第32話 中鬼騎士と山羊人
数日ぶりになる主達の訪問に、迷宮内はいつも以上に騒がしくなっていた。
異界門のある大部屋へ、迷宮に棲む魔物達が次々とやって来る。
「ウォン! ウォン!」
「ウォオオン!」
「ふぉおおおお! モテ期が来たのじゃー!」
大部屋の中からは、犬人達の鳴き声に混じって、誰かの喜びの咆哮が聞こえる。
中を覗けば、興奮したワンコ達の集団に、狐耳帽子を被った少女が揉みくちゃにされていた。
茶色の体毛に覆われた犬人達に擦り寄られ、全身を毛まみれにされる程の激しい歓迎を受けているが、当の本人はとても幸せそうだ。
嬉しさを隠しきれないように、尻尾を振って飛び跳ねる子犬達を見て、クレスティーナが苦笑しながらも手を叩き、魔物達に整列するよう指示を出す。
黄金の繭を背にして、魔物達を見つめる勇樹の隣に、悪魔メイドのエモンナが歩み寄る。
「また随分と増えたな」
「はい。オニ様がいない間、隣村に現れた魔人との小競り合いがありまして」
勇樹達が顔を出さなかった間の近況を、エモンナが簡単に報告する。
魔物達の整列が終わり、新たに増えた新種を勇樹達に紹介しようとするが、とある場所からの熱視線を受けて、エモンナがそちらへ誘導した。
吸血鬼亜種が並ぶ列に近づくと、先頭にいるパイアからの何か言いたげな視線を受けて、悪魔メイドが口を開く。
国境砦を視察に行った際、道中の迷宮で魔人を倒して持ち帰ったことや、森に来た魔人を生け捕りにするなど、目覚ましい活躍があったことを伝えた。
「川を越えて中鬼達がやって来た際にも、パイアが率先して皆を指揮し、魔物を殲滅するために尽力してくれたようです」
「へぇー。そうなんだ」
「お父様の為ですから」
「パイアは優秀だな。これからも宜しく」
「は、はい! エヘヘヘ」
褒められて嬉しかったのか、頬を赤く染めたパイアが、照れ笑いをする。
勇樹の視線が、隣の列に並ぶ大鬼子へ移る。
「さっきから気になってけど、なんで1匹だけ角が折れてるの?」
「どうやらダンザが決闘をした際に、片方の角を折ったようです」
昨日捕えた大鬼子を迷宮に埋めてから、新たに産まれた血気盛んな大鬼子とダンザが決闘をした際に、勢い余って片方の角が折れたことをエモンナが説明する。
しかも、生前のダオスンと全く同じ場所が折れたようだ。
折角生えた角がまた折れたからか、片方の角が折れた大鬼子が気持ち肩を落とし、しょんぼりしてるようにも見える。
隣りにいるパイアが「ばーか」と小声で呟くと、大鬼子のダンザが不貞腐れたような顔で口を尖らせた。
「ふーん、了解。魔人は強くて賢いみたいだから、増えるのは有り難いね」
「そうですね」
魔界のお嬢様であるクレスティーナも、勇樹に同意するよう頷く。
魔人達の顔合わせを終えると、中鬼達のいる列に移動する。
中鬼達の前で勇樹が足を止めると、先頭にいる2匹の中鬼が背筋を伸ばし、利き手で作った拳を胸に当てた。
「何これ?」
鬼語の理解できるクレスティーナが2匹の中鬼と会話し、困惑したような顔で勇樹を見上げる。
「騎士の敬礼らしいです」
「騎士?」
「あ……そう言えば。オニ様、もしかしてなんですけど」
何かに気づいたエモンナが口を開く。
エモンナの説明によると、川下へ偵察に出掛けていた悪魔幼女達が、中鬼達と争って川で溺れた騎士の亡骸を発見したらしい。
周辺を調査したところ2人の騎士が見つかり、その回収した亡骸から産まれたのが、この2匹ではないかと推論した。
今朝方、数を確認するために点呼した際にも、鬼族らしからぬキビキビした動きで、中鬼達を整列させる2匹の中鬼に、エモンナ達も違和感をもっていたようだ。
「なるほどねー。ククリの例もあるから、可能性は高いな。騎士から産まれた、鬼族か……。それにしても、騎士鎧の数がちょっと多くないか?」
勇樹が視線を移し、部屋の隅で山積みになってる騎士の装備を見つめる。
