第13話 ユニークモンスターと契約
「この迷宮は、思ってたより深いなー。これは深くなれば深くなるほど、移動に時間がかかりそうだな……」
「そうですね……。魔素が大量にある魔界と違って、人界はどうしても地下深くへと掘っていかないと、質の良い魔素が手に入りません。より強い魔物を生産しようと思えば、必然と迷宮は深くなってしまいます」
「うーん……」
「キュポ?」
犬人の背中におんぶされて、先を移動していた悪魔幼女が後ろへ振り返る。
後ろの2人組と距離がかなり離れてるのに気づいたのか、犬人の垂れ耳を小さな手で掴むと、勇樹達のいる方へ引っ張った。
「プルプイ! プルプイ!」
「クゥン?」
兎耳のように両耳を伸ばされて、2つのつぶらな瞳を持つ犬顔が、後ろへ振り向く。
悪魔幼女の意図を理解したのか、勇樹達の方へ犬人が駆け寄った。
傍に寄ってきて一緒に歩く2匹を、楽しそうな表情で見つめる魔界のお嬢様とは違い、勇樹は難しそうな顔をする。
昨日、ハジマの村に交渉を持ちかけた勇樹は、朝からクレスティーナと一緒に迷宮の探索をしていた。
道中で教えられたクレスティーナの話によると、魔界と呼ばれる場所は、人界の地下深くに存在する『地底世界』のようだ。
陽の光が届かぬ地下世界が、クレスティーナ達の故郷であった。
しかし、クレスティーナの祖父である魔王デモネウスが亡くなったことで、次の魔王を決める戦争が始まる。
魔王の血を受け継ぐクレスティーナも、親族から命を狙われる立場となり、安全な場所を求めて戦火の激しい魔界から、人界に逃げて来たのだ。
勇樹達のいる迷宮は、亡きクレスティーナの父であるアランデレスが研究用として作った迷宮であり、図書館にあった転移門から偶々転移した先がここだったらしい。
「父の研究資料を読んだ時に、移動する時間を短くするための転移門を、いくつか作ったと書いてた記憶があります」
「え? そうなの?」
「はい。今は魔素が迷宮に行き渡ってないので、その転移門が上手く動いてないようですが……」
移動手段の事で勇樹が悩んでいたと思ったのか、迷宮内をショートカットできる転移門の存在をクレスティーナが話す。
異界門がある大部屋には、起動してない転移門が複数あり、転移先の転移門さえ正常に動けばショートカットができるようになるらしい。
「ふーん……。そういえば、前から気になってたんだけどさ。生き物を捕まえる以外で、迷宮の魔素を増やす方法ってないの?」
「生き物を捕まえる以外、ですか?」
「うん。今は子鬼を捕まえて、迷宮の魔素を増やしてるけどさ。例えば、魔物を捕まえられなかった場合とか、他の魔人とかはどうしてるのかなーと思って。魔法使いならまだしも、魔法も使えない村人を襲っても、あんまり魔素が取れないんだろ?」
「そうですねー……」
どうやら勇樹は移動手段のことで悩んでたわけではなく、迷宮の魔素を増やす方法で悩んでたようだ。
勇樹の質問に、クレスティーナがしばし考えるような様子を見せる。
「正直な話、今の私達には難しいと思いますが、魔石を手に入れることですかね」
「魔石?」
「はい。図書館にある本で読んだのですが、主を失った迷宮は活動をやめた際に、迷宮内に魔石を残すそうです。教会と呼ばれる集団がそれを管理してるらしく、そこを襲撃して魔石を手に入れることができれば、子鬼達を捕まえるより遥かに大量の魔素を増やせます。おそらく魔人の中には、鉱山となった元迷宮を積極的に狙ってる者もいると思います。ただし本には、人界の者達から激しい抵抗を受けるとも書いてましたが……」
「だろうね。まあ、今は子鬼を捕まえてなんとかなってるし、のんびりやってくしかないか」
現状、まだ人とは敵対してる状況になってない勇樹は、その案を保留にした。
適当に探索を終えた勇樹達が、異界門のある部屋に戻っていると、赤子鬼を運ぶ集団と出会う。
集団と一緒にいた悪魔幼女がとてとてと歩いて来て、クレスティーナと会話を始める。
「今日の狩りは、私がいなくても上手くいったようです」
「ほう」
「キュルポ!」
悪魔幼女が、自慢げに胸を逸らす。
どうやら朝の狩りが無事に終わったようで、本日も赤子鬼10匹を討伐したようだ。
「ククリ以外は皆、帰還済みらしいです。おそらくあの子は、また森へ小動物を狩りに出掛けたのでしょう」
「完全に1匹だけ、亜種になってるな」
ククリと言うのは、湾曲刀を帯剣している子鬼のことである。
