第33話 穴掘りと若き新鋭達
※残念な先生:関連話(第24話、第25話)
「ブーン!」
狐耳帽子を被った少女が、両手を水平に広げて走っている。
少女が走る通路の壁には、青白く光る文様が描かれており、通路内を明るく照らしていた。
「ブーン……ブーン!」
迷宮内はとても静かで、沙理奈の楽しそうな声だけがよく響く。
普段は鬼族が歩く姿も見えるはずなのだが、今はどこにもいない。
「ブーン……キキーッ!」
ブレーキ音の声真似をして、沙理奈が突然に立ち止まる。
とある部屋を、通路から覗きこんだ。
「お? お? おっおっおっおっ?」
顔を左右にキョロキョロと動かし、沙理奈が中の様子を窺う。
迷宮内を散策する沙理奈の後を追って、犬人に背負われた狐耳幼女がやって来た。
「ここも穴だらけなのじゃー」
「そうですね。隣村に鬼族がいっぱい現れたと聞いて、埋める穴を大急ぎで増やしましたから」
2人が見つめる先には、地面にできた沢山の穴がある。
クレスティーナの説明によると、どうやら魔物の死骸を入れる穴らしい。
とある穴の近くには、小さな幼女が立っていて、前屈みの姿勢で中の様子を窺っている。
穴の中に誰かいるのか、灰色のフサフサの尻尾が顔を出していた。
土が勢いよく外に飛んできており、飛び出した土で小山ができている。
しばらく観察していると、悪魔幼女が穴の中に声をかけた。
「ガウ?」
すると穴の中から、灰色の体毛に覆われた狼人が顔を出す。
掘った穴からジャンプして外に出ると、身体についた土を払うように、激しく身震いをした。
舌を出して「ハッハッハッハッ」と息を荒くしながら、穴を覗きこむ悪魔幼女の傍に近寄る。
「……キュプイ」
きちんと穴ができてるのを確認すると、悪魔幼女が満足気に頷き、手に持っていた骨付き肉を差し出した。
ご褒美の骨付き肉を貰うと、狼人が嬉しそうに尻尾を振りながら齧り始める。
「ここも、大きなモフモフが、仕事をしてるのじゃー?」
「はい。オニ様の魔物は皆、真面目に仕事をしてくれるので、凄く助かります」
2人の少女が仲良く雑談をしてる隣の部屋では、勇樹とエモンナが会話をしていた。
勇樹達の視線の先には、背中から小さな翼の生えた幼女と、シャベルのような道具を持った山羊人がいる。
黒髪の幼女が地面に掌をのせると、ブツブツと呪文を呟く。
悪魔幼女が詠唱を終えると、黄金に輝く魔法陣が地面に浮かび上がった。
山羊の頭を持つ黒い獣人がその上に足をのせると、風船のように身体が膨らみ始める。
身体がみるみると膨張し、強化山羊人へと進化した。
「キュプイ。……プルップ!」
大きくなった強化山羊人を見て満足気に頷くと、悪魔幼女が地面を指差す。
「ヴメァ~」
強化山羊人が可愛くない低い声を出しながら、悪魔幼女が指示を出した場所に歩み寄る。
穴掘り道具を握り締めると、2mの巨躯で力強く土を掘り始めた。
ちなみに山羊人が持ってるシャベルは、ナテーシアがいる雑貨店から購入したものだ。
「悪魔幼女は普通の魔法が使えないから、迷宮魔法で強化できるのはありがたいな」
「はい。最初はとても頼りない魔物でしたが、気性の荒い獣人達を手懐け、山羊人を強化できることも分かりましたので、重宝しています。魔樹農園の管理も真面目にしてくれますので、もう少し数を増やしたいくらいですね」
勇樹の言葉に同意するように、隣に立つ悪魔メイドが頷き、嬉しそうな笑みを浮かべる。
穴掘り作業をする魔物達を眺めてると、とある悪魔幼女に勇樹の視線が止まる。
土のついた植物を持った悪魔幼女が、勇樹の前を通り過ぎて行く。
「アレは?」
「ゴリンの苗ですね」
昨日倒した赤中鬼達を埋めた後、悪魔幼女がゴリンの種を迷宮魔法で成長させて、苗だけを地中から取り出したようだ。
魔樹農園へ移す作業をしてることを、エモンナが説明する。
「ふーん……なるほど。後はパイア達が、どこまで上手くやってくれるかだな。なるべく多く倒してくれると、嬉しいんだけどなー」
