落ちてきた娘 2
文字通り降って湧いた連れを、とりあえず無視してカイは街道を歩いて行く。
キサナ街道は、キサナ山脈の山肌を縫ってゼクストンとシルランドの両国を結ぶ唯一の街道だが、ごつごつした岩に囲まれた場所が多く、景色の変化も少ない。
さっきの木立で思いのほか休んでしまったようで、日暮れまでに次の街に着くことができるか、怪しくなっていた。
どのみち、仕事を見つけなければ、宿賃も心許ない。今夜も野宿かと腹をくくったところで、カイは、後ろをついてくるものに思い至る。
街道を歩く者があれば、さっさと押しつけようと思っていたのだが、昨今のキサナ街道の治安の悪さのせいか、行き違う者もない。
「ね、私たちどこに向かってるの?」
リーゼが、ある意味のんきに尋ねてきた。
「シルランドだ」
「私、できればゼクストンに行きたいんだけど……」
「だったら、引き返せ」
「……私、あなたに何かした? なんでそこまで不愛想なの」
あまりにつっけんどんなカイの物言いに、リーゼも腹が立ってきた。
「悪かったな、これが地だ」
素っ気ないカイの返事に、リーゼは首をかしげる。
突然、空から降ってきてぶつかったのだから、何にもしていないわけではない。しかも、無理やりついてきているお荷物だ。けれど、そのことをカイは言わなかった。ただ、自分が不愛想だと認めただけで。
「……意外と、お人好し?」
ぼそりとつぶやいたリーゼの声が聞こえたのかどうか、カイは知らん顔で歩き続けている。
それでも、リーゼが追いつけないほどの速さで進んだりはしないあたり、その印象は間違っていないような気がする。
リーゼの頬が緩んだ、そのとき。
前方の岩肌の影から、数人の人影が現れた。
男が五人、こちらに向かって歩いて来る。
「カイ、あの人たちなら、ゼクストンの方向に行くんじゃないかしら?」
それなら、あっちについて行った方が、とリーゼが言うと、
「お前、馬鹿か?」
頭ごなしにけなされた。
「馬鹿って何よ」
歩いて来る男たちの輪郭が、次第にはっきりとしてくる。
「あいつらに、ついていきたいか?」
小声で、カイは言った。筋骨たくましく、うらぶれた衣装、下卑た表情、男たちの様子がわかってくると、
「……遠慮したいかな」
やはり小声でリーゼは答えた。
逃げ場のない一本道。
やがて、二人は男たちと対峙する。
「にーちゃん、かわいいの連れてるねえ」
「変わった服だが、上等そうだ。上玉だな」
「その女と有り金ぜんぶ置いてけ」
男たちは、ニヤつきながら、カイとリーゼの前に立ちはだかる。
「置いていけるような金はないな」
平然とカイは言った。
「……んだと?」
リーダー格らしき髭面の男の表情が一気に気色ばむ。
「だから、お前らに渡せるようなもんはねぇって言ってんだろが」
カイが言い捨てる。
「後で悔やんでも遅いぜ?」
「どっちが」
中心の髭面男が顎をしゃくると、男たちが剣を持って切りかかってきた。
カイはリーゼを背中にかばいながら、剣を振るう。
カイの剣筋は確かで、迷いがない。
道幅がなく、両側を岩に囲まれていることも幸いし、男たちも皆が一斉に動くわけにもいかないようだった。
「空族なら、なんかこういう時に役立つ力でもないのか」
剣戟を交わしつつ、カイが言うと、
「あいにく、私にそういう力はないわ」
とりあえずカイの足を引っ張らないように下がりつつ、リーゼは言い返した。
一人、二人と剣を弾き飛ばし、当身を入れ、そうそう起きあがれないような状況に追いつめていくカイ。残っているのは、リーダー格の男だけ。
さすがにその男の剣は重く、これまでの三人と同じにはいかないようだとカイは思った。……三人? あと一人は?
その時。突然、後ろから髪を引っ張られ、リーゼは声を上げた。
カイが相手の剣を躱しつつ、振り向くと、いつの間に回り込んだのか、男の一人がリーゼを羽交い絞めにしている。五人の中でも一番小柄な奴だ。
「連れがやばいぜ、どうする?」
カイと剣を交叉させ、互いにじりじりと押しながら、楽しげに髭面を歪ませる男。
「離しなさいって!」
リーゼが暴れて、腕に噛みついたので、男は一瞬ひるんだ。
「こ、こいつ!」
カイは思い切り押していた剣をさっと引き、勢い余って突進する髭男の剣の柄を逆手に握り、
「リーゼ、頭、下げろ!」
と、叫んだ。
カイが奪い取って投げた髭男の剣は、リーゼを捕まえていた男の肩口に突き刺さり岩肌に縫い付けた。
そしてカイは、髭男の喉元に自分の剣を突きつけた。
「さあ、どうする?」
「お……勘弁……」
喉元から一筋の血が流れだし、男は身動きもとれない。
「狙った相手が悪かったな」
カイは容赦なく言い捨てた。
それからカイは、男たちが持っていた縄で彼らを手際よく縛り上げ、ついでに彼らの金も巻き上げて、その場に置き去りにしたのだった。