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入団式と小さな誤解


 入団式は、何の滞りなく終了した。

 俺はまだ新米で、さらに孤児院から王宮までの距離が比較的近いので、通いでの勤めが許可された。


 だが、式を行ったのは、リオンさんではなく、別の人だった。

 その人の名は、ネーヴァ。四十代後半の男性で、護衛団副団長を勤めている。


 この人のことは、俺もある程度は知っている。知略にたけ、数々の作戦を作り上げてきた。15年前の戦争でも、彼の作戦はかなりの成果をあげたらしい。

 だが、俺が一番驚いたのは、そんなことではない。

 それは式の間に俺の隣に並んだ人物。




「……あんたも一班に選ばれたんだな」


「……悪い?」




 俺の問いかけに不機嫌面で声を上げたのは、なんと俺が決勝戦で戦った相手、ルーシャだった。


 普通、二位になった者は二班に配属されるのことにだが……


「推薦配属か?」

「まぁね」


 さっきと同じく返事は冷たく素っ気ない。俺は内心で何だよと拗ねて唇を尖らせた。

 俺が何か悪いことをしただろうか? 考えてみるが全く記憶がない。勝負に負けたからか? だとしたらそれはお門違いというものだろう。


「彼女はな」

 ルーシャのことを横目で見ていることに気付いたのだろうか。唐突にネーヴァ副団長が口を開いた。

「リオン団長が推薦してな」

 俺は少し驚いた。

「リオ……団長がですか?」

 リオンさん、と言おうとしたのを慌てて改めた。別に禁止された訳ではないが、護衛団の時とプライベートの区別だと俺が勝手に決めている。


「武器を主体にした魔術は今時珍しいし、狙撃手として期待できるかもと言ってな」


「光栄です」

 ルーシャはそう副団長に言い、ふと俺の方を向いたと思うと、



 ふふん、と何故かどや顔してきた。



 さすがに俺もイラッときた。つーか、試合に勝ったのは俺だし。別にお前だけ評価されてる訳じゃない。


「当然、君も然りだ。君の魔術は応用力に期待出来そうだからな」

「はい!」


 俺は元気よく返事をする。そしてもう一回ルーシャの方を見、


 今度は、俺がふふんと笑ってやった。



 当然、彼女のこめかみ辺りに筋が走る。

 何をそんな。そっちも同じことをしたくせに。


「……」

「……」

 二人が無言で睨み合って火花を散らしているのを気付いてか気付かでか、副団長は言った。

「では、これにて入団式を終了とする。今から一時間後、訓練を開始するので、準備しておくこと。以上!」


 そう言うと、副団長はどこかへとすたすた歩いていってしまった。


「……おい」


 俺は自分にしてはかなり低い方の声で呼び掛けた。

  もちろん、ルーシャにだ。

 確かにさっきは苛ついたが、これから同じ班の中で一緒に活動していく同僚だ。ここら辺で誤解やらを解いておいた方がいいだろうと俺は考えたのだ。


「なぁ、別に俺君に悪いことなんて何も……」

「言っとくけど」


 俺が話しているのをルーシャは強引に中断し、キッと俺を再び睨み付けた。



「あたし、あんたのこと絶対許さないから」


 それだけを言い残し、俺の返事を聞かないまま、くるりと反転し、俺に背を向けて速歩きでどこかに言ってしまった。



 一人取り残された俺は、しばらく呆然とその背中を眺める。


 やがて、空を仰いで誰にも聞かれることなく呟いた。



「だから何をだよ……」


 見上げた空は今日も快晴だった。





     ★





 俺が孤児院に帰ってきたのは、もう日がすっかり暮れた時間帯だった。


「あ、お帰りアルフ兄」


 最初に出迎えてくれたのは、玄関ホールで何やら拳法らしき練習をしていたオリクだった。


「ただいま。オリク」


 俺も返す。オリクは嬉しそうに頷き、練習に戻った。

「頑張るなぁ」


 俺はそんなオリクを見て素直に感心した。

「僕だって、強くなりたいから」


 当然のようにそう言えるのが凄いんだよ。と心に思うが口には出さなかった。


 すると、広間の方からある人物が姿を現した。


「おうアルフ、帰ったのか」


「……あれ? リオンさん!? 先に帰ってたの!?」

 そこに現れたのは、なんとリオンさんだった。と言うのも、あの人はまだ仕事があるからと言って残ったのだ。

 仕事はもう終わったのだろうか? その旨を尋ねようとしたのだが、何故かオリクは呆れたような目でリオンさんを見ていた。


「……アルフ兄、こいつリオンさんじゃなくて、リミだよ」

「え?」


 オリクが指摘すると、なんとリオンさんの口から「むー」などという声が漏れてきた。


「やっぱオリクが近くにいるとつまんないんだなー」


