いじめられっ子世にはばからない 其の陸
すみません。またもや長いです。
「世の中には2種類の人間がおる。ではその2種類の人間とはどんな者かと問われれば、一般の人々なら『才能を持つ者と持たざる者』と答えるのじゃろう。じゃが、それは正解ではない。まああながち間違ってもおらんのじゃが、正しい、正確であるとはいえん」
悪人を優しく諭すような、それでいてあくまでも厳格な口調で発せられた声がヘッドフォンから響き渡る。張りつめた空気が漂っていた。
「才能を持つか持たざるかの違いというものは実に曖昧なものでそこに明確な基準などはない。大抵は人と比べて優れている、または他の人ができないことができるとかあくまでも相対的な評価によって決まるものじゃ。じゃがよく考えてほしい。オリンピックで金メダルを取れなかった選手またはオリンピックに出場できなかった選手は、1位の選手またはオリンピックに出場した選手に比べて劣っているからといって才能がないと一概に言えるのじゃろうか? 他の人ができないことができるというのは裏を返せば遺伝子的に人類の進化に対応できなかっただけでむしろ劣っているともいえるのではないじゃろうか? つまり才能の有無によって人を分類することは実質不可能であるといえるじゃろう」
「……」
「では『幸せな者と不幸な者』ではどうじゃろうか。こちらもひどく曖昧で明確な基準もなく、あくまでも相対評価の結果に過ぎない。経済的に裕福であっても不幸だと思っている者もおれば、貧しいながらも幸せだと思って暮らす者もおる。どんなもので幸せと感じるかも幸せの感じる度合いも人それぞれによって大きく異なるからじゃ」
「…………」
「わしならその問いにこう答えるじゃろう。『生きている者と死んだ者』と。生きている者はどんな場合でも生きておるし、死んだ者はどんな場合でも死んでおる。植物人間の場合も、無理やり生きさせられておるという点からみると、とりあえずは生きておると分類できるじゃろう。わしからすれば素直に死なせてやって来世で生き返らせてやった方が本人にとって幸せじゃと思うんじゃがな。一度死んでしまった者はもう同じ人間には生き返ることはできはせん。できることは、別の人間または動植物のような全く別の存在となってまた新たに誕生することだけじゃ。まあこのとおり生と死には絶対的な隔絶があって、その二つの中間に属する人間などひとりとしておらん」
「………………」
「人間は『生きている者と死んだ者』に完全に分類できるのじゃ、それだけは確かなのじゃ。じゃが最近は『死んだような人間』が若者の間で増えてきておる。生きておるくせして死んでおるかのように振る舞う輩を見ると、わしはとても腹が立つ。せっかく生きておるのにもかかわらず『死にたい……』とか『生きていても無駄だ』などとのたまうのは死んだ者への冒涜じゃ、侮辱じゃ。 生きておることに対してどうして誇ることができない? 自分の生命にどうして誇りを持てない? 死んだ者はどうあがいても同じ人間として生き返ることなどできはせんというのに」
「……………………」
「じゃからわしは若者たちに声を大にして言いたい。そんなに死にたいのなら1回死んでみろと。死ぬことがどれだけ苦しいか身をもって体感してみろと。……わしがおぬしに説きたかったことはこのことじゃ。じゃから―――――」
「わしとおぬしの寿命をこうか「断る」
「「………………」」
一瞬の静寂が訪れた。が、次の瞬間
「なんでそんなくい気味で断るんじゃコルァァァ!!!! せっかくわしのありがたい説教を聞かせてやったというのにその態度はなんじゃ!! どうせおぬしのようなやつにはろくな人生など待っておらんじゃろうが、ああん!! つべこべ言わずにわしのために命捧げんかい!! 死にさらせ!!」
「前振りが長すぎんだよバーカ!!!! それにお前! 命は大切にするんじゃなかったのかよ! ホントゴミ屑野郎だな! お前が死んどけ!」
「ハッ何を言っとるんじゃこの生きる産業廃棄物は。わしは自分の生命に誇りを持てとは言ったが大事にしろとは一言もいっとらんぞ? おぬしの知能指数の低さが露呈しておるな」
「うぜーんだよ! この〇〇〇〇が! それが人にもの頼む態度かコノヤロー!」
