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異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第2章 鬼族のくせに生意気だ編

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第25話 残念な先生の娘と魔人の悪巧み

 ※残念な先生:関連話(第15話、第19話、第24話)

 

 研究室の中で、2人の男女が言い争っている。

 口論になった切っ掛けは、エジィス・レイルランドがどこからか仕入れて来た、魔界の王族に関する情報だった。

 エジィスの従姉であるユリィラとしては、国への報告を早急にするべきだという考えであったが、まだ不確定の情報であることを理由に、エジィスがそれを頑なに拒絶しているのだ。

 

「分かった、分かったエジィス。もうよい。お前の言いたいことは、よーく分かった! この話は、あたしの心の中だけに留めておこう。ひとまずはな……」

「さすが姉上。話が分かる」

「よく言うわい。散々、屁理屈をこねおって」

 

 長く続いた2人の口論は、ユリィラが根負けした形で終了した。

 喋り過ぎて喉が渇いたのか、机に置いてある飲み物を手に取り、ユリィラが一気に飲み干す。

 

「ふぅ……。それで、あたしに何をしろと言うのだ? ここへ来たのも、お前の屁理屈をあたしに聞かす為ではないのだろう?」

「勿論です。実は、姉上にお願いがありまして」

「断る。どうせ、研究仲間に先を越されたくないから内密に、あたしに探りを入れて来てくれとか言うんだろ?」

「おお、さすが姉上。もうそこまで私の考えを理解できるとは。やはりこの件を任せるのは、姉上しかおりません!」

「たわけ。お前の従姉を、何年やってると思ってるのだ。お前のしょうもない考えなど、すぐに分かるわ」


 呆れたような顔でエジィスを見ると、すり鉢に入ってたすりこ木を握りしめる。

 薬草をすり潰す音を出しながら、中断していた作業を再開する。


「お前が行けばいいだろうが」

「私が行けるのなら、姉上にそもそも頼みに来てません。最近、うちの鬼嫁が今が私の稼ぎ時だからと、勝手に大量の依頼を受けてしまって、そのせいで行動が制限されてるのです。毎日、研究室で大量の本と睨めっこで、気が滅入りそうですよ! せめて、嫌な仕事を早く終わらせて、遊びに行きたくなるような、面白い話を聞かせて欲しいものですね!」

「知らん。お前の都合に、あたしを巻き込むでない。ただでさえ、こちらは味付け用の果実が入手しづらくなって忙しいというのに、他の仕事をしとる余裕などないわい」

 

 ユリィラが不機嫌そうな顔で、魔力が回復する青い液体の入った半透明の器を手に取った。

 先程まで、すり潰していた物を半透明の器に淹れて、細長い棒でかきまぜる。

 鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、それを口に含んで飲んでみる。

 難しそうな表情でそれを見ると、器の中身を捨てて水で洗い始めた。

 どうやら、納得できるものではなかったようである。


「近くの国境砦が封鎖されたせいで、オランゲの実も入手しづらくなりましたからね」

「まったく、厄介な話だわい。今が稼ぎ時だと言うのに」


 ブツブツと文句を言いながら、木箱に入っていた別の実を取りだすと、すり鉢の中へ放り込んだ。

 人界は魔界と違って、空気中の魔素がほとんどない。

 魔物退治に魔法が頻繁に使われるため、魔力を回復する為の薬は必須である。

 

