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異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第2章 鬼族のくせに生意気だ編

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第24話 呑気な異世界人と残念な先生

 ※残念な先生:関連話(第15話)

 

 雲一つない青空と、陽の光がさんさんと照りつける日曜日の昼下がり。

 草花の生い茂る草原の上で、日向ぼっこをしてる犬人コボルトの集団がいた。

 全身を体毛に包まれた魔物達の中心では、左右の黒髪をシュシュで束ねたツインテールの少女が、楽しそうに犬人コボルトを撫でている。

 

「ここが良いのじゃー?」

 

 仰向けに寝転んで、犬がする服従のポーズを取っている魔物のお腹を、沙理奈が撫でまくる。

 相手の気持ち良いポイントを心得てるのか、犬人コボルトはうっとりとした恍惚の表情を見せ、沙理奈にされるがままだ。

 

「サリナ様は、犬人コボルトを撫でるのが本当にお上手なのですね」

「クルピポ?」

 

 いつもの狐耳帽子を装着した沙理奈の隣では、本物の狐耳を頭から生やしたクレスティーナが、感心したような表情で見ている。

 クレスティーナの周りには数匹の悪魔幼女リリスがおり、沙理奈の行動をしきりに観察しながらそれを真似て、近くにいる犬人コボルトを撫でていた。

 

犬人コボルトは、考えてることが顔に出るから分かりやすいのじゃー。ここも気持ち良いのじゃー?」

 

 お腹を撫でていた手を首元に持っていくと、犬人コボルトが顎を上げる。

 まるで「ここも撫でろ」と言わんばかりのリアクションに、沙理奈が口元を綻ばせながら相手の要求に応じるように撫でる。

 

「だらしのない顔ですわね」

「そこがまた可愛いのじゃー」

 

 クレスティーナが呆れたような表情を見せる。

 昨日と同じく、姉妹のように仲良くお喋りをしてる2人から離れた場所では、激しい模擬戦が繰り広げられていた。

 

「馬鹿ダンザ! 何発貰ってるのよ! その盾は飾りなの?」


 昨日とは違い、今日は木の盾と木刀を持った男達が、2匹の魔人を取り囲んでいる。

 吸血鬼亜種ヴァンパイア・レアのパイアが、大鬼子オーガ・ミニのダンザに罵声を浴びせつつ、元傭兵達と同じ木の盾を持って必死に闘っていた。


「下手糞! 相手をよく見て、それを真似れば良いのよ!」

「分かってる!」


 飲み込みの早いパイアが相手の動きを見て、それを真似るように盾を使い、相手が振り下ろした木刀を弾く。

 器用に相手の攻撃を避けつつ、ダンザと背中合わせになる位置までパイアが素早く下がる。

 

「ダンザ!」

 

 それが狙ったものなのか、パイアの掛け声に反応して、ダンザが盾を持っていた左手で裏拳を放つ。

 咄嗟に頭を下げたパイアの頭上を通過して、パイアと戦う元傭兵に向かって、盾が空を切った。


「ッ!?」


 大鬼子オーガ・ミニの予想外な盾攻撃をなんとか己の盾でガードしたが、元傭兵の体勢が崩れる。

 

「フッ!」

「ぐあッ!?」

 

 体勢の崩れた男の隙を見逃さず、パイアが素早く足払いをして、元傭兵が地面に倒れた。

 昨日と同じように、パイアが男の身体を拘束して木製短刀を首元に当てると、男の口から降参の言葉が出る。


「んー……。相性が良いのか悪いのか、よく分からんな。連携が上手くいく時と、駄目な時の差が激しいな」

「今のは、どう見ても互いを見ずに連携を取ってましたね。昨晩、私も気になったことがあったので、パイア達に聞いてみたのですが、本人達は特に意識をしてやってるわけではないようです」


 離れた所から椅子に座って、模擬戦の様子を眺めていた勇樹が、悩ましげな顔をする。

 時々見せる阿吽の呼吸とも言える技の連続に、エモンナも不思議そうな顔で口を挟む。

 

「双子の神秘ってヤツかな?」

「え?」

「そう言えば昨日。ダンザとパイアは、倒した魔人から産まれたって話をしてたよね?」

「はい」


 勇樹の質問に、悪魔メイドが肯定するように頷く。

 しばし考え込むような仕草を見せると、勇樹が口を開いた。

 

