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「作戦をたてよう」
ダンはそう言って、いきなり、圭太とおねえちゃんを、両手の鉤爪でつまみあげた。
「ひええええええーっ、何をするーぅ!」
おねえちゃんがびっくりして、両足をばたばたさせている。
高速エスカレーターにのった時みたいに、耳がきーんとした。圭太は、必死でつばを飲み込んだ。
「だって、こうしなくちゃ、話しづらいだろ? 君ら、とってもチビだから」
圭太の目の前に、Tレックスの顔があった。スーよりも、緑色がきれいで、皮膚がなめらかだった。
それでも、Tレックスであることにかわりはない。
「大丈夫、君らに傷をつけたりしないから」
そんなことを言われても、鋭い鉤爪に首の辺りをつかまれ、両足が宙ぶらりんの状態では、とても安心することができない。
「まず、僕とフォードが、獲物を追い立てる。僕らが追い立てた恐竜を、君らに仕留めてほしいんだ」
ダンは、真剣な目で、圭太とおねえちゃんを見つめた。
「俺は、偵察に行く」
もう一頭、フォードが言った。
言い終わるが早いか、身を伏せ、二本足で、矢のように走り去っていった。
圭太は息を呑んだ。
「仕留める? それは、殺すってこと?」
「そう。もちろん、とどめをさすのは、僕らも手伝う」
「殺すの? 恐竜を殺すの?」
圭太は、いやだった。
「そうさ」
だが、ダンは、断固として言った。
「スーと狩りをする時には、僕らが獲物を追い立てていたんだ。物陰に隠れた彼女の方へ追い込むと、スーが、仕留めてくれたのさ。でも、スーは怪我をしてしまって……だから、君らには、スーの代わりを務めてもらいたい」
「いやだよ。僕には殺せないよ」
小さな声で、圭太は言った。
どんな恐竜だって、恐竜は恐竜だ。
恐竜、大好きなのに……。
きろり。
ダンが、圭太を見据える。
「実は、僕も、フォードも、まだ、仕留めの役はやったことがないんだ。今度は、確実に大物を仕留めたい。実は、ねぐらにいるチビども、そうとうに弱ってるんだ。何日も食べてないからね。今回ばかりは失敗できない」
こちらの気持ちなんか、一切、考えずダンは言う。
「スーのあの傷は、狩りの時に怪我したものなの?」
黙り込んでしまった圭太のわきから、おねえちゃんが口を出した。
「いや、あれは、前にリーにやられた」
「リー?」
「うん。もともとは、俺らと同じ群れのヤツだったんだ。でも、スーのやり方が気に入らなくて……決闘になった。スーの傷は、その時にやられたものだ。同じティラノサウルスにつけられたんだ。リーは、スーに負けたんだよ」
誇らしげに、ダンが答えた。
「リーって恐竜はどうなったの?」
圭太は尋ねた。
「他にも、スーを嫌うやつらを連れて、群れを出ていった」
あっさりとダンは答えた。
大きな群れが、分裂したんだな、と圭太は思った。
元々のリーダーだったスーに、リーってやつが反抗して、出ていったのだ。
「それで、若い恐竜が減ってしまって……」
苦い顔を、ダンはした。
「俺とフォードの他は、チビだけが、たくさん残った。やつらに、食べさせなくちゃならない」
「教育なんかじゃないわね」
おねえちゃんがつぶやいた。
「すでに立派な実践だわ」
圭太にはわかった。
自分たちの為に狩りをしてきてっくれ、と頼むのは、誇り高いTレックスには屈辱なのだ。
しかも、自分達より、遥かに小さく弱い哺乳類に。
だから、あんな言い方をしたのだ。
ダンはまだ、狩りの作戦を説明している。
「植物食の恐竜を仕留めよう。僕らがうまく囲い込むから、数で負けることはない。相手も選ぶよ。しっぽに重りを仕込んだアンキロサウルスや、肉食恐竜に刃向かう角竜なんかを連れて来たりは、絶対しない。だから、安心してていいよ」
安心なんかできないよ。圭太は、心の中でつぶやいた。恐竜はおろか、せいぜい、蚊か、蝿くらいしか殺したことがない。前に、世話をし忘れて、昆虫ケースの中でクワガタムシを死なせてしまったことはあったが、わざと殺したわけでは決してない。
「大丈夫、私に任せて」
おねえちゃんが、圭太に向かって叫んだ。おねえちゃんは、ダンの左手に吊り下げられているので、右手につかまれている圭太には、叫ばないと声が届かないのだ。
おねえちゃんの合図で、カイバが、ふわふわと漂ってきた。
ひそひそひそ。
おねえちゃんが、なにやら耳打ちしている。おねえちゃんが口を離すと、再び、スーパーおろちの車内へと、ふわふわと、漂うように消えていった。




