時には、とても静かだった森の至る所で、獣らしき鳴き声が聞こえ始める。


「ウォオオン!」

「ウォン! ウォン!」

「ガァアアア!」

「うわぁあああ!」

「た、助けてくれー!」

 

 闇で先の見えぬ森の中を、誰かの絶叫が響き渡る。

 助けを求める仲間の声が聞こえても、男は後ろを振り返らない。

 いや、この場合は振り返れないのだろう。

 

 周辺の茂みが激しく揺れ、人ではない獣のような息づかいも聞こえる。

 明らかに仲間の数と合わない気配が、背後から迫っているが、男は決して後ろを振り返らなかった。


 産まれてこれまで、ここまで本気で走ったことはなかっただろう。

 それだけ必死に、男は走り続けた。

 森の端が見えると、男が口もとの布をずらす。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 呼吸困難になりそうに激しく息をしながらも、必死の形相で森の外を目指す。

 外への脱出を望む様に、男が手を伸ばした。

 刹那、風切り音とともに、強烈な衝撃が顔面に襲い掛かる。

 男の身体が空中で回転し、地面を激しく転倒した。

 

「はい、残念でしたー」

「うぐぅ……」

 

 地面に叩きつけられ、くぐもった苦悶の声を出しながら、男が顔を上げる。

 見上げた男の眼前には、先程の悪魔メイドを少し幼くしたような、黒髪の少女が立っていた。

 蹴り上げた足をゆっくりと降ろすと、少女が可愛らしい笑みを浮かべながら、男に近づいて来る。

 

「み、見逃してくれ! お、俺達は、ここに何がいるか、調べてくれって、頼まれただけで!」

「へー、そうなんだー」

「グルルル!」

「ヒィッ!」

 

 怯えた表情で、男が後ろに振り返る。

 すると、灰色の体毛に覆われた獣人が、茂みの中から顔を出す。

 

 狼人ワーウルフが、傭兵の足に牙を食い込ませると、茂みの奥へと引きずり始めた。

 男がナイフを地面に刺したりして、必至に抵抗を試みるが、すぐさま他の狼人ワーウルフが現れる。

 大柄な獣人達が男の身体に群がると、結局は力づくで引きずられてしまった。

 

「た、助けてくれー!」


 唯一噛まれてない手を伸ばし、少女に救いを求めて叫ぶ。

 そんな姿を見た少女の口角が吊り上がる。

 無情にも、別れを告げるように、笑顔で手を左右に振った。


「エモンナの拷問は凄くキツイと思うけど、頑張ってねー」

 

 絶望の表情を浮かべた男の顔が、暗闇の中へと消えて行く。

 吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアのパイアが、残酷な笑みでその姿を見送った。

 一仕事を終えると、手に持っていたゴリンの実を齧る。

 

「んー、美味しい」


 この場には不釣り合いだが、その可愛らしい少女の容姿に似合った、幸せそうな笑みを見せた。

 傭兵達の助けを求める叫び声だけが、夜の森に空しく木霊した。


(Illustration:夜風リンドウ様)


挿絵(By みてみん)

 

 悪魔メイドのエモンナ

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