魔法少女は代理人につき。
魔法少女同盟―――
それは、特別な力を授かった魔法少女の力を補助する為に育まれた由緒正しい同盟のことである。
ひとえに魔法少女といっても個々に得意、不得意があるものだ。
守備に特化した者。
攻撃に特化した者。
四大元素をすべて扱えるという魔法少女はそう多くはいない。
癒しの力に特化した魔法少女。
炎を操るに特化した魔法少女。
獣の召喚に特化した魔法少女。
肉体強化に特化した魔法少女。
幻想魔法に特化した魔法少女。
頭脳戦、あるいは肉体戦を一人でこなし悪を滅ぼすのには骨が折れる。
効率という名の元に、単独で戦っていた魔法少女たちは共闘という未来を選んだ。
いつからか、彼女たちは力を合わせて敵と立ち向かうことになったのだ。
その為の同盟。
その末の同盟。
その背と背を預け、今日もどこかで魔法少女たちは戦っている―――
「無茶苦茶だぁあ!!!」
飴細工のように繊細な、それでいてすべてを貫くように研ぎ澄まされた鋭い大量の氷の矢が空を覆い尽くすかのように出現し、そして―――縦横無尽に降り注ぐ。
水の魔法を強化して作られたそれは、目の前の敵を容赦なく葬っていく。
それはいい。
それはいいのだ。
問題は、この魔法は範囲を特定していないことである。
ようするに、無差別攻撃。
すなわち―――避けなければ味方にも当たるという、危険極まりないものであるということで。
「〈氷の刃よ満ちれ〉」
おおぶりのゴテゴテとした装飾のある弓矢に魔力をまとわせ、天へと放つのは全身をほぼ青の色彩に包んだ少女。
身体のラインがハッキリと出る、伸縮性のあるノースリーブのワンピースは丈が短すぎて少しでも足を上げればその中身が見えてしまいそうだ。
顔の上半分は服と同色のマスクで隠されているが、形のいい鼻と口を見る限りかなりの美少女といえる。
その彼女のまわりには、同じようなデザインの服を着た少女が赤、緑、白と揃っていた。
髪の長さや雰囲気、武器は違えどもその三人も青の少女のような洗練された美しさがチラリと見えている。
「「「「〈虹の防壁〉」」」」
そして、各々の武器を頭上に掲げて自らを防御する。
そうでなければ、目の前の敵のように穴まみれになってしまうからだ。
その絵面は美しく―――彼女たちのその光景はあちらこちらに仕掛けられたカメラによっておさめられていた。
この映像はさらに彼女たちをさらに美しく魅せるように編集され、電波に流される予定である。
「ちょ、ちょ、なにこの攻撃! 無差別!! 味方に当たる!!!」
魔法少女は通常、単独で敵に立ち向かう。
しかしながら、魔法少女同盟という名の元に共闘する者もいる。
ここにいる五人がそうで―――青、赤、緑、白。
カメラに映るのはいつだってこの四人しかいない。
あとひとつは。
「うええっととと〈に、虹の防壁〉!!」
青は弓を。
赤は剣を。
緑は本を。
白は扇を。
彼女たちは魔法少女。
複数人で戦う魔法少女。
それも、国との契約によってメディアに露出するといういわば魔法少女という存在の広告塔となるべく選ばれた魔法少女。
容姿、才能、血統―――幼い頃から選びに選び抜かれた彼女たちは自らを誇りに思い、そしてその他を冷酷に排除する。
それは、そう。
同じようなデザインに身を包んだ、彼女たちが敵と戦うために用意された更地の隅に縮こまるようにしている少女を。
「ひぃいいいい!!?」
敵は、闇の組織のメンバーは容赦なく降り注ぐ氷の矢に射られながらもようやく最後にその少女の姿を見つけた。
そして、その異様さに驚愕する。
黄の色彩をまとうその少女は、他の少女と違い顔の上半分を隠すタイプのマスクではなく―――何故かブリキのバケツを被り。
そして―――他とは一線を画した武器を所持していた。
大きさは、彼女の両手におさまるほど。
おそるおそると持ち上げられたそれは、雲の隙間からのぞいた光を反射して敵の視線を釘付けにする。
少女の頭上に掲げられたその金色の形は―――
子供の好きな動物上位に食い込むだろう、鼻の長い獣の姿。
ただし、デフォルメされているので大変可愛らしい。
「…え?」
「ぞ…う?」
「え…あれ…武器?」
「いやいやあれってもしかして」
大きなつぶらな目に、鼻の先は無数の穴。
尻尾の部分は持ちやすいように丸くカーブしている。
背は、大きな穴がひとつ。
「……もしかして―――じょ、如雨露!?」
しかもぞうさん!?
