第18話 リベンジ
「ダナンズさん、こんにちは」
「おお、トーナス君か。そろそろ来る頃だろうと思ってたよ」
ダナンズの店の前にやって来た荷馬車から、1人の青年が降りて来る。
収穫したオランゲの実の仕訳作業をやめて、ダナンズが店の中にいるナテーシアに声をかけた。
「すぐナテーシアに、飲み物を出させるよ」
「いえいえ、お気になさらず。村が無事かを確認しに、立ち寄っただけですので」
「そんなこと言って、本音はナテーシアが無事かを、確認しに来ただけだろうが」
「あれ、バレました?」
トーナスが後頭部をかきながら、舌を出しておどけたような顔を見せる。
隣国の商家の息子であるトーナスは、以前からダナンズと親交があり、その過程でナテーシアとも知り合った経緯がある。
本人は隠すことなく、ナテーシアに気があることを公言してるが、肝心の父親に「親のスネを齧ってるガキには、娘はやらんぞ」と釘を刺されてしまっていた。
親の支援があるうちは、ダナンズからは1人前の商人と認めてもらえないようだ。
「でも、村のことは本当に心配しましたよ。こっちでも最近は魔物が現れて、村が滅んだところもあると聞くじゃないですか。国境砦も、一時期封鎖されてたと聞きますし、よく無事でしたよね」
「ま、まあな……いろいろあったんだ」
「……?」
歯切れの悪い返答をするダナンズを見て、トーナスが首を傾げた。
2人が会話する横を、数人の武装した男達が横切る。
彼らは、トーナスの護衛をしていた傭兵達である。
店の前にある長椅子へ腰かけていた男に、傭兵の1人が声をかけた。
「よう、ダゴック。相変わらず、機嫌悪そうな顔してるな」
「うるせぇよ。いつもこんな顔だ」
「おう、おっかね」
強面の顔で睨まれるが、傭兵達は気にした様子もない。
「ここに来る途中でもよ、村が魔物に滅ぼされてるって聞いてよ。もう、おめぇの憎たらしい顔が見れねぇかと思うと、嬉しくてしかたなかったぜ」
「悪かったな、死んでなくてよ」
「ホントだよ」
「しぶてぇ奴だな」
ダゴックの返答に、傭兵達がゲラゲラと楽しそうに笑う。
それを見たダゴックも口の端を吊り上げて、笑みを浮かべる。
嬉しそうに互いの拳を突き合わせたりしてる様子からして、彼らも友人の安否を気にしてたようだ。
「そっちも元気そうだな」
「まあな。雑用も多いけど、大人しく雇い主に従っとけば、食い扶ちには困らねぇ仕事だからな」
たわい無い雑談をしてると、傭兵の1人が何かに気づく。
森の方から村に入って来る奇妙な一団をじっと見つめると、慌てて他の者に声をかけた。
「お、おい。アレって……」
「え? ……おい、ダゴック」
「あん? あー、アレか……。アレは大丈夫だよ。客だ」
「は?」
動揺する傭兵達を気にした様子もなく、ダゴックが長椅子から立ち上がる。
カゴを背負った子鬼達を引き連れて、先頭にいる狐耳の幼女が皆の前で立ち止まった。
「いつ見ても、凄いモジャモジャね」
「剃るのが面倒でしてね」
ダゴックが、フサフサの顎髭を撫でる。
どう見ても魔人にしか見えないクレスティーナに対して、普通に受け答えをするダゴックを見て、傭兵達が酷く驚いた顔になる。
「今日はえらく人が多いわね」
「隣国から、商人がやって来たんですよ」
「商人!? ちょっとモジャモジャ、私に紹介しなさいよ!」
「あっちですね」
『商人』というキーワードにすぐさま反応した魔界のお嬢様に急かされて、ダゴックがクレスティーナをトーナスの元へ連れて行く。
クレスティーナ達が近づいていることに早くから気づいていたダナンズが、トーナスに耳元で何かを囁いている。