「こちらは魔人が6匹もいますし、騎士の装備をさせた中鬼騎士2匹も行かせました。今回は、相手も油断してるはずなので、パイア達がよほどのへまをしない限り、簡単には負けないと思います」
「だと良いんだけどな……」
「ブーン!」
勇樹が悩ましげな顔で部屋の入り口に顔を向けていると、両手を広げた沙理奈が楽しそうな顔で、通路を横切って行くのが見えた。
その後を、犬人に背負われた狐耳幼女が、慌てた様子で追い掛けて行った。
「オニ様。折角ですから、魔樹農園の方も見て行かれますか?」
「そうだな。苗を植えるところは、ちょっと興味あるかな」
エモンナの誘いにのって、勇樹は苗を持ち歩く悪魔幼女の後を追う。
静かな通路内には、少女のはしゃぐ声だけが響き渡った。
* * *
ポーラニア共和国の南西に位置する街、商業都市クォクス。
街にある大きな市場は、どこもかしこも大勢の人でごった返しており、活気に満ちていた。
お客に少しでも多く商品を買ってもらうためか、商人達が熱弁を振るう光景が目につく。
そんな喧騒から少し離れた場所に、『貴族街』と呼ばれる一角が存在する。
裕福な商人や貴族達が多く住み、庭付きの広い邸宅が目立つ地区だ。
人が多く騒々しい市場とは違い、貴族街は静かで落ち着いた雰囲気がある。
貴族街の静かな通りに、一台の荷馬車がやって来た。
屋根付きの荷車には、所々に高貴な装飾がされており、中に乗ってる者がただの平民でないことが伺える。
とある一軒の邸宅の前に荷馬車が止まると、御者が中にいる者へ声をかけた。
荷馬車の扉が開き、中から武装した2人の少女が顔を出す。
顔がそっくりな少女達が降りて来ると、奥から出て来た者へ手を差し伸べた。
双子剣士に手で支えられながら、2人の女性が荷馬車から降りて来る。
片方は、『魔物図鑑』と書かれた分厚い本を持った、貴族の娘であるリリィ・レイルランド。
そして、リリィの伯母であるユリィラ・レイルランドが荷馬車を降りると、顔を上げて邸宅を見つめる。
「さてと。それじゃあ、護衛とやらに顔を出すかね」
「伯母上。私も、行きたいです」
「はぁー。困ったの……。さっきも言ったが、お前の父親から許可が出ぬ限りは、連れて行くことはできんのだよ。何しろ、相手が相手だからの……」
「……」
伯母に諭されて、リリィが不機嫌そうに口を尖らせた。
頬を膨らませて、無言の抗議をする姪に苦笑しながらも、ユリィラが手を差し出すとリリィがその手を握った。
普段から仲が良いのか、姪と手を繋ぎながら邸宅の中へ入る。
玄関を通ると、食器をお盆に載せて歩く女性と遭遇した。
「あっ、リリィ様。お帰りなさいませ」
「……」
侍女が頭を下げるが、リリィはそれを無視して、不貞腐れた顔のまま自室へと向かった。
その後ろ姿を見送ると、侍女が困惑した顔でユリィラを見つめる。
「えっと……。何かあったのでしょうか?」
「ちょっとな……。まあ、こっちの話だから、心配せんでもよい。それより、エジィスに呼ばれたんだが、どこにいるかの?」
「あっ、はい。先程、お客様がいらっしゃいまして、応接室に行かれました。ユリィラ様が来たら、ご案内するよう言われてます」
「そうかい。じゃあ、案内しておくれ」
侍女に案内されて、広い邸宅の通路を進む。
目的の応接室の前まで案内されると、扉をノックして中へ入った。
「お邪魔するよ」
「おお、姉上。丁度良いところに」
応接室には、テーブルを挟んで会話をしている男女が3人いた。
嬉しそうに出迎える従弟の隣に歩み寄り、ユリィラが腰を下ろす。
ユリィラの視線の先には、ソファに腰かけた2人の女性がいた。
片方は、熊のように大きな身体と、浅黒い肌が目立つ大柄の女性。
燃えるような赤い髪は、邪魔にならないようにと、紐で後ろを乱暴に縛っただけ。
戦うことを好むかのように、肌には痛々しい古傷が多くあり、身体中に入れ墨のような物が刻まれている。
その隣にいる女性は、見るからに温和そうな、優しげな顔つきの女性。
まるで滝のように、青色の長髪が腰まで垂れている。