その敵と彼女の間はけっこうな距離があったが、確かに聞こえた。
ぷるぷると震えながらも少女はその腕を下ろすことはできない。
下ろせば蜂の巣、上げれば恥の上塗り。
死にたくはないので上げ続けるしかないのだ。
幸か不幸か、バケツに隠れて羞恥と恐怖で赤と青をいったり来たりしていることはわからないだろうが。
それでも、言わずにはいられない。
「す、好きでこんなものを魔法具にするわけないじゃない!」
少女の叫びに連動するように、その金色のぞうさんデフォルメ如雨露が輝きはじめる。
「おねえの馬鹿ー!!!」
中きよ乃には二つ上の姉がいる。
顔立ちはいたって普通。
両親ともに同じであるきよ乃とも似通っている。
体格もいたって普通。
小さすぎでもなく、大きすぎでもなく標準的な身体。
頭もいい方とはいえず、かといって、身体能力が並外れてよかったわけでもなく。
しかし、どうしても、どうしてか。
同じ空間にいればすぐに異様とわかるだろう。
特に可愛いとも言われない姉に、老いも若きも酔いすがるかのように群がり。
端から見てとても異様で―――きよ乃は後に知ったのだが、それは姉から無意識に漏れだした魅了魔法のせいだった。
きよ乃の家は代々、議員を数多く輩出するお金持ち。
そして、祖がわからないまで昔から続く魔法使いの家系―――
とかでは全くない。
たしかに魔法少女の系譜ではあったのだが、それも端も端。
ちまちまと魔法を扱いこなすよりも、日夜忙しく小麦粉をこねることに全力を注ぐ小さなまちのパン屋である。
そんなパン屋の娘である姉は、まだきよ乃が言葉を話せないほど小さい頃に親元から引き離されて育つことになった。
膨大な魔力をもって生まれてきていたが故に。
一般市民である両親はそれに抗おうとしたが―――塵芥ほども、紙切れほどの効力をもたなかった。
それほどまでに、底なしといわれるほど魔力をもった姉は魅力的だったのだろう。
国の管理下で育つ姉ときよ乃を繋ぐのは、小学生になってからはじまった月に一回の手紙だけ。
妙に丸まった文字と、かわいらしいキャラクター便箋にきよ乃はなんとなくだが姉はふわふわとした天然さんなのかもしれないと思っていた。
結論からいえば、そんな言葉で済まされる人物ではなかったのだが。
魔法少女は、大きくふたつに分類される。
その身を世間にさらすもの、その身を世間から隠すもの。
どちらも個々にメリットとデメリットを秤をかけて判断される。
簡単に説明すると、メディアに顔出しをするか、しないかということである。
前者ならば家族、友人その他の協力も得られる上に履歴書にも書き記すことができる。
誇張するならば、すこしばかり就活に有利になる。
魔法少女は立派な資格になるのだ。
後者ならば家族、友人その他の協力を得られないがそれはその後の自身を憂いてだろう。
小さい頃ならまだいい。
成長し、思春期を過ぎ―――結婚適齢期になってもなおネットや人伝に痛々しい自身の写真や映像がついてまわるのだ。
魔法少女になった宿命だとでもいうのか。
その時は正義だと、可愛いと思っていた衣装もセリフもなにもかもが自身に残される。
一生、黒歴史は消えやしない。
当時の固定のファンに大人になっても粘着されて追い回されることだってあるのだ。
自身の生活を脅かしたくはない―――その為か、多くの魔法少女は後者を選ぶ。
きよ乃の姉は、前者だった。
正確にいうと、前者になるべく国から選ばれて育てられた。
国家プロジェクトのひとつ【アイドル魔法少女育成プログラム】の一人として。
一定の期間―――それは一年、人気が出ればもっと。
彼女は、彼女たちは国から支援される形でメディアにその姿をさらすことになる。
えてして、魔法少女という存在は人の心を沸き立たせるらしい。
小さな子供はもちろん―――大きな子供まで。
彼女たちのファングッズは飛ぶように売れる。
戦っている時はもちろん私生活もクローズアップされ、テレビにネットへと放映される。
そして、人気も落ち着けば引き際を間違えないようにしてまた違う魔法少女と交代。
引退した魔法少女たちはその後もモデルや女優といった方向へと進む。
可愛くて美人で運動もできて勉強もできる。
彼女たち魔法少女は完璧で、誰にでも愛されるもの。
彼女たちは悪を倒す正義の味方で、みんなの憧れ。
なんてよく出来た―――構図。
なんてよく出来た―――脚本。
きよ乃だって、少し前まではそれが真実だと信じていた。
