第16話 閃いたお嬢様と元採掘者の末路
※元採掘者デニマ:関連話(第12話、第15話)
※大鬼子ダンザガ:関連話(第07話、第10話、第14話)
「はい、申し訳ないのですが……」
血相を変えたダゴック達が慌てて駆けつけると、村の外でナテーシアが誰かにペコペコと頭を下げていた。
1人の女性を、50匹にもなる沢山の魔物達が取り囲んでいる。
ナテーシアは誰かと喋っているようだが、なぜか相手は見えない。
ダゴック達が訝しげな顔をしながらも最大限に警戒して、更に前へ移動した。
すると、予想外の人物が目に入る。
そこにいたのは、頭から銀色の狐耳を生やした小さな子供。
着せ替え人形のような可愛らしい魔人が、ナテーシアを見上げていた。
「分かったわよ……。村の中に、入れなければいいんでしょ?」
ナテーシアに懇願されて、クレスティーナが頬を膨らませる。
傍から見ると体格差的な意味で、妹が姉に諭されて拗ねているようにも見えた。
クレスティーナが掌を叩いて、お供として連れて来た魔物達に、村人達には分からない言葉で命令を出す。
すると50匹近くの魔物集団が、森と村の中間地点にまで下がって、そこで大人しく待機をする。
到底強そうには見えないが、その様子から知らない人が見れば、魔物達の親玉に見えなくもない。
子鬼のククリだけをお供に連れて、魔界のお嬢様がナテーシアの前までやって来る。
「これならいいでしょ?」
「はい」
「ククリ、村を案内しなさい」
「グギャ!」
武装した元傭兵達の前を、1匹の子鬼と一緒に狐耳を生やした幼女が歩いて行く。
高級そうなゴシックドレスに身を包み、まるで貴族のお嬢様のような格好だ。
ツギハギの目立つ村人達の粗末な衣服とは、明らかに異なるものだと一目で分かる。
目の前を歩く魔人の身長は、元傭兵達の腰の高さまでもなく、大柄のダゴックなら素手でも余裕で倒せそうだ。
ダゴック達の視線に気づいたのか、クレスティーナが顔を上げる。
「……何?」
「あ、いや。何でもないです」
急に話しかけられたからか、貴族のお嬢様を相手するように、ダゴックが思わず敬語で答えてしまった。
訝しげに元傭兵達を一瞥すると興味を無くしたのか、ククリの後を付いて村に入って行った。
「はぁー」
「ナテーシア、大丈夫か?」
溜め息を吐いて、お疲れの様子なナテーシアに村人達が声を掛ける。
ダゴック達も状況がよく呑み込めなかったので、ナテーシアに説明を求めた。
どうやら大勢の魔物を引き連れて、クレスティーナがいきなり村へやって来たことで、村人達が魔物の襲撃だと勘違いしてパニックを起こしたらしい。
クレスティーナと面識のあるナテーシアが慌てて間に入って、互いの誤解を解きつつ村の者達が怯えてるからと、入村する魔物の数を制限してくれとお願いしたようだ。
ナテーシアの必死の説得に応じて、渋々ながらもクレスティーナがそれを了承して、ククリ以外の魔物を村の外に待機させてから村へ入ったのが、事の顛末である。
「ククリ、これ何?」
「グギャ?」
村人達からの好奇な眼差しや、怯えるような視線を気にした様子もなく、村にある物を興味深げにクレスティーナが見ている。
村の広場にある井戸に近寄ると、ククリにそれの使い方を見せてもらう。
「ふーん……。水は汲まなきゃ駄目とか、地下水がないと生きていけない鬼族と一緒ね。魔法で水も作れないとか、人って不便な生き物ね」
ククリが桶に入った水を汲み上げるのを一通り眺めた後、クレスティーナが呆れたような言葉を吐いた。
この辺りの感覚の違いは、生活環境の違いによるモノが大きいのだろう。
魔界には、常に濃厚な魔素が満ちている。
空気中に漂う魔素を吸い込み、体内で魔力にさえ変換できれば、無限に魔法が使える。
つまり、水を生成する魔法さえ修得すれば、わざわざ井戸に水を汲みに行かなくても、常に水が手に入るのだ。