 そう言うや否や、リオンさん(?)はぴょんと跳んだかと思うと、「解除ー」と声が聞こえ、次に着地したときにはリミの姿になっていた。

「せっかくリオンさんの姿になってアルフ兄からお菓子をせしめてやろうと思ったのになー」

「……リミ、その悪戯はちょっとあれだぞ」


 リミは「んー?」と首を傾げる。

「しかし、よくすぐに分かるよな」


 俺はオリクを見て言った。


「僕は目じゃなくて、『波動』を見てるから」


 平然とそう言ってのける。改めて天才だと思う。

「でも、リミは外気系の魔術なんだろ?」

「結局、中の波動が変わんなきゃ僕には分かるよ」



 ここで簡単に魔術の説明をすると、それの発動条件は大きく分けて二つある。

 それが、外気系と身気系だ。

身気系は、自身の中に宿る生命的エネルギー、オリクの言う波動を練り上げ、魔術として昇華するタイプの魔術で、速効性に優れている。そして、自身が強くなるにつれ、魔術も強力になっていくという特典もある。


 対して外気系と言うのは、自身の生命的エネルギーは殆ど使わず、自然の中に満ちているエネルギーを使って行う魔術の事だ。

 身気系と比べると、最初から魔術が強力になる反面、外気系には『詠唱』と呼ばれる特別な呪文を唱える必要があり、速効性には欠ける。


 身近で言えば、オリクが身気系で、リミは外気系だ。確か、リオンさんも外気系の筈だ。詳しいことは良く分からないが。




 俺が広間に入ると、夕飯の仕度をしていたのだろう、サーシャがエプロン姿で台所から顔を出してきた。

「あ、お帰り」


「ただいま」


 俺はそう返事をしてソファに腰掛けると、何故かサーシャが不思議そうな顔で首を傾げた。


「どうしたの?」

「何が?」

「何か、不機嫌そうな顔してるけど」


 そうかな。俺のすぐ近くにいたエマの方を見て無言で「そうか?」と尋ねてみるが、彼女は「さぁ?」とわざとらしく肩をすかす。


「私は分かんない。気のせいじゃない?」


「……と言いつつ何でニヤニヤしながら私を見るのよ」

 サーシャが顔をしかめる。


「いや別に? ただ皆が気付いてないのによく気付くなぁって。さすがサーシャ姉だなぁって」


「……エマ、あなた今日の晩ごはん抜きね」

「ごめんなさい謝りますからそれだけはお姉様ぁ!!」


 エマが悲鳴を上げる。

「お前、そろそろ料理出来るようになれよな」

「う、うるさいな。今修行中なのよ」


 実は彼女、しっかり者だが、料理が苦手なのだ。

 どれぐらいかというと、試しにオムライスを作ると言って出てきたのはラグビー球状の真っ黒になった謎の物体と、何故か生肉が添えられた状態で召喚されるという結果に終わったのだ。

 因みに、この物体を口に含んだゲンさんが三日ほど職場を休んだのはエマには内緒である。



「で?」 何やらエマに説教をしてきたらしいサーシャが、俺の隣に座った。

「なんかあったの? 団長さんにでも怒られた?」

 敢えて団長と言ったのは、俺の引いたラインに気付いていたからか、関係無いのか。


「アルフにい、おこられたー!」

「怒られたー!」

 元気よく走り回っていたリンとリメアの叫びはとりあえず無視を決め込む。


(敵わないな)

 俺は心の中でそう思った。


「……変な、因縁って言うのかな? をつけられた」

「え?」


 だから、俺は今日の事をサーシャに全て話した。


「……困ったわね」

 サーシャも腕組みをする。

「ホントだよ」

「確認だけど」


 サーシャはそう言って俺の顔を見る。


「あなた、ホントに何もしてないんだよね?」

「してないよ。てか、逆に知り合ったばっかの人に何をすればいいの?」

 再びうーん、と唸るサーシャ。


「……直接本人に聞く?」

「やっぱしそうなるかぁ」

 俺は天井を仰ぐ。


「なんか気が引けるけどね~」

「でも、自分で考えて分かんないならしょうがないじゃん? なら、その人に聞いて、ホントにアルフが悪いなら謝った方がいいでしょ?」

「……そうだね」


 正論で言われると反論の仕様がない。


「確か、明日俺たちの歓迎パーティーがあるみたいだから、その時に聞いてみようか」

「そうね」


 サーシャが頷く、すると後ろの方から声が聞こえた。


「サーシャ姉、ご飯まだ? 俺、腹減った」

「はいはい」


 タロウの本能の抗議に、サーシャはソファから腰を上げ、台所へ戻っていく。


「てかタロウ、あなた最近それしか言ってなくない?」

「だってホントなんだもん」


 そんな会話を聞きながら、俺は息をついた。


「あいつ、何に怒ってんだろう?」

 俺の問いに答えてくれる人は、当然誰もいない。




 王宮勤めは、まだ始まったばかりだ。

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