実にしょうもないことでガチ喧嘩に発展した5月25日の夜だった。
その後ご近所の方々から「うるせーんだよ。殺すぞ!」とクレームが殺到したことは言うまでもない。
5月25日月曜日、俺は謎のジジイに出会った。
いや「出会った」というよりは「遭遇した」の方が適切な表現かもしれないが、やはりそれでも完全に正しい表現とは言えない。
なぜなら声だけだったから。
ジジイの姿はなく、声だけしか聞こえなかったから。
よって、ジジイの声に出会ったと書けば一番正しい表現かもしれない。
俺は自宅に戻った後、姉とどうしようもなく不毛なやり取りを終え、自分の部屋のベッドの上でMP3プレイヤーでお気に入りの音楽を再生しながら寝転んでいた。今日の疲れも相まってうとうとしてしまい、俺の脳内は活動モードから睡眠モードへ移行を始めていた。
パトラッシュ…… なんだか僕眠くなってきたよ……
世界名作劇場に思いをはせながら深い眠りへと落ちかけたその瞬間、
「少年よ、わしの寿命とおぬしの寿命を交換してくれんかのう?」
しゃがれた声がヘッドフォンを通じてはっきりと聞こえた。
「ギャ――――――――――――――!」
本日2度目となる俺の悲鳴が近所の人たちにははっきりと聞こえた。
「うるせーんだよ!!」
俺に対する近所の人たちのクレームがはっきりと聞こえた。
おいおいマジでか。これお店のヘッドフォンじゃなくて俺のヘッドフォンだよね。
間違ってお店の持って帰ったとかじゃないよね。なっなんでまだ聞こえんの?
まさかこっこれが噂の幽霊に取りつかれるというやつですか。ヒエー
「臨兵闘者 皆陣烈在前! 悪霊よ消えされェェ!!」
陰陽師の映画でのうろ覚え知識で手で印を組みながら決死の覚悟で抵抗しようとした。後半ナ〇トの忍術の印とごっちゃになってしまったがそんなことはもう気にしない。
「ぐっぐあァァァ! ……とかならんし」
意外とノッテくれた。ちょっとうれしい。とかほんの少しだけ思ってしまった。
まあ実際1回目ほどの衝撃はない。会話のレベルも驚くほど低レベルだったし。
ジジイはあきれた声で俺に語りかけてくる。
「言ったじゃろ、わしはあの世の住人だというだけで幽霊ではないと。ヘッドフォン越しじゃわからんじゃろうが、今のワシはちゃんとした肉体を持つ一般人じゃ。まあ一般人とは違って少し特殊なことができるんじゃがな。」
「まあ確かに肉体がないんじゃ寿命とかこだわる必要がないもんな。で何の用だよ。寿命は交換しないってことで話は終わっただろ? 特殊能力だけ見せてさっさとどっかいけ」
「冷たい反応の割に特殊能力の部分にはくいついてくるんじゃな」
「べっべつにあんたの能力が気になっちゃうとかそんなことはないんだからねっ! ただ単にあんたの特殊能力をあらゆるメディアに売り込んでギャラをせしめようと思ってるだけなんだから!」
また、あわよくば特殊能力とやらを俺も習得してみたいという理由もある。
「言い方が気持ち悪い上に理由が最低じゃな」
若干引き気味で言われてしまった。
まあ実際その通りなんだがこのジジイに言われたのが何より屈辱的だ。
それからジジイはその特殊能力やらの説明をしてくれた。
ジジイの使える特殊能力のひとつは、ジジイの体の半径50キロメートル以内のあらゆる場所を見たり、聞いたりすることができる能力だ。まあ俗に言う千里眼や地獄耳みたいなものらしい。ある特定の人物の周囲の様子が見たいと思えば目をつむればその様子が見えてしまうそうだ。それ覗きじゃねえか。お巡りさん、ここに性犯罪者がいますよ。
それとふたつめに電話を使うことなく特定の人物に情報伝達を送ることができるという能力だ。要するに電話なしでも会話できるというものらしい。じゃあなぜヘッドフォンで通じてなのか問い詰めたところ、
「ヘッドフォンとかイヤホンを使わないと関係ない人々にまでわしの声が聞こえてしまうからじゃ。わしみたいな存在はあまり世間に知られては困るからのう。例えば、おぬしがヘッドフォンをつけていない状態でわしがおぬしに声を掛けたら、まるでおぬしに向けて天からのお告げが来たみたいになってしまうのじゃ。周囲の人々にその話の内容を聞かれるのはおぬしだってそれは困るじゃろ? いや~わし超やさしい良い人じゃな。惚れるじゃろ?」