姿勢よく背筋を伸ばし、空のように澄んだ青い瞳で、ユリィラを見ていた。
「先程、お2人にお話した、従姉のユリィラです。姉上、こちらが姉上の護衛をして下さるダスカさんとセリィーナさんです」
「ダスカだ。宜しくな」
「セリィーナです。宜しくお願いしますね」
ダスカが軽く手を上げ、セリィーナは頭をゆっくりと下げた。
見た目通りの対照的な態度の2人を、ユリィラが興味深げな顔で眺める。
「ふむ、宜しく頼むよ。……ダスカとやらは、身体が随分と大きいの。ダスバムとは、どっちが大きいかの?」
「ダスバムも、南山族の血は引いてますからね……。後で呼んでみますかね?」
エジィスのお供をしている護衛の名を出すと、ダスカが眉根を寄せた。
「ダスバムって、さっきエジィスと一緒にいた男だろ? あれは、南山族の男とは言わねぇよ」
「ほう。なぜかね?」
「呪印も刻まれない男は、エルスティア様の子供じゃないからさ」
同じ南山族の血を引くはずの者を、明らかに嫌悪するようなダスカの態度に、ユリィラが首を傾げる。
「ふむ……。呪印が刻まれぬから、戦神の子ではないとな。それはどうしてかね?」
「ダスカ。説明を省き過ぎですよ。その話をするなら、南山族の事情もきちんと説明しないと、ユリィラさんには理解できませんよ?」
ダスカの隣に座る妙齢の女性が、思わず口を挟む。
嗜めるかのような口調で、セリィーナが注意する。
「すみません。私の方から、ダスカの話に少し説明を……。ダスカを含む南山族の民には、産まれた時から魔法の適正がある者が多くいます。これは戦神エルスティアから、南山族の民に授けられた力の1つだと、古くから言い伝えられています」
「ふむ。その話は、どこかで聞いたことがあるの」
「はい。適性があれば、ダスカのように身体へ呪印が刻まれます」
ダスカの身体に刻まれた、入れ墨のような紋様へとセリィーナの視線が移ると、ユリィラの視線もそちらへ動く。
当の本人は、胸を張って見せびらかすような、自慢げな顔をしている。
「しかし、中には魔法の適正がない者もいまして。そのような方を南山族の民は、神の血が流れない者として考え、戦神エルスティアの子とは正式に認めないのです」
「なるほどの。ダスバムには、ダスカのような呪印は、確かに刻まれてなかったの」
南山族の特殊な身内事情を聞かされて、ユリィラが納得したように頷く。
「彼はこちらで、護衛として雇われてますので、戦うことに関しては優秀だと思いますが……」
「その話を聞く限りだと、ダスバムはここへ連れて来ない方が良さそうだの」
「ですね」
ユリィラとエジィスが互いの視線を合わせると、苦笑いを浮かべた。
不敵な笑みを浮かべたダスカが、親指を立てて自分を指差す。
「でも、私はアイツとは違うよ。呪印を2つも刻まれてた、本物のエルスティア様の子供さ。例え中鬼の大軍が相手でも、なぎ倒してやるよ!」
ダスカが力強く握りしめた、右腕の拳を顔の前に出す。
そして、右腕の力こぶを左手で叩くと、白い歯を見せて自信ありげな表情で笑った。
「ほう、頼もしいの」
それを見たユリィラは、元気盛んな孫を見るような、柔和な笑みを浮かべた。
「先程から気になっておったが、セリィーナが首から提げてるのは、魔石ではないのかね?」
「はい、そうです」
皆の視線が、豊満な胸の谷間にのせられた、セリィーナの首飾りに注目する。
首飾りには魔石が嵌められており、紫色に輝いていた。
ユリィラがその首飾りに手を伸ばす。
「ふむ……。魔力を感じるから、ただの首飾りではないのだろう。紫魔石を扱うのなら、お主もかなり優秀だの」
「いえいえ。私はダスカに比べれば、大したことはありません。これは護身用です。女の身で旅をすると、危険も多いので」
鬼族から取れる赤魔石とは違い、紫魔石は悪魔族からのみ入手できる魔石だ。
魔法を使うことを得意とする悪魔族から取れる魔石は、魔力も桁はずれに豊富であり、入手できる数も少ない。
魔法を扱う者にとっては大変貴重な物であり、目の前の女性がそれに見合うだけの魔法が扱えることも意味する。
