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なかなか、おねえちゃんは、帰ってこない。あれだけ間があったから、まさか、捕まったということはないと思う。
おねえちゃんも心配だったが、卵も心配だ。
夜になると、寒くなる。今まで、ラプトルの体温で温められたていた卵だ。一刻も早く、鳥の巣に、入れてしまわなければならない。
そこに、鳥の卵があることは、確認してあった。スーパーおろち号の上から、はっきりと見えた。
目星をつけていた鳥の巣は、高い、木のてっぺんにあった。
藁みたいなのを集めて作ってあった。平たいお椀みたいな形をしている。
……今なら、親鳥がいない。
親がいるときに、巣に近づいたら、いけない。怯えてしまうからだ。最悪、親鳥が卵を見捨ててしまうことだって、ある。
鳥というのは、臆病な生き物だ。
……でも、どうやって、木の上まで、この卵を運ぼう。
おねえちゃんと二人がかりで、なんとか、巣の上まで、引き揚げるつもりだった。
ところが、肝心のおねえちゃんが、なかなか戻って来ない。
……スーパーおろち号に乗って、近づくわけにもいかないし。
圭太は、途方に暮れた。
気のせいか、卵が少し、冷たくなった気がする。
……タイムパラドックス。
ここで、グノールの卵が死んでしまったら、大変なことになる。
恐竜の世界から、グノールが抹殺されてしまうのだ!
「ケイタ、ケイタ」
掠れた声がした。
「あっ、カイバ!」
「タマゴ、ハコブ。マカセテ!」
「任せてって……」
カイバはタツノオトシゴだ。卵は、カイバより、遥かに重く、大きい。
「ダイジョブ、ダイジョブ」
大きくカイバは頷いた。
「そういえば、」
圭太は思い出した。
「最初に僕を、スーパーおろち号に引き上げてくれたの、君だったよね……」
……教室の中に吹き荒れた、もの凄い風。突然、骨ばったものが、圭太の右腕をがっしとつかんだ。そのまま、物凄い力で、引き上げて……。
「あれ、カイバだったんだよね」
「ソウソウ」
嬉しそうにカイバが頷いた。
「マカセテ、タマゴ、ダイジョブ」
おずおずと、圭太は、卵を差し出した。
「大事に扱ってよ」
グノールの卵だ。
生れる前に、死なせてはならない。
カイバが頷いた。
ふう、っと流れてきたカイバは、グノールの卵の上に、立ったまま、ひたっと降り立った。
そのまま上へ上昇する。
卵は、しっかりと、カイバにくっついていた。
ふわふわ、ふわふわと、木の上に上がっていく。
「頑張れ、カイバ」
木の下で、圭太は、両手に汗を握っていた。
大きな木の、幹に沿って昇っていった卵は、やがて、広げられた枝までたどり着いた。
横に移動して、おわん型の鳥の巣へと、運ばれていく。
青みを帯びた白い卵が、そっと、巣の中へ消えた。
「ケイタ、ニゲル!」
木の上から、鋭い声がした。
「えっ、なんで?」
「オヤ! トリノオヤ!」
カイバが叫んだ時だった。
「うわっ! 痛っ!」
頭のてっぺんに鋭い痛みを感じた。
親鳥だった。
ひどく怒って、空から圭太の頭をつついてくる。
「いで、いでででで……」
……鳥は、臆病なんじゃなかったのか?
……あ、でも、今、僕って、すごく小さい?
下手をすると、餌にされちゃうかもしれない!
圭太は、めくらめっぽう、走り出した。
鳥は、空から急降下して、圭太を襲い続ける。
たら。
生温かいものが、頬のあたりを流れた。
……血?
気を失いそうになった。
圭太は、血を見るのが嫌いだ。
テレビを見ていて、怖いシーンになると、スイッチをオフにするくらいだ。
前方で、木の下生えが交差していた。
命からがら、そこへ逃げ込む。
……助かった。
下生えが邪魔になって、空からは襲ってこれまい。
ほっと息をついた。
少しの間、そこに潜んでいた。
薄情なカイバは、助けに来ない。
……もういいかな。
そろそろと、這い出す。
「ぐえっ!」
下生えの外に出た途端、空から、石の礫が降ってきた。
いや、石じゃない。
鳥だ。
鋭いくちばしを持った、鳥。
しかも、2羽になってる!
……そうだった。鳥は、夫婦で子育てするんだった!
すっかり忘れていた。
どこかに出かけていた、もう一羽の親鳥が、加勢に来たのだろう。
……これなら、僕が、ラプトルの囮になればよかった。
つくづく、圭太は後悔した。
恐竜なら、父親が卵の番をしているだけだ。
「おおい。僕は君らの卵を盗んでないって! 卵の数、数えてみろよ! 増えてるだろ!」
力いっぱい、圭太は叫んだ。
……あれ?
……鳥って、いくつまで、数、数えられたっけ?