逆に言うと、地上に出れば体内で保持してる魔力が枯渇すれば、魔界とは違って魔法が使えなくなってしまうのだが。
ただし、クレスティーナやエモンナは、その辺の者達とは比べものにならないくらいの魔力を保持してるので、よほど強力な魔法を使用しない限り、魔力切れを起こすことはないのだろう。
「ホント、何もない村ね。図書館も無いし、どうやって暇を潰してるのかしら?」
普段から引きこもりで、食っちゃ寝お嬢様の価値観で考えられても困るのだが、確かに町と違って村には娯楽が少ない。
村の外にある果樹園では、村人達がオランゲの木から果実を収穫していた。
ようやく隣国への移動手段が確保できたので、これ幸いとばかりに特産品の収穫を再開したようだ。
大人だけでなく子供達もカゴを持って、村人総出で果実の収穫をしている。
その様子を村の中から眺めながら、ククリの後を付いて行くと、簡素な石造りの家に辿り着く。
生前はムナザが住んでいた家に、ククリが迷わず中に入ろうとするが、クレスティーナは家の前で立ち止まる。
魔界のお嬢様がついてきてないのに気づいたのか、ククリが家の中から顔を出して首を傾げる。
「グギャア?」
「他の家にもあったから、気になってたんだけど。ククリ、これ何?」
興味津々で見上げるクレスティーナの前には、様々な魔物の顔を模った大きな石を、積み重ねてできた円柱があった。
トーテムポールのような石の円柱の上部には、フックのような物が見える。
それの用途を尋ねられたククリが、家の中に走って行く。
暫くするとロープのような物と複数の布きれを握り締め、もう片方には踏み台を掴んで戻って来た。
ちなみにこのロープは市販の物では無く、南の森から採取したつる植物のような物を、より合わせて自作した物だ。
木の踏み台を地面に置くと、踏み台に上がってロープの端を輪っかにして、フックに引っ掛ける。
ロープのもう片方をまた輪っかにして、家の壁に付けられたフックに引っ掛けた。
最後に持っていた布きれを水で濡らし、ロープに引っ掛ける。
「グギャ!」
「ふーん……。なるほどねー」
ククリのやり取りを眺めて、クレスティーナが納得したように頷く。
どうやら洗濯物を干す際に、物干し竿代わりに使う物らしい。
また、魔物の顔を模った石を使ってるのは、魔物を知らぬ世代への記録として、先人達が残したものであった。
「ククリ……。貴方って、意外と器用よね」
「グギャ?」
使用方法を見せ終え、片づけを始めたククリを見ながら、クレスティーナが感心したような様子を見せる。
人だった頃の習慣が身体に染みついているのか、ロープを結ぶ作業にも迷いがなかった。
片方のロープの輪が外されると、萎びたロープに貼りついた布切れが地面に落ちる。
それを魔界のお嬢様が、真剣な表情で見ていた。
「……んん!? こ、これよククリ!」
「グ、グギャ!?」
何かを閃いたクレスティーナが、ククリに詰め寄り早口で何かを尋ねる。
しかし、「そんなものは無い」と言わんばかりに、子鬼のククリが首を横に振る。
それでは納得できなかったのか、目を血走らせたクレスティーナが誰かを探すように、村の中に視線を移す。
目的の人物を見つけると、一目散に駆け出した。
「キャッ!」
店に入ろうとしたナテーシアの背後に何かがぶつかり、思わず小さな悲鳴が漏れる。
驚いて後ろに振り返ると、お尻に小さな魔人がしがみついて、ナテーシアを見上げていた。
「ナテーシア! 大きい布! 丈夫なやつ!」
「え? え? 布ですか?」
生前は敷布団として使っていた大きな布を、ククリが家の中から持ってきて広げる。
それをクレスティーナが指差しながら、似たような物を指定した。
ナテーシアが店内にある商品棚の1つに近づくと、積み重ねられた布を手に取り広げる。
「大きな布でしたら、このような物もありますが」
「他人が使った汚いのなんて、いらないわよ。綺麗なのはないの?」
