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異世界・ダンジョン経営・勘違いモノ  作者: くろぬこ
第1章 異世界のチュートリアル編
11/54

第11話 交渉(★挿絵あり)

 

「兄上、出陣じゃー!」

「はいはい」

 

 昼食を食べ終えると、顔にご飯粒を付けた沙理奈が、握りしめた拳を高々と上げた。

 妹に急かされるようにして、勇樹も出かける準備を始める。

 小説のことでヒートアップした真希に捕まって、昨日は2人揃って真希の家にお泊りすることになり、お昼前にようやく帰宅できた。

 そのこともあってか、ご機嫌な妹とは対照的に、朝からお疲れ気味の表情で勇樹も家を出る。

 

「ようやく、モフモフができるのじゃー。吾輩は、モフモフを充電しに行くのじゃー」

「まさか昨日も、泊まりになるとは思わなかったなー。はぁー……」


 勇樹が溜め息を吐くと同時に、誰かの携帯が鳴り始めた。

 携帯の着信音らしき猫の大合唱が、勇樹のポケットから聞こえている。

 

「……」

「おにぃ、携帯が鳴ってるニャー」

「はぁー。知ってるよ……。もしもし?」

 

 げんなりしたような顔で、勇樹が電話に出る。

 沙理奈は、山道をスキップしながら歩いていた。

 その後ろを、面倒臭そうな顔の勇樹が、幼馴染と電話でやりとりしながらついて行く。

 

「あいあい、帰ったら見ますよ。……あいあい、じゃあな。……ふぅー」

「マッキーは、何を言ってたのじゃー?」

「修正したやつを後で送るから、帰ったら読んどけだとさ。欲しい賞を見つけると、毎度これだからなー」

「おにぃは、その賞を狙わないのじゃー?」

「しないよ、面倒臭い」


 沙理奈に尋ねられた勇樹が、首を横に振って否定する。


「俺は賞を狙う為に、小説を書いてるんじゃなくて、好きで書きたいことを書いてるだけだからな。賞を貰う為の対策に、気に入らない話を書いてストレス溜めるくらいなら、最初から書かねぇよ。賞金狙いのアイツと違って、俺のは完全に趣味だしな」