トーナスの顔が酷く動揺していた表情から、すぐさま営業スマイルへと変わる。
「貴方が商人なの?」
「は、はい。トーナスと申します。隣国へ立ち寄る際には、是非ご贔屓に願います」
「ふーん。私はクレスティーナ。本名は長いから、クレスで良いわよ」
「クレス様ですね。以後、お見知りおきを」
「うん。顔は覚えとくわ。何かあったら、いろいろと頼むかもしれないから宜しく。それよりも、ナテーシアはいないの?」
「少々お待ちください」
顔合わせはついでだったらしく、クレスティーナがナテーシアの所在を尋ねる。
ダナンズが店に入るとしばらくして、駆け足でナテーシアが店から顔を出した。
「いらっしゃいませ。クレス様」
「見なさい、ナテーシア。借りたカゴ全部、オランゲの実で埋め尽くしてあげたわよ!」
「まあ。これはまた、随分と取って来られたのですね」
黄色の果実がカゴ一杯に入ってるのを見て、ナテーシアが驚いたような顔を見せる。
それを見たクレスティーナが、満足そうな笑みを浮かべた。
「当然よ。言ったでしょ、楽勝だって」
「さすがクレス様ですね」
「もっと褒めて良いのよ!」
ナテーシアによいしょをされてご機嫌になったクレスティーナが、自慢げに胸をそらす。
本人は威厳のある態度を見せたかったのだろうが、狐耳の幼女がそれをやっても可愛らしいという感想しか思い浮かばない。
「で、どれくらいになるの?」
「えっと、そうですね……。申し訳ないですが、少しだけ時間を頂いて宜しいですか? これだけ数があると、数えるのも大変ですので」
「ふーん。じゃあ、適当にククリの家で時間を潰して、また来るわ。……あ、本がないじゃない! ククリ、すぐ迷宮に行って、私の本を持って来て」
「グギャ!」
「……おい、ダゴック」
目の前を駆けて行く子鬼を見送ると、傭兵の1人がダゴックに声をかけた。
明らかに事情説明を求めてる傭兵達の視線を受けて、ダゴックが口の端を吊り上げて、意味ありげな笑みを見せる。
「わざわざうちの村まで、顔を出してもらったんだ。どうだ、折角だしスナイフの所で一杯やらないか? 積もる話もあるだろ?」
「……そうだな。若旦那に聞いて、暇をもらえそうなら後で行くよ」
互いに不自然な片目ウインクをする。
アイコンタクトで会話をしたダゴックと傭兵達が、その場で別れた。
そんな村の中を、突然に大きな咆哮が木霊する。
「オォオオオン!」
「……嘘。本当に来たの?」
いつものように村の外で待機していた犬人達が、今までに聞いたことないような大声で咆哮している。
サイレンかと思うほどの咆哮を聞いて、異変に一番早く気付いたのは、魔界のお嬢様であるクレスティーナ。
その顔は、血の気がひいたように青ざめていた。
「グギャギャギャ!」
森に向かったはずのククリが、全力疾走で村へ戻って来た。
酷く興奮した様子で、クレスティーナに鬼語で何かを喚き散らしている。
「わ、分かってるわよ! すぐにエモンナと合流するわよ!」
「グギャ!」
「クレス様、何事ですか?」
父親とトーナスに手伝ってもらいながら、仕訳作業をしていたナテーシアも異変に気づいて、クレスティーナに尋ねる。
「魔人よ!」
「え?」
その一言だけを叫ぶと、ククリにお姫様抱っこされた状態で、クレスティーナ達が森へ向かって駆け出した。
* * *
ハジマの村から西に進むと、森を分断するように川が流れている。
川には橋がかけられ、街道を横断することは可能だ。
しかし、その橋を渡らずに、対岸にある森を睨んでいる魔人がいた。
「……」
