第03話 犬人と悪魔幼女
「飯を要求してきたか。そこも、リアルに再現するんだな」
「するんだな!」
「で、一角兎って何?」
「迷宮で産まれる魔物ですね。迷宮に棲む、肉食の魔物達の餌になります」
クレスティーナの話を聞いた沙理奈が、悲しそうな顔をする。
「モフモフ、食べられるの?」
「餌だって言うんだから、しょうがないだろ」
「うー。兎のモフモフ……」
「クレス様、犬人です」
「この気配は、犬人でしたか」
エモンナ達が後ろを振り返ったので、勇樹達も後ろへ振り返る。
小部屋の入口の土壁から、顔を半分だけ出した何かが、部屋の中の様子を伺っていた。
頭からは犬のような垂れ耳が生えており、つぶらな瞳で勇樹達をじーっと見ている。
「犬のモフモフ!」
それに目敏く気付いた沙理奈が、疾風の如く反応して、その不思議生物に駆け寄った。
勇樹も小部屋の外に出ると、沙理奈が抱き着いてる不思議生物を、上から下へと眺める。
「コボルトか?」
「クゥン?」
勇樹に『コボルト』と呼ばれた魔物が、沙理奈に抱きつかれて大人しく立っている。
『コボルト』も、勇樹達の遊ぶコンピュータRPGでは定番の魔物だった。
『ゴブリン』に続いて現れたリアル等身大の魔物に、勇樹も興味津々で観察する。
全身に犬のようなフサフサの毛が生えており、その毛を沙理奈が「ケモナー! ケモナー!」と、興奮しながら触りまくっている。
こちらも身長が沙理奈と同じくらいあり、等身大の着ぐるみに少女が抱き着いてはしゃぐ光景は、なんとも微笑ましい。
後ろに回れば犬のように、尻尾を左右に振ってるのが見えた。
逆にクレスティーナとエモンナは困惑した表情で、離れたところから様子を見ている。
「これも、この迷宮で産まれた魔物ってことで良いんだよな? 飯もあれか、一角兎?」
「あ、はい……。たぶん、問題ないかと。コボルトも肉食なので、同じく一角兎を与えれば大人しく従うかと」
「後は、肝心の一角兎が手に入れば良いだけか」
「おそらくですが、一角兎も間もなく産まれるのではないかと思います」
クレスティーナがふいにしゃがむと、通路の地面に指先の光を当てる。
「さっきまで無かった魔草が、少しずつ成長しているようなので、これを主食とする一角兎がそろそろ現れるはずです」
「ほう」
勇樹も同じようにしゃがむと、地面から生えている草を掴む。
その辺にあるような緑色の雑草に見えるが、これが一角兎が好む餌になるようだ。
「あっ……」
「どうした?」
クレスティーナが立ち上がると、通路の奥の方を向いて、銀色の狐耳をピクピクと動かす。
「入口が、開きました」
「入口?」
「オニ様。迷宮の入口が開いて、外と繋がったようです。私も、迷宮内の空気が変わったのを感じました」
悪魔メイドのエモンナが、クレスティーナと同じ方向を見て、勇樹に説明をする。
迷宮の入口とやらに勇樹が強い興味を持ったので、クレスティーナ達が案内することになった。
「さっきから気になってたけど、きびだんごをやるって言ったらついてくる、犬や猿みたいだな」
勇樹が後ろを振り返ると、2匹の犬人と腕を組んで幸せそうな顔で歩く妹が目に入る。
更にその後ろには、数匹の子鬼がゾロゾロとついて来ていた。
迷宮の入口を目指している間に、道中で遭遇した魔物達だ。
「オニ様は、凄いのですね」
「え?」
「魔物達は種族が異なると、住処を巡って争うことがよくあると聞きます。迷宮主になった魔人は、階層によって魔物の住処を分ける工夫をするなど、いろいろな苦労をされると本で読んだことがあります。特に鬼族の場合は、力はあれども乱暴者達ばかりで……」