姉が、発足日に駆け落ちということをしでかすまでは。
ちょろちょろと、その如雨露の先から霧雨のような水が落ちていく。
魔法具である如雨露は、ぞうさんデフォルメ如雨露はいつだってたっぷりと水が入っている。
重さだって感じさせない。
ただし、とても―――使えない。
いや、いまのように広々とした学校の中庭にひっそりと咲く花へと水を与えることはできる。
できるが、それだけだ。
きよ乃は、姉のように溢れるほどの魔力はない。
せいぜい、いまのように水をどこからか発生させられるくらいか。
本家でもない傍流の魔法使いなどそんなものだ。
普通に生活する上で、魔力などはあってもなくても困らない。
「はぁあああ………」
そんなきよ乃は、少し前に中学校から帰る途中で国からのお迎えという名の誘拐に合い、わけもわからないままに案内された先にいたのは四人の美少女。
上から下まで、まじまじと見られて居心地が悪いったらない。
「…やだわ、そっくり」
「貧弱そうね」
「オフコース」
「ホントにこの娘を使うの?」
きよ乃よりもすこしだけ年上だろう彼女たちは部屋に入るなり、憎々しげにこちらをにらみつけてくる。
美人なぶん、妙な迫力があって怖い。
「衣装もすべて彼女に合わせていますから、いまさらどうこうするにも時間が足りませんし。適応するには血縁者が一番いいですからね」
にらみつけてくる少女たちとは真逆に、どこか安堵の表情を浮かべるのはここまできよ乃を連れてきた誘拐犯ならぬ【魔法少女協会】から派遣されてきた男たち。
揃いもそろって、てっぺんが輝かしい。
もっと禿げるがいい。
「間に合えばいいんです、ね!」
きよ乃はわけもわからないままに金色に光るぞうさんデフォルメ如雨露を渡された―――その瞬間。
「ひぃいいいい!!?」
着ていた紺色の制服が細かな光粒になって分解していくのがわかり、胸を隠してうずくまった。
「…やだわ、体格もそっくり」
「本当に貧弱そうね」
「オフコース」
「ホントにこの娘を使うの?」
またも降ってきた言葉におそるおそるきよ乃が目を開ければ。
「ひぃいいいい!!?」
「装着は可能なようですね。はい、いまから記者会見ですから立ち上がってくださいね!」
「ひぃいいいい!!?」
無理やり、立ち上がらされたきよ乃の姿は。
目の前の四人の美少女とよく似たデザインのワンピース―――テレビでしか見たことがない、アニメのコスプレのようなものに包まれていた。
恥ずかしい。
これは恥ずかしい。
「ひぃいいいい!!?」
引きずられていくきよ乃ができた最後の抵抗といえる抵抗は、道すがらに置いてあった飾りだろうかわいらしいブリキのバケツを頭に被ることくらいだった。
「はぁあああ………」
ため息しか出ない。
何故にこんなことに。
バケツを被っての記者会見、異様さで目立つかとビクビクとしていたのだが。
端でじっとしていたからだろうか、もしかすると仲間にも思われていなかったのかつつがなくそのまま流されるようにして終了。
そして戦闘―――にきよ乃が率先して参加できるはずはなく。
きよ乃は百メートル走を三十秒で走るくらいの運動神経である。
死なないために見よう見まねで覚えたのは、小さな結界を張ること。
攻撃などできるはずがない。
他の四人もきよ乃には何の期待もしていないらしい―――というよりいないものとして扱われている。
彼女たちはきよ乃と違って、選び抜かれて育てられた生粋の魔法少女だった。
四人はお金持ちのお嬢様。
きよ乃の姉とも、仲が良かったとはとても思えない。
きよ乃の姉は魔力の強さだけが群を抜いていたが、庶民。
そしてその妹は魔力すら弱い庶民。
話しかけることすら汚らわしい、という意味のわからない理屈である。
「はぁあああ………」
駆け落ちしたという姉は、きよ乃に一通の手紙を残していた。
が、その側に置いていたぞうさんデフォルメ如雨露を発見者が倒してしまったとかでほとんどが水でにじんで読めなかった。
きよ乃へ―――ごめんね、というくらい。
姉に問いたい。
どうして武器が如雨露なの。
しかもどうしてぞうさんデフォルメ如雨露を選んだの。
こんなことになるまでは、きよ乃だって魔法少女に夢を抱いていた。
むしろ他の魔法少女のファンで、いまでも追っかけもやっている。
昨今では、メディアに露出はしていないのだが―――ピンク色の絶望と称される魔法少女にトキメキを隠せない。
魔法を使わずに拳だけで悪を倒しているという噂の勇ましい魔法少女。
