背負うもの、隠すもの 1
「お兄さま!」
その姿を見るなり駆け寄ったのは王女クリスティーナだった。淡い金の髪に透き通るような肌色、線の細い少女である。
「元気だったか、クリス?」
妹を抱き留め、カイはその頭を撫でた。
「元気じゃありません、クリスは心配で心配で……」
涙声で言葉を詰まらせるクリスティーナ。苦笑しつつ、カイが視線を上げると、ゼクストン王クライスが、
「あまり褒められた所業ではなかったな、カイ」
と、声をかけてきた。
「でも、無事で何よりですわ」
夫を宥め諭すように傍から優しく言い添える王妃フィーリア。一方で、両腕を組んで、
「出奔して、無事でいられないような軟弱者では話にならん」
と言い捨てたのは、王妹アリシア―――今も絶世の美貌を誇るブラン公妃だった。
知らず唇を噛むカイの傍らで、ジーニヤが王の前に進み出た。
「ジーニヤ、見ない顔を連れているな?」
察した王が促すと、ジーニヤは、
「こちらは、空族の姫君。翼の王子を探して地上に参られた」
とリーゼを紹介した。
「リーゼロッテと申します」
リーゼは膝を折って優雅に挨拶をする。
「……伝説は存在したのだな。ゼクストンは、できる限りの協力をしよう。ただ、今は身内のことで話さねばならないことがある。……遠路お疲れであろう。姫君には、部屋でお休みいただくように」
王の言葉に控えていた召使いが呼ばれ、リーゼは、その案内を受けて執務室を出た。
「クリス、お前も体調に触る。先に休んでいなさい」
王が言うと、
「さあ、クリス」
王妃が誘い、クリスティーナはやっと会えたカイに心を残しつつ、
「お兄さま、明日。明日お話してくださいね」
と、王妃とともに執務室を出ていった。
「さて」
娘を見送った王が、カイとジーニヤに向き直る。
「世継ぎの王子ともあろうものが、黙って出奔、そのまま何月も音沙汰もなし、というのはどういう了見だ?」
「第一継承権は、クリスのものだ。俺が王家に引き取られた八年前とは違って、クリスだってずいぶん元気になった。だから返す、って言っといただろ」
「確かにクリスは、以前に比べれば丈夫になったが……。世継ぎの位をそう簡単に変更できると思っているのか?」
クライスは、淡々とカイを揺さぶる。
「……だから、俺がいなけりゃ、いいんだって」
そっぽを向くカイの頭を、斜め下からゴツンと小突く手があった。
「子どもか、お前は」
今ではカイの方が背も高く、見下ろせる位置にいるというのに、有無を言わせぬ迫力はその美しさとともに少しも変っていないアリシアである。
「出ていくなら、跡形もなく消え去るくらいの気概を見せろ」
「……放っておいてくれたらよかったんだ」
「できない相談だな」
「まあまあ、アリシア様。親子喧嘩はそれくらいにしてくだされ」
見かねたジーニヤが、カイとアリシアの間に割って入る。
「親子なもんか」
「兄上に養子に出した時から、私は母ではない」
頑なな二人の気を逸らすには、さっさと本題に入った方がよさそうだとジーニヤは、クライスに視線を投げた。
「ジーニヤ、我らを集めた理由を聞こうか」
王の声が、場を引き締めた。
「八年前、世継ぎの王子が急逝されたとき、病弱なクリスティーナ王女はまだ五歳……次のお子様は、クリスティーナさま出産時にお命を左右された王妃様には望めない……そこでクライス様は、ブラン公と妹君との間に生まれたお子を、世継ぎの王子として迎えられた……」
「ジーニヤ、何を……」
今更。ジーニヤが話したのは、ここにいる者皆が知っていることだ。遮ろうとするカイを制して、ジーニヤは、
「王家は世継ぎが欲しかった。これは、ゼクストン王家の事情ですな」
と続ける。そこで一旦、言葉を切って、クライスに頷き、
「では、ブランの側の事情は?」
アリシアに矛先を向けた。
「王家存続に協力してくれたのではないのか?」
クライスが呟くと、
「それはもちろん、表向きの事情ですな」
ジーニヤは小さく肩を揺らした。
「アリシア様がどういった方か……よくご存じのはずでは?」
「なにか、あるのか……?」
兄王の問いにも、アリシアは黙して語らない。
クライスはカイを見た。
「カイ?」
「……厄介払いがしたかったんだろ」
投げやりに答えるカイに、
「それは違う」
アリシアはきっぱりと言った。
「お前の背負うものが大きすぎて、私たちでは、普通の親らしいことができないからだ」