橋を渡る直前で犬のような遠吠えを聞き、大鬼子のダンザガは足を止めた。
静かに耳を澄まして音を聞いてるようで、ツルハシのような物を構えたまま、微動だにしない。
「さっきの遠吠えが気になるが……。まさか、獣如きにやられたのか?」
前回こちらに来た時は、鬼族を攻撃するような獣はいなかった。
首を傾げながら対岸の様子を伺うが、しばらくするとダンザガが再び歩き出す。
「群れにやられたと考えれば、ありえなくはないのか?」
橋を渡り、周りを警戒しながら森の中へ入る。
鬱蒼とした森の中を歩いて行くが、ダンザガはしきりに辺りを見回していた。
その警戒心を表すように、その歩みはとても遅い。
川を渡る前は真上にあった太陽に似た光が、今は随分傾いている。
数時間も経てば、日は完全に暮れてしまうだろう。
だがそうなる前に、その時は突然に訪れた。
森へ入る前に聞いた咆哮と同じものが、静かな森を木霊する。
「他の魔人が、やって来てたのか」
森の奥から現れた子鬼達を見て、ダンザガの表情が不機嫌そうなものに変わる。
茂みを激しく揺らして、それらは脇目もふらずにダンザガを目指す。
魔人の目の前まで来ると、集団は左右に別れた。
「どういうことだ……。なぜ子鬼が、獣人と一緒にいる」
己を取り囲むように移動する魔物達に、油断なく視線を動かしながらダンザガが相手の様子を窺っていたが、その表情は酷く驚いたものに変化する。
ダンザガの視線の先には、森の中を犬人におんぶされて移動する悪魔幼女もいて、身体になぜかロープのような物を巻いていた。
子鬼もよく見れば肌の色は土色で、ダンザガのよく知る赤肌の子鬼とは違う。
「身内ではないのか。どうりで子鬼が帰って来ないわけだ。……お前達の主は誰だ!」
「グギャギャギャ!」
「ウォン! ウォン!」
どうやら相手の魔物達は、酷く興奮してるようだ。
牙を剥き出しにしてダンザガを威嚇したり、吠えたりしている。
数えきれない魔物達に囲まれている状態で、もはや逃げるすき間もない。
「グギャー!」
それがどこから発せられたものかは分からないが、子鬼らしき奇声を合図にして、魔物の群れが大鬼子に向かって突撃した。
目の前に来た数匹の魔物を、ツルハシのような物で殴り飛ばす。
しかし、ダンザガが武器をまともに使えたのはそこまでだった。
それはまるで、スズメバチに群がるミツバチのようだ。
小さなミツバチは、大きなスズメバチに1対1で勝つことはできない。
だから、蜂球と呼ばれる集団攻撃で、スズメバチを覆い尽くして撃退する。
それを彷彿とさせるように、あっという間にダンザガの身体が魔物達で覆い尽くされた。
ダンザガの動きを封じるよう、子鬼達が必死にしがみついている。
犬人達はその得意の噛みつきを生かして、牙をダンザガの身体に食いこませる。
武器を持つ手首にも激しく噛みつき、ダンザガが痛みに耐えきれなかったのか、思わずツルハシのような物を手放した。
「糞がぁあああ!」
クレスティーナ達からは、全勢力を使って魔人を撃退するように命令されているため、ここにいる魔物は100匹を優に超えていた。
予想外の大群に、たまらずダンザガが走り出して、近くにある木へ突撃した。
「キャイン!?」
その衝撃に耐えられなかったのか、数匹の魔物が地面に倒れる。
更に身体へしがみついてる魔物を手で捕まえたり、拳で叩き落したりして、ダンザガが強引に剥がし始めた。
しかし、魔物がいなくなればその隙間を埋めるように、別の魔物達がダンザガに飛びかかる。
「グギャー!」
どこからか子鬼のような奇声が聞こえると、突然に魔物達がダンザガから離れて行く。
