第28話 砦からの帰還と報告
「はぁあ? 魔人がまたでたぁ? セナソの村で?」
「キュプイ」
吸血鬼亜種のパイアが、思わず荷車から身を乗り出す。
少女の視線の先には、悪魔幼女を背負った犬人がおり、荷馬車の横を歩いている。
森から出て来た悪魔幼女に声をかけられて、真剣な表情で会話をするパイアを、荷馬車に同席する者達が注視する。
「……うん……うん。そうなの?」
「パイアさん、村は大丈夫なのですか?」
御者をしてるにも関わらず、不安そうな顔で何度も後ろへ振り返っていたショアンが、思わず声をかけた。
「……え? ああ。村はまだ大丈夫よ。川は越えてないみたいだし」
村にはまだ被害が出てないと知らされて、男2人がホッとしたよう顔で、胸を撫で下ろす。
荷馬車内で流れていた緊迫した空気も、途端に四散する。
大鬼子のダンザだけは、つまらなそうに口を尖らせて、頬杖をついた。
もしかしたら、魔人と戦えると期待していたのかもしれない。
「でも、この子の話だけだと、ちょっと詳しい事が分からないから、私は先にエモンナの所へ行くわ。ダンザ達は、迷宮にコレを運んどいて」
「分かった」
「分かりました」
荷車で寝転がる大鬼子の死体を指差すと、ダンザやショアンが頷く。
詠唱をして風魔法を発動させると、荷馬車から飛び出たパイアが、疾風の如く森の中を駆け抜ける。
大した時間も掛からず迷宮に辿り着くと、異界門の前で話し合いをしてるクレスティーナとエモンナを見つけた。
「お! 丁度良い時に、帰って来たわね!」
「ただいまー。魔人が出たって、聞いたんだけど?」
「そうらしいですね。今は川の向こうをうろついて、こちらへはすぐに来ないようです。さて、そちらはどうでしたか?」
悪魔メイドから報告を催促されたので、国境砦と村を往復する間の様子をパイアが話し始める。
国境砦を観察するところまでは熱心にパイアの話を聞いていたが、隣村に立ち寄って迷宮探索をしたあたりで、エモンナの眉間に皺が寄った。
勇樹がパイア達に出した指示は、ハジマの村と国境砦間の道中を調査することのみであり、迷宮へ立ち寄ることは指示していない。
「やるじゃない、パイア」
「勝手な行動をしたのは、少々問題がありますが、倒した魔人を持ち帰ったという話は、今の状況ではありがたいですね」
「そこは、素直に褒めたらどうなのよ」
不満そうな顔で、吸血鬼亜種のパイアが口を尖らせる。
パイアが見下ろす先には、地面に大きな板が置かれ、その上に紙がひろげられていた。
丸や線が引かれた簡易地図に、エモンナがパイアから受けた報告をもとに、新しい情報を追記していく。
クレスティーナは悪魔メイドの隣に寄って、その様子を覗き込んでいる。
「騎士と接触したそうですが、魔人とはバレなかったのですね?」
「みたいね。流石、お父様が考えた作戦よね!」
「ふむ。砦までは宿を使わなければ、徒歩で1日と半日程で着くと……。ひとまずは、村人達が言ってた話は本当のようですね」
「嘘はついてないってこと?」
「そうなりますね。パイアも実際に見て来たので、確定ということで宜しいかと」
クレスティーナが問い掛けると、紙に記録を取るエモンナが頷いた。
事前にハジマの村人達から聞いた情報を書き込んだ地図に、『確定』の文字を追記する。
「慎重過ぎるかもしれませんが、相手は人界の者達です。我々に嘘の情報を与えて、こちらを混乱させる可能性も、なくはないですからね。まあ、こちらは人質を取ってますので、大丈夫だとは思いますが」
「フン。もし嘘なんかついて、お父様を困らせたら、私が八つ裂きにしてやるわよ」
「それは頼もしいですね」
腕を組んで不機嫌そうな顔で見下ろすパイアを見て、悪魔メイドが微笑む。
「さて。それでは次に、セナソの村に現れた魔人の話をしましょうか」
セナソの村まで偵察に行っていた悪魔幼女から聞かされた内容が、エモンナの口からパイアに報告される。
腕を組んで聞いていたパイアが、難しそうな顔をする。
「ねえ。そいつらって、ダンザガの仲間なの? ていうか、なんで今頃になって中鬼が出て来たのよ」
「それについては、まだよく分かりません。悪魔幼女の報告から分かったことは、少なくともあちらは大鬼子らしき者が2人いて、かなりの数の中鬼を従えているということです」
「なんかやばそうよねー」
エモンナ達の会話を聞いていた魔界のお嬢様が、不安そうな顔を見せる。
銀色の狐耳と尻尾も、その心情を現すように力なく垂れていた。
「確かに中鬼は子鬼よりも力が強く、もともと数だけは多い鬼族なので、正面から相手をするとなれば大変危険です。しかし、我慢することが苦手な上に、短絡的な考えで行動をするので、戦術さえ上手くやれば倒せる魔物でもあります」
過去に鬼族の大軍と戦った経験でもあるのか、エモンナが自信ありげな笑みを見せる。
「子鬼だけしかいなかった頃であれば、その規模を相手するのに頭を悩ませていましたが、今は違います。クレス様。パイア達も帰って来たことですし、そろそろこの辺りで手に入れた赤魔石を使って、魔物を増やすのも手ではないでしょうか?」
「むー……そうねー。これで2つ手に入ったわけだし、多少は戦力になるかもね……。よし、それ採用!」
クレスティーナが小さな手でポンと叩くと、エモンナを指差す。
早速とばかりに、クレスティーナが異界門に駆け寄る。
ダンザガを倒した時に入手した赤い魔石を、魔法陣の上に置いた。
赤魔石が魔法陣の中に吸い込まれるのを見届けると、エモンナがパイアに視線を移す。
「それでは、貴方とダンザは手分けして、産まれた魔物を躾けて下さい。クレス様の記憶によると、魔人から手に入れた赤魔石となると、産まれる魔物も中鬼相当になるらしいですからね」
「はいはい」
「クレス様。一応は安全のため、しばらくは6階層に行かないで下さいね」
「分かってるわよ。さあさあ、強い魔物をいっぱい産み出して頂戴ね」
狐耳幼女のお嬢様が、楽しそうな表情で魔法陣をペチペチと叩く。
「それとパイア」
「もう、今度は何よ」
仕事に取り掛かろうと6階層に向かうパイアに、エモンナが再び声をかける。
食べ歩きするつもりだったのか、背負い袋から取り出したゴリンの実を握りしめて、不機嫌そうな顔でエモンナを見つめた。
「魔樹農園に無断で入る馬鹿がいれば、農園が荒らされる前に殺しなさい。私が許可します」
「……」
笑みの一切ない表情と、悪魔メイドの爛々と光る桃色の瞳が、彼女が冗談を言ってるのではないことを物語っている。
過去にお気に入りの魔樹農園を鬼族に荒らされて、エモンナが『害獣退治』を熱心にしていたことを知るクレスティーナが、思わず苦笑した。
「あんたに言われるまでもないわ。もし、そんな馬鹿をする奴がいたら……」
血のように真っ赤な果実を齧ると、吸血鬼亜種の口から小気味良い音が漏れる。
「全員皆殺しよ」
少女が左右の口角を上げると、素敵な笑顔を見せた。