「私も知人から聞いたことがありますが、鬼族の魔物を配下として使役する場合は、必ず自分の方が実力が上だと、力を見せる必要があると聞きます。食事さえ用意すると言えば従うという話は、あまり聞いたことがありません」
「じゃあ、今回の鬼族とやらは当たりということ?」
「当たりと言いますか、なんと言いますか……」
感心と困惑が入り混じった複雑な顔で、クレスティーナとエモンナが見合っている。
迷宮内をしばらく更に進むと、行き止まりらしき場所に辿り着く。
「あの光は……外、かな? ていうか、なぜここだけ砂の山が……」
「この砂は、もともと他の者の手によって封印された、土壁だったはずです。魔法によって作られた特殊な土でしたが、迷宮がこの土に干渉したことで、砂に変わったのだと思います」
「へー。クレスは、何でも知ってるな」
「オニ様。クレス様は、本から得た知識だけは豊富です。魔界では、魔王様から譲り受けた図書館に引きこもって、本ばかり読んでいました。本を読みながら食っちゃ寝の生活で、配下を増やすことを怠ったせいで、魔界を追われた際にはどうしたものかと思いましたが、誰かのお役に立てる機会ができて、私も嬉しゅうございます」
「エモンナ。貴方、一言も二言も多いわよ」
「これは失礼しました」
途中から主の愚痴に近いものをエモンナから聞かされて、生温かい視線がクレスティーナに注がれる。
悪魔メイドが、謝罪のような言葉を口にしながら軽く頭を下げるが、その表情からは反省してるような様子は見られない。
「お、オニ様! この砂を子鬼達にのけるよう、命令しても宜しいですか?」
「え? あ、うん。よろしく」
頬を少しばかり赤く染めたクレスティーナが、皆からの視線を逃れるようにして、子鬼達に命令を出す。
指令を受けた子鬼達が、山になった砂を掘っては運ぶ作業に取り掛かった。
「あっ、兎ちゃん! 可愛い!」
「お? あれが、一角兎か?」
「そうですね。あれが、子鬼達の餌になります」
目を輝かせた沙理奈が、額から小さな角の生えた兎を撫でている。
「ふーん。で、この子は誰?」
「えーと……。あれ?」
鞭を持って魔物達を監視していたエモンナが振り返り、目を大きく見開く。
「これは驚きましたね。子鬼達の気配に紛れて、全く気がつきませんでした」
「……?」
勇樹達の視線を浴びて、沙理奈が撫でている一角兎を腕に抱いた黒髪の幼女が、不思議そうに首を傾げた。
* * *
「予想以上にグロイな。製品版になったら、絶対R15指定は引っ掛かるだろコレ」
動物のドキュメンタリー番組で流れるような光景に、思わず勇樹の額に皺が寄る。
一角兎が出現したのが分かったので、子鬼よりも足が速い犬人達が捕まえてきて、皆で仲良く食事をしている。
「うー。兎ちゃんが……」
「諦めろ。どうやらこのゲームは、どこまでもリアルを重視してるみたいだ」
子鬼達の食事風景を見ていた沙理奈が、とても悲しそうな表情を見せた。
沙理奈の肩に手を置いて、勇樹が妹を諭してやる。
「次から兎を食う時は、俺達が見えない所で食うように、指示はできるか?」
「あ、はい」
クレスティーナが恐る恐る子鬼達に近づくと、鬼語と呼ばれる特殊な言語で子鬼達と会話を始める。
声を掛けた時に、子鬼達が血塗れの顔で振り返って、「ヒィッ!」と小さくクレスティーナが悲鳴を上げてしまったが。
「はぁー。分かった、だそうです」
お疲れ気味の表情で帰って来たクレスティーナが、子鬼達が了解したことを報告する。
「おー! ロリロリ、すごいじゃないか!」
「クルピポ?」
感動したように飛び跳ねる沙理奈の隣で、身長100cm程の幼女とも言っていい程に、小さな女の子が首を傾げている。
黒髪の幼女が触れてる土壁には、円形の不思議な文様が淡く、青白い光を灯していた。