「俺の世界の話だけど……双子とかって言葉を交わさなくても、お互いの考えが分かったりする時があるんだって。お互いが考えてることが何となく分かるのなら、さっきみたいな凄い技もできるじゃないかなって思ってさ」

「なるほど……。興味深い話ですね」

「特殊スキルかもしれないし。後で、真面目に攻略サイトも探してみるか」

「オニ様、何か言いましたか?」

「んー、独り言。とりあえず、弓や槍も使わせてみて、ダンザとパイアがどれくらいできるか分かったし、明日から砦の方をお願いしてみるか」


 模擬戦を眺めながら、来週の予定を勇樹とエモンナが打ち合わせしてると、犬人コボルトに背負われたクレスティーナがやって来る。


「オニ様。スナイフが、昨日頼まれてた物を作ったので、見て欲しいそうです」

「ん? おー、すっかり忘れてたな。えーと、子鬼ゴブリンを何匹か連れて来てくれる?」

「分かりました」


 暫くすると、スナイフ達が勇樹に依頼された物を運んで来た。

 外見だけで判断すると、長方形の木製板の底に2本の木の棒が取り付けられているように見える。


「大きさが違う物が見たいとのことでしたので、いくつか試作品を作ってみました。どうでしょうか?」

「おお、良いじゃん。沙理奈、これに載ってみて」

「ほうほう。了解なのじゃー。ロリ狐も、一緒に載るのじゃー」

「え? 私もですか?」


 勇樹の意図を理解してるのか、沙理奈が楽しそうな顔で木製板の上に座る。

 魔界のお嬢様は、恐る恐るといった様子で腰を下した。


 模擬戦を中断したパイア達も、興味津々の顔で勇樹達のやりとりを見ている。

 勇樹の指示で、木の棒の横に待機していた4匹の子鬼が、大鬼子オーガ・ミニのダンザの合図と共に、木の棒を持ち上げた。

 

「キャッ!」

「おー。おみこしワッショイなのじゃー」


 子鬼4匹が木の棒を肩にかついで、ダンザの指示のもと草原を歩き始める。

 沙理奈とクレスティーナが木製板の上に載せられて、喜んでるのか悲鳴なのか判断つきかねるが、キャーキャーと騒いでいる。


「確かに、これなら持ち運びが楽になりそうですね」

「だよね」


 勇樹がスナイフに作らせた物とは、倒した魔物を運ぶための木製担架である。

 以前、子鬼達が倒した魔物を苦労しながら運んでるのを見てから、勇樹はいろいろと気になってたらしく、手先が器用なスナイフがいると聞いて作らせてみたのだ。


「よし。じゃあ、今度はこの大きいのに、ダンザが寝転んでみて」


 勇樹に指示をされて、2mも身長がある身体の大きな大鬼子オーガ・ミニが木製板の上に寝転ぶ。

 子鬼ゴブリンが数匹集まり、木の棒を担いで草原を歩く。


「なるほど。これは良いですね」

「ククリが荷馬レクバを操ることができるみたいだし、荷車を近くに待機させとけば、遠くで倒した魔物も大量に運べるだろうね」

「そうですね。とても素晴らしい案だと思います」


 勇樹が依頼した物ができたということで、その後は村にある荷馬車も出して、実際の現場を想定した練習が行われた。

 いろんなことを想定して繰り返し練習していると、沙理奈が「腹時計が鳴ってるのじゃー」と言い出したので、勇樹達は迷宮に戻ることになった。


「とりあえずやれることはやったから、後はよろしく」

「承知しました」

「ふぉおおおん! またしばらく会えないのが、悲しいのじゃー」

「クゥン……」


 沢山の犬人コボルト達に囲まれた沙理奈が、名残惜しそうに1匹の犬人コボルトに頬ずりをする。

 お別れの時間だと分かってるのか、犬人コボルト達も悲しそうな声で鳴いている。

 その様子を苦笑しながら眺めていた勇樹が、「晩御飯がなくなるぞー」と黄金繭の中から声をかけると、沙理奈が慌てて走り出す。


「絶対また来るのじゃー! 次に来るまで皆、必ず生き残ってるのじゃー!」

「大袈裟だな」


 手を左右に大きく振っている沙理奈の姿を最後に、黄金繭の入口が閉じられた。






   *   *   *





 商業国家で有名な、ポーラニア共和国という国がある。

 国が大陸の中心に位置し、周辺国との貿易が盛んなため、商業都市が多いことでも有名だ。

 

