背負うもの、隠すもの 2
「背負うもの……どういうことだ? シュバルツの力は受け継がなかったと聞いているが」
兄王の問いに、アリシアは首を振った。
「確かに魔王の力は受け継いでいない」
「では、何を?」
王が、畳み掛ける。
「……もっと圧倒的な力。抑えなければ、それこそこの世界の存続が危うくなるほどのものだ。しかも、呆れたことに、カイ自身ではほとんど制御できない」
言葉の内容の割に淡々と話す母。カイは、苛立ちを抑えるために何も口を挟めなかった。
「だから、ずっとシュバルツが、その力を封印してきた」
「聞いてないぞ」
そんな大事なことを、と王は頭を抱えた。
「言ってなかったからな。言ったところで、どうにもなるまい?」
兄の反論を押さえつけ、アリシアは続けた。
「シュバルツは、ずっと全力で封印し続けている。だから、カイには父らしいことは何もしてやれていない」
そこで、ふと笑い、
「もっとも、封印云々がなくとも、あれが子供に父親らしいことができるかどうかは疑問だが」
と付け加えた。
「だが、ブラン公がなぜそうまで熱心に封印をしている? 彼は、それほどこの世界に執着していないだろう?」
兄王は首を傾げた。
今ではブラン公として王妹アリシアを娶り、ゼクストン王国の大貴族に封じられているシュバルツだが、もともとは二十年近く前にこの世を滅ぼそうと覚醒した大魔王だったのである。
「……あれは、この世には執着していなくとも、私のいる世界には意外にこだわっているからな」
アリシアが堂々と言ったが、そんな原因で世界が救われてきたのは事実なので、誰も口を挟めなかった。
そこで、大きく咳払いをして、
「ブランの側の事情を、ご理解いただけましたかな?」
と、ジーニヤは一同を見渡した。
「そんなもん、お前らの勝手だろうが。いきなり、今日からお前は王子だ、城へ行けって放り出された子供の気持ちを考えたことあるのかよ?」
カイが吐き捨てると、
「さあな。だが、お前、シュバルツと兄上と、どっちを父上と呼びたい?」
アリシアは素っ気なく返す。
「それは……」
「兄上だろう?」
「アリシア様、王子をいじるのはそのくらいにしてくだされ。とにかく、いつ封印が破れるかもしれん今は、せめてゼクストンが一丸となって対策を練らねば」
「では聞くが、ジーニヤ。我々に何ができる? 大魔王の封印を超える力など、ただ人の対応できる域を超えている」
王の渋面を解すように老爺は笑った。
「それでも、何かできることがあるはず。ちょうど、二十年前のように」
「これが、自分の力を制御できればいい話だ」
「そう。アリシア様は、そう思ってずっと王子を鍛えてこられた」
目線を落としていたカイの肩が微かに動いた。
「他にも、何か暴走する力を止める手立てがあるかもしれませんぞ。例えば、前にシルランドが作った封魔鏡のようなものとか」
「ああ、あれはシュバルツには全く歯が立たなかったがな」
「……力をなんとかすることを考えるだけではなく、被害を止める工夫をせねばならんな。安全な場所を確保できるなら、動かねば。……空からの客人が鍵になるかもしれん」
「王ならそう言っていただけると思っていましたよ」
ジーニヤがしたり顔で頷き、一気に話し合いは転がり始めた。
「……実際、あの娘は、どんな目的で翼の王子を探しにきたのか、だな」
「そう、封印が危うい今になって」
「ジーニヤ、おとぎ話はどこまでが真実なんだ?」
「さて、この爺でも伝説としか知らん話ですからな。―――はるか昔、空と地に分かれた力ある者たち。地に降りた者は、空を焦がれ、いつかそこへたどり着くために力を蓄え、翼を求めた……」
「カイ、お前、彼女に自分が尋ね人だと言ってないだろうな」
「言うかよ」
いきなり話を振られたカイは短く答えた。
「彼女から何か聞いていないか?」
重ねて王に聞かれても、カイは、
「さあ? 何も」
とだけ返事をした。
彼らの話を聞いていて、カイには、わかったことがある。空から落ちてきた彼女―――リーゼは、自分を滅ぼすためにやってきたのだと。