第27話 調査隊
「キュルル」
動物のいななきが聞こえる。
声のする方向に目を向ければ、数頭の走馬や荷馬が視界に入る。
地面には4本の杭が刺さり、その杭から紐を四角形になるよう張り巡らして、その中で待機させているようだ。
よく訓練された軍馬かどうかの見極めは、紐で囲いをすれば分かると言われる。
それを表すように走馬達は、厩舎の中で繋がれてない状態でも、大人しくしている。
ただし、村の中にある厩舎へ入れずに、このような仮の囲いで待機させているという事は、問題事が発生すればすぐ逃げる段取りであるという意味だ。
軍馬達の視線の先には、家の中を出入りする数人の騎士が見える。
彼らは魔人及び魔物発生調査の為に、国から調査隊として派遣された騎士達だ。
調査隊はイージナの町に立ち寄った際、国境砦方面に複数の魔物発見報告があったことを知らされる。
セナソの村に至っては、魔人が指揮する子鬼達に襲撃されて、村が滅んだという話も聞かされた。
また、村が出した賞金を目当てに、セナソの村へ向かった者からも、話を聞くことができた。
『元採掘者のデニマ』を名乗るその男は、仲間と一緒に魔物の住処を探していたが、魔人と子鬼達に襲撃をされ、命からがら逃げて来たらしい。
いくつかの情報を仕入れた彼らは、魔人の目撃情報の多いセナソの村を仮拠点とし、周辺調査を始めていた。
王国の紋章が描かれた大きな旗の近くで、森を見つめている男に、騎士が1人歩み寄る。
騎士が利き手で拳を作り、それを胸に当てた。
「グラムン小隊長。野営準備が完了しました」
「うむ。村の空き家とはいえ、雨風くらいはしのげるだろう。後は、森に行った者達の報告待ちだな……。下がって良いぞ」
「承知しました!」
騎士が背筋を伸ばして敬礼すると、グラムン小隊長から離れて行く。
その後ろ姿を見送ると、再びグラムン小隊長が森へ目を移す。
今回、セナソの村へ派遣された調査隊は、グラムンを小隊長とする6人編成の3分隊、19名である。
うち2分隊は、魔物達の住処である迷宮を探しに森の中へと出かけていた。
「アイツらが帰って来たら、晩飯の用意でも……ん?」
何かに気づいたグラムン小隊長が、目を凝らす。
視線の先にある森の中から、見知った騎士達の姿が現れる。
何かから逃げているのか、騎士達は何度も後ろを振り返りながら、村へ向かって走って来る。
数秒も経たずして、今度は森の中から赤い人影が現れた。
逃げる騎士達を追いかけるように、次々と現れる赤い人影を見て、グラムン小隊長の目が大きく見開かれる。
森から出て来たのは、ゆうに100は超えるであろう鬼族の軍勢。
「な! 中鬼!?」
子鬼も数匹いるようだが、その周りにいる鬼族の大きさが明らかに異なる。
子鬼よりも一回り大きく、騎士達と同じ身長はある体格の良い中鬼達が、奇声を上げながら大地を全力疾走で駆け、逃げる騎士達を追いかけていた。
森の中を逃げ続けたからか、足をもつれさせて転んだ不運な騎士に、中鬼達が次々と襲い掛かる。
倒れた仲間を助けようと、果敢にも戦いを挑もうとする騎士もいたが、やはり数の暴力には勝てず、中鬼達に組み敷かれてしまった。
騎士の兜を強引に外すと、大きな石を握りしめた中鬼の腕が、何度も振り下ろされる。
「グラムン小隊長!」
村の外で起こった異変に気付いた騎士達が、グラムン小隊長のもとへ駆け寄る。
村に迫って来る鬼族を、青ざめた顔で見ていたグラムン小隊長が、唇を噛みしめた。
「……撤退だ」
「え?」
「何をグズグズしてる! 撤退するぞ!」