 ポーラニア共和国に存在する街の1つ、商業都市クォクス。

 貿易に力を入れているためか、街の周辺街路は綺麗に舗装され、大量の荷物を載せた荷馬車が街に入ったり出たりを繰り返している。

 街の市場を覗けば、祭りでも始まるのかと思うくらいに、買い物客でごった返しており、とても賑やかだ。


 魔物との戦争に備えて鎧や剣を作っているのか、どこの鍛冶場からも休みなしに金属の叩く音が耳に入る。

 商人達も声を張り上げ、お客さんに商品を買ってもらおうと、熱心に声を掛けている。

 周辺国からやって来た人達が混じってる為か、髪の色や肌の色が異なる様々な人種が入り乱れていた。


 街の広場には大きな噴水があり、その中心には人の形をした大きな石像が立っている。

 ポーラニア共和国では、商売の神である『バレセア』を強く信仰している。

 

 商売神『バレセア』の石像からは6本の腕が生え、それぞれに天秤や算盤など、商売を連想させる道具が握られていた。

 胸のあたりにある2本の腕には羽ペンと紙が握られ、紙に何かを記録してるようにも見える。

 噴水の水底には硬貨が光っており、商人らしき風貌の者達が、硬貨を投げ入れて祈りを捧げている。

 そんな賑やかな商店街を、2人の男性が歩いていた。


 片方は、いかにも貴族な服装をした、学者風の優男。

 分厚い本を広げ、金色の長い髪を指先で弄びつつ、ブツブツと何かを呟きながらそれを読んでいる。

 人ごみの中で読み歩きなどしてれば、誰かにぶつかりそうなものだが、彼の前を歩く者のおかげでそのような事故は起こらなかった

 

 学者風の優男を先導するように、人ごみをかき分けて歩く大男。

 南山族エルーシアの血を引いてるのか、周りを歩く人に比べても一回り以上は大きい。

 

 胸と背中を守る使い込まれた鎧に、鉄の篭手とブーツを装備し、腰には剣を提げている。

 剣の鍔には赤い魔石が嵌め込まれ、魔剣のようにも見えた。

 

 その魔剣が飾りでなく、己の腕一本で稼いだ金で手に入れた物であるなら、相当の武術者であろう。

 外から見ても分かるくらいに鍛え上げられた筋肉と、痛々しい沢山の古傷が目に付く。

 強面に髪を短く刈り上げ、近寄りがたいその風貌のせいか、巨漢の戦士に近づいた者達が自然と避けて歩いていた。


「エジィス様。着きました」

「……え? おお、いつの間に」


 よっぽど本を読むことに集中していたのか、大男に耳元で声をかけられて、金髪の優男が驚いた顔で見上げる。

 あまり寝てないのか、目にクマのできた優男の視線の先には、店らしき大きな建物があった。

 文字の読めない平民でも分かる様に、薬を扱ってることが分かる絵が描かれた看板が、店の外に目立つように置かれている。

 エジィス・レイルランドが本を閉じると、迷うことなく入口の扉を開けて中に入った。


「いっらしゃいま、あっ、エジィス様!」


 客が入ったことに気づいた店員がやって来るが、見知った貴族の訪問に驚いた顔を見せる。


「やあ。ユリィラはいるかな?」

「あっ、はい。師匠なら、奥の研究室にいらっしゃいます!」


 店内の商品棚に並べられた薬品や調合道具には目もくれず、2人の男が店の奥へと向かった。

 前にも来たことがあるのか、目的の研究室に迷わず到着すると、扉をノックして中へ入る。

 研究室の中には、複数の人物がいた。


「……」


 部屋に入ると、何かをすり潰してるのか、手で握り締めた棒を黙々と動かす音が耳に入る。

 作業をしてるのは1人だけのようだが、部屋の隅には来客用の席が設けられており、そこにあるソファーに小柄な少女が座っていた。

 貴族の子供なのかドレスを着ており、その容姿に似合わない小難しそうな分厚い本を広げて、こちらも黙々と読み耽っている。

 

 貴族の護衛役なのか、少女の座るソファーの両隣には、武装した小柄な女性が2人立っていた。

 どうやら双子のようで、鏡に映ったような同じ容姿をしている。

 唯一違う所と言えば、髪を束ねたサイドポニーの位置が、左右逆になってる所ぐらいだろうか。

 

 研究室の名の通り、部屋の中には沢山の薬品や調合器具が置かれており、エジィスが目的の人物へと歩を進める。

 付き添っていた大男は、少女の両隣にいる双子剣士に目配せだけすると、部屋の隅へ移動した。

 

