第14話 悪い報せ
※大鬼子ダンザガ:関連話(第07話、第10話)
「面倒だな……」
森の中を歩く魔人の口から、呟きが漏れる。
2mにもなる長身と、全身が赤い肌の人影が歩く姿は、遠目からでも目立つ。
大鬼子であるダンザガの顔は、目に見えて不機嫌だ。
セナソの村を制圧したダンザガは、暇つぶしも兼ねて北へ偵察に行っていた。
その道中でダンザガは、とある魔人達と遭遇する。
相手が異種族の魔人であれば、即座に戦争となってたのかもしれないが、知った顔である鬼族の魔人だったので、その場は互いの情報交換となった。
ダンザガにとっては敵だらけの人界で、自分の知らぬ情報を手に入れることができたことは良いことだ。
しかし、悪い情報も仕入れることができた。
まだ制圧してないハジマの村の東には、まだ2つの村があり、更に東へ移動すると国境砦なるものが存在する。
彼らの住処である迷宮は、国境砦の隣にある村から北に行った場所にあるらしい。
ダンザガと同じく、彼らもまた村の1つを滅ぼしており、それによって人界の者達の怒りを買った彼らは、国境砦から派遣された騎士達との戦争に突入していた。
現在、交戦中であるはずの彼らが、わざわざ西の方へ偵察に来てるのには理由がある。
彼らが住処にしてる迷宮は、ダンザガの迷宮と違って魔石が残されていた。
多少の魔物が殺されても大した痛手にもならない彼らは、数にモノを言わせて騎士達を押し返してる状況らしい。
魔人側が優勢という状況は、ダンザガにとっても良い様にも聞こえるが、実はそうでもない。
鬼族は自分の方が強いと分かれば、いくらでも図に乗る種族だ。
彼らの口振りからして国境砦も制圧すれば、ダンザガのいる迷宮まで勢力下にしようと手を伸ばそうとするのは、目に見えていた。
「俺の迷宮にも、魔石はあるからな」とその場は嘘をついて、ダンザガは相手に釘を刺すくらいしかできなかった。
「まあ、いずれは全部俺のモノにしてやるんだがな」
何か計画でもあるのか、それともただの虚勢なのか。
不敵な笑みを浮かべながら顔を上げたダンザガの前に、住処である迷宮が現れる。
「グギャギャギャ!」
「ん? どうした?」
待ってましたとばかりに、迷宮の入口前にいた赤子鬼達がダンザガへ駆け寄って来る。
興奮した様子で喋る赤子鬼達の話を聞くと、ダンザガが大きく目を見開いた。
「なんだと!? それは本当か?」
「グギャ!」
「そうかそうか……クックックッ。今は暴れたい気分だったから、ちょうど良い。早速そいつらを滅ぼして、迷宮の餌に……いや、待てよ……」
自分の住処である迷宮に向かおうとしたが、ふいにダンザガが足を止める。
腕を組んで考え込む主を、赤子鬼達が不思議そうな顔で見ている。
「グギャア?」
「前みたく、すぐに滅ぼすのもつまらんな。今回は、大勢で行く必要もないだろう」
迷宮に入るのをやめると、ダンザガは数匹のお供を連れて西へ向かった。
その後ろ姿を、迷宮の中から顔を覗かせた1匹の赤子鬼が、複雑そうな表情で見送る。
「グギャア……」
迷宮の奥からは、いつものように10匹の赤子鬼が現れた。
ダンザガの命令通りに東にある村へ向かって、増援部隊が出発する。
誰1人として帰って来ない場所へ向かう仲間達を、迷宮の入口で見張りを任せられている赤子鬼は、今日も静かに見送った。
* * *
最初の子鬼がハジマの村に現れてから、村の住人達を驚かす様々な出来事が起こった。
しかし、今日ほど彼らが驚いた日もないだろう。
早朝から集会所に顔を出した村人達が、落ち着きなくヒソヒソと小さな声で喋っている。
集まった人達を静かにさせた後、村長が話を始めたが、皆の視線は1点に集中していた。
村長の隣に、さも当然のように座っている魔人のエモンナに、村人達の視線は釘付けである。
始めて間近で見る魔人を、好奇の眼差しで見る者。
村長から語られる話を、疑いの眼差しで見つめる者。
人ならざる者とは言え、村一番の美人であるナテーシア以上の美貌を持つ魔人に、呆けて見取れる者。
「……」
貴族の世話をするような侍女服を着た魔人は、周りから注がれる様々な視線を気にした様子もなく、静かに事の成り行きを見守っていた。
村人に説明をする時には、エモンナも集会所に顔を出すと魔人側から提案された時は、村長達も大変驚いた。
もちろん魔人達が、そのような面倒事を考えるはずもない。
この奇妙な組み合わせになったのは、勇樹からエモンナ達に事前の指示があったからだ。
最初は集会所に顔を出している魔人に動揺する村人達であったが、近くの迷宮に棲む魔人達に村を襲う意思はないことを説明すると、少数であるが納得した顔を見せる者が現れる。
そもそも魔人が集会所に顔を出すということが、村長が言葉で語る以上に、魔人との交渉が上手くいったことを物語っていた。
