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異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第1章 異世界のチュートリアル編
19/54

第19話 新種

 

 日は沈み、静まり返った夜の村を、1人の大柄な男が歩いている。

 豊満な顎髭を撫でながら1軒の簡素な家に到着すると、扉を力強くノックした。


「俺だ、ダゴックだ。開けてくれ」

 

 スナイフがやっている『修理屋』の扉が開くと、ダゴックが中に入る。

 家の中には、数人の武装した者達がいた。

 

「わりぃな、待たせちまって。村長達にも報告してたら、遅くなっちまった」

「良いさ。それで、本当に魔人だったのか?」

 

 トーナスの護衛をしていた傭兵が声をかけると、ダゴックが頷く。


「ああ、砦に行って魔人と戦った奴にも、確認させたからな。それと、村のガキ共にも確認させたんだが、ムナザが腹につけた傷があったみてぇだ。村を襲おうとした魔人で、たぶん間違いないだろう」

「そうか。それは、おめでとうと言うべきかな?」

「そうだな。一応は、ムナザの仇は討てたからな……。あの魔人共が、それをやったっていうのか、少し気にいらねぇけどな」


 ダゴックが不満そうな顔をしながら、テーブルの上にあった器を手に取る。

 オランゲの実を浸した水を、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。


「それじゃあ。ひとまず、村は安全になったんだな?」

「まあ、そうだな……。他の魔人がまだ村にいるのに、安全になったというのも妙な話だが……」

 

 ダゴックが腕を組んで、難しそうな顔をする。

 トーナスの護衛をしていた傭兵が、1枚の紙を取り出した。

 ナテーシアの手に刻まれた呪印を、スナイフが描き写したものだ。

 

「コレの話だが、とりあえずは若旦那とも相談して、知ってそうな奴を俺達でも当たってみるよ」

「悪ぃな」

「良いさ。若旦那にも、ナテーシアちゃんのことは、よく聞いとけって言われてるからな」

「まあ、そうなるわな」

 

 頭をボリボリとかきながら、ダゴックが苦笑いを浮かべる。


「スナイフからも聞いたけど、いろいろ大変だったらしいな」

「まったくだよ。ナテーシアを人質として差し出す話になった時は、すごく悩んだぞ。奴らと戦うか、逃げるかでな……。国の助けが来るどころか、周りの村がどんどんやられていくし。逃げるにしても、村長の息子を見捨てるわけにもいかねぇし、そもそもどこへ逃げるんだって話だし……」

「厳しいな」

「もし、お前がその時にいたら、どうしたよ?」


 当時の頃を思い出してるのか、部屋にいる者達が難しそうな表情をしてる。

 ダゴックから投げかけられた質問に、トーナスの護衛をしていた傭兵が、しばし考えるような様子を見せた。


「たぶん、お前と同じことをしたな」

「そうか……。俺の勘だが、奴らはまだ俺達の知らない何かを、隠してるはずだ。ナテーシアにかけられた呪印を見て、奴らが魔法を使うことは分かった。あのチビでさえ、そんなよく分からん魔法を使えるんだ。迷宮の奥にいる連中は、もっと凄いことができるのかもしれん。そんな奴らとは、まともに戦いたいとは思わん」

「なるほどな」


 ダゴックが目配せで、周りにいる男達に合図をする。

 すると、武装した者達が家の外に出て、誰かが近くにいないかを警戒し始めた。

 2人が身体を寄せて、声をひそめた。


「村の連中には、下手に動くなって釘を刺して、今は奴らに大人しく従ってるフリをしている。でもな、ナテーシアの件さえ片付けば、すぐに逃げるつもりだ。その時は、村の奴らを逃がすのに協力して欲しい」

「まあ、それが一番だろうな。町にさえ逃げれば、もう少し安全になるからな。若旦那にも言っとくよ。ナテーシアちゃんのことが絡めば、どうせ嫌とは言わねぇだろうしな」

「すまねぇな」

「はぁー。しゃあない、これも仕事だ……」


 トーナスの護衛をしていた傭兵が、肩を落として溜め息を吐く。

 ダゴックがその肩を叩くと、これからのことについての打ち合わせを始めた。






   *   *   *






 闇で覆われた部屋の中心で、床に描かれた魔法陣のような物が、青白く発光している。

 突然に魔法陣の中から青白い光の奔流が現れ、しばらくすると飛散した。

 大小2つの人影が、魔法陣の上に立っている。

 

 1人は狐耳にゴシックドレスを来た、見た目は幼女のお嬢様。

 もう1人は侍女服に身を包んだ、背中に蝙蝠の翼を持つ女性。

 クレスティーナの小さな手には、魔人を倒したことで手に入れた『赤い魔石』が握り締められていた。

 

「ふーん。一応は、使えるようになったみたいね」

「昨日の目印もありますし、6階層で間違いはないようですね」

 