帯剣している武器の形状が、勇樹の世界にある武器に似ていることから、その名前を取って皆からは『ククリ』と呼ばれるようになっていた。
ククリは他の子鬼と違って、悪魔幼女並みに賢い。
今日は勇樹を迷宮に案内しないといけないクレスティーナの代わりに、物は試しと子鬼達を率いて狩りに行かせた。
命令した内容だけを忠実に行動する子鬼とは違い、ククリは自分で物事を考え、特に用事がなければ自由行動を取り始める魔物であった。
その行動パターンは、思わず勇樹が「もしかして、ユニークモンスターか?」と呟く程である。
勇樹達の遊ぶコンピュータRPGでは、敵となる魔物集団の中に、同じ容姿でありながら異常に強かったり、特殊な行動をするモンスターがいた場合は『ユニークモンスター』と呼ばれていた。
それ故に、クレスティーナから特殊な行動をするククリの話を聞いて、その結論に辿り着いたのだろう。
倒した赤子鬼達を、4階層にある魔樹農園へ運ぶ魔物達とすれ違いながら、異界門のある大部屋へと到着する。
悪魔メイドがクレスティーナ達に気づき、歩み寄って来ると頭を軽く下げる。
「お帰りなさいませ」
「エモンナ、村人は来た?」
「いいえ。朝は、1度も顔を見せませんでした」
クレスティーナの問いかけに、エモンナが首を横に振る。
エモンナ達と会話をしてる勇樹に気づいた沙理奈が、全速力で走って来た。
「おにぃ! お腹すいたお!」
「はいはい。ちょっと、昼飯食いに抜けるから。後でまた来る」
「はい、承知しました。いってらっしゃいませ」
最初にこの世界に来た時は、異世界から自分達の世界へ戻る方法が分からずパニックになっていた勇樹だったが、今は慣れたような動作で沙理奈と一緒に黄金の繭へ入る。
頭を深く下げて見送るエモンナを見つめていると、左右に開いていた大きな繭の入口が自然と閉じる。
どうやら必ず2人で繭の中に入るというのが、異界門を起動させる条件になっているようだ。
勇樹達を眩い光が包み込むと、次の瞬間には青白い不思議な世界が広がっていた。
まるで見えないエレベーターで上がっているかのように、勇樹達の身体が上って行く。
「ふぅー」
「お腹すいたお!」
専用ケーブルの繋がったヘルメットを頭から外し、勇樹が扉のロックも外す。
扉を開けて外に出た勇樹が腕を伸ばしてると、その横を沙理奈が筐体の中から飛び出して来た。
急かす沙理奈に背中を押されながら、公民館から勇樹達が外に出る。
国道を挟んで公民館の反対側にある、村唯一の喫茶店へと足を運んだ。
扉を開けると鈴の音が室内に鳴り響き、奥にいた女性が顔を出す。
「腹ペコなのじゃー」
「こんにちはー」
「あら、沙理奈ちゃんじゃない。可愛いお耳ね。2人してここに顔出すなんて、珍しいわねー」
「おにぃと公民館で、ゲームをしてたのじゃー」
「え?」
趣味で喫茶店をやってる渚は、勇樹達が小さな頃からの顔馴染である。
運んで来た氷入りの水をテーブルに置くと、かいつまんだ説明を勇樹からされて、ちょっと困ったような表情で渚が微笑む。
「そうなのー。ごめんなさいね。おばさん、そういうのにはあまり詳しくないから」
「オムライスなのじゃ!」
「えーと……じゃあ、俺も同じのでお願いします」
「分かったわ」
沙理奈が自分の欲しいものを即座に注文すると、背負い鞄の中をまさぐり始める。
学校から支給されてるタブレットPCを起動させると、勇樹のパソコンからダウンロードしていた小説を探し始める。
「おおー。のじゃーさんが、更新されてるのじゃー」
お気に入りの小説が更新されたのに気づいたのか、その小説を開いて読み始めた。
沙理奈から『のじゃーさん』の愛称で呼ばれるその小説は、妖狐の血を受け継ぐ幼女の巫女が、動物達の悩み事を解決する物語である。
眷族である狐の背中に乗せてもらいながら、全国各地のお悩み相談を解決するために奔走しているらしい。
語尾に『のじゃー』がつくのが特徴的で、沙理奈が好きなモフモフ系アニマルが沢山出てくるお話なので、沙理奈お気に入りの小説になっているようだ。
「おおー。たぬ吉の尻尾が、ついに2本になったのじゃー。良かったのじゃー」
「いつからタヌキは、猫又になったんだよ……」
「お悩み相談が、また1つ解決したのじゃー。満足なのじゃー」
呆れたように勇樹がツッコミを入れるが、本人は大して気にしてないようで、次の小説を読み始めた。
喫茶店の窓から外の景色を眺めると、勇樹がため息を吐きながら携帯を取り出す。
「朝は空振りかー。NPCの癖に、焦らしてくるのは予想外だったな……。午後はちゃんと、交渉に来てくれるのかねー?」