「ほうほう」

「ていうか、今日は猫耳じゃなくて、狐耳か?」

「そうなのじゃー。ロリ狐に、合わせてみたのじゃー」


 本日の沙理奈の格好を見て、帽子から大きな狐耳が生えているのに気づく。

 気付いてもらえて嬉しかったのか、沙理奈が自分の手で狐耳を上下に動かした。


「ふーん。だから最近、のじゃー口調になってるのか。ていうか、どこの店にそんなの置いてたんだよ」

「ルミルミに、1つ譲ってもらったニャー」

「あー。あの人だったら、1つくらいそんなの持ってそうだな」


 猫の手のように両手を握って、不思議なポーズを取る妹を見て、勇樹が納得したように頷く。

 留美音のコスプレ好きは、伊達じゃないようである。


「今度、狐の尻尾も譲ってもらうのじゃー」

「え? そんなのもあるのか?」

「コスプレイヤーの友達が、持ってたのを見た気がするって、言ってたのじゃー」


 留美音の不思議な交友関係に驚きつつも、山から村へ辿り着くと、新型ゲームのある公民館に入る。

 視聴覚室に入るなり、黒い筐体の中に入って、いつものようにヘルメットをかぶった。

 眩い光に包まれながら、2人は異世界へ転移する。


「そぉおおおい! 犬のモフモフー!」

「ウォン! ウォン!」


 黄金の繭から飛び降りるなり、沙理奈が両手を広げて、近くにいた犬人に突撃した。

 見覚えのある人物を見つけて、犬人達が嬉しそうに尻尾を左右に振りながら、沙理奈に駆け寄った。

 昼食を食べ終え、食後の休憩に古めかしい本を読んでいたクレスティーナが、驚いたような顔で勇樹の方を見る。


「あ……オニ様!」

「久しぶりー。あれ? 今日は1人?」

「あっ、すぐエモンナも呼んできますね!」

「あ、いや、わざわざ呼ばなくても……」


 勇樹が言い終わる前に、クレスティーナが部屋の外へ走って行った。

 困ったように後頭部をかく勇樹の後ろで、沙理奈が犬人の腹の体毛に顔を埋めている。


「はいはい、点呼を取るわよー!」


 勇樹達が来たので、クレスティーナが朝礼の点呼をする時のように、掌を叩きながら迷宮内を走り回る。

 その様子を見た魔物達が、勇樹達がいる部屋へ慌てて駆け出した。

 魔樹農園で仕事をしていた悪魔幼女リリス達にも声をかけると、犬人におんぶされた悪魔幼女リリス達が、迷宮内を走り回って魔物達に声掛けをしている。


「ふおぉおおお! モフモフいっぱいキター!」

「……え?」


 次々と二足歩行のワンコ達がやって来る状況に、沙理奈が興奮し始めた。

 この数は想定外だったのか、勇樹は逆に固まっている。

 沢山の魔物達が、いつものように並んで列を作っていると、見覚えのあるメイド姿の悪魔が勇樹に近づいて来る。


「これはこれは、オニ様、サリナ様。ようこそいらっしゃいました」

「なんか、しばらく見ない間に、随分と増えたな……」

「はい。今朝がた、クレス様と数を確認した時には、子鬼ゴブリンが45匹、犬人コボルトが30匹、悪魔幼女リリスが15匹と、全部で90匹になってました」


 勇樹達が魔物を呼ぶ際の名前を使って、エモンナが魔物達の数を報告する。

 エモンナ達はここ数日間の迷宮生活で、この迷宮で産まれた魔物達は、自分達の知ってる魔物とは違うと認識を改めた。

 それ故に、勇樹達の世界では常識らしい、魔物の呼び方に変えるよう決めたのだ。


「へー。あれ? 前来た時って、何匹いたんだっけか?」

「30匹ですね」


 勇樹の呟きに、隣りにいたエモンナが即答する。

 前回の3倍近くの魔物がおり、今回のように全部の魔物を並べさせて眺めるのも初めてだったからか、勇樹はその様子に見入っている。

 魔物達が並び終わる頃には、村の子供2人を引き連れて、クレスティーナも戻って来た。


「あれ? サリナ様は、どちらに……」

「そこにいるよ」

「ふおぉおおお!」


 想定外のモフモフ軍団に己を自制しきれなかったのか、沙理奈は犬人コボルトが並んでる列に突撃してしまった。

 まるで動物園のお触りコーナーのような状況に、大興奮状態になった沙理奈が、犬人コボルト達を触りまくりながら獣のように咆哮している。

 心行くまでモフモフの充電を堪能した沙理奈が、満面の笑みを浮かべながら戻って来た。


「余は満足なのじゃー」

「サリナ様、お耳が……」

「ふぇ?」


 人間耳を隠した狐耳帽子でやって来た沙理奈を、同じ狐耳を持つ魔界のお嬢様が気づいて、興味津々で見ている。

 以前、沙理奈を見てるはずのライデ達も、目を見開いて沙理奈を凝視していた。

 この世界に来た影響なのか、傍目から見ると狐耳帽子と頭が一体化してるようにも見える。

 皆の注目を集めていることに気づいたのか、腰に手を当てて、自慢げな表情で胸を逸らした。


「実は、長い時間その世界にいると、身体が変化するのじゃー」

「そうなのですか!?」

「そうなのじゃー。そのうち、尻尾も生える予定なのじゃー」

「おいおい……」


 沙理奈の嘘話を聞いて、クレスティーナ達が驚いたような表情をする。

 若干1名のみ、ツッコミを入れたそうな表情で見ていた。


「では、オニ様も……」

「え? いや、俺は違うからな。生えないから」


 狐耳のお嬢様が、目をキラキラと輝かせながら勇樹を見ている。

 手を左右に振って否定をしつつも、純真無垢なクレスティーナの瞳に、勇樹はタジタジになっていた。


「おにぃは、種族が違うから駄目なのじゃー」

「そうなのですか?」

「……まあ、そんな感じ?」


 最早ツッコミを入れるのも面倒臭いと思ったのか、勇樹が曖昧な回答をした。






   *   *   *






「これは、ククリかな?」

「グギャア?」

 

 子鬼ゴブリンの1匹が持っていた湾曲刀を見せてもらうと、それを興味深そうに勇樹が見ている。

 独り言を呟く勇樹に、湾曲刀の持ち主である子鬼が首を傾げた。

 

「ククリと言うのは、オニ様の世界にある武器の名前でしょうか?」

「え? まあ、そんな感じだな。ありがとう」


 エモンナが武器を鞘に仕舞うと、子鬼に湾曲刀を返却した。

 

「武器か……。やっぱり今後のことも考えると、必要だよなー」

「武器ですか?」

「うん。他の魔物にも、武器を持たせようかなーと……何?」


 勇樹の発言を聞いて、悪魔メイドのエモンナが難しそうな顔をする。

 しばし考え込むような様子を見せると、申し訳なさそうな顔で口を開いた。


「鬼族というのは、欲深い生き物です。オニ様の魔物は、基本的に大人しく聞き分けの良い者達ばかりなので、大丈夫だとは思うのですが……」


 エモンナ曰く、力こそが正義な鬼族は、自分達の方が強いと分かると、主となった魔人に対しても簡単に反乱を起こす生き物なんだそうだ。

 鬼族の主になった者は、配下の鬼族が助長しないように、常に徹底的な暴力による支配を貫くらしい。

 子鬼の1匹くらいならまだしも、武器を持った鬼族が多くなると反乱の危険も伴うので、鬼族に武器を渡す場合は慎重にとエモンナから忠告される。


「うーん。反乱か……」

「危険なのは、子鬼よりも更に欲深い、中鬼が産まれた場合です。こちらの世界では、自分の利ばかりを考える魔物も多いですから……。可能性の1つとして、記憶の片隅に留め置いてもらえば良いかと思います」

「了解」

 