全身を傷だらけにしたダンザガが、肩で息をしながら身構える。
「はぁ……はぁ……今度は、何だ?」
腰に提げた剣を抜こうとするが、既に剣は何者かに鞘から抜かれていた。
そしてダンザガは、いつの間にか己の腕に、ロープが巻かれているのに気づく。
それは森から採取したつる植物のような物を、より合わせて自作した物であった。
そのロープを掴もうと手を伸ばした瞬間、両腕が左右に引き伸ばされる。
「なッ!?」
言葉にならない声を発して、ダンザガがロープの先にいる者達を見つける。
まるで綱引きのように、沢山の魔物達がダンザガの腕に巻かれたロープを引いていた。
何をされているのかに気づいたのか、ダンザガが必至に抵抗しようとするが、流石に数が多過ぎるためか上手く身体を動かせない。
「ダンザガ!」
「!?」
突然に己の名を呼ばれ、魔人の視線が移動する。
ダンザガの視線の先にいたのは1匹の子鬼。
大鬼子の腕にロープを括り付けた張本人であるククリが、愛用の湾曲刀を構えて『生前の仇』を睨んでいた。
「子鬼如きが、ふざけた真似を……ゴギャアアアア!」
顔に血管を浮き上がらせ、怒り狂ったように咆哮する。
大鬼子から放たれた咆哮に、魔物達が思わず身を屈ませる。
上位種の咆哮による恐怖に当てられたせいか、ロープの力が緩みダンザガの身体が少し前に動く。
しかし、子鬼達も顔を歪ませながら、必死にロープを掴んで抵抗を続ける。
この機会を逃せば、魔人を討ち取る機会がないと理解してるのか、魔人と魔物達によるロープの引っ張り合いは均衡を保ったままだ。
「糞ッ! 初めから、これが狙いだったのか……」
ここにきて初めて、ダンザガから焦りの表情が見える。
それもそのはずだ。
己の身動きが取れないなか、1匹の子鬼だけが嬉しそうな表情でダンザガを見ていた。
罠にかかった獲物を逃がすものかと、ククリが魔人に向かって走り出す。
「糞が、糞が、糞が……ゴギャアアアア!」
「グギャアアアア!」
「!?」
ダンザガに負傷させられ、膝をついて蹲っていた子鬼の身体を踏み台にして、ククリが跳躍する。
大鬼子に負けないくらいの奇声を放って、その腕に持っていた湾曲刀を勢いよく振った。
「俺が……」
着地したククリの手に、湾曲刀は存在しない。
信じられないものを見たとばかりに、その目は大きく見開かれていた。
両腕を拘束され、身動きが取れなくなったダンザガの瞳だけが動く。
その視線の先には、己の首より生えたように見える湾曲刀が、確かに存在していた。
「子鬼に、負けた?」
「グギャア!」
「ッ!?」
すかさずククリが、ダンザガから奪った剣でその胴体を貫いていく。
身体からだけでなく、口からも大量の血を吐いて、ついには大鬼子が膝から崩れ落ちる。
何度もククリに剣で貫かれ、苦悶の表情を浮かべながら、2つの瞼がゆっくりと閉じていく。
足元にできた血溜まりに、魔人がその身体を沈めた。
「グギャア?」
「……」
ロープで両腕が固定されてるとはいえ、相手が魔人ゆえか魔物達は警戒心を緩めない。
ククリが剣の先で、うつ伏せに倒れた魔人を突いている。
1匹の悪魔幼女が恐る恐るダンザガに近づくと、身体に触れて脈を確認し始めた。
ククリに顔を向けると、悪魔幼女が力強く頷いた。
「グギャア」
不細工な顔を歪ませて、ククリが満面の笑みを見せる。
己の勝利を示すように、倒れた魔人の背中に飛び乗った。
湾曲刀を握りしめ、その腕を高々と上げる。
「グギャアアアア!」
ククリが勝利の雄叫びを上げ、森の中を魔物達の大歓声が響き渡った。