「しかし、まだ森の中に他の者が」
「ならば死にたい奴は、村に残れ!」
騎士の会話を中断するように、グラムン小隊長が一喝する。
軍馬達のもとへ駆け寄ると、取り出した短剣で囲いの紐を切る。
走馬に素早く乗ると、迷わずその場から駆け出した。
「糞! なにが子鬼だけだ……やはり素人の話は、あてにできん!」
どうやら村人達から教えられた情報との食い違いがあったようで、顔を真っ赤にして怒り心頭の様子だ。
イージナの町へ向かって逃げるグラムン小隊長を、部下の騎士達も慌てて追いかける。
その様子を、森の中から現れた巨漢の魔人が見つめていた。
「なんだアイツら、もう帰るのかよ」
血糊のついた剣を握りしめ、片方の角が折れた大鬼子が、手を額の前にかざす。
騎士から奪った剣を肩に担ぐと、つまらなそうに口を尖らせた。
「思ったほど、大したことなかったね」
声のする方へ振り返ると、握りしめた棍棒を赤く染めた大鬼子が、森の中から現れる。
もう片方の手には、騎士の片足が握られていた。
身体の一部が曲がってはいけない方向にねじ曲がっており、既に息絶えた騎士をここまで引きずって来たようだ。
「ダンザガがやられたって言うからさ、どれだけ強い奴らかと期待してたのによ。こんなものかよ」
「調子にのるんじゃないよ、ダオスン。ダンザガが負けたのは、他の魔物が子鬼しかいないのに、計画も無しに突っ込んだせいだろうって、ダザランも言ってたじゃない。私らは、ダザランの言う通りに、慎重にやれば良いんだよ。そしたら、人界の奴らに負けやしないんだから」
「そうかい……」
胸と腰に動物の毛皮を巻いた、女性の大鬼子であるムデスが、ダオスンをたしなめる。
ダオスンは、不満そうな表情で口を尖らせた。
「とりあえず、死体は全部持って帰るよ。親父から貰った魔石も使い切っちまったし、これからは人界の奴らを殺して、魔物を増やさないとね」
「めんどくせぇな」
「ほら、好き放題暴れる馬鹿達を連れて帰って来な。私は、森の中で暴れてる奴らを探しに行くから」
「へいへい」
やる気なさげな顔で、ダオスンが返答する。
ムデスが森の中へ消えて行くのを見届けると、中鬼達に死体を回収するよう指示を出す。
鬼族のなかには、死んだ騎士達を玩具にして遊んでいる者もいる。
まだまだ暴れ足りないようだ。
「……」
短い時間で壊滅した調査隊と、好き勝手に暴れ回る鬼族達を静かに見つめる者がいた。
村から離れた森の中で、小さな子供が顔半分を木から覗かせる。
黒い髪に桃色の瞳が特徴的な、可愛らしい容姿の幼女だ。
一見すると、村の子供に見えなくもないが、胸と腰に動物の毛皮を巻いており、普通の村人とは少し様子が違う。
特に異質なのが、その可愛らしい容姿に見合わない、大きく見開かれた目。
カメレオンのように飛び出た目玉をギョロギョロと動かし、無言で村の様子を観察している。
「グルルル……」
幼女の傍では、地面にお座りをする犬がいる。
犬は顔に深くシワを寄せて、その口から唸り声を漏らす。
視認はできなくても、優れた耳と嗅覚が戦場の空気を感じ取っているのか、酷く興奮してる。
目を元の状態に戻した幼女が、殺気立つ犬を宥めるように撫でた。
犬の耳元で何かを囁くと、犬が突然に後ろ足だけで立ち上がる。
二足歩行する犬を気にも留めず、幼女が犬の背におぶさると、垂れ耳を小さな手で掴んで引っ張った。
「プルプイ! プルプイ!」
幼女の可愛らしい掛け声と共に、二足歩行する犬が幼女を連れて、森の奥へと消えて行く。




