第02話 子鬼
「おにぃ! 第1村人! 第1村人!」
「正確には、第2異世界人だと思うぞ。何か、悪魔キャラぽいな。すげぇリアル……」
髪の色に合わせているのか、桃色をベースとしたメイド服の女性が、2人に近づいて来る。
その背中からはコウモリのような羽が生え、腰からも先の尖った尻尾が生えていた。
本来白目である所が黒く、瞳も桃色だ。
現実世界には存在しない人間だと、すぐさま判断できるような容姿である。
悪魔姿の侍女が、深く頭を下げた。
「此度は、我々の召喚の儀により、この世界への召喚に応えて頂き、ありがたく思います」
「おっ、なんかNPCが話し始めたな」
「ボン、キュッ、ボーン!」
「……?」
妙なことを口走る沙理奈達を見て、悪魔姿の侍女が小さく首を傾げた。
沙理奈に抱かれて気絶しているクレスティーナを一瞥すると、再び口を開く。
「まずは私共の方から、自己紹介をさせて頂きます。私の名は、エモンナ。そこで気を失ってるクレスティーナ・イネデール・デモネウス様の世話役をしている者です。もし宜しければ、貴方様の名をお伺いしてもよろしいですか?」
「やっぱり、これもNPCだったか。ていうか、名前長っ」
「私? 沙理奈! こっちは、おにぃ!」
「おい……」
「承知しました。サリナ様とオニ様ですね。さて、早速ではありますが、我々は現在窮地に立たされております」
「窮地?」
明らかにおかしい自己紹介をされてしまったが、勇樹はそのことを訂正せず、別のことに強く反応した。
「はい。我々の願いを聞き届けて頂けるのであれば、それ相応の報酬をこちらより差し上げるつもりでいます」
「最初の依頼か……。具体的に、何をすればいいんだ?」
勇樹の依頼と言う言葉にエモンナが反応して、再び小さく首を傾げる。
しかし、そのことには触れずに話を進めた。
「はい。我々には敵対する勢力がいるのですが、現状クレス様を守護する者が私以外おりません。この迷宮で、支配下に置ける魔物を増やしたいのですが、残念なことに我々は知識があれども、実際に迷宮を構築した経験がありません。それ故に、サリナ様とオニ様には、その魔物を増やす為のご協力をお願いしたいのです」
「迷宮を作って、魔物を増やすか。ふーん……。で、報酬の方は?」
「残念ながら今のクレス様には、サリナ様とオニ様に差し上げるモノはございません。ただし、クレス様と敵対する者達を倒すことができれば、奪われた領地を取り戻し、そこから報酬を差し上げることが可能になります。いかがでしょうか?」
「……まあ、よくあるパターンだな。沙理奈、とりあえずこの依頼受けて良い? たぶんこれ、受けないと話が次に進まない、強制イベントだと思うから」
気絶しているクレスティーナのほっぺを左右に引っ張って、2人の話をまったく聞かずに遊んでいた沙理奈が顔を上げる。
「ふぇ? うん。良いよ!」
「その依頼を受けよう」
「おお! ありがとうございます。このご恩は、一生忘れません」
「で、こっちも早速なんだけど、魔物はどうやって増やせば良いんだ?」
「それなのですが……」
先程までの嬉しそうな表情から一転して、エモンナの顔が困ったような表情になる。
「実は、迷宮に関する知識を持っているのが、そこで気絶してるクレス様なのです」
「え? エモンナは知らないの?」
「はい。私は侍女としての知識は持ってますが、迷宮についての知識はクレス様の話を、聞きかじった程度です。魔界にいた頃のクレス様は、部屋に引き込もって本ばかりを読んでましたので、人界のことも含めて、知識ばかりが豊富でして……」
「ふーん。どっちにしろ、起きるまで待つしかないってことか」
「はい、申し訳ございません」
深々と謝るエモンナを責めるわけもいかず、勇樹達は大人しく待つことにした。
「それにしても、NPCのテキスト量がすごいな。たぶん、俺の話す単語を拾って、それに合わせた会話をしてるんだろうけど、どんだけ会話パターンが豊富なんだ。声優も棒読みじゃなくて、ちゃんとしたプロっぽいし。最初からこんなペースだと、製品版を出す頃には開発者とか死ぬんじゃないのか?」
「ふぇ?」
「あっ、悪い。独り言だ。えーと、まるで本物の人間と喋ってるみたいだって話だよ」
「おー。確かに、モフモフはリアルだね!」
饒舌に喋り出した勇樹に対して、沙理奈がちょっとずれた返答をする。
勇樹がエモンナ達に視線を移すと、気絶した魔界のお嬢様を膝枕して、静かに見つめるメイドの姿が目に入る。
今までのエモンナとの会話、仕草とどれを見ても生きた者との接し方にしか見えない。
ゲームだと思っていても、ここまでリアルに忠実な完成度だと、勇樹が内心ひどく興奮するのも無理はないだろう。
「ハッ!? ここは、どこですか?」
ようやく目覚めたクレスティーナが、上体を起こして周りをキョロキョロと見渡す。
「フヒヒヒ、可愛い子ちゃ~ん」
「ヒィッ! エモンナ!」
目覚めた途端、両手をにぎにぎと開いたり閉じたりしながら、怪しげな笑みを浮かべて近づく危険人物が目に入る。
怯えたクレスティーナがエモンナにしがみつくと、沙理奈の頭上に分厚い本が振り落とされた。