「おやおや、誰かと思えば……」


 床を鳴らして近づく靴の音に気づいたのか、皺の目立つ年配の女性が顔を上げる。

 

「リリィから聞いておるぞ。最近、部屋に籠りっぱなしで、娘の相手も碌にせんようじゃないか?」


 ユリィラが視線を下に落とすと、手元に合った薬草を摘まむ。

 いろんな薬品に触れてるせいか、鮮やかに染まった指で摘まんだ薬草を器に入れて、再びすり潰し始める。


「……」


 ユリィラの言葉に反応したのか、貴族の少女が無言で顔を分厚い本で隠した。

 しかし、目元だけが見えるように本を下にずらすと、室内を歩く人物を追うように目だけを動かす。


「それどころではないのですよ、姉上。これを見て下さい!」


 広げた紙を目の前まで持って来られて、ユリィラが眉間に皺を寄せる。

 面倒臭そうに紙を受け取ると、眼鏡をかけてそれを凝視する。


「ふーむ……。呪印かね? これは、どこの迷宮から見つけたのかね?」

「これは、迷宮で見つかったのではないのです。村です。しかも、呪印が刻まれてるのは魔物ではなく、そこの村人なんですよ!」

「は?」


 エジィスの話を聞いて、ユリィラが固まる。

 

「私も、魔人と村人が共存してると言う話には半信半疑でしたが、呪印とやらを書き写した紙をハシリ君から見せてもらって、書庫にある人魔戦争の歴史を書いた本を調べていたら、魔王の眷属契約と似た呪印が」

「ちょちょちょっと待て、エジィス! アタシには、さっぱり意味が分からないよ。ちゃんと始めから、説明しておくれ!」

「おおっと、姉上。すみません。私もまだ、興奮が冷めやらぬ状態でして」


 まくし立てるように、早口で喋りだしたエジィスをユリィラが慌てて止める。

 エジィスが少し落ち着いた所で、持っていた本を机の上に広げながら、詳細な説明を始めた。

 ハジマの村からやって来た者から、エジィスが聞いた話を耳に入れながら、ユリィラが真剣な表情で歴史書に描かれた呪印と、手に持っている紙に描かれた呪印を見比べる。

 

「確かに、魔王デモネウスが眷属にしていた者の呪印と、似ておるな……」

「村の者達は、貴族のような教育を受けてません。当然ながら、我々のような人魔戦争に関する、詳しい歴史も知らないはずです。となると、これは実際に存在する呪印を描き写したものと推測でき、すなわちは本当に魔界の王族が」

「落ち着け、落ち着くのだ! それと、近い! うーむ、しかしこれは……困ったもんだのぉ」


 鼻息を荒くして、再び興奮した顔でにじり寄って来た暑苦しいエジィスの顔を押しのけると、ユリィラが悩ましげな顔をする。


「国には、どのように報告したものか……」

「報告? 何を報告するのですか?」

「何をだと? 魔界の王族が、すでに人界に来ておるのだぞ。このことは、他の者達にも教えてやらねば、まずいのではないか?」

「彼らは戦争をしてませんよ。それどころか、村の者達と商売をしようと、平和的な交渉をもちかけているそうです」

「はぁ?」

「それにこの情報は、まだ確定ではありません。確証の得てないうちから、推測だけで物事を進めるのは、我が国に混乱をもたらすだけです。ましてや隣国の話なので、なおさら私が直接確かめるまでは、まだ誰にも言う必要はありません」


 急に真剣な顔で、否定的な意見を言い始めたエジィスを、ユリィラが静かに見つめる。


「お前、まさかとは思うが……」

「これを国に報告すれば、即座に大量の騎士達がなだれ込むでしょう。そうすれば、書物でしか記されてない、本物の魔界の王族が直接見れなくなる。魔界の王族が、誰とも争わずに、村人と普通に会話してるのですよ!? これがズルいと言わずして、なんと言うのです! 私も、魔界の王族をこの目で見たい! お話したい! 普段は何を食べて、どんなことを考えて生きてるのか、ついでについでに、魔界の話とかも、後それに」

「はぁ……やっぱりそういうことか。生態研究者のお前らしいと言えば、お前らしいが……」


 ついには本音が漏れだし、熱く語りだした残念な従弟を見て、ユリィラが大きく溜息を吐いてうな垂れた。


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