まるでどこかのスナイパーのようにカッコいいらしい。
思い出して、そっと頬を赤らめる。
「素敵………」
ネットに出回っているのは破壊されたビルを背景にした小さな後ろ姿のみだが、きよ乃はそれを現像して定期に入れている。
こんなすばらしい魔法少女がいるのにあの人たちは。
お膳立てされた戦闘。
お膳立てされた悪党。
「はぁあああ………」
「どうした、そんな大きなため息を吐いて」
「ひぃいいいい!!?」
突然、声をかけられて手元が狂う。
手元が狂ったまま叫びながら振り返れば、勢いよくぞうさんデフォルメ如雨露から噴き出した水が相手にかかった。
「冷た」
「ひぃいいいい!!? うわちょっごめん大丈夫!?」
「大丈夫、ちょっとかかっただけだ」
「ひぃいいいい!!?」
とりあえず謝ったものの、相手の顔を見てまた叫んだ。
同じ学年の男子だが、格が違う。
女子が色めく芸能人にも負けない美貌に男子が羨む運動神経、頭のよさは折り紙つきで全員納得の推薦での生徒会長。
そして親はどこかの大企業の社長だとかいうシルバーフレームの似合うナイスガイ。
これで、どうして叫ばずにいられるか。
「ひぃいいいい!!?」
「なんだ、どうした」
「ひぃいいいい!!?」
彼は悪くない。
悪いのはきよ乃だ。
だが、どうもここ最近の出来事で―――お金持ちと美人に拒絶反応が出るのである。
彼が悪くないのは知っている。
むしろいままでも、魔法少女になる前から勉強を教えてくれたり荷物を持ってくれたり、家のパン屋で買い物をしてくれたり、寂れてきた商店街の活性化に力を入れるように働きかけてくれているとか親や友達からも聞いている。
正直、どうしてここまでしてくれるかがわからない。
駄菓子屋のおばあちゃんが言っていたのだ、タダより高いものはないと。
きよちゃん、世の中には悪い人がたくさんいるから気をつけな。
どうしてか、商店街のおじさんやおばさんが重ねて言ってくるので、きよ乃はとても疑い深い性格になっていた。
ずりずりと後退りながら彼から距離をとろうとするが、その分だけ彼がこちらに歩を進めてくる。
「なにか悩んでるなら相談してくれ」
「ひぃいいいい!!? な、なななにもないよ!」
「なにもないわけないだろ。ほら、お姉さんのこととか」
「ひぃいいいい!!? なんで私に姉がいること知ってるの!」
「それは、ほら雑誌とかで」
「ひぃいいいい!!?」
私生活までクローズアップされる魔法少女だが、代理であるきよ乃は免除されているはずである。
保守義務とかでしないと言っていたのに、なんてことだ。
もしかしていまもカメラがまわっていたりするのだろうか。
「ひぃいいいい!!? う、嘘つき!」
「あれ、バレたか」
「ひぃいいいい!!?」
どこまで報じられているのだろう。
どこまでさらされているのだろう。
恥ずかしさで死ねる。
むしろいま死にたい。
「俺にできることがあるなら頼ってくれ」
「ひぃいいいい!!?」
激しく首を横に振りながら、後退る。
しかし、ぞうさんデフォルメ如雨露を握っていないほうの手を掴まれてそれ以上に下がれなくなってしまった。
「ひぃいいいい!!?」
「聞いてくれ、俺は」
聞きたくない。
きよ乃が魔法少女だと知っているとわかったいまは特に。
ここずっと―――きよ乃は彼から逃げていたのだ。
「俺のことが嫌いなのかもしれないけど、これだけは言っておきたいんだ」
「ひぃいいいい!!?」
彼のことは嫌いではない。
嫌いではないはない―――むしろ異性として好ましく思っているからこそ、いまは距離をおきたい。
せめて、せめてきよ乃が魔法少女でなくなるまで。
きよ乃は、自分に自信がない。
見目も頭も十人並みだという自覚がある。
運動神経は壊滅的だといっていい。
そんなきよ乃に突然できた付加価値―――魔法少女というもの。
魔法少女は、老若男女に人気がある。
過去に魔法少女をしていたというだけでモテる人もいるらしい。
疑いは、どんどん心の中で膨らんでいく。
彼も、魔法少女だからきよ乃に構ってくれるのかもしれない。
なにもできなくても、お膳立てされた魔法少女だとしても。
そんな偽りの自分を見て、判断しないで。
好きだから、好きだからこそ君の側にいたくないの。
「俺は、君のことがす」
「ひぃいいいい!!?」
双方ともにあらゆる誤解が解けるのは、後に雷鳴の魔女と呼ばれる少女が舞い戻ってきてからである。
叫びすぎ。