とウザさ100%で答えてくれた。
なんかふたつとも微妙な能力だな。
学園バトル的な展開を期待してたというのに何?この地味な能力。
要するに俺と会話するぐらいしか使い道ねーじゃねーか。
もっとこう炎を出すとかもうちょいかっこいいのないのかよ。
「あともうひとつとっておきのがあるぞ。それは『運命観測』といってな、そのひとが将来どうなるかがわかるのじゃ。ていうかこれがわしの現世での仕事のひとつなんじゃがな。わしはそれを調べるためにさまざまな場所に行っておるのじゃ」
とジジイは得意げに話していたが自分の運命を知ったところで絶望するだけだし俺にはあまり興味がなかった。
その後はずっとジジイはあらゆる話で俺を説得しようとしてきた。が、俺はことごとく断り続け、夜遅くまで説得→断る→喧嘩(激おこぷんぷん丸)が繰り返し行われた。なんて不毛な争いだ……
しかし、近所の方たちからの30回目のクレームが来たところで俺たちも一度休戦しようということになった。もう気づけば夜の1時を過ぎている。体力的にお互い限界だったからもう寝ようと思っていたところ、ジジイは言った。
「おーあともう一つ言っておくことがあった。これからはわしもおぬしの学校についていくからな」
「はあ!?」
「この程度でわしが寿命交換をあきらめると思ったら大間違いじゃ。おぬしの学校の様子も気になるしの」
「ふざけんな。絶対ヘッドフォンは家においていくぞ」
「そのときは仕方ない学校の校内放送のスピーカーを通じてしゃべるまでじゃ。おぬしの名前を連呼してやるぞ」
「それだけは勘弁してくれ。……わかったよ。ちゃんとヘッドフォンつけていくよ。ただし、人のいるところじゃあんましゃべんなよ。声がもれて聞こえるから」
「了解了解~ 楽しみじゃな~ アハハハ~」
そう言い終った後、ヘッドフォンからの声は消えていった。
☓ ☓ ☓
「今日は学校で随分楽しそうじゃったな~ 女子ときゃっきゃうふふしおってからに。」
「ああ、藍原のことな、っていうかきゃっきゃうふふなんてしてねえよ」
藍原と放課後に文化祭について話し合いをした後、俺は塾にイジメられに行き、自宅へと戻ったのだった。ていうか塾でまでもいじめられる俺マジパナイ。
俺は自分の部屋に入った後、ヘッドフォンを取り出した。
学校ではほとんど音が出るところをティッシュを詰め込んで、カバンの中に放置していたので怒っているかと思っていたのだが意外にもジジイの機嫌は良く、俺のことをひやかしてきた。
「いや~わしの調査によるとおぬしはかなり悲しい学校生活を送っているとのことじゃったが、意外にも青春しておるではないか。良かった良かった」
「あのな~ああいう奴は俺も含めてみんなに優しいんだよ。ちょっと優しくされたぐらいで『あれ? こいつ俺のこと好きなんじゃね?』とか思うほど俺はもう子供じゃない。って調査され終わってたのかよ俺」
「ああ、もうおぬしの将来とかもうまるわかりじゃ。おぬしは30代後半ぐらいで禿げ始めるの」
「禿げる時期がやや早い! そんな悲しい情報いらねえ」
ハハッわしの毛根はまだぴんぴんしておるぞ。ざまあみろ。とジジイは俺のことをあざ笑っていた。むかつく。
ただそんなことはどうでもいい。ジジイが学校での俺の様子を知ってるならあのことについて聞いてみよう。
「藍原のことなんだけどさ。大丈夫だと思うか?」
藍原はかなり陰湿なストーカー被害にあっている。ここ最近ストーカーによる殺人事件が頻繁にニュースで報道されているから心配だ。ただのリア充ならそんなに心配にならないのだが(むしろ被害に遭えと思う)あいつは俺なんかにも優しくしてくれるようなかなり良い奴だ。そんな良い奴が悲しい思いをしてなおかつ危ない目に遭う恐れがあるのに見過ごせなるわけがない。
「そういえばストーカーに遭ってるそうじゃな」
「ああ。お前は確か俺のこと調査し終わってるんだろ? ということはこの辺一帯は調査済みというわけだ。」
まあそうじゃなとジジイは答える。それなら
「藍原がこの先どうなるかとかわかるか?」
ジジイはう~んとうなっていた。何か答えづらいことでもあるのだろうか。
ジジイはしばらく悩んだ後俺にどうしようもない現実を告げた。
藍原千佳は1か月後、ストーカーに殺されると。