追ってきた男 2
カイは、リーゼの背中と、どこか威圧的な銀髪の男を黙って見ていた。男は、カイがリーゼの目指す人物かと尋ねている。
「いいえ。彼は、こちらに不案内な私の案内人。目指す人は、ちゃんと探し出します」
リーゼは、にこやかに笑って否定した。だから邪魔はしないで、と。
「ふうん。でも、見つけるだけじゃ、ね」
男は、納得してはいない様子だったが、
「……わかっています。だから、今日はお引き取り下さい。期限まで、手は出さないで」
リーゼは、頑なに表情を崩さず、男の申し出を突っぱねた。
「仕方がない。今日のところは帰るとしよう。だが、無駄な時間を費やしたと後悔することになるよ」
男は、口の端だけで笑って、一瞬で掻き消えた。
まるでそこには最初から誰もいなかったかのように。
銀髪の男が消えたあと、
「あいつも、空族?」
というカイの問いに、リーゼは、うなずいた。
「ディルクおじさま。歳が離れているから、おじさまって呼んでいるけど、父方のいとこ」
カイが望むより詳しく説明していると、自覚しつつ。
「一緒に来いとか、帰ろうとか、ずいぶん入れ込まれてるようだったけど?」
「おじさまは、私の力が欲しいだけ」
「力?」
カイは何気なく聞いただけだったが、リーゼは答えられず、ただカイを見上げた。
リーゼの春の野のような緑の瞳が、迷うように揺れている。
「何じっと見てんだよ?」
少しの苛立ちを含めたカイの言葉に、
「見ちゃいけない?」
リーゼは言い返した。だってずっと、そばに行きたかったひとが目の前にいる。でも、それは言えない。
「はあ? ……わけわかんねえ」
見つめられて苛立ったのを隠すように、カイはリーゼに背を向けた。
「……私の力は、他者に作用するの。その人の力を増幅したり、打ち消したり。王の継承者になりたいおじさまは、私の力が欲しい。……私は、私ひとりでは、何もできない」
リーゼがとつとつと言うと、
「何もできなくはないだろ」
カイは小さく笑った。
「わざわざ空から落ちてきて、どういうわけだか乗り気でもない俺に、ゼクストンまで案内させようってんだから」
突然、背中からリーゼが飛びついてきて、勢い余ってカイはテーブルの角に脇腹をぶつけた。
「……痛って……お前、突然何する……」
文句を言おうと首を回すと、背中に抱きついたリーゼの目には光るものがあった。
「だって。……カイが、やさしいから」
カイは、体を回して、ぐいっとリーゼを引きはがすと、
「あれだけきっぱり宣言したんだ。銀髪野郎の鼻をあかしてやれよ」
とリーゼの頭を撫でた。彼女の心意気は好ましかった。
かといって、もちろんカイには、どんな目的かもわからない、おそらくは深い事情のありそうな彼女に、尋ね人は自分だと明かすつもりはなかったのだが。
そのとき、窓枠を揺する音がした。
「え? 猫?」
窓の向こう、狭い枠に器用に爪を立てて、いつの間に現れたのか、巻き毛の黒猫がこちらを見ていた。
それを見て、ちっと舌打ちしたカイは、
「いつから見ていた?」
と、詰問した。
黒猫は、窓から部屋の床に音も立てずに飛び降りて、優雅に四肢を伸ばしてから、
「そうですね、『おじさま』がいらっしゃったあたりでしょうか」
と答えた。
「え? 地上って、猫がしゃべるんだっけ?」
驚くリーゼに、カイは、
「いや、こいつ―――ルーディは、特別」
と、軽く答えた。
「で、なんで来たんだ?」
「お邪魔でしたか?」
くすりと猫が笑ったように見えた。
「……そんなわけないだろうが」
実際のところ、リーゼと二人で部屋を使うのであれば、ルーディがいた方がありがたかった。
「『おじさま』の気配は、消えておりませんよ。直接的ではないにしろ、リーゼ様を見張るためにわざわざやってきて、あっさり引いたという感じですね」
ルーディが言うと、
「そうでしょうね。……私には、そういうのはわからないけど」
リーゼは唇を噛んだ。
リーゼの特別な力は、自分の身を守ったり、隠したりするのには一向に役には立たない。ディルクが見張っているなら、不用意な行動はできなくなってしまう。
なにより、カイが目指す相手だと知られたくはなかった。封印が解ければ、否応なく知れ渡ることであっても。
「大丈夫。適当な目くらましをかけておきますから」
ルーディは、そう言ってリーゼの足元に身を摺り寄せた。
「……抱いても、いい?」
たずねたリーゼに、ルーディは肯定の意でさらに身を寄せる。
リーゼは黒猫の柔らかな毛並みに頬ずりしていた。
「ルーディはすごいのね」
話ができる上に、ディルクの監視を察知し目くらましまでかけてくれたことを、リーゼは素直に感心していた。
「おかしいと思うだろ、ふつう」
カイのつぶやきは、リーゼには聞こえない微かなもので。
母のもとにいたはずの黒猫が、なぜ今ここに現れるのか。リーゼのいないところで、問い詰めねばと思うカイだった。