メモ帳を開いて、文字を打ち込み始める。
「ゲームとはいえ、人質を取って交渉の材料にするというのは気がすすまないけど、魔界と人界の住人は仲が良いわけでもないしなー。俺達がログインできる休みの間で、戦争をせずにこの問題を解決しようとしたら、こうするしか手が思い浮かばなかったんだよなー。一応、交渉が決裂した後のことも考えてはいるけど……」
「モフモフがあんなにいっぱいいるのに、仲良く出来ないのが意味不明なのじゃー」
自作小説のネタを携帯にメモしながら、勇樹が独り言を呟いていると、珍しく沙理奈が反応した。
上目遣いで不満そうな表情をする沙理奈に、思わず勇樹が苦笑する。
「例えばさ、俺達の世界に人を襲う魔物がいたらどうする?」
「モフモフだったら、仲良くできる自信があるのじゃー」
「モフモフ限定かよ」
「はい、オムライスよ」
会話をする2人の前に、お盆に食事をのせた渚がやって来る。
「待ちかねたのじゃー」
「2人共、仲良いわよねー。何の話をしてるのかな?」
「ゲームの話なのじゃー」
「ゲームの話です」
2人がハモるように返答すると、それを見た渚がクスクスと笑う。
沙理奈がスプーンで取り出したオムライスを口に運ぶと、幸せそうな笑みを見せた。
* * *
ハジマの村にある集会所内を、重苦しい空気が包み込んでいる。
魔物の襲撃を警戒して、外を偵察している者以外の村人が、集会所に集まっていた。
皆の表情は険しく、話し合いが難航してることが伺える。
「村長、もう限界だ。これ以上待っても、ダナンズは帰って来んと思うぞ」
「……」
強面の狩人から投げかけられた言葉に、村長が苦悶の表情を浮かべる。
一度大きく息を吐くと、視線を皆に移す。
「もう散々、議論はし尽くしたと思う。その上で、改めて皆の意見を聞きたいと思う」
「……」
「魔人達の交渉に応じるか、それとも逃げるか……。交渉に応じるに賛成の者は、手を上げてくれ」
村長が静かに見つめていると、次々と手が上がっていく。
「では、賛成多数で魔人との交渉に応じる。ナテーシア、すまないな……」
「はい、大丈夫です。村のためですもの」
気丈にも笑みを作るナテーシアに、村の者達が申し訳なさそうな、悲しい表情を見せる。
普段は喧しい若者達も、鬼の魔人に散々蹴散らされたせいで強気に出れないのか、反対意見を投じることなく、無言で俯いていた。
「……」
強面の狩人がその光景を見て、悔しそうな顔で拳を握りしめる。
魔人達と戦争をするとしても、逃走を選択するにしても、村から大勢の犠牲が出るだろうというのは、散々議論したなかで皆の共通認識となっていた。
交渉に応じる方向で、半数以上が賛成する形になったのは、当然の結果なのだろう。
ただし相手は、ライデを解放する条件を指定しており、それに該当する者がナテーシアしかいなかった。
本来なら、ナテーシアの父であるダナンズからも了承を得て決めるはずだったが、当の本人はまだ村へ帰還していない。
彼の帰りを待っていたために、採決するまで随分と時間が掛かってしまったのだ。
集会所から外に出ると、既に陽は落ちて夜がふけていた。
村長がランタンを手に持つと足元を照らすようにして、ナテーシアと一緒に村を出る。
「キュポ?」
森の前で、寝転がる犬人の毛づくろいをしていた悪魔幼女が、村長達が近づいて来るのに気づいた。
気持ちよさそうな表情で目を瞑っていた犬人の身体を、小さな手でペチペチと叩く。
すると、犬人が起き上がった。
「案内を、お願いしたいのだが……」
「キュプイ」
緊張した様子で村長が声をかけると、犬人の背中におんぶされた悪魔幼女が頷いた。
悪魔幼女達に案内される形で、真っ暗闇の森の中を村長とナテーシアがついて行く。
護衛役もいないためか、不安そうな顔で身を寄せ合って歩いているので、2人の足取りは重い。
時々、暗闇の中を何かが走り回る音が聞こえる。
村長が慌ててランタンを照らすが、一瞬何かの後ろ姿が見えるだけで、すぐさまその何かは森の奥へと走って行く。
2人がついて来てるかを確認するように、悪魔幼女が何度も後ろへ振り返っている。
ようやく夜の森を抜けると、岩肌をくり抜いたようにぽっかりと開いた穴が目に入った。
「村長」
「うむ。こんな所に、住処があったのか……」
洞窟内の通路は壁に不思議な光が灯され、ランタンが無くても移動するのは可能そうだ。
部屋の中からは魔物達が顔を出して、外からやって来た客人を静かに見つめている。
悪魔幼女の案内で、2人は大きな部屋へと辿り着く。
大部屋の中には眩いばかりに輝く、黄金の繭があった。
その繭の前に、魔人と思われる者と魔物達がいる。
村長の息子であるライデは、魔物達に取り囲まれるようにして、不安そうな表情で父の方を見ていた。
貴族のお嬢様のような衣装を着飾った少女が、腰に手を当てて頬を膨らませる。
「やっと来たのね。貴方達が来るのが遅かったから、もうオニ様達は帰ったわよ。それで、貴方が商人をしてくれるの? そっちの女は助手?」
「いえ、あの……。私が商人役を務めさせて頂く、ナテーシアです」
「……は?」
緊張した様子で前に進み出て来た女性を見て、クレスティーナが固まる。
「貴方、商人なの?」
「正確には、商人の見習いです。父が村の商人をしていまして、商いの知識は父から学んでいます」
「実は、商いをやってる者が外に出ておりまして、村に残っている彼女が一番の適任者です。彼女の父親が村に帰って来るまで待っていたのですが、どうやら今日は帰って来ないようでして……」
「……。エモンナ、ちょっと来て」
「はい」
魔界のお嬢様が眉根を寄せると、悪魔メイドを呼び寄せた。
村長達から離れた所に移動すると、困惑した顔のクレスティーナが、エモンナに顔を近づける。
「オニ様と話が違うじゃない。『おっさんが来るだろう』て言ってたのに、頼りなさそうな女が来たわよ。これって、大丈夫なの?」
「少し不安ではありますね。一先ず契約をしてみて、様子を見ては如何でしょうか?」
「うーん……」
「契約さえすれば、もし私達を騙してたとしても、いろいろとやりようがあると思いますし……。人の子を解放した時に、あの女を姉と呼んでたのを見ましたので、村の人質としては有効利用できると思います。大して迷宮の餌にならなさそうな人の子を土に埋めるよりは、オニ様の望む方向へこのまま話を持っていく方が、私は宜しいかと」
「そうねえ……。そうするしかないわね。正直な話、戦えそうにない人の眷属なんて、私はいらないんだけどねー」
村の事情を知らないクレスティーナは、予想外の事態に戸惑った様子を見せたが、エモンナの提案により話をそのまま進めることにした。
人界の者達と協力するという発想がない魔人達だが、今回は面倒な手間がかかっても、なるべく勇樹の方針に従うことにしている。
それはなぜかと言えば、彼女達が一番恐れていることが人界の者達の怒りを買う事ではなく、勇樹が機嫌を損ねてクレスティーナ達に手を貸してくれなくなることだからだ。
クレスティーナが力を示すことなく、従順な魔物達を貸してくれる軍勢など、魔界でもそうはない。
勇樹はおそらくゲームだからと思って、口約束の報酬を信じて協力しているが、本来ならクレスティーナが眷属にでもならない限り、協力してくれる魔人などいないだろう。
不安そうな顔で見る村長達のもとに、クレスティーナが戻って来ると、面倒臭そうな顔でナテーシアを見上げた。
「裏切られても困るから、契約をさせてもらうけど、いいわよね?」
「契約……ですか?」
「そうよ」
種族が違う者同士な上に、昔から顔を見れば戦争を始めるような関係だ。
口約束では到底信じられないということで、クレスティーナがナテーシアと眷属契約をする旨の説明を始める。
一通りの説明を終えると、ナテーシアが頷いた。
「……分かりました。その代わり、村には手を出さないと約束して下さい」
「いいわよ。貴方達が、私達との約束を守る限りは手を出さないわ。でも、1つ言っとくけど、力で制圧するつもりならとっくにやってるからね。貴方達の村と戦争を始めても、全く負ける気がしないし」
「……」
「じゃあ、私が詠唱するから、その言葉を続けて口にしなさい」
村長達が反論しないのを了承の意と捉えたのか、クレスティーナがナテーシアの手を掴むと、詠唱を始める。
クレスティーナに言われるがままナテーシアが詠唱を終えると、ナテーシアの手の甲に不思議な文様が刻まれた。
契約とやらを終えると、同時にライデも解放される。
「あの……1つ聞いても宜しいでしょうか?」
「ん? なに?」
「実は先日、ダンザガと名乗る魔人が、村の近くにやって来まして」
「ちょっと待って! その話は初耳よ。もう少し詳しく教えなさい!」
「洗いざらい喋るのです」
村長の話を遮るようにクレスティーナが口を挟み、なぜかエモンナが鞭を構える。
2人の魔人に詰め寄られた村長が、困惑したような表情を見せながらも、最近村で起こった事件の顛末を話し始めた。