「これは驚きました。これは壁灯と呼ばれる、高度な魔法の一種ですね」
「壁灯? すごい魔法なの?」
「こんな浅い階層で産まれる魔物が、到底できるような魔法ではありません」
クレスティーナが勇樹に解説をすると、真剣な表情でそれに近づき、手を当てて目を瞑る。
「……どうやら迷宮の力を借りた、特殊な魔法のようですね。この場所に光を灯すように、指示を出したんだと思われます」
「キュピ、カルピポ?」
「え? えーと……」
「何て、言ってるんだ?」
「すみません。この子、何だか癖のある言葉を喋るので、理解するのが大変でして……」
子鬼達とはまた違った言葉を喋る黒髪の幼女と、クレスティーナが悪戦苦闘しながら会話をしている。
「はぁー。交渉できました。この子は、ゴリンの実を要求していたようです」
「ゴリンの実?」
「はい。魔力を含んだ果実です。しかし、こんな浅い階層ではできない果実なので、しばらくは一角兎の血で我慢して欲しいと交渉しました」
「え? 血で良いんだ……」
「うぅ……また兎ちゃんが……」
可愛らしい顔をして、交渉の材料がなかなかにグロかったので、勇樹が思わず引いてしまう。
「はい。この子が何の魔物かは、未だによく分からないのですが、悪魔族であるのは間違いないようなので」
クレスティーナが黒髪の幼女の背中を指差すと、コウモリのような小さな羽が背中から生えているのが見えた。
悪魔幼女の着てる服を近くでよく見れば、一角兎の毛皮のような物を胸と腰に巻いているのに気づく。
背中に同じくコウモリのような翼を持つエモンナへ、勇樹が思わず視線を移す。
「悪魔族が好むのは、魔力が豊満に含まれた果実です。ただし、そのような果実が手に入らない場合は、魔素を含んだ生き物の血液を頂くことがあります」
「そ、そうなんだ……」
悪魔メイドの素敵な笑顔を見た勇樹が、気持ち1歩下がる。
「ですが、私はこのような下等生物の血を頂くのを恥と思ってますので、手をつけるつもりはございません。魔界から逃げて来た際に持ち込んだ非常食で、しばらくは食いつなげるつもりです。むしろクレス様の方が、これからどうしたものかと、頭を悩ませてるのですが……」
「しばらく私も、一角兎で我慢するわよ。でも、エモンナのためにも、迷宮内でゴリンの実は作れるようにしたいわね」
「ありがとうございます。私も、なるべく非常食が切れる前に頂きたいので、ゴリンの実の生産にはご協力します」
「おにぃ。お腹空いたお」
クレスティーナ達の食事話に感化されたのか、沙理奈が勇樹の服の袖を引っ張る。
「え? あー、もうそんな時間か」
いつもの癖で、時間を確認するために携帯を取り出そうとしたが、ポケットをまさぐろうとしても、目的のモノが取り出せないことに気づく。
「あっ、忘れてた。そういえば、同じなのは外見だけなんだよな……」
勇樹達が着ている服は一見すると、ゲームをする前と同じように見えるが、素材が別の物で出来た服である。
「ゲームする前にどっかで撮った写真を加工してやってるのかも知れないけど、そんな無駄な技術使うくらいなら、ゲーム用の服を用意できなかったのかね?」
「おっおっおっおっ、お腹空いたお!」
勇樹がブツブツと文句を言ってると、沙理奈が器用に顔のみを左右へ動かして、謎の動きを始めだした。
「分かった、分かったから。その変な、腹時計の動きはやめろ。俺も少し腹が減ってきたような気がするから、そろそろログアウトをして……」
「……オニ様? どうかなされましたか?」
不意に硬直したまま、空中を見上げて動かなくなった勇樹に、クレスティーナが思わず声をかける。
「あれ? このゲーム……どうやって、ログアウトするんだ?」