 昨晩、目印として地面に刻んでおいたモノをエモンナが見つける。

 2人が周辺の様子を確認してると、再び魔法陣が青白く輝いた。

 1階層の転移門からやって来たのは、犬人コボルトにおんぶされた悪魔幼女リリス達だ。

 6階層に到着するなり、ゴリンの種を握り締めた悪魔幼女リリス達に指示されて、犬人コボルト達が駆け出した。


「プルプイ! プルプイ!」

「皆、大はしゃぎね」

「どうやら悪魔幼女リリス達も、階層が深くなれば良い物ができると理解してるようです。6階層への魔樹農園の引っ越し作業を、朝早くから勝手に始めてましたので」

「まあ、良いんじゃない。やる気があるのは、良いことだし」

「6階層にも、簡単に移動できるようになりましたし。オニ様達が来た時のために、地図を作っておいた方が良いですね」


 和やかな雰囲気で会話をしていた2人の表情が、すぐさま真剣なものになる。

 クレスティーナの狐耳も、何かを捉えたようにとある方向へ向けたまま、固まっていた。


「クレス様、何かいるようです」

「みたいね」

「味方だとは思いますが、魔人を埋めてから産まれた魔物ですので、一応は警戒を」

「分かってるわよ」


 2人の魔人が、同階層にいる何者かの気配に気づいたようだ。

 先程、迷宮の奥へ駆け出した悪魔幼女リリス達が、慌てたような様子で戻って来た。

 どうやら新種の魔物を発見したらしい。

 鞭を構えたエモンナに先導されて、目的の場所へと向かう。

 

 通路を進んだ先から、誰かの話し声が聞こえる。

 見通しの良いひらけた部屋に到着すると、壁に貼りついた卵を見つけた。

 ただし、1つはすごく大きい。

 その中に、2m級の大きな生き物がいたことが推測できる。

 

 そして、その卵の隣に寄り添うようにして、もう1つの卵が見えた。

 2つとも既に割れており、中は空洞である。

 クレスティーナが卵の下に寄って来て、興味深げに中を覗き込んでいる。

 そんな魔界のお嬢様とエモンナの近くに悪魔幼女リリス達が集まって、とある場所を凝視していた。

 

「何があったのか知らないけど、いつまで凹んでるのよ……」

「俺は、負けたのか?」

「またそれ? はぁー、会話にならないわね」

 

 頭から2本の角を生やした鬼族らしき魔物が、地面にあぐらをかいて、なぜかうな垂れている。

 肌は赤でなく土色で、座っていても分かるくらいに大柄なので、大きい方の卵から産まれたのがこちらだろう。

 その隣には、長い黒髪の女性が立っていた。

 背中には、コウモリに似た小さな翼が生えている。

 

「会話はできるみたいね」

 

 クレスティーナが卵から視線を外して魔物達を見ると、黒髪の女性が振り返った。

 長い黒髪に桃色の瞳が特徴的で、悪魔幼女リリスを高校生くらいに成長させたような少女だ。

 

 その少女が腰に手を当てて、鋭い目つきでクレスティーナ達を見ている。

 あまり友好的な雰囲気ではない。

 黒髪の少女が、無言で手を前に出す。


「……?」

「服よ。貴方達、服着てるんだから、私にも何か着る物をよこしなさいよ。まさか、裸でいろとか言うんじゃないでしょうね?」

「ああ、なるほど」

 

 少女の姿を再度見て、クレスティーナが納得したように頷く。

 クレスティーナが悪魔幼女リリス達に指示を出すと、慌てて転移門のある方へ走って行く。

 その後ろ姿を、黒髪の少女が不機嫌そうな顔で見送る。

 

「吸血鬼のようにも、見えますね」

「そうねぇ……」


 クレスティーナの耳元で、エモンナが小声で囁く。

 吸血鬼とは、鬼族で言うところの子鬼ゴブリンにあたる魔物である。

 肉を食べることを好む鬼族とは違い、生き物から血を吸うことを好む魔物だ。

 この迷宮には、悪魔幼女リリスと呼ばれる魔物がいるが、実は幼女サイズの悪魔族は魔界に存在しない。

 

 クレスティーナ達が勇樹に語った持論ではあるが、必要最低限の魔素で悪魔族として産まれようとしたために、このようなサイズになったのだと思われる。

 実際問題、悪魔幼女リリスは迷宮の助けがないと魔法も使えない、悪魔族としては致命的な欠陥を持つ魔物だ。

 それ故に、クレスティーナ達は悪魔幼女リリスを、この迷宮にだけ産まれる特殊な悪魔族と認識していた。


「なんかうちにいたのと、妙に雰囲気が……」

「やっぱりそう思いますか?」


 魔界にいた頃は、同族と一緒に住んでいたことがある。

 その時の者達と見比べてるのだろう。

 今回は悪魔族の吸血鬼が産まれたようだが、どうにもエモンナ達の顔色はよくない。


「そこまで露骨に睨まれると、流石に気になるのですが。私に何か言いたいことがあるなら、言いなさい」

「なぜかしらね……。貴方のこと、すごく気に食わないのよねぇ」

「……」


 吸血鬼の目が細くなり、殺気のこもった視線へと変化する。

 エモンナへ向かって、突然に駆け出した。

 咄嗟に悪魔メイドが、クレスティーナから離れる。


「例えばその上から目線な感じとか、ねッ!」

「エモンナ!」


 黒髪の少女が、飛び回し蹴りを放つ。

 しかし、エモンナは驚くことなく、上体を後ろへ逸らした。

 蹴りが空を切ると、少女が舌打ちをする。

 