「えっと……」
いつもの村人を相手にするような対応で、ツギハギの目立つ中古品を勧めたのだが、即座にいらないと言われてしまう。
貴族を相手に商売をしたことがないナテーシアが、困ったような表情を見せる。
店の奥から顔半分を覗かせたダナンズが、娘と魔人のやり取りを心配そうな顔で見守っていたが、思わず声をかけた。
「ナテーシア」
「え? あっ……ちょっと待って下さいね」
店の奥にいる父親と何やら会話をすると、ダナンズが鍵を持って店の外に出る。
盗まれて困るような高価な物は、店の商品棚には置いておらず、ダナンズが店の隣にある倉庫へ移動した。
頑丈そうな錠前を開けると、倉庫の中へ入って行く。
並べられている木箱の1つを持ち上げると、それを店まで持って来た。
木箱を店内に置くと、ダナンズが店の奥へ戻って行く。
ナテーシアが蓋を開けると新品の綺麗な布をいくつか手に取り、広げて見せた。
それを見たクレスティーナが、目を輝かせる。
「良いのがあるじゃない! えーと……これを貰うわ!」
「あっ、えっと、お代金は……。ちょっと待って下さいね。父にいくらか確認してきますから」
「は? お代金?」
父親に料金を確認したナテーシアが戻って来ると、クレスティーナがなぜか固まっていた。
どうやら貰えるものだと思ってたらしい。
魔界であれば欲しい物は、エモンナが当たり前のように揃えてくれたので、当然のようにタダで貰えると思ってたのだろう。
「うー、うー」
お金の無いクレスティーナが悩ましげな顔で、獣のように唸り始める。
人界の者達とむやみやたらに戦争はするなと厳命されてるために、力尽くでも奪うわけにもいかないので、いろいろと自分の中で葛藤しているのだろう。
思わず誰かを探すように視線を彷徨わせるが、相談役であるエモンナもおらず、手に持っている布を苦虫を噛み潰したような顔で、じーっと見つめ続けていた。
「お姉ちゃん、ただいま! あっ……」
健康的に日焼けしたリコナが、お店に顔を出す。
しかし、見覚えのある顔を見て、態度が急変した。
不安そうな顔で足早に、ナテーシアの後ろへ隠れるように移動する。
収穫の手伝いをしていたリコナが、オランゲの実が入ったカゴを背負ってるのを、ナテーシアがじっと見つめる。
「クレス様。もし、宜しければなんですけど……」
「何よ?」
若干涙目のクレスティーナが両頬を膨らませて、上目遣いでナテーシアを睨む。
ナテーシアがとある提案をすると、クレスティーナが嬉しそうな顔で、何度も頷いた。
* * *
セナソの村の南にある森を、採掘で使うツルハシのような物を肩に担いで進む、数人の男達がいる。
彼らは採掘を目的にしているのではなく、魔人の賞金を目当てに魔物達の住処を探していた。
「赤い石? 青じゃねぇのか?」
「そうだ。知り合いに聞いた話だと、魔人から取れる魔石は赤いんだとよ」
闇商人から仕入れた情報を、デニマが一緒に歩く仲間達に話す。
1名を除いてここにいる者達は、つい先日まで元迷宮であった鉱山で働いていた者達だ。
主をなくした迷宮内からは、魔素が結晶化された青い魔石が取れる。
それ故に青い魔石を見る機会はあったが、赤い魔石は見たことがなかった。
「死体を持って帰るのも面倒だろ? だから、身体の中にあるその赤いやつを取り出して騎士に見せれば、賞金を貰えるんだとよ」
「へぇー、なるほどなー。お前、頭良いな!」
「だろう?」
自慢げに語るデニマの話に、仲間が感心したような表情を見せる。
「グギャギャギャ!」
「おい、魔物だ!」
男達を先導していた傭兵が声を出すと、皆の視線の先にある茂みが激しく動き始めた。
血のように赤い肌を持った数匹の子鬼達が、森の奥から奇声を上げて、男達めがけて走って来る。
「よっしゃ、来いや。ぶっ殺してやる!」
「ヘヘっ、やっと試し斬りができるぜ」
殺気立つ元採掘者達が、ツルハシのような物を武器代わりにして構える。