 エモンナの忠告を貰った勇樹が考え事をしながら、モフモフ充電をする沙理奈と、沙理奈の狐耳を飽きもせず観察するクレスティーナのもとへ向かう。

 仕事を与えられた村の子供達がいなくなったのを確認すると、勇樹が口を開いた。


「前にも少し言ったけど、基本的には人と対立したくない。まあ、もし対立してしまった場合は、それはそれでしょうがないんだけど……」

「はい。では、あの子供達はどうするのでしょうか?」

「一先ず、村に返してあげようかとは思うんだけど、その時にちょっと交渉をして欲しいんだよなー」

「交渉ですか?」

「うん……」


 勇樹が悩ましげな表情で、しばしの長考をすると再び口を開く。

 これからやって欲しいことを告げると、エモンナ達が可能だと頷いた。


「後は村の場所が、近くにあれば問題無いんだけど……。場所は分かってるんだっけ?」

「はい。魔物達が、既に近くの村を発見してます。実は迷宮を出てすぐの場所に、高台代わりになる所を見つけまして、そこから覗けば見える位置に村があります」

「あっ、そうなんだ。とりあえず、それでやってみるか……。沙理奈、今回はすぐ帰れると思うんだけど、腹が減りそうになったら俺を呼びに来てくれ。お前の腹時計だけが、頼りだから」

「らじゃーなのじゃー!」


 本日の作戦会議を終えると、勇樹達は行動を起こす為に立ち上がった。






   *   *   *






「魔人が、やって来ただと?」

「ああ。村の近くまでやって来て、村の1番偉い者と交渉をしたいと言ってるんだが……」

 

 村の外で見回りをしてた男がやって来て、困惑した顔で村長に告げる。

 襲撃ではなく交渉と言う言葉に、村長のみならず村の者達も困惑したような顔を見せた。

 

「それと、リコナも一緒みたいなんだ」

「リコが一緒なの!?」


 男の言葉に、妙齢の女性が立ち上がった。

 女性が男に駆け寄り、肩を捕まえて激しく揺さぶる。


「リコは、どこにいるの!」

「おおお落ち着け、ナテーシア!」

「村長……」

「分かってる」


 村の者達と今後の村の方針について討論していたが、それを中断して集会所から村長達が外に出る。

 男に連れられて、武装した村人達の集団がいる所に近づくと、強面の狩人が村長に顔を寄せた。

 

「村長。見えるのは魔人とか言う女だけだが、森の中にも大勢の魔物がいる。鬼だけでなく、犬みたいなやつだとかいろいろいやがる。正面からまともにやり合うと、かなり厳しいぞ」

「分かった」

 

 耳元で囁くように状況を伝えられると、村長が口を一文字に締めて前に出る。

 村の近くにある森と村の中間地点に、2人の女性が立っていた。

 

 1人は村の少女であるリコナ。

 リコナの後ろには、魔人と報告された美しい女性が、リコナの両肩に手を置いて立っていた。

 背中からは蝙蝠のような黒い翼が生え、なぜか貴族に仕えるような侍女服を着ている。

 目が良い物には、本来白目な所が黒くなっていることに気づいただろう。

 

「リコ!」

「お姉ちゃん!」


 村長が発言をする前に、妹の存在に気づいたナテーシアが前に出る。

 姉の顔を発見して、リコナが嬉しそうな顔を見せるが、すぐさま困ったような顔になった。

 後ろへ振り返り、侍女服を着た魔人であるエモンナと目が合う。

 エモンナが頷くと、肩から手が離されてリコナが駆け出した。

 

「リコ!」

「あっ、ナテーシア!」


 村人の制止を振り切って、武装した集団からナテーシアも飛び出した。

 姉の腕の中に妹が飛び込むと、ナテーシアがリコナを抱きしめる。

 

 リコナの後を追うように、エモンナが村人達の前へ歩いて来て、村で一番偉い者が誰かと尋ねる。

 会話ができる距離にいる魔人に最大限警戒しながらも、村長が前へと進み出る。

 人ではない雰囲気と妖艶な美しさを兼ね備えた魔人が、再び口を開いた。

 

「我々は、貴方達と戦争をするつもりはありません。その証拠に、その子を解放します。ただし、もう1人の者については、こちらの要求を受け入れた場合にのみ、解放します」

「要求だと?」


 強面の村人が前に出ようとするが、村長がそれを手で制止する。

 武装した村人達から殺気の籠った視線を注がれるが、エモンナは気にした様子もなく口を開く。

 

 もう1人を解放する条件を告げ、その条件を呑む意思があるのなら、ライデを解放することを宣言する。

 犬人コボルトにおんぶされた悪魔幼女リリスが森の中から現れて、エモンナの所まで近づいて来る。

 エモンナが悪魔幼女リリスを指差して、「森の中にいるこの者に近づけば、迷宮まで案内する」と告げ、踵を返して森の中へ戻って行った。


 魔人から、村人達の考える猶予として与えられた時間は、1日のみ。

 村人達はその後ろ姿を、ただただ呆然と見送っていた。


(Illustration:夜風リンドウ様)


挿絵(By みてみん)

 

 沙理奈「萌え萌えニャンニャン!」

 

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[気になる点] ~配下の鬼族が助長しないように、 増長しないように、かな。
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