ある意味では、勇樹の思惑通りに物事が進んでるとも言えた。
しかし、全ての者がそう簡単に納得するはずもない。
主に村の警備に当たっている武装した村人達は、敵意のある眼差しで魔人を見つめている。
村長達を見つめるナテーシアの隣には、昨日まで集会所にいなかった男が、腕を組んで座っていた。
「すまん、ダナン」
「……」
昨晩遅く、ようやく村へ帰ることができたダナンズを待っていたのは、悲しい現実だった。
迷宮に迷い込んだライデを解放する条件として、村では魔人達と商売をする約束が取り決められていた。
ナテーシアの手には眷属契約の呪印が刻まれ、またリコナも危険な目に合わしたと言う話を聞き、思わずダナンズの怒りの矛先がライデに向かいそうになる。
しかし、父親と兄に激しく叱咤されたのか、顔に青あざと鼻から血を流し、まるで魔物に暴行されたようなライデと、村長の家族に深々と頭を下げられては、振り上げた拳を降ろすしかなかった。
一晩経って少しは怒りが収まったとはいえ、その顔は酷く不機嫌そうだ。
村長の説明が終わると、どこか品のある雰囲気を纏わせながら集会所を退室する魔人の後ろ姿を、憎しみのこもった目で見送った。
「気に入らんな……」
「まあ、その気持ちは分かる」
自宅に戻ったダナンズが呟いた言葉に、同席していた強面の狩人が頷いた。
「村長、どうぞ」
「ありがとう」
ナテーシアが飲み物の入った器をテーブルの上に置くと、村長が礼を言う。
父親や客人2人の飲み物を置いたところで、妹のリコナが部屋に顔を出す。
「お姉ちゃん、お客さん!」
「分かったわ。ちょっと、席を外しますね」
店と自宅を兼業してるので、ナテーシアが接客のために部屋を退室した。
男3人が部屋に残された状態になると、ダナンズが口を開く。
「元傭兵も、魔物相手には形無しか……」
「数の問題だよ。村に残っていた元傭兵が俺含めて、3人しかいなかったんだ。それに逃げるとしても、この辺りはどこも魔物だらけになっちまってる。ナテーシアのことは、俺も気の毒だと思ってる……」
「気の毒だと? 娘が傷物にされて、誰が責任を取ってくれるんだ?」
「ダナン、その件に関しては私にも責任がある。ダゴックだけを責めるな。私がナテーシアの代わりができるのなら、身を差し出すつもりだった。本当にすまない……」
「……分かってる。もう、その話は良い」
頭を深々と下げる村長と、悔しそうな顔で俯く元傭兵のダゴックを見て、しばしの無言の間ができた後にダナンズが大きなため息を吐く。
「国の騎士も助けに来ず、村の連中が苦しい決断をしなければならなかったのは分かってる。しかし、大切な娘にわけのわからぬ呪印とやらを刻まれた、俺の気持ちも分かって欲しい……」
「それは分かってる……。ナテーシアの呪印については、俺の方で当てがあるかもしれない。少し時間をくれないか?」
「そうか。あまり期待せずに待ってるよ……」
どこか不貞腐れたような態度を見せながら、ダナンズがナテーシアの作った飲み物を口にする。
オランゲの実と呼ばれる果実を刻んで水に入れた器からは、ほのかに香ばしい匂いが漂う。
「村長。あの魔人達のことは、どこまで信用してるんだ?」
「私も魔人達の話を全て信じてるわけではない。しかし、最近まで我々は他の魔人の襲撃に怯えていたが、それを事前に防いでたのが彼女らのお陰という話もある。迷宮で魔物を増やしてるらしいが、それもあくまで自分達の身を守るためらしい」
「フン。その話は全部デタラメで、いつかは村へ襲いに来るかもしれんぞ?」
ダナンズが思わず鼻で笑うが、そこにいる者達の表情は真剣そのものだ。
今は仮初めの平和が訪れているが、いつ魔人達が約束を破って村に襲ってくるかは、誰にも分からない。
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。とりあえずは、ムナザを死なせた魔物達の親玉とは敵対してるようだ。彼女達が望む商売とやらさえすれば、魔物も含めて魔人を倒してやると言っておった」
「それだよ。俺が気に入らないのが、なぜそんなにも俺達と商売をしたがるかだ。さっきナテーシアにあの魔人を紹介された時にも思ったが、どうにもあの女からは商売に対する熱意を感じなかった。そもそも奴らに、払う金はあるのか?」
「今は持ち合わせがないらしい。その件については、オニ様と相談中らしい」
「オニ様ねー……」
「ダナンズ。話に割り込んで悪いんだが、村の外や隣国がどうなってるかの話を聞きたい。魔人共は、今どのくらいこっちに来てるんだ?」
「うむ。そう言えば、その話はまだしてなかったな」
元傭兵であるダゴックの言葉にダナンズが1つ頷くと、村に戻ってくるまでの周辺状況を話し始めた。