「クレス様、さがって下さい。どうやら、躾をしないといけないようなので」

「何が躾よ! ッ!?」

「誰に似たのか、随分と足癖の悪い吸血鬼ですね」


 少女が追撃の蹴りを入れようとするが、それは阻まれた。

 蹴り上げようとした足を抑え込む形で、悪魔メイドのブーツが少女の足の上にのっている。

 上が駄目ならと身体を捻って、横からの回し蹴りの体勢に入るが、その前に鋭い蹴りが少女の腹にめり込む。


「グッ!?」

「遅いですよ」

「だったら……」


 苦悶の表情を浮かべた少女が、エモンナから距離を取るように走り出す。

 何かの魔法を使おうとしてるのか、詠唱を始めだした。


「はぁ……。少し知恵がつくと、これですからね」


 ため息を吐くと、エモンナが遅れて詠唱を始める。

 背中に生えた翼が身の丈程に大きくなり、縦長に変化した桃色の瞳が不気味に輝く。

 黒髪の少女よりも早口で、エモンナが高速詠唱を終え、身体の周りが緑色に発光する。

 少女が驚いたように目を見開くと同時に、疾風の如き速さで少女との距離を詰める。


「ッ!?」

「勝負になりませんね」


 足払いをされたのか、少女が派手に横へ転んで詠唱が中断する。

 嗜虐的な笑みを浮かべた悪魔メイドが、少女の顔をブーツの底で踏みつけた。


「アグゥ」

「私の勝ちです。度胸があるのは結構ですが、喧嘩を売る相手を見誤ったようですね。貴方の得意なものが、私の得意なものであることをお忘れなく。『血の記憶』があっても、それを上手く使いこなせないうちは、私に逆らわないことですね」

「グゥ……」


 顔を踏みつけられて、黒髪の少女が悔しそうな顔をする。

 決闘による勝敗は力こそ正義な魔界において、組織内での上下関係を決める上で大きな意味をもつ。

 それを理解してるのか、黒髪の少女が急に大人しくなる。

 そんな少女を見下ろしながら、悪魔メイドが素敵な笑みを浮かべた。


「貴方の存在は、まだオニ様は知りません。このまま貴方を、産まれなかった(・・・・・・・)ことにしても良いのですよ?」

「……」

「好きな方を選びなさい。貴方は、私に従いますか? それとも逆らいますか?」

「……従います」

「宜しい。ちなみに、そこにいるお嬢様が私の主になりますので、彼女にも今後は従うように。宜しいですね?」

「はい」


 エモンナが黒髪の少女から足をどける。

 身体を起こした吸血鬼の少女が、不機嫌そうな顔で身体についた汚れを払う。

 2本の角を生やした鬼族のもとへ向かうと、なぜか無言で蹴りを入れた。


「なぜ、俺を蹴る?」

「あの女、ムカツク!」


 質問を文句で返すと、腕を組んで明後日の方向へ顔を向けた。

 両頬を膨らませて、不機嫌そうな顔をする少女から視線を外すと、2本角の鬼族がエモンナを見つめる。


「お前……強いな」

「魔法も使えない貴方と、一緒にされても困りますね。よろしければ貴方も、私と決闘をしますか? ダンザガ」

「ダンザガ?」


 エモンナに名を呼ばれて、2本角の鬼族が首を傾げる。

 言葉の意味を、よく理解してない顔だ。


「覚えてないのですか?」

「いや……なんとなく、聞き覚えがある。ダンザガ……ダンザガ?」

「……。姿形は似ていても、やはり中身は違うものと考えた方が、良いですかね?」

「うーん、どうなのかしらね」


 2本角の鬼族が難しそうな顔で、『生前の名前』を何度も呟く。

 それを見ながら2人が小声でヒソヒソと囁き合うと、クレスティーナが前に出る。


「さて、決闘をしないのなら、貴方達にも仕事をしてもらうわよ」

「仕事?」

「5階層と6階層が解放されたので、魔樹農園の引っ越しと壁灯を点ける作業をします。それと地図の作成ですね。3日後には、オニ様達がいらっしゃる予定ですので、それまでには終わらせます」

「ねぇ、オニ様って誰よ」

「あー。名前を言っても、産まれたばかりの貴方達では、まだ分からないのですね。この迷宮の主ですよ」

「迷宮の主? ……強いのか?」


 上の空だった元大鬼子が、興味深げな顔で悪魔メイドを見つめる。

 吸血鬼の少女は相変わらず不機嫌顔で、エモンナを睨んでいた。

 2人から視線を向けられて、エモンナが意味深な笑みを浮かべる。


「会えば分かりますよ」

「フン。弱い奴には、従わないわよ?」

「俺もだ」

「むー。大丈夫かしら?」


 皆のやり取りを見つめる魔界のお嬢様が、不安そうな表情を見せた。


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