 魔力を回復する薬特有の苦みを抑え、美味しくする果実の入った物は需要があり、高値で売れる。

 隣国から仕入れていたオランゲの実も、魔力回復薬に相性が良い果実の1つであるが、最近それが安く仕入れなくなった為に、ユリィラの機嫌はとても悪い。

 不機嫌そうな顔で新薬の開発に勤しむユリィラを見て、エジィスが笑みを浮かべた。


「姉上。実はですね。とあるところから、大量のオランゲの実を安く買い付けれそうなのですが……」

「なんだと? それは本当か?」


 すり潰していたすりこ木を止めると、ユリィラが身を乗り出してエジィスを見つめる。

 この街から最も近い国境砦が、魔物発生により封鎖されたという情報が流れてから、そちらのルートを利用していた商人は、ほとんどが別の交易路に移ってしまった。

 お陰様で、オランゲの実を含む隣国の特産品は価値が高騰しており、ユリィラの食い付きようからして、かなり困った状況になっているのだろう。


「しかし、そこの商人から、妙な条件をつけられてしまいましてね」

「妙な条件? どんな条件だ?」

「とある村で、呪印に困ってる者がいるので、呪印に詳しい者を紹介して欲しいそうです」

「呪印? ……エジィス。まさかその話は……」


 ニヤニヤと笑うエジィスを見たユリィラが、何かに気づいたような表情を見せ、怪訝な顔で従弟を見つめる。


「村の場所ははっきりと言いませんでしたが、気になってその商人の素性を調べてみたら、隣国へ頻繁に通ってる者らしいですね。呪印が描かれた紙を見せてもらったのですが……」

「同じだったのだろ?」

「おお、よく分かりましたね。それで姉上、どうしますか?」

「……はぁー。まったく、そういうことだけは無駄に頭が回りよって」


 諦めたような表情でため息を吐くと、すり潰していたすり鉢を机の隅に寄せた。

 作業台に両手を置くと、エジィスを睨むように見つめる。

 

「それで、あたしは何をすれば良いのかね? 言っておくが、あたしは呪印に関しては専門外だぞ?」

「呪印に関しては、私の方で適当な資料を用意しておきます。姉上には、魔界の王族とやらに、上手く接触して頂いて……?」

 

 不意に己の服の裾を引っ張る感触に気づいて、エジィスが後ろに振り返る。

 エジィスが視線を落とすと、金色の髪を肩の当たりで切り揃えた小柄な女性が、金色の瞳をキラキラと輝かせながら見上げていた。

 少女の左腕には、『魔物図鑑』と書かれたタイトルの分厚い本がある。

 

「父よ。魔界の王族が村にいるという話は、本当か? 私も、その村に行きたい」

「おお、リリィ! お前、いつからそこに!?」

「ずっとこの部屋にいたぞ。お前が相手をしてやらんから、朝からうちの研究室へ遊びに来てたのだよ」

 

 呆れたような顔で見つめるユリィラを気にすることなく、エジィスが娘を抱き上げる。

 

「ハハハハハ! 流石に、お前はまだ早いな~。それにその村は、安全な場所という保証もまだない。お前が行くとしても、私が調査に行った後だろうな」

「……」

 

 父親の言葉に、少女が頬を膨らまして不満そうな表情を見せる。


「父よ。臭い……」


 少女が鼻を摘まむと、眉間に皺を寄せて鼻声で抗議する。


「おお! そう言えば、最近研究で籠りっぱなしで、風呂を入るのを忘れていたな。ハハハハハ!」

「父よ……臭い!」

「痛ぃ! 反抗期!?」


 部屋に響いた乾いた音と共に、父親の拘束から免れたリリィが地面に飛び降りる。

 リリィの容赦ないビンタに、驚いた表情のエジィスが叩かれた頬を手で押さえながら娘を見つめる。

 動揺する父親を気にした様子もなく、リリィが手招くように手を動かす。

 

「ウキリル、拭くもの」

「はい、リリィ様」

 

 ソファーの右側で立っていた女性が、ポケットから綺麗なハンカチを取り出す。

 それをリリィが受け取ると、手についた汚れを落とすよう念入りに拭きながら、父親を無言で見つめる。

 

「姉上……大変です。リリィが、実の父親を汚物を見るような目で……」

「自分の父親が同じことをしたら、あたしもリリィと同じことをすると思うがね」

「姉上も、反抗期ですか?」

「……」

 

 わけのわからないことを言う残念な従弟を、ユリィラが可哀想な者を見るような目で見つめる。

 手を拭き終わったリリィは、不機嫌そうな顔でソファーの前まで歩くと、ぴょんとジャンプしてソファーに腰を降ろす。

 持っていた本を開くと、無言でまたその本を読み始めた。

 コホンと1つ咳払いをすると、ユリィラが口を開く。

 