「お二人ともまだ若いようだが、とても優秀そうだの」
「ダスカさんは、南山族の民でありながら、その中でも更に優秀な呪印の2つ持ちの女性です。セリィーナさんもまた、若いながら豊富な知識を持っているだけでなく、人魔戦争に関する歴史にも精通した女性なのですよ。なにしろ、かの有名な『樹海の賢者』の血を継ぐ娘ですからね」
「ほうほう」
「私はまだまだ勉強中の身です。きたる人魔戦争に向けて、祖父の勧めで見聞を広める為に、南山族の民と共に各地を旅してるだけですから」
謙遜した態度で、セリィーナが優しげに微笑む。
「今回の件には、正に適任ということかね? よくこれだけ優秀な子を、短期間で見つけられたの」
「まあ、それには理由がありまして」
「理由?」
「いろいろな伝手を使って、この国に来てる南山族の一団から、今回の調査に同行してくれる方を募集したのですが、少々話が大きくなってきましてね」
ユリィラの問い掛けに、エジィスが苦笑しながら頭をかく。
その様子を見ていたセリィーナが、真剣な表情になると口を開いた。
「鬼族の出現なら、今の時期はよくある話です」
テーブルに置かれた分厚い本に触れると、しおりの紙が挟まれたページを開く。
開かれたページには、先代魔王の眷族に関する呪印の絵が記載されていた。
そしてまた、しおり代わりに挟まれた紙には、エジィスが以前手に入れた呪印の絵が描かれている。
「魔界の王族が、既にこの地に来てると言う話は、にわかに信じがたいのですが……。しかし、エジィスさんからこの紙を見せてもらい、噂で終わらすのには危険だと判断し、その調査に私達も同行させて頂くよう願い出たのです」
「村人のでまかせなら、それでいい。でも、もし本当なら、潰せるうちに叩いた方が良いだろうね」
先程までの笑みが消え、ダスカも鋭い瞳でテーブルの上に広げられた地図を睨む。
「今回の件は、私の個人的な調査依頼です。しかし、相手が本当に魔界の王族なら、事は更に大きく動くことになるでしょう。相手国との協議の上、国からの正式な調査になる可能性もありますね」
「ふむ。相手が本当に魔界の王族となれば、もはや隠し事はできんだろ? お前が会いに行くのも、難しくなりそうだの。残念だったの」
「その点は、ご安心下さい。もしそうなれば、今度は正式に仕事として、調査しに行く話へ持っていく予定ですので。妻にも仕事なら、問題ないと了解済みですよ!」
「まったく、そういうことだけは抜け目ないの……」
満面な笑みを浮かべる従弟を見て、ユリィラが肩を落として溜め息を吐く。
「正直、私はまだ信じてないんだけどね。魔界の連中が村人と仲良く商売するとか、どこの夢物語だって話だよ」
呆れた様な表情で手を広げたダスカを見て、セリィーナが苦笑する。
「それを確かめるために、私達が調査に行くのですよ。私としては、無駄足で終わることを願うばかりですが……。ユリィラさん、ご都合はどうでしょうか? 私達としては、できるだけ早くその村へと、向かいたいのですが……」
「ふむ。そうじゃの……。今やってる仕事を、弟子達に引き継げば、私もすぐに動けるの。今日中に何とかできるよう、急がせよう」
「宜しくお願いします」
「例の場所へは、ここからだと数日はかかりますね」
広げた地図へとエジィスが視線を落とすと、目的の場所を指差した。
「できるだけ早く到着する為に、強行軍にもなるかもしれませんが、姉上は大丈夫ですか?」
「はぁ……。仕方ないの。年寄りは労わって欲しいが、多少は目を瞑るよ。時々は、宿にも泊まらせておくれよ? 荷馬車での寝泊まりだけだと、流石にしんどいからの」
「分かっています。そちらは日程を調整しながら、ユリィラさんの体調も考えて、移動することにしましょう。ダスカもそれで良いですね?」
「あいよ。さて、鬼が出るか、悪魔が出るか……。もしくは、それ以外の何かが、村にいるのか……」
皆の視線が、地図に描かれた一点へと集中する。
赤い丸印で囲まれた、『ハジマの村』へと。