「アレはですね、鬼族が隠してた騎士の鎧です。悪魔幼女が見つけて、持ち帰って来たものです」
「隠してた?」
「クレス様。その説明だけでは、オニ様に分かりづらいかと」
首を傾げる勇樹に、悪魔メイドが説明を補足する。
実は先日、森で騎士達の鎧や不要になった剣などを運んでる大鬼子のムデスを、川の反対側にいた悪魔幼女が目撃していた。
昨晩は、なぜかセナソの村の周辺に鬼族を見かけなかったので、ついでに隠していた場所を見つけて、全部運んで持って来たらしい。
「ほう、そんなこともあるんだ。今回はいろいろとツイてるな」
「棚ボタなのじゃー」
「棚ボタ?」
「棚から牡丹餅、略して棚ボタ。要は苦労せず、得したってこと」
「なるほど」
山積みされた装備から視線を外すと、勇樹がエモンナを見つめる。
「ついでだし、後で着せてみようか。……あっ、でも、中鬼にあんまり良い装備を持たせちゃ、駄目なんだっけ? 反乱とか……」
「本来はそうですが、オニ様の魔物であれば、問題無いかと思います」
「え? そうなの」
「はい」
悪魔メイドのエモンナが、意味深な笑みを浮かる。
鬼族に騎士の持ち物を装備させて、自軍の強化を図ることをエモンナが提案する。
ユニークモンスターの可能性がある中鬼騎士達の扱いを、勇樹達が会話してる間、暇を持て余した沙理奈が獣人達が並ぶ列に近づく。
体格の良い狼人の前に近寄ると、いきなりタックルをして抱き着いた。
「ふぉおおお。大きなモフモフなのじゃ~」
「ガウ?」
灰色の体毛に顔を擦りつけながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。
しかし、左右に動かしていた顔が、とある場所で停止する。
「むむむ!」
狼人に隠れて気づかなかったが、狼人達が並ぶ列の隣りにいる黒い獣人と目があった。
金色のつぶらな瞳で、こちらを見る小柄な獣人と沙理奈がしばし見つめ合う。
「ヴミャ?」
黒い体毛に覆われた、山羊のような頭を持つ魔物が首を傾げた。
背丈は沙理奈と同じくらいで、頭の左右から金色の巻き角が生えている。
「おー。黒山羊さんなのじゃ~」
初めて見る魔物に近づくと、魔物の周りをグルグルと周りながら、ジロジロと観察する。
手を差し出して、フサフサの体毛を撫でていると、勇樹達もやって来た。
「狼人はでかいなー。ん? ……黒山羊? これも獣人?」
「はい、そうです。魔界にいる山羊人よりも少々黒が強めですが、悪魔族の眷属である山羊人で、間違いないようです」
「え? 山羊人って、悪魔族の眷属なの?」
「はい。獣人の中では珍しく、悪魔族と『古の契約』を結んだ種族です」
クレスティーナが何かを呟くと、一匹の山羊人が前に出て来た。
魔界のお嬢様がブツブツと詠唱を呟き始める。
すると、それに反応したのか、山羊人の周りが黄金色に輝く。
まるで風船のように、山羊人の身体がみるみると膨張する。
「おおー」
「どんどんムキムキになるのじゃー」
感嘆の声を漏らす勇樹達の視線が、下から上へと移動する。
150cmくらいだった身体が、魔物達の中で最も背が高い、大鬼子並にまで変化した。
身体中の血管が浮き上がり、丸太のように太い両腕を、力強く振り上げる。
「ヴメァアアアア!」
2mの巨躯へと進化した黒い山羊人が、野太い声で咆哮する。
それを見た沙理奈の眉根が寄った。
「声が、可愛くないのじゃー」
「すみません、サリナ様。山羊人を強化すると、声も変化してしまうのです」
クレスティーナが申し訳なさそうな顔で、沙理奈を見ている。
小柄だった時の高い声ではなく、野太く低い声に変化したのが、どうやらお気に召さなかったようだ。
「迫力あるな……。これは、強そうだな」
「速さは他の獣人に劣りますが、もともとは接近戦を得意としない、悪魔族の肉壁として使われる魔物です。魔法により強化された山羊人の特徴は、この大きな身体と土魔法で強化された、頑丈な肉体です。魔界でも鬼族との戦争時には、最前線で活躍する悪魔族の主力兵となります」
