プロローグ
遂に、この日がやって来た。
俺が、あの部隊に入団する記念すべき日が。
玄関にて。
「なに言ってんの。早まりすぎよ。まだ入団テストの日でしょ?」
クスクス笑いながら言ったのは、肩まで伸ばした黒髪が印象的な、サーシャだ。
「うるさいなぁ、それくらいの心意気だって事だろ? それにもしいい成績ならそのまま即日入団だって出来るんだからな」
「はいはい」
サーシャはなおも笑って取り合わない。まぁ、一般人はあまり興味のない話かも知れない。
かく言う俺も、ほんの数年前までは一般人だったのかだが。
「それにしても、まさか孤児院から魔術師がでるとはねぇ。驚きだよ」
両手を腰に当ててそう言ったのは、マリーおばさん。一言で言うなら、ふくよかな肝っ玉母さんだ。
「別に、俺が初めてじゃないだろ」
俺はおばさんに向けて言った。俺よりもずっと先に、あの人が魔術師になっている。俺は、その人を追いかけるんだ。
マリーおばさんは「あいつは別もんだよ」とカラカラと笑いながら言う。
「皆で応援に行くからね」
「うん」
「むー、そうだぞー、魔術師はここにもいるぞー」
「そうだよ。別に初めてじゃない」
小さな両手を上に突き出し手抗議したのはリミ。その後はオリクだ。
因みにこの二人も魔術を使えるのだが、それについてはおいおい話すとしよう。
「じゃあ、俺と一緒に行くか?」
俺はしゃがみ、リミの頭に手を乗せて撫でる。
「んー、そうだなー。アルフ兄と一緒に行くのも悪くないんだなー」
リミはそれを気持ち良さそうに受け、そんなことを言った。
恨めしそうに見るオリクにも後でやってやろう。
「駄目だよ! そんなことしたら、自警団の戦闘メンバーがいなくなるだろ!」
それにいち早く反対したのは、思春期真っ只中のキウロだ。
「キウロ兄、じゃあ私は今日をもって――」
「それ以上言うなぁ!!」
キウロが言葉の槍を回避するように身を捩って叫ぶ。
俺はその光景に笑った。まったく、こいつらはいつもの通りだ。俺だけ密かに緊張しているのが馬鹿馬鹿しいくらいに。
だから、俺はこの院が大好きなんだ。
「……じゃあ、俺もう行くよ。遅れるとあれだし」
まだこの和やかな雰囲気に浸っていたいが、召集時間が近い。そう切り出した。
と、急にサーシャが不安そうな顔で俺を見つめてきた。
「……そんな顔すんなよ。俺まで不安になんだろ」
「……怪我、しないでね……」
「ん~、そいつぁちょっと厳しいかなぁ」
俺は返答に少々困ったが、正直にそう答えた。
入団テストは腕に自信のある者が集まるのだ。殺すことは禁止されているが、無傷と言うのはちょっと無理だろう。
そう言うと、サーシャは泣きそうな顔になった。が、
「サーシャ姉、確か三日位前からずっと泣きそうだったんだよ。もう慰めるのたいへ――痛い痛い分かった言わないから叩くの止めてサーシャ姉!?」
オリクをバシバシと叩く彼女を見て、俺は笑った。
「分かった、じゃあ約束しよう」
「……約束?」
叩くのをやめ、サーシャが振り返る。
「うん。俺が軽い怪我で帰って来れたら、その日の晩御飯はハンバーグにしよう」
子どもたちが色めきたつ。
「……無傷」
サーシャは俺に顔を近づけ、無理難題を要求してくる。
「無傷で帰ってくること。それが条件です」
「いやだからそれは……」
「分かった?」
「……はい」
俺は思わず頷いた。と言うか今にも泣きそうな瞳を目の前にしたらそう言わざるをえない。
「……よし」
すると彼女はにこりと笑い、顔を離した。
「ちゃんと約束したから。
……行ってらっしゃい」
「うん、行ってくる」
俺はそう返して、孤児院に背を向けて歩き出した。
その背中に、声がかかる。
「頑張れよアルフ兄ー!! ハンバーグの為に!!」
「無傷だぞー。ハンバーグだぞー」
「自警団総出で応援しに行くからな! 絶対勝てよー!!」
俺はそれらの言葉に「飯の為かよ」と苦笑しながら、手を振って応えた。
(……まぁ、おばさんとサーシャが作るハンバーグ、凄く美味しいもんな)