「やめんか」
「イダッ!?」
クレスティーナが落とした本の角攻撃を頭にくらって、沙理奈が両手で頭を抱えてうずくまる。
見知らぬ人物がいることを初めて認識したクレスティーナが、無言で2人を見つめる。
「……」
「クレス様。どうやら今回は、当たりのようですよ」
「え?」
勇樹達には聞こえないようにエモンナが囁くと、クレスティーナが不思議そうな顔をして見上げる。
状況が理解できず混乱する狐耳のお嬢様に、エモンナが説明を始めた。
* * *
「おそらくですが、時間だと思います」
「時間?」
「はい」
エモンナから説明を受けて、ようやく落ち着いたクレスティーナが、勇樹の問いかけに頷く。
「迷宮が主と契約を交わしてから、魔物を産み出すまでには少々時間がかかると、本に書かれていた記憶があります。実際、先程から迷宮内の魔素の流れが、大きく変化してるのを感じます」
「ふむ」
「ほう、ほう、ほう」
ゴシックドレスを着た狐耳お嬢様が壁に触れながら説明すると、勇樹が頷く。
クレスティーナの腰から生えているフサフサの狐尻尾が、左右へ揺れるのに合わせながら、なぜか沙理奈が何度も頷いている。
「魔物の気配も感じるようになってきましたので、卵が近くにできてるのではないかと」
「卵?」
「はい。……こっちですね」
クレスティーナが視線を彷徨わせると、黄金の繭がある部屋から移動を始めた。
勇樹達もその後をついて行く。
「暗いな……」
黄金の繭がある部屋の外に、どこかへ繋がってそうな通路が目に入ったが、通路の奥は真っ暗だった。
「あ……。明りを点けますね」
クレスティーナが何かを呟くと、人差し指が突然に青白く発光する。
指先に青白い小さな玉のようなモノができて、それが発光しているようだ。
「おお。便利なのじゃー」
それを見た沙理奈が、感心したような表情を見せる。
「すみません。私達魔人は、夜目が利くので……」
「ロリ狐は、魔法が使えるのじゃー?」
「ロ、ロリコ? それはもしかして、私のことでしょうか?」
「そうなのじゃー」
「えーと……はい。これくらいのことであれば、多少は……」
洞穴の通路を移動すると、別の小部屋に辿り着いた。
先頭を歩いていたクレスティーナの光が、室内を照らす。
「あっ……」
「え?」
「ふぇ?」
「クレス様、さがって下さい!」
光に照らされた人影を捉えたエモンナが、慌ててクレスティーナを守るようにして前に出る。
腰に備え付けていた鞭を取り出すと、エモンナがそれを構えた。
「グギャア?」
口が耳まで裂けた凶悪な顔が、勇樹達に振り返る。
肌は周りの壁と似たような土色で、身長は150cmくらい。
中学生の沙理奈と、同じくらいの身長だ。
おでこからは、2つの白い小さな角が生えている。
警戒するエモンナ達をよそに、沙理奈が前に飛び出した。
「うわー、超ブサイク!」
「お? ゴブリンか?」
エモンナの後ろから覗き込むようにして勇樹が顔を出すと、人の形をした何かを『ゴブリン』と呼んだ。
勇樹だけでなく沙理奈も、異世界を題材にしたファンタジーゲームを好んでやっている。
2人が好むコンピュータRPGで、最初に出る最弱の魔物がゴブリンと呼ばれる人型の魔物だった。
「キャー! キャー!」と悲鳴を上げながら、なぜか沙理奈が嬉しそうな顔で、『ゴブリン』と呼んだ生き物にべたべたと触れる。
勇樹もそれに近づくと、初めて見る等身大の人型の魔物を、興味深そうに観察している。
「やっぱゴブリンは、ファンタジーゲームのお約束だよな。すげぇな、映画の特殊メイクみたい……うっ、キモ……。お前、よくこんなキモイの触れるな」
「ふぇ?」
『ゴブリン』の目がギョロリと動き、それを見た勇樹が思わず後ずさった。
「それで、これをどうすればいいんだ?」
「え、えーと……。エモンナ、あれって子鬼よね?」
「はい。私も、そうだと思ったのですが……」
「ゴブちゃんゴブちゃん、ゴブゴブちゃん!」
沙理奈が楽しそうに話しかけると、目の前の子鬼が首を傾げる。
「グギャ?」
人型の魔物が一声出すと、その後に続けて似たような言葉で何かを喋り出した。
しかし、勇樹の眉根がどんどん寄っていき、おでこに皺が深く刻まれる。
「沙理奈、訳して」
「よし、任せろ。おにぃ、分かんない!」
「はえよ。なんで任せろとか言ったんだよ」
堂々と胸を張って宣言する沙理奈に、思わず勇樹がツッコミを入れる。
兄妹漫才をする2人に、クレスティーナが恐る恐る近づく。
「あのぅ……。オニ様、私でよければ通訳をいたしましょうか?」
「お? コイツらの言葉、分かる?」
「はい。鬼族の言葉は、分かります」
「おお。ロリコは、ホントに便利なのじゃー」
クレスティーナが口を開くと、目の前のゴブリン達と同じような意味不明な言葉で話始める。
鬼族が苦手なのか、鞭を構えて警戒するエモンナの後ろから、顔だけを出して会話をしている。
「どうやらこの子鬼は、オニ様とサリナ様がこの迷宮の主であることを認識しており、食事さえ頂けるのであれば、何でも従うとのことです」
「食事?」
「はい。この子鬼は、一角兎を要求しています」