「あたしがその村に行くのは構わんが、まずは下調べをよくしといておくれよ。それとあたし1人では心許ないから、護衛の方もよろしく頼むよ」

「お任せ下さい。そちらの方は、既に手配済みですよ」

 

 娘に顔をぶたれて、頬を赤く腫れ上がらせたエジィスが、得意げな顔で言い切る。

 エジィスは魔界に関する歴史にも精通しており、良い意味でも悪い意味でも有名な学者であるが、やっぱりどこか残念な男であった。






   *   *   *






 セイナアン王国とポーラニア共和国の国境線上に、とある国境砦がある。

 見上げる程に高い石壁に囲まれた砦の中には、小規模ではあるが商店街が存在する。

 商店街と言っても、武具の修理をする鍛冶屋や生活雑貨店が数軒と、そのほとんどが戦や旅に関係するものだ。

 宿泊施設も多少あるが、永住するには不便なところが多く、次の町への中継地点でしかないことが容易に想像できる。

 

 この砦には、セイナアン王国の騎士達が派遣されており、他国から侵攻があったさいの防衛拠点となる。

 ただし、砦にいる騎士達が警戒してるのは、他国からの侵略ではない。

 彼らが今一番警戒しているのは、魔界から突如としてやって来た魔人や魔物達だ。


 隣村が魔人や魔物に襲撃されて、滅んだという話は既に周知の事実であり、それを表すように砦の周辺には商人どころか人1人見当たらない。

 静まり返った砦から随分と離れた場所にある森の中に、砦を見つめる人影が1つ。

 

「流石に村とは違って、正面から攻めるのは大変そうね」


 森林から顔を少し覗かせて、先程から砦を観察していた者の口から、女性の声らしきモノが零れる。

 砦を観察する者の顔は、目もと以外が布に覆われており、まるで素性を知られるのを嫌がってるようにも見える。

 

 また、その人物の外見は異様であり、特に顕著なのが目だ。

 大きく見開かれた2つの眼からは、零れ落ちそうな程に目玉が飛び出ている。

 桃色の瞳は爬虫類の如く縦長になっており、何かを探すようにギョロギョロと眼球が不気味に動く。

 

「あそことあそこから見張ってるんだ。ふーん……。あの盾に描いてるのが、セイナアン王国の紋章だっけ?」

 

 砦にある見張り台からは、鎧を着た騎士達が周りを監視している。

 肉眼では到底見えない距離にも関わらず、その者の口から漏れる情報は正確だ。

 砦から監視をしてる騎士達は、妙な視線を感じているのか、しきりにキョロキョロと周りを見渡している。

 

「夜だったら、こっそり侵入できそうだけど。あの高い壁を、よじ登るとしたら……あっ、でも、私の風魔法を使えばなんとか」

「パイア。終わったか?」


 飛び出した眼球を元の場所に戻すと、パイアが後ろに振り返る。

 パイアが振り返った先には、口の周りを赤く染めた、2mにもなる巨漢の大男が立っていた。

 知らない人が見れば悲鳴を上げそうな光景だが、パイアは驚くことなく指を差す。

 

「ダンザ、口の周りに血がついてるわよ」

「む?」

 

 迷宮から持って来た一角兎を食べていたからか、ダンザの口元は酷く汚れていた。

 パイアが携帯していた水筒を渡すと、ダンザがそれを受け取る。

 動物の皮革ひかくから作られた水筒を傾けると、零れ落ちた水で口元を洗う。


 顔を洗い終わると、喉が渇いたのか水筒を高く持ち上げ、大きく口を開けて水を飲む。

 ただし、その口の開き方が異常だ。

 顎が外れたのかと思うくらいに口が開き、口が耳元まで裂けたダンザを見て、パイアが溜め息を吐く。


「ダンザ、口開け過ぎ。その顔見られたら、すぐバレるわよ」

「あっ、忘れていた……。パイア、水が無くなった」

「はいはい。ちょっと貸して」


 大鬼子オーガ・ミニのダンザから水筒を受け取ると、吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアのパイアが飲み口に手をかざす。