デニマも鞘から剣を抜くと手に唾をかけて、嬉しそうな表情で柄を握りしめた。
「ゴギャアアアア!」
「……え?」
背後から突然に聞こえた咆哮に、皆が驚いた表情で振り返る。
赤い肌に身を包んだ、2mにもなる筋骨隆々の大鬼子が視界に入ると、集団の一番後ろにいた男が空高く宙へと舞った。
男はまともな受け身も取れず地面に衝突して、苦しそうに悶絶している。
その様子に皆が呆けて見入ってる間、大鬼子が宙を舞った男が落としたツルハシのような物を拾う。
「え? な? ちょっ、ぶっ!?」
大鬼子が醜悪な笑みを浮かべ、鈍器を両手で握りしめると動揺する男達に近づき、それを容赦なく振り下ろした。
鈍い音と共に、集団の1人が地面に沈む。
一撃で動かなくなった男をダンザガが見つめると、今度は手に持っている鈍器に目を移す。
「ほう、これは良いな……」
先端が赤く染まった鈍器を眺めながら、大鬼子のダンザガが感心したような表情を見せる。
ツルハシのような物を握り直し、縦振りだけでなく横振りを試してみたりして、いろんな動作を確認し始めた。
「馬鹿野郎! いつまで呆けてやがる!」
「へ?」
「グギャー!」
「グギャギャギャ!」
「うわぁああああ!」
目の前で起こってる状況を理解できず、呆けていた男達に次々と赤子鬼が飛び掛かる。
唯一、傭兵だけが前から走って来た赤子鬼を、冷静に剣で斬り裂いて対応していた。
物言わぬ骸となった男を踏みつけると、パニック状態になった男達にダンザガが近づき、横薙ぎにツルハシのような物を振るう。
力任せに振るった鈍器の先端が男の横腹に突き刺さり、そのままの状態で人が茂みの中へ消えて行った。
「あっ、やり過ぎた……」
得物が刺さったまま男が飛んで行ったことに気づくと、地面に落ちていた別の鈍器を拾う。
次の獲物を探そうとしたダンザガに、混乱状態になっている集団をかきわけて、1人の男が駆け寄った。
「……ふむ」
「チッ」
傭兵が剣を振り下ろしたが、ダンザガが即座に反応して鈍器で弾く。
楽しそうな表情をしたダンザガが、舌打ちをした傭兵へ一気に詰め寄った。
「ッ!?」
「やっぱり、良いな、コレ、はッ!」
とても強暴な2本角の赤ゴリラが、ツルハシを勢いよく振り回していると例えれば、理解できるだろうか。
本来は戦う為の物では無い鈍器を軽々と振り回し、火花を飛び散らせながら、傭兵と激しく打ち合う。
「それも、欲しい、なッ!」
「グゥッ!?」
腕力はダンザガの方が上回っていたのか、正面からの打ち合いに負けた傭兵の剣が弾かれて、傭兵の懐がガラ空きになってしまう。
剣を握りしめたまま両手を上げ、無防備な状態になった傭兵の横腹に、鈍器の先端がめり込んだ。
「ガハッ……」
ツルハシのような物が身体に突き刺さった傭兵が、口から血を吐きながら地面に転がる。
傭兵が落とした剣を拾うと、ダンザガが笑みを浮かべながら近づく。
「これは貰っていくぞ」
「糞野郎が……」
悪態をつく傭兵の首を、ダンザガが剣で斬り飛ばした。
戦いに慣れた傭兵が数人いれば、戦況は多少なりと変わっていたかもしれないが、所詮は素人の集まり。
傭兵と魔人の戦闘も、周りにいた者達は傍観するだけで加勢する者もいなかった為に、呆気なく魔人の勝利が決まってしまう。
血糊の付いた鉄の剣を嬉しそうな表情で眺めると、ダンザガが大きく息を吸い込んだ。
「ゴギャアアアア!」
「う、嘘だろ。傭兵がやられた……」
「うわぁあああ!」
「に、逃げろ!」
勝利の咆哮に、周りの者達も傭兵が殺されたことにようやく気づいた。
蜘蛛の子を散らしたように、男達が慌てて森の中へ逃げて行く。
散り散りになった男達を、ダンザガが鼻歌を歌いながら、愉しそうな表情で見つめる。
「さあ、狩りの時間だ……。ゴギャアアアア!」
一際大きな咆哮を森中に轟かすと、ダンザガが逃げた男達を追いかけた。