「魔法で強化された山羊人となると……山羊人になるのかな? 中鬼が力で、狼人が速さなら、山羊人は固さか……。上手くやれば、戦術の幅が広がりそうだな」
エモンナの話を聞きながら、勇樹が真剣な表情で強化山羊人を観察する。
近づいてよく見れば、体毛の覆われてない肌には、金色に輝く複雑な文字の羅列が浮かんでいた。
おそらく呪印だろう。
「彼らを強化する為の呪印を読み解く作業に、少々時間を要しましたが、これからは戦場にも参加させることが可能です」
「ほう」
「一番大きなモフモフなのじゃー」
沙理奈が黒い強化山羊人に近づくと、楽しそうな顔で体毛を撫でたり、筋肉を指で突いたりしている。
新人達の紹介を終えると、エモンナの用意した周辺地図を眺めた。
「さて、次の問題は隣村に現れた大鬼子だけど。どれくらいいるかは分かる?」
「はい。昨晩捕えた大鬼子のダオスンを尋問し、情報を少し手に入れました」
魔樹農園の観察日記にも使っている分厚い本を広げると、悪魔メイドが視線を下に落とす。
愛用の鞭で縛り上げ、エモンナの拷問もとい尋問により、入手した情報を報告する。
「中鬼が200に、大鬼子が2人か……」
「子鬼も多少いるようですが、主力は中鬼と考えて良いと思います。こちらに誘い込んで倒した鬼族もいますので、今はもう少し数が減っているかと」
「それでも、100は超えてるんだろ?」
「そうですね。子鬼の数も合わせれば、多くて300くらいを想定すれば良いかと」
エモンナの報告を聞きながら、勇樹が腕を組んで悩ましげな顔をする。
「こっちの数は、いくつだっけ?」
「はい。今朝の点呼で確認した際には、子鬼が66匹、犬人が44匹に、悪魔幼女が22匹。中鬼が42匹、狼人が26匹に、山羊人が13匹と、合わせて213匹となりました。また、オニ様が『ユニークモンスター』と呼ぶ名前持ちの魔物が、子鬼のククリ、パイアを含む吸血鬼亜種が3匹、ダンザを含む大鬼子が3匹、中鬼騎士が2匹と、合わせて9匹となりました」
勇樹が呟いてた種族名に改名して、エモンナが魔物達の数を読み上げた。
「ふむ。今度は大量の中鬼か……。チュートリアルが終わったからか、急に難易度が上がったなー。うーん……。こっちの魔物もいろいろ種類が増えたし、流れ的には攻め込むべきなんだろうな」
「オニ様。迷宮に引き籠って、待ち構えるのでは、駄目なのですか?」
クレスティーナが顔を上げると、勇樹に防衛戦を提案する。
「守るのも良いけど、先のことを考えると、今の戦力で鬼族とぶつかってみて、どれくらい戦えるかも知っときたいんだよなー」
「オニ様の攻める案には、私も賛成ですね。相手側は、こちらの状況をまだ把握してないどころか、迷宮の存在も知らないようです。今なら奇襲をかけられて、多くの魔物を倒せるかもしれません」
「怖いのは隣村を攻めている間に、挟撃されることくらいかな?」
「挟撃?」
「挟みうちですね。クレス様。この迷宮は、隣村と国境砦の近くにある迷宮に、挟まれる位置にあります。オニ様は、この二つの迷宮の鬼族が協力し合って、同時に侵攻してくるおそれを警戒してるのです。彼らは、同じ一族の魔人らしいですからね」
「あっ……なるほど」
地図を指差してエモンナが説明すると、クレスティーナが納得したように頷く。
「念の為、迷宮を守る魔物を残しつつ、こっちの迷宮も攻略する方向でいきたいんだけど、それで良い?」
「異論はありません」
「私はあまり戦いのことはよく分からないので、オニ様とエモンナに任せます」
「分かった。それじゃあ、実際に配置する数を決めようか」
「モフモフパラダイスなのじゃ~」
勇樹達が作戦会議してる間も、沙理奈は獣人の体毛に顔を埋めたりして、マイペースに至福の時を過ごしていた。