 まるで歌うように、パイアが呪文を唱える。

 すると、手元から液体が流れ落ちて、空だった水筒が水で満たされた。

 砦の観察を終えたパイア達が森を抜けると、待機していた荷馬車と合流する。


 パイア達が荷車に乗ったのを御者が確認すると、手綱を動かした。

 雑草をモシャモシャと食べていた荷馬レクバが顔を上げ、ゆっくりと前へ動き始める。

 馬と蜥蜴を足して2で割ったような動物に引っ張られながら、荷馬車がハジマの村へ向かって進む。


「はぁー、つまんないわね。砦に行って様子を見て来るだけなんて、子鬼でもできる仕事じゃない」


 不満そうな顔で、パイアが背負い袋から赤い実を取り出す。

 迷宮から持って来たゴリンの実だ。

 実の表面にある斑点が、青白く光っている不思議な実を一齧りすると、途端にパイアの表情がご機嫌なものになる。


 荷馬車に乗ってるのは、武装した男女が4人。

 一見すると傭兵のようにも見えるが、そのうちの2人が魔人である。

 

 ちなみに、残りの2人はハジマの村の元傭兵であり、今回はパイア達の案内役として同行している。

 本来、人界と魔界の者は相容れない関係ではあるが、2日間に及ぶ模擬戦で互いのことをそれなりに知ったせいか、道中争い合うこともなかった。

 ゴリンの実を完食して、種だけをポケットの中に入れると、パイアが視線を外に移す。

 

「それにしても、ほんと誰とも会わないわね」

「魔物が現れてから、村の人達は砦を越えて、隣の国へ逃げたらしいですからね。今も村に住んでるのは、うちの所くらいだと思いますよ」

 

 御者台の近くで呟いたパイアの言葉が耳に入ったのか、御者をしていた青年が振り返る。

 苦笑するショアンを見て、パイアが口を尖らせる。

 

「人が出ないのはまだしも、魔物すら1匹も出会わないとは思わなかったわ」

「試し斬りが全然できん。つまらん」


 鞘に入った剣を見つめながら、ダンザがボソリと愚痴る。

 模擬戦では基本的に木刀しか使わないし、今回のお出掛けでは真剣も使えるかもと言われて楽しみにしてたようで、ここまで一度も振るう機会がなくて不機嫌顔だ。


「あーあ。私もショアン達みたいに、魔人と戦ってみたかったなー」

「ハハハ。できるなら、自分は勘弁願いたいですね。この前も、自分の身を守るので精一杯でしたから……」


 乾いた笑いを出しながら、ショアンが遠い目をする。

 ショアンは元傭兵達の中では若い方で、本人曰く初めての魔人との戦いは、相当緊張したらしい。

 不満顔のダンザが、パイアに顔を寄せる。


「パイア。俺も魔人と戦いたい」

「うっさいわねー。私だって戦えるものなら、戦って……」

「……?」


 急に黙り込んだパイアを見て、ダンザが首を傾げた。

 口元に手を当てて、何かを考え込むような仕草をしていたパイアが顔を上げると、青年の肩を叩く。


「ねえ、ショアン。確か昨日、魔人は1人だけじゃないかもって、言ってたわよね?」

「え?」

「魔人を倒した後、騎士達が住処を探すために、逃げる子鬼を追いかけたとか言ってたじゃない」

「あー……。自分達は魔人を倒した後、すぐに村へ帰ったんで、その後どうなったのかは分からないですけどね」

「もしかしたら今頃、住処を見つけてたり?」

「え?」


 何かを閃いたのか、パイアが楽しそうな笑みを見せ、青年の背中を嬉しそうに叩く。


「ショアン! 村が見えたら、寄って頂戴」

「え? でも、あの村には魔物がいませんし、誰かいたとしても騎士だけだと思いますよ?」

「それで良いのよ。さあ、早く荷馬レクバを飛ばして!」

「わ、分かりました」

「……ん? ふがぁ? おぶぅ!?」


 突然に荷馬レクバが走り始めて、荷車でうたた寝をしていたもう1人の元傭兵が、激しく揺られて床に頭を強打した。

 悶絶する男を床に転がしながら、荷馬車は魔人が現れた村に向かって、勢いよく走って行く。


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