第12話 懸賞金
「ローミナ、どうだった?」
集会所に現れた女性に、村人達が駆け寄って尋ねる。
白い聖職者の服を着たローミナが、皆の顔を見て口を開く。
「父がリコナの容体を診てましたが、顔色も良いですし、健康に問題はなさそうです。怪我も特にしてませんでした」
「それで。リコナは、魔人とやらと一緒にいる間は、何をしてたか言ってたかね?」
「あの魔人はどんな奴で、奴らの住処には魔物がどのくらいいるんだ?」
少しでも相手の情報を知りたがってる村人達にとっては、魔人と数日間を共にしたリコナから語られる話が、唯一の情報源である。
まくし立てるように喋る村人からの質問に、ローミナが困ったような顔をした。
「リコナの話では、少なくともあちらには、魔人と思われる者が4人いたそうです」
「魔人が4人!?」
「1人じゃないのか!」
「はい。しかも、魔物が90匹もいるらしくて……」
とても言いにくそうな顔で、ローミナが皆に伝える。
その言葉に、村人達は開いた口が塞がらないとばかりに、しばらく呆けていた。
しかし、すぐさまその顔から血の気が引いていく。
「う、うちの村の数より多いじゃないか! そんなのに勝てるか!」
「お、落ち着け……。いや、しかし、何という数だ。リコナの聞き違いでは、ないのかね?」
ローミナから伝えられた話を聞き、泡を吐き出しながら叫びだす者、すぐには信じられなくて震え声で何度も尋ねる者。
終いには神の名を叫び、救いを求めて祈りを捧げ始める者までが現れる。
動揺が村人達に広がり、集会所内は阿鼻叫喚とも言える程に、騒々しい異様な状況となった。
前回の魔人ですら、配下に連れていたのは30匹の子鬼。
今回はその3倍もの魔物を率いて、更に魔人が4人もいると聞けば、村人達がここまで取り乱すのもしかたない。
「ローミナ。他にリコナは、魔人達のことで何か言ってたかね?」
村長が頭痛を覚えたような様子で、額に手を当てながらも、更なる情報を聞き出そうローミナに尋ねる。
ローミナがリコナから聞き出した内容をもとに、リコナ達が魔人のいる迷宮にいた経緯を説明する。
リコナとライデは以前から仲が良く、村より西の方にあるリコナお気に入りのお花畑へ、いつものように出かけていた。
その際に、運悪く赤子鬼達に遭遇してしまい、森の中に逃げ込んで、とにかく村のある方向へと走り続けた。
初めて見る子鬼に動揺したのと、赤子鬼達に執拗に追われたせいで、森の中で迷子になってしまい、日が暮れた森の中を彷徨う事になってしまう。
赤子鬼達に追われて疲労困憊になった所を、美味しそうな匂いを漂わせた不思議な洞窟に飛び込んだ。
人がいるかと思って入った先は、魔物達の棲む迷宮であり、魔人や魔物達に囲まれて逃げ出せない状況になってしまった。
ただし、迷宮内の魔物がリコナ達に危害を与えることはなく、外にさえ出なければ安全な場所だった。
魔物達の仕事を手伝いながら、昼間見た女の魔人から食事を貰っていた。
ローミナから報告された内容に、村長達が難しい顔をする。
「赤子鬼とは敵対してるということは、魔人同士は皆が繋がってるわけではないのか?」
「人同士だって戦争はする。魔人同士でも、仲が良い悪いはあるのだろう」
「魔王を決める戦争なんだろ? 別の国から、魔人が来たとか?」
「そんなことは、どうでもいいんだよ! 問題はこれから、俺達はどうするかだよ! 村長、どうするんだよ!」
「落ち着け。それをこれから皆で、考えるんだよ」
先程泡を吐きながら叫んでいた村人が、顔を真っ赤にして村長に詰め寄る。
流石にまずいと思ったのか、強面の狩人が間に入って、興奮した男を押さえつけて大人しくさせた。
「隣村のように、この村も魔人に滅ぼされてしまうのか……」
ボソリと誰かが発言した一言で、集会所内が静まりかえる。
すでに西の村が、鬼族の手によって滅んでいたという話は、隣村に様子を見に行った者からこの村にも伝わっている。
「村長よ。厳しい事を言うかも知れんが、時には逃げるということも大事じゃよ」
「……」
老年の男性が呟いた言葉に、村長が押し黙る。
逃走を選択するということは、村長の次男であるライデを見捨てるということだ。
それを見た年配者の狩人が口を開く。
「しかし、逃げると言っても、隣村には鬼達がいる。国境の方は、ダナンズ達も帰って来れないのだから、まだ魔物が倒せてないんだろ? どっちに逃げるとしても、途中で何人かは……」
「父上。いっそのこと、私が要求を叶えれると嘘を言って、ライデの代わりになるというのも……」
「馬鹿を言うな。お前には私の後を継いで、村を守るという仕事がある。それに付け焼刃の嘘など、すぐにバレるだろう。本音を言えば、私が代わりに行きたいくらいだ……。だが、私は皆を導く役目がある」
長男からの提案を却下すると、村長が苦悶の表情を浮かべた。
もはや集会所は、お通夜にでもなったかのような悲壮感が漂っており、中には互いを抱きしめ合って泣いてる夫婦もいる。
「ひとまず、今夜はここまでにして、明日また話し合いをしよう。一晩寝て、皆も少し頭を冷やせば、何か良い案がでるかもしれんからな」
「……」
村長の提案で、その夜はお開きとなった。
* * *
ハジマの村から西へ2つほど村を超えた先に、イージナの町がある。
人口3000人程で、割と大きな町だ。
町に近づいてまず気付くのが、周囲の土地よりも高く、広大な丘。
丘の周りには大きな堀が作られ、その中を川が流れている。
町へ入るためには、跳ね橋を渡らなければならない。
跳ね橋を渡って、緩やかな上り坂を登った先に町があり、その長い道中を人や荷物を載せた荷馬車が往来している。
人との戦争時にも役立ちそうな構造に見えるが、本来の目的は魔物からの防衛のためであった。
魔王の後継者を決める争いが始まる度に、魔界から魔物がやって来るというのは、昔から人々の悩みの種である。
それに対抗するための先人達の知恵として、このような防衛対策が、大きな町にはよく採用されていた。
町の商店街は活気に溢れており、魔界からの魔人の到来など気にしてないようにも見える。
国からは、魔物を討伐するための支援をイージナの町にも要請しており、商人達は資材を集める為に奔走し、鍛冶職人達は武器や防具を作るのに大忙しであった。
そんな賑やかな商店街の中を、不満そうな顔で歩く男が1人。
「ケッ。相変わらずババアは、しけてやがんな。これじゃあ、酒も呑めやしねぇよ」
腰袋から取り出した硬貨を確認すると、男が舌打ちをした。
母親から半ば強引に出させた金に、デニマがいつものようにケチをつける。
デニマは、町の北にある鉱山で仕事をしていた。
鉄鉱石が多く取れる鉱山であり、町にとってもかかせない場所である。
しかし、その鉱山の近くにあった迷宮から、最近になって大量の魔物が現れ出した。
鉱山は国の命令により封鎖され、現在は魔物討伐のために騎士が派遣されている。
稼ぐ場所を突然に失ったデニマは、酒場や賭博場にも行けず、不満そうな顔で町のなかを当てもなく歩く。
「なんか手っ取り早く、稼げねぇかなー……あん?」
とある広場の掲示板で、人だかりができているのに気づいた。
近くに知り合いの顔を見かけて、デニマが声をかける。
「どうした?」
「あ、デニマか。セナソの村で、魔物が出たんだとよ」
「ケッ、また魔物かよ。最近、そんなのばっかりじゃねぇか」
忌々しそうな顔で、遠目から掲示板を覗こうとする。
仕事場を奪い取られた相手なので、なおさら憎く感じたのだろう。
「それだけじゃねぇんだよ。魔物と一緒に、魔人も出たらしくてよ。セナソの村が、そいつらに滅ぼされたんだとよ」
「それ、本当かよ」
「ああ。やっぱり、町にいた方が安全だなー。……あ、やべぇ! 買い物にいかないと母ちゃんに怒られちまう! じゃあな!」
「おう」
用事を頼まれてたのか、慌てたようにデニマの知人が別れを告げると、商店街の方へ走って行く。
デニマも興味を失くしたように、掲示板から離れようとした。
「懸賞金か……。でも、村が出してるやつじゃあ、あんまり稼げねぇな」
「だな。国が懸賞金を出すまで、待つしかねぇな。魔人が本当に出たなら、もっと懸賞金が増えるだろうし」
2人組の男性が、掲示板から離れて行く。
その会話の内容が耳に入ったのか、デニマが立ち止まった。
商店街に向けていた足を掲示板の方へ方向転換すると、貼り紙に書いてる内容に目を通す。
文字を読むのが得意でないデニマだが、お金の数え方だけはしっかりと理解していた。
平民でも読めるように、『けんしょうきん』と書かれた文字の横にある数字を凝視する。
「ふーん……」
セナソの村は、イージナの町からは東へ村1つ超えた先にある場所だ。
荷馬車にでも乗せて貰える事ができれば、1日走り通せば行ける距離。
「他の奴にも、声をかけてみるか……」
デニマが無精ひげの生えた顎を撫でると、鼻歌を歌いながら